SS第二話 男装の麗人、街を行く(後編)
閑話が三話だから中編と思いました?
いえ、後編です。
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一通り屋台を眺め終わり、お腹の膨れたクラウドとナターシャは人通りが途切れた街外れへ、いつの間にか来ていた。
「ここって、何処だ?」
「姫様の後を付いてきただけですので、私にはわかりかねますが……」
足の向くままぶらぶらと適当に散歩していた為か、収穫祭の雰囲気から外れた陰気な場所へと迷い込んでしまっていたようだ。しかし、民家を挟んだ表通りから騒がしい声が届いて、見た目よりも陰気な雰囲気は薄れているのも事実だ。
とりあえず、何とかなるだろうと二人で足を進めていると、小さな路地を見つけそこへ入って見る事にした。当然、闇雲に進むのではなく、騒がしい祭りの声のする方向へ、である。
すれ違い時に肩が触れる程度の路地を抜ければ、騒がしい屋台の通りへと出る筈と思っていたが、路地を抜けた場所は汚れた壁が四方を囲む小さな広場だった。
「姫様、この汚れは何でしょうか?」
壁の汚れに視線を向けていたクラウドへ、コツコツと足を踏み鳴らしてどす黒く汚れた石畳が気になると呟いた。
クラウドが足元へ視線を落とせば、ナターシャが気にした通りのどす黒く汚れた石畳が点々と見え陰気な雰囲気が、より一層不気味に浮かんで見えた。
どこかで見た気がすると、似た情景を記憶の奥底から呼び起こした時に、危険信号が頭の中を駆け巡った。
「拙いな、帰るぞ!」
ナターシャへ告げると踵を返して路地へと戻ろうとしたが、足を踏み出す間もなく動きを止める事になった。
石畳を汚しているどす黒い汚れが撒き散らされた血液だと分かった時にはすでