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第四話 さぁ、事件の予感ですよ

※場面は変わって、主人公ルート。

 ブールに戻ります。


いつもお読みいただきありがとうございます。

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また、誤字脱字の報告も随時受付中です。


 真っ青だった西の空が茜色に染まり、空を飛ぶ鳥達も自らの巣にいる子供達の下へと帰ろうとする時間に、一軒の屋敷の煙突から腹を空かせる人の鼻腔を攻撃する香りが漂い始めた。

 ブールの街の郊外に建つ屋敷には、新旧の二種類の外装が交じり、倍の面積に増築されたと何となくわかるだろう。


「ただいま~」


 仕事を終えた青年が玄関を開け、挨拶と共に帰ってきた。


「おとしゃん、おかーり!」


 屋敷の奥からパタパタと身長が一メートルにも満たない子供が走り寄ってきた。

 そして、青年に思い切り体当たりをするとしっかりと足に抱き着いた。


 だが、それもつかの間、子供を強引に()がされるとあっという間に体を浮かばせられ自由の効かない空中へと持ち上げられた。


「【エレク】、ただいま。今日も沢山遊んでもらったか?」


 エレクをひょいと肩車して屋敷の奥へと青年は進んで行く。


「エゼル、お帰り。今日は早かったわね」

「ヒルダ、ただいま。そうなんだ、領主館に呼ばれちゃって、時間が中途半端になっちゃったんだよ」


 台所で夕食の支度をするヒルダに挨拶を交わすエゼルバルド。

 エゼルバルドはともかく、子供を産んだにも拘わらず、彼女のスタイルも筋力も変っていなかった。それは毎日続けている二人の手合わせの賜物であろう。

 そして、エゼルバルドが肩車しているのは今年三歳になる二人の息子だ。


「その話はご飯の時にしましょう。今日は珍しい人が来てるわ。エレクったら怖いって”わんわん”泣いてたのに何時の間にか遊んでるのよ、可笑しいでしょ」

「ぶーぶー!」


 包丁を持って”ふふふ”と笑うヒルダに、一人前に怒ってみせるエレク。

 それをなだめ、肩車したままドアの上枠に気を付けてリビングへと移動する。


 夕食の準備が整いつつあるリビングのテーブルに二人の人物が見合って談笑していた。


「スイール、ただいま。珍しい人って、ヴルフかぁ」

「あぁ、お帰り」

「なんじゃ?ワシが来てたらいけんのか?エレクと遊んでやったというのに」


 ”そんな訳無いじゃん”と、誤魔化しながら肩車のエレクを降ろす。すると、一目散に”ブーフ!ブーフ!”とヴルフの下へとまだバランスの取れぬ足を動かし駆けて行った。


「確かにエレクには怖そうに見えるね」

「そう、エレクが泣きまくって、研究どころじゃ無かったよ……」


 研究が進まぬとスイールが溜息を吐いた、最近では珍しく。

 エゼルバルドとヒルダの結婚式の後、自らのあばら家を改装、増築し、今ではスイールの他にエゼルバルドとヒルダ、そして息子のエレクの四人で屋敷に住んでいる。

 そのスイールはと言うと、朝の訓練以外は書斎に籠りっきりで何かを研究しているらしい。


 らしいと言うのは、今、何の研究に携わっているかを知らないからだ。

 籠った一年目は魔力機器(マジカルマシーン)の設計を描き起こし、囚人に使う拘束具を提案していた。

 その後が何を研究しているか、エゼルバルドにも話していない。


「一日中部屋に籠っているんじゃ、体をおかしくするよ。たまには街にも行かなくちゃ」

「一か月に一度は行ってるんですけどねぇ……」


 書斎から研究報告で領主館へ向かう事になっているからそれで充分だとスイールは口にする。だが、エレクと遊んでいるヴルフが”それは少ないだろう”と、驚く。


「まぁ、いいや。たまにはスイールの力を借りようと思ってたから、気分転換に手伝って貰おう」

「面倒ごとは御免ですよ。研究はまだまだ終わらないのですから……」


 スイールは背もたれに深くもたれ掛かり、渋い表情を見せて露骨に頼みを断ろうとする。よっぽど研究が大切なようだが、気分転換をしなければ考えが纏まらない時もあるだろうと、強引に連れて行こうとエゼルバルドは思った。


