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第十話 舞台はトルニア王国、海の街アニパレへ……

※前九話から数か月後まで時間は進みます。

 季節は夏です。

 え、水着?

 男の水着ですか~(笑)


いつもお読みいただきありがとうございます。

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 真夏の太陽が降り注ぐ大陸の西、河沿いの街道を三台の馬車が小気味よいリズムを刻みながら北上して行く。箱馬車の窓を全て開け放って河沿いの涼しい風を取り込んでいるにもかかわらず、車内の客人は暑い暑いと扇を使い休みなく風を顔に当てている。


 二年ほど前から普及が始まった魔力機器(マジカルマシーン)のうち、魔力製氷機(マジカルアイス)で氷を作り出し車内に冷気を送っているがそれでも間に合わず、汗ばむまで室温が上がっていた。


「ジムズからの依頼だと付いて来てみれば、退屈な馬車の旅とは偉くなったもんだな~」


 扇で顔に風を送りながらスイールがぼそりと呟く。こんな暑い日は河で膝まで水に浸かり釣りでも楽しみたいと思っているのだろう。


「まあ、そう言うな。ちゃんと依頼料は払うんだからさぁ」


 連れ出された実情もわかるし、依頼料も破格。研究も一段落し退屈を紛らわせるにはちょうど良いと思っていた。だが、蓋を開けてみれば移動には馬車を使い、退屈を紛らわせる事など出来なかった。これなら、書斎に籠ってまだ開いてもいない書物を読みあさっていた方がどんなに幸せなのかと思う事もあった。


「エゼル達からも聞いてるが、お前さんには外に出る時間が足らん。それだとすぐに老けるだけだぞ」


 毎朝の訓練を欠かさず行っているから大丈夫とスイールは口にするが、朝から晩まで机にかじりついている生活は体に良くないとヴルフは溜息交じりに告げるしか出来ない。

 車窓から外を眺めながら、ぼそりと”老けないさ”と口にするが、馬車馬の蹄が刻む音にかき消され誰の耳にも届かなかった。


「スイールのずぼらさは良くわかった。出る前にも話したが、お前さん方にも関係ある話だからな」

「その件でワシも足を止められているのだからな。何処にも行けんのはお前さんも知る通りだ」


 ジムズとヴルフがスイールをなだめる様に話し掛け、この依頼がどんなに大切かを語る。

 特にヴルフは、旅を続けていた筈で今頃はトルニア王国から船でベルグホルム連合公国へと向かっている予定だった。


「それは申し訳ないと思っているが、領主からの頼みだからわかって欲しい」

「隊長もいつも言ってるようにご容赦願いたい」


 ジムズとそれに付き添い同乗するイオシフが改めてスイールとヴルフに頭を下げる。

 すでに三か月前の五月に起こった出来事だったが、近隣の街々との協議が持たれるかもしれないとヴルフを足止めしていた事を何度も何度も申し訳なさそうに、ジムズを始めとする領主館の職員から頭を下げられ続けられていた。


 さすがに会うたびに頭を下げられ多少うんざりするのだが、無下にするわけにもいかず”わかったわかった”と言うに留めるしかなかった。

 判明した情報をある程度開示され、無視できぬ大事に発展した、敵集落襲撃に首を突っ込んでしまったと今更後悔しても始まらないと腹をくくっていたので、それほど腹も立たないのであるが……。


 それにジムズ達が頭を下げて来る理由も察してしまえば、今更舞台から降りるなどと口にできる筈も無い。

 その理由は開示された情報の一端、白い粉と毒々しい桃色の錠剤である。


 白い粉は一般的に出回る性欲促進剤……と言えば聞こえが良いが、実際は必要以上に服用し体内に留まれば理性を無視して性欲全開で暴れ回る強姦魔が一人出来上がる。

 そして、毒々しい桃色の錠剤は一種の洗脳薬で、戦争等に特化するならば恐れを知らぬ殺人兵士が出来上がる。


 さらに、王都の諜報員からもたらされた情報から、白い粉は帝国内で生産される別の麻薬と混ぜ合わせる事により洗脳薬、いや、記憶操作薬としての効果を発揮すると判明した。

 その危険性をジムズが語れば、誇張するまでも無く危険性があると、いや、政治的に安寧を脅かされても可笑しくない。


 そしてもう一つ、白い粉に混ぜ合わせる麻薬の出所を考えれば、針の穴を通す様に帝国が秘密裏に進める計画が見え隠れしてくる。


「この期に及んでワシだけ他国に行くなど我儘は言えんからな。毒食わば皿までと言うやつだ……と、言ってる間に見えて来たぞ」


 ヴルフの視線の先には目的地である海の街アニパレの防壁が見えて来た。

 道行く人々が入場する列を横目に、都市間特使の立場を利用し列に並ぶ事無くジムズ達の馬車はアニパレへと入って行く。


 ジムズ達はこの巨大な海の街アニパレで数日にわたり、アニパレ、ブール、そしてルストの三都市の警備長官クラスの会合に参加する事になっている。


 その会合内容はヴルフ達が敵集落襲撃した、あの事件を発端としている為に、ブールの街を代表してジムズに白羽の矢が立った。それもあり襲撃に参加したスイールとヴルフにも護衛、そして意見者として参加して貰ったのだ。


 ブールとアニパレに挟まれたルストの街からは治安維持の要であるアドルファス男爵が参加すると見られていたが、いまだに事件が解決していないと陣頭指揮を執り続けているとからと、長男の【アレックス】が僅かな共を引き連れてアニパレに来ていた。


 そして、会合の場所を提供するアニパレでは領主直々に参加するのではないかとジムズ達の耳に入っていたが、噂の域をまだ出ておらず会合が始まってみるまでは全くわからず仕舞いだった。


 そして、ジムズ達の馬車は当面の宿泊場所へと馬車を進め、長旅の疲れを癒すのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 真っ青な好天の中、そして、青く澄んだ海の上を(セイル)にいっぱいの風を孕ませて白い三角波作り出しながら船が疾走する。


 遠い上代国(かみしろこく)を出発してすでに二か月は経っている。途中、立ち寄った港町で十数日も足止めをされるトラブルに遭遇したが、それでも旅程は順調に進んでいると言っても良いだろう。

 西周りの航路を進めばさらに一か月以上の日数が加算されてしまうとあれば、東回りの航路を通らざるを得ないだろう。


 それよりも、とある旅人は西周りの終着点であるルカンヌ共和国の自由商業都市ノルエガよりも、東回りの終着点であるトルニア王国の海の街アニパレを選ばざるを得なかったのだ。


「【ヘルマン】!そろそろアニパレに到着だな」

「そのようで御座いますね、クリフ様」


 船首で船が切り裂く風を全身で受け止めながら、ディスポラ皇帝の血を引く最後の一人、クリフが老齢で白髪の男に向かい弾んだ声を掛けると、男は手を胸に当てながら言葉を返して来た。

 出生国であるディスポラ帝国と数年間過ごした上代国以外を知らぬクリフは遠目に見える巨大な港湾都市に目を輝かせていた。その様子をヘルマンと呼ばれた老齢の男が心配しながら見ている。


「ヘルマン殿も元気になったようで良かったな」


 二人の後ろから身長百七十センチ程の男が外套を海風にたなびかせながら近付き声を掛ける。


「あ、ミルカさん」

「ミルカ殿、そろそろアニパレに到着のようです」

「そうだな。下船の準備は終わっているのかな?」


 それは上代国でクリフを追っ手の刺客から守り、保護したミルカであった。三か月も一緒に旅をすればクリフも心を開き、元々人懐っこい性格から様々な会話が飛び出す。

 そしてもう一つ、ミルカ達は白髪の老齢な男、ヘルマンの命の恩人でもある。


 クリフを襲った刺客をミルカ達が退けた後、彼が借りていた家のある集落を訪ねた。

 旅支度をする必要もあり、家財道具以外の持ち物を取りに戻ったのだ。


 その時、瀕死の重傷を負って隣家に保護されていたヘルマンをミルカ達が治療院などに運び、命を繋ぎ止めた。それを恩に思っているのか、ヘルマンはいまだにミルカ達を見る度に頭を下げて感謝の意を表していた。


 そして、クリフも国元から追い出されたときに付き添ってきたヘルマンが命を落としてしまったと肩を落としていたが、無事に見つかり命が助かった事でヘルマン同様にミルカに感謝しているのだ。


「ええ、ばっちりです。何時でも下船できます!」


 その感謝してもしきれないほどの恩を受けたミルカに向かい、下船の準備はすでに整っていると息を弾ませていた。


「良い事だ。だが、そんなに急いでも、アニパレではしなければならぬ事が沢山あるから、力ばかり入れてたらすぐに息切れしちゃうから気を付けろよ」

「わかってるって」


 そう言うと、クリフは息を弾ませながらヘルマンを連れて船室へと戻って行った。


「さてと……。我々は宿を取って、すぐに動くとするか」

「そうですね。皇帝が変わったと誰も知らぬようでしたから、手が掛かるかも知れませんが……」


 いつの間にか背後に忍び寄ってきた顔の半分が浅黒い色の女性、ヴェラへと語り掛けると、肯定する様に答えが返ってくる。

 ミルカ達も疑念を抱いていたが、国の元首が入れ替われば、大なり小なり噂がそこかしこを駆け抜けて行くと見ていた。しかし、途中の港町でディスポラ帝国に関する情報を聞いても、誰もが何の情報も持っていなかった。

