SS第三話 男装の麗人、街を行く(裏方では)
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「まったく、ウチの姫様ときたら……。少しはお淑やかにならんのかねぇ」
陰日向の様に護衛対象のパトリシア姫を追い掛ける数人の集団。
街に溶け込むようにと何処にでもいる市民の格好をして、腕にナンバーの付いた腕輪をした男が屋根の上から毒を吐く様に言葉を漏らした。
彼の行く先には男装した彼らの仕える王国の第一王女が、収穫祭へと一人で出掛けていた。王女らしからぬ、男装の麗人へと姿を変えていれば、こんな辺境の地ではお貴族様がお供も連れずに好き勝手に息抜きで歩いていると見て取れるだろう。
まさか、重要人物が歩き回っているなど誰も思わず、ただ単に美麗の男子が歩いていると見られるだけかもしれない。そうなれば、見張りなど必要ないのだが、見張らぬ訳にも行かず付かず離れず、尾行していた。
「ともあれナンバーワンよ、連れ戻すか?」
数字で”二”を彫られた腕輪をした男が尋ねて来た。
「いや、姫様の意思を尊重しよう。何かに巻き込まれたらこっそりと支援するのだ。ナンバーツーにナンバスリーはそれを忘れるな。我々を気取られてはならぬのだ」
「そう言うと思った。了解だ」
「我も了解した」
ナンバーワンにそう答えると、二人は彼の傍から離れて何処かへ向かって行った。
二人が去ったのを気配で感じ取りながら対象を眺めれば、普段見せぬ屈託のない笑顔で屋台の店主に話し掛け、食べ物を買い込んでいた。
その屈託のない笑顔を見た屋台の店主は、男装しているにも変わらずおまけとして串焼きをもう一本とか、甘いデザートを多めによそっていたりと大盤振る舞いしていた。
「まさか、男装していても尚、親父キラーとは……。姫様は何処へ行ってしまわれるのだろうか?」
予想の斜め上に突き抜ける光景を目にし、思わず溜息を吐いてしまった。
しかも、広場にて休憩中に、買い込んだ食べ物を口にすれば、それを目当てにごっそりと住民が消える不思議な光景も目にし、何か魔法でも使っているのかと錯覚させられた。
その不思議な光景は、ナンバーワンだけでなく、異なる場所で追っていたナンバーツーも、そしてナンバスリーも目撃していた。
「全く気にしていない様子は天然だな……」
そして、他人からの視線を気にせず食べる様子を見れば、神経が図太いのか、はたまた本当に気にしていていないのか、判断に苦しむのだ。
そこへ女性が一人近づいて来るのが見え、敵が現れたのかと態勢を整えるが、よくよく見ればお世話係の従者だと気が付く。彼らの姿とあまり変わらぬ街娘の様な格好に長い髪を頭の上で纏め上げれば、年相応よりも五歳は若く見られるだろう。
女性は得が多いと嘆くも、誰も聞く者もおらず再び対象の監視に戻った。
それから対象達は食べ物を全て平らげると、再び屋台がある通りへと向かって行った。
二人が訪れたのは子供達に人気の遊び輪投げの屋台だった。見るからに胡散臭そうな店主が、ある事ない事口にして難しいピンに投げさせるのが定番だが、この屋台はどうであろうかと対象の一挙手一投足に注目して見る。
見た目的には難易度が高く設定されているようだが、初心者用にピンが立ち並ぶ場所も作られ、他の輪投げの屋台に比べれば良心的だった。
それに、一投目を外した対象にアドバイスを送っていて、金儲けだけでなくお客への配慮も見せているなど、ある意味商売上手だと言えた。
「姫様の嬉しそうな顔は、十分に満足したのだろう」
景品を貰い笑顔の対象を眺めればそう思うのも当然だろう。
それからも屋台を眺め、食べ物を口にしながら歩み行く対象を屋根を伝って追い掛けて行く。
少し経ち、監視対象がきな臭い場所へと向かい始めると、彼らに緊張が走った。
収穫祭で人の多い場所であれば他人の目がありそこまで大きな犯罪に発展する事は少ない。むしろ、スリなどの軽微な犯罪が横行するだけである。
現に、対象を見張っている時でもその近くで何件ものスリを見ていて、捕まえに行きたいと思ったくらいだった。今は任務を遂行するために、仕方なくそれらの犯罪を見過ごすしかなかった。
対象はと言えば、表の騒がしい通りから二本ほど入った人通りの少ない裏道を淡々と進んでいた。裏通りと言えども、それなりに道幅もあり太陽の光で照らされて犯罪が起き難いと見ていた。
注意しなければならぬのは、道端で屯する人々で何をしでかすのか考えたくも無かった。だいたい、それらの連中は、美人を連れ去って悪戯したり、手籠めにしたりとすることが多く、対象がそうなってしまったと想像するだけでいたたまれぬ気持ちに陥る。