「はいはい、食事にしますよ。()()()()()も汚れた服を着替えてきてください」

「おっと、そうだな」


 野菜がゴロゴロと入ったスープを鍋ごと運んできたヒルダか仕事から帰ってきたままの服装をしているエゼルバルドを注意する。

 積もる話もあると顔に出ているが、それは後でも出来るでしょうとヒルダが睨めば首を竦めて着替えに渋々と出て行った。


 屋敷については留守を預かるヒルダに半分以上任せているために、エゼルバルドは頭が上がらなかった。それが不幸かと言えばそんな事は全く無いと断りだけは入れておく。


 エゼルバルドの着替えも済み、テーブルに全員が揃うと夕食となった。

 窓に写し出される風景もすでに闇夜に浮かぶ絵画と同じ、夜が訪れたと報告していた。


 大人に混ざって子供のエレクは定位置のヒルダの膝に座り足をバタバタさせながら夕食を口に頬張っている。それをほっこりとした目を向けるのが何時もの光景だった。


 夕食も間も無く食べ終わろうとしたときにエゼルバルドは今日の出来事を話し始めた。


「ちょっと聞いて欲しいんだけどいいかな?」

「そういえば、領主館に呼ばれたって言ってたわね」


 食べ終わったお皿を片付けながら、”その事だ”とエゼルバルドは続ける。


「スイールは知らないと思うが、ここ数か月、いや、もうちょっと長い期間らしいけど、昼間の治安が悪くなり始めたんだ」

「ほほぅ、それは初耳ですね」

「って、スイールは書斎に籠りっきりで外に出てないから情報を耳にしないでしょうね~」


 書斎に籠り研究に明け暮れるスイールにヒルダが辛辣な言葉を冷たい視線と共に向ける。


「ワシが知らんって事は、ブール限定か?」

「ブールとルスト、そしてアニパレの三つの都市限定だったかな?」

「それなら納得できる。王都や南部の山岳地方じゃ、そこまで治安の悪化は聞いておらんからな」


 ヴルフがブールへ足を向ける前は王都アールストや南部の山岳地方を回りワークギルドの依頼を片付けていたと告げてくると、それなら”仕方ないか”と誰もが頷いた。

 だが、ヴルフの言葉を聞けば聞くほど、エゼルバルドが聞いてきた三つの都市限定が異様だと目に浮かんでくる。


 例えばブールの南に位置する鉱山を有するリブティヒと行き来する人々、特に鉱石や武器を運ぶ商売人が多い。そんな行き来が多いリブティヒの治安悪化が確認できないのは不思議と思っても仕方ない。

 そしてもう一つ、三つの都市以外では治安悪化の傾向が全く見られないと言うのだ。治安維持の兵士を投入などしなくても変わらない。


「不思議だろ。でも一番の不思議は昼間の治安悪化率が目に見えて酷いんだって」

「夜間がそれほど増えずに、昼間だけってのは納得いきませんね」

「それも、とある犯罪に限って増えているんだってさ」


 ヒルダにチラリと視線を送って申し訳ないとさらに続ける。


「街を歩いてる女性を数人の男が路地に無理やり連れ込んで強姦しようとするんだ。しかも、大勢の見てる前でさ」

「ん?それって、可笑しな話じゃない?未遂事件で処理されないの?」


 食事を終わり、こっくりこっくりと船をこぎ出したエレクを抱えながら、紅一点のヒルダが表情を強張らせる。

 事件自体は許せないが、現場を脳裏に思い起こせば不思議な事ばかりだった。

 何故、人通りが多く視線がすぐに集まる場所で発生するのか。それに……。


「人通りの多い現場では通りすがりの人達が事件を未然に防いでいるから大事にはなっていないらしい。女の人はちょっと打撲とかは受けてるみたいだしね。それに、襲う方も襲われる方も子供から老人まで、不思議でならない」

「それじゃ、花街は役に立たないわね」


 どんな者達がいるかと聞いたが、体を預けるパートナーがいれば解決する問題ではなかった。犯罪者の年齢や家庭の有無等を聴取した結果、初犯が多く犯罪と無縁の生活を送っている方が多かった。

 それから考えても、まさに奇妙な犯罪だった。


「それでね、これからが機密事項なんだけど……」


 エゼルバルドがぐるりと視線を巡らせ、他言無用だと告げてから話を再開した。


「彼らの行動の中に屋台で何かを買って食べた、そんな証言が集まってる。一軒だけなら確定だけど、十軒近くもあるから内偵が上手く進まなかったらしいね」

「その口ぶりだと、その後も話があるみたいだね」

「そうなんだ……」


 スイールの合いの手に、溜息を吐きながらその後に起こった事の説明を始めた。


 ブールの諜報員総出で内偵を始めた。

 ブールは王国直轄地であり、兵士の数は少ないが諜報員はそれなりに数を揃えている。その諜報員は王都の隊に比べれば質は劣るが、それでも平均以上で一部は王都の諜報員を凌ぐ実力を持ち得ているらしい。

 その彼らが内偵した屋台の仕入れ先を一気に制圧しようと強襲する計画を練り、実行に移したのだが、ものの見事に裏をかかれ、無人の倉庫に雪崩れ込むだけになってしまった。


 倉庫の借主をたどれば当然ながら実体のない商会が借主であり、金銭の出どころもはっきりしなかった。その商会が支払った硬貨を調べてみれば、国内で製造された硬貨ではなく、ディスボラ帝国かルカンヌ共和国で製造されたと判明したのだ。