 それだけ皇帝の座を奪った者がそれを徹底的に秘匿していたのである。


「確かに厄介ではあるが、まだ望みは捨ててないさ」

「危険な香りがしますが、大丈夫でしょうか?」

「ふっ、頭の中を読んだな?ヴェラ!」


 意図を察せられたミルカは睨みを聞かせて視線を向けるが、口元は何処か嬉しそうに口角が吊り上がっていた。

 そして、自らも下船の準備をしようとゆっくりと船室へと足を向ける。


 ミルカは帝国の情報が一向に集まらず、苛立ちを覚えた港町での出来事を苦々しく思っていた。情報屋にも集まらぬ噂であれば自ら出向いて帝国内を歩き回る事も考えてしまっていた。

 だが、そんな事をしていては余りにも情報を得る時間が掛かり過ぎてしまうと考えた。

 それに、ミルカを慕って付いて来るクリフとその従者のヘルマンを危険な場所に残し再び暗殺者の手に掛かる可能性も捨てきれない。


 それならば、逆にそれを利用して罠を張っておこうと考えた。

 確かに、クリフを危険にさらす可能性は捨てきれないが、帝国に従ずる者達から新鮮な情報を得られるとあれば多少は目を瞑るのもやぶさかではない。


「ま、何にしても虎の子はこちらの手の内にあるのだ。やりようはいくらでもあろうからな」


 甲板から船室へと下る階段を降り始めると、頭上から”カーン!カーン!”とけたたましい合図が鳴り始める。

 間も無くアニパレへ入港する合図だ。

 船上にはクリフを狙う刺客も、ミルカに勝負を挑む者達もおらず平穏な時を過ごす事が出来た。だが、船に掛かった桟橋を一歩でも離れれば、クリフの戦いが待っているだろう。


 ミルカは船室に戻ると息を整え一端目を瞑った。

 そして、ミルカも自らの力を再び振るわねばならぬと、気持ちを切り替え瞼を開いたミルカの瞳は先程までの優しい瞳から、自らに課せられたどんな道も切り開く決意に満ちた鋭い瞳が宿っていたのであった。







 ミルカ達は下船するとすぐに宿を探し始める。

 真夏の太陽はまだ空高くあった。宿を探すには時間はたっぷりあり、屋台のジュースを何杯も飲みながら宿を探し歩いた。

 汗を拭くタオルもすぐにびしょびしょになり、太陽からの熱と石畳から昇る熱でふらふらになりながらも一軒の宿にたどり着く。

 人通りが多い道の傍で逃げ道の確保がし易く、何より、燃えにくい宿を探し出し泊まる事とした。


「それじゃ、少し出て来るから二人はクリフの護衛を頼む」

「わかったわ。気を付けて」


 ヴェラが言葉を掛け手を振るが、ファニーは窓の外を鋭い視線で眺めながらただ頷くだけだった。


「ミルカさん、行ってらっしゃい」

「到着早々、すみません」


 長旅で疲れたであろうクリフは元気いっぱいに、老齢のヘルマンも疲れを見せずにミルカを見送った。


 それからミルカはトルニア王国では珍しい太刀を背負い、宿を出てワークギルドを目指した。途中ワークギルドへの道を尋ねようと小さな守備隊詰所に足を向けてみるが、親切にワークギルドの場所を告げられただけで、それ以上の言われることは無かった。


 ミルカは数年前のアーラス神聖教国の内乱で反乱軍となったアドネ領主に力を貸しており、指名手配をされているかもしれぬと不安があった。詰所に張り出されている指名手配の一覧にも名前が記載されていなかったと、そこでホッと溜息を吐き、胸を撫で下ろした。

 その溜息を見た守備兵から不思議な顔をされたが、何も言わず堂々と後にしたこともあり追われるなども当然無かった。


 しばらく道を歩き街の様子を眺めながらミルカはワークギルドに到着した。

 海岸線にある巨大な都市でひっきりなしに人と金が動き回るとの噂は真であったと感心せざるを得なかった。

 そして、ワークギルドに一歩入ってみれば、夕方にはまだ時間があろうにもかかわらず、沢山の人でごった返していた。とは言いながら、併設された酒場で一杯ひっかけている者達や目当ての職員や給仕に色目を使っている者達など、仕事そっちのけで何処にも気を配っていないと見られた。


 そこの人々の中にありながら、誰の人もいないカウンターにミルカは腰かけ酒を注文し煽り始める。

 何杯かグラスを開けると陽気になってある事ない事を大声で喚く。


 誰もが良く知る情報や、新しく普及し始めた魔力機器(マジカルマシーン)は人を駄目にする等など。そして、ディスポラ帝国で皇帝が変わり何かを企んでいるとも……。

 それらが済むとカウンターに伏せ寝たふりをし、程よく酔いが抜けた頃合いを見計らってワークギルドを後にするのであった。


 とりあえず、大きな魚を吊り上げる撒き餌をばら撒いてみたと満足そうな顔をする。

 そして、酔ったふりをしながらヴェラ達が待つ宿へと足を向けゆっくりと帰って行く。


 話は進みまして、同時進行の二組です。

 まぁ、同時進行ですからね~。

 察しの通りと言うか、なんというか(笑)


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