彼らにとってみれば、対象は小さな時から知る娘のような存在であり、それが壊されようとするならば、彼等は全力をもって阻止、いや、排除するだろう。
杞憂であって欲しいと思いながら見守るも、対象は何を考えたのか細い路地へと入って行った。
彼らの視線先には行き止まりがしっかりと写っており、引き返さなければならぬ場所だと知らせようと動こうとするが、それよりも早く行き止まりとなる広場へと着いてしまった。
今から出て行き帰る様にと促しに向かいたいが時すでに遅し、対象を囲う様に数人の男がゆっくりと近付く姿を捉えていた。
「あいつらは気付いているだろうな?」
鞄からスリングショットと小型の弾を数個取り出し不測の事態に備えるべく仲間へと視線を移す。二人共、護衛対象が危険地域に侵入したと認識しており、同じような武器をすでに取り出していた。
「優秀優秀」
ナンバーツーはスリングショットを、そして、ナンバスリー手持投石機を構える姿に満足して思わず顔がほころぶ。
それくらいは何年も諜報員をしているのであれば当然の動作であるが、いまだに教導員の癖が抜けぬのか生徒を見て点数を付けている気分だった。
いかんいかんと首をぶんぶんと振り脳裏から余計な考えを捨て任務に戻ると、対象がならず者と言い争っている場面だった。
ならず者達は対象を取り囲もうと包囲の輪を縮めようとゆっくりと歩を進めていたが、既に気付いているらしく逃げる算段を考えていると見て間違いなかった。
対象の左手を腰に当てた時にサインを従者へ見せて駆け出すと合図を送っていたのだ。
そこからの動きは素早かった。
包囲が狭まるまでまだ時間があると見たらしく、不意打ちにより一対一で確実に勝ちを狙おうと何かを投げつけ、即座に細身剣を抜き放ち躊躇なくならず者一人を切り倒していた。
「ほほぉ~」
ならず者達が実力を兼ね備えていなかったとは言え、容赦ない攻撃と訓練の賜物と見られる素早い動きを見せられ、ナンバーワンは感嘆の声を漏らした。
「お転婆姫と思っていたが、そうとも言いきれんか……。惜しむのは攻撃が軽い事だな」
手首を切り落とし、顔面に膝蹴りを喰らわせて打ち倒したはいいが、最後の一撃が軽く、止めを刺せていなかった。これが男であれば身体能力に任せて顔面を踏みつぶしていただろう。
無いものねだりをしても始まらないと、再び対象の周囲へと視線を向ければ従者が対象の脇を抜けて路地を駆けて逃げ始めていた。それを逃がそうと、対象は細身剣を効果的に振るい、ならず者達を近づけまいとしている。
「なかなか上手になりましたな」
上手く細身剣を振るう対象に及第点を付けると思わず声を漏らしてしまう。
路地の途中で足止めとして積んであった荷物を崩す光景を見て、満足げに対象を見送った。
「それでは、少々お節介でもしておきましょうか」
護衛対象を仲間の二人に一時任せて、ナンバーワンは素早く広場へと降り立つと手首を切り落とされ痛みでゴロゴロと石畳を転がるならず者の喉笛に抜き放ったナイフを突き立てる。
喉笛に突き立てたナイフを即座に抜くと、路地を走り対象を追い掛けるならず者達の殿に血にまみれたナイフを投擲した。走り抜けようとするならず者の膝裏に”ぶすり”と深く突き刺さると、突然の痛みを感じ躓いたように顔面から転んだ。
先を急ぐならず者たちは、無様に転んだ仲間を振り返る事もせず追い掛け続ける。
それらを視線で追いながら人と思えぬ速度でナンバーワンは倒れたならず者へと一気に追い付き、膝裏に刺さったナイフを無造作に、そして強引に引き抜き止めとばかりに首の後ろ、脳髄へとナイフを深々と突き立てた。
「私のお節介はここまでです。二人が上手くやってくれると信じましょう」
そう呟くと、屠った二人を捨て置き一瞬のうちに屋根の上へ飛び乗ると護衛対象を追い掛ける。
護衛対象とその従者が裏道を駆けて行くが、従者が足を引っ張り思う様に速度を出せていなかった。ならず者達を足止めしたとは言え、このままだと追い付かれてしまうかもしれぬと見ていた。だが、距離が離れており広場へ逃げ込むには十分だと安心しかけた。
安心できなかったのは、裏通りから広場へと向かう道をならず者の仲間が塞ぐ光景を視線の先に捉えていたからだ。
おそらく、対象が裏道へ迷い込んだ時にすでに目を付けられていたのだろう。狙いは男装している対象ではなく、街娘の姿をしている従者である事は誰の目から見ても明らかだろう。
男装していなければ対象を狙うのは目に見えてたが……。
だが、男装の麗人へと変装していても、両刀使いから狙われる心配もあり、どちらも安心は出来ない。
立ち塞がるならず者たちを排除するにはすでに時間も足らぬとあれば、ナンバーワンから命じられている通りにこっそりと支援をするしかないと気を引き締める。
相手は街でウロウロとしているならず者であれば、攻撃して制圧するのは容易い。逆に、こっそりと気付かれずに支援する方が神経を使う。
対象が道を塞ぐならず者三人に気付き一度足を止めるが、すぐに敵を見定めて向かって行った。すでに抜き放っていた細身剣を左の男に向かい、瞬時に腕の付け根を抉り戦闘不能にさせていた。
「カルロ将軍が目を掛ける訳だ」
軽い攻撃とは言え、鋭い攻撃を見せた護衛対象にナンバーツーも感嘆の声を漏らす。そして、ならず者の二人目に向かう対象を見続けていると、”それは拙い”と表情を硬くした。
振り上げた細身剣をならず者が短剣で受け止め両方の武器が破壊されてしまった。
だが、ならず者の短剣は根元から折れてしまっていたが、対象の細身剣はまだ攻撃に使える程の長さを保っていた。
その折れた細身剣を振るい攻撃を仕掛けようとする対象を見れば、ナンバーツーとて臍を噛み、手を貸すしかないとスリングショットを一瞬のうちに構え、狙いを付けて放った。
狙いはならず者の気を引く事で、仕留めるまではしない。ならず者の首筋に向けて放った弾丸は狙いたがわず、その場所に命中した。
それに気を奪われたならず者は防御が一瞬おろそかになり、対象が振り抜いた細身剣の切っ先が喉笛を捉え切り裂いた。
「ヨシヨシ……」
二人目を排除した対象が一瞬動きを止めたが、何事も無かった様に三人目に向かった。
一撃で決めると腕を引き石畳を蹴って飛び込んで行ったが、いくら何でも守りを固めるならず者には通じるとは思えなかった。自分からは護衛対象が邪魔になり支援を行えぬと、仲間のナンバスリーを見れば、すでに手持投石機を振り切り石を投げつけていたところだった。
たかが石を投げつけただけと思うだろうが、手で投げ付けるより遥かに威力のある手持投石機からの攻撃は身体に重大な怪我を負わせる事が出来る。
手持投石機で投げ付けていた石は、ならず者の膝に命中して関節を破壊するとバランスを崩して体を傾けていた。
そこを対象が体ごとぶつかる様に細身剣を胸の中央に突き立て、ならず者三人の排除が完了した。
それから護衛対象は、刀身が折れて突き刺さったままの細身剣をもう使えぬとその場に打ち捨て、従者と共に逃げて行った。
「さて、っと」
護衛対象をナンバーワンに託し、ナンバーツーはナンバスリーと共に立ち塞がったならず者達の下へと降り立った。
そして、まだ息のある一人目に近づき、有無を言わさずに喉笛を切り裂いた。
「で、どうする?」
「面倒ではあるが、掃除をしておくか?」
道に倒れ息をせぬならず者達を見下げてから、護衛対象を追い掛けて来たならず者達へと向き直る。
「武器も回収しておかねばならぬし、大した手間にもならんだろう」
「では!参る」
諜報員の二人はナイフを逆手に取り出すと、追いかけて来たならず者達をあっという間に骸に変え、護衛対象の残した細身剣を回収すると護衛対象を追い掛け、領主館へと帰って行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日の夜、何事も起こらぬ領主館の一室で寛ぐ彼らの下へカルロ将軍とパトリシア姫のお世話係のナターシャが姿を現した。
「ご苦労さん。彼女から一言あるらしいから聞いておいてくれ」
そういうと、カルロ将軍はナターシャをその場に残し、さっさと部屋を出て行った。
「本日は危ないところをありがとうございました」
「ん?何の事だ?」
「惚けないでください」
メイド姿のナターシャは、エプロンのポケットから丸い金属の塊を出し指で転がしだした。それが何を示しているのか、その場にいる誰もが隠せないなと理解をしていた。
「これを使うのはあなた方だけです。同じ王国の臣下なのですから、隠さなくても宜しいかと思いますが?」
「わかったわかった。後始末が大変だから、姫様によく言っておいてくれ」
「畏まりました」
お礼を受けて貰ったナターシャは一礼をすると、すぐにその場を後にした。
「と言うわけで、お前たちの仕事は姫様からも、感謝されるとわかっただろう。本番は明後日だ、よろしく頼むぞ」
ここのリーダー格であるナンバーワンがそう告げると、部屋に男の歓声が響き渡るのであった。
※明日の更新は纏めです。
第十章の説明をちょっと書いてあるだけです。
スリングショット=パチンコです。
裏方たちは十番まで考えてたんですけど、使わなかったです。
さて、定番と言えば定番の、お姫様の街歩きはいかがだったでしょうか?
書いている時は結構楽しかったんですよ。
それと、輪投げ。結構調べました。