 トルニア王国があるグレンゴリア大陸では、各国の物価は違うがエルフが二代変わる前、つまりは千五百年以上前に決めた大陸内共通通貨が今も有効で、硬貨を両替をすることなく各国で利用できる。

 硬貨の重量や使用する金型に厳密な規定があるのだが、硬貨の製造具合や減り方を見れば年代や製造国をおおよそだが推測できる。


 そこで、回収した硬貨を調べてみれば、へたり具合も無く光の反射も眩しいくらい。一年以内に製造した国を調べればディスポラ帝国かルカンヌ共和国となる。


「また、帝国ですか……」


 ディスポラ帝国の名前を耳にし、スイールは露骨に顔を歪めた。

 帝国は大陸に覇を唱えたいと昔から考えているのか、何かの事件の裏には必ず帝国の名前が出てくる。だが、その殆どは防がれ、いまだに隣国のスフミ王国でされ滅ぼせぬままにいる。


 そのスイールが現した、露骨な表情にエゼルバルドは何かあるのではないかと疑問を呈するのだが……。


「スイールは帝国に何かされたの?」

「あ、あぁ。昔にちょっとね。それよりも、エゼルが受けた依頼は何でしょうか?」


 自らの話題をなあなあに胡麻化し話題を戻す。

 ”そうそう”と用意してあった封筒から書類を取り出しテーブルへと置く。


「依頼されたのは、今起こっている事件の裏取りだね」

「ん?事件は倉庫に踏み込んで終わりじゃなかったのか?」

「倉庫に踏み込んだのは二か月も前だね。それからも起きてるらしいから調査だって」

「ほほ~?」


 また面倒臭い依頼だなと、ヴルフも露骨に顔を歪める。それから、テーブルに散らかった書類を取り目を通すと溜息を吐いた。

 裏取りとエゼルバルドが説明したが、書類を見ればなんてことは無いただの襲撃だったからだ。


 書類を見れば一目瞭然で押し入る場所はすでに内定済みで、情報の裏取りと対象者の捕縛が主な依頼だった。それだけであれば諜報員だけで事足りる筈なのだが、二枚目の最後に出て来た一文に目が行くと、エゼルバルドに依頼が来るはずだと納得した。


「エゼルはこれを聞いたから依頼を受けて来たんだな?」

「ま、そう言う事。あの時に逃した、スイールの敵をこの手で討ち取らないと、気が済まないんだ」


 直ぐに、ヴルフが読んでいた書類をスイールが受け取り目を通す。そして、エゼルバルドとヴルフの会話にあった”自らの敵”が何なのかを理解した。


「深緑の衣装をまとった、不思議な一団……ですか」


 二人(エゼルバルドとヒルダ)の結婚式に姿を現した、人ならざる者達の集団が関連している、そう書類には書かれていた。

 あの時、カルロ将軍が討ち取った深緑の服装をした者達を調べ、知能を持った亜人や、人と亜人の相の子だと判明していた。

 それらを有する一団が再び暗躍を始めたと聞けば、エゼルバルドも無下に断るなど出来なかった。いや、むしろ、記憶を呼び覚ましてくれて有難いとさえ思っていた。


「この依頼、スイールと二人で受けようかと思ったんだけど、ヴルフが来てくれるんだったらヒルダも合わせて四人で受けようかと思うんだけど、どうかな?」


 元々は二人で依頼を受けて、スイールには後方支援をお願いしたいと考えていたが、帰って来てみれば、剣技には絶対の自信を見せるヴルフの姿があった。そのヴルフが参加してくれれば、スイールの後方支援は彼へと向けて、エゼルバルドはヒルダと組んで事に当たれると考えたのだ。


 それに、二人で依頼を受けるよりも報酬金額が多くなる利点もあった。


「ワシはしばらくいるつもりだったから別に構わんぞ」

「そうね、エレクを預ければわたしもいいわ」

「ありがとう……」


 ヴルフとヒルダから快い返事を受けると、エゼルバルドの視線はスイールへと自然と向いて行く。スイールの答えを期待するのはエゼルバルドだけでなく、ヴルフやヒルダも同じであり、どんな答えが口から飛び出すのか、不安と期待を混ぜながら答えに期待した。


「何ですか、その目は。……はいはい、わかりました。調査は手伝いませんが、押し入る時には参加しますよ」


 渋々と言った雰囲気で、スイールは依頼に参加すると答えた。

 エゼルバルド達が書斎から連れ出せると喜んでいたが、当人は”面倒な事にならなければいいのですが”と不安を募らせていたである。


※昼間に強姦?えっと何処かで見た記憶がある人……。

 鋭いです!

 【第10章 第13話 昼間から現れた?まさかの暴漢】で同じような事が起こっています。

 それにしても、三年以上も前の出来事なんですよ。エゼルバルドもヒルダも忘れているのも当然でしょうね。


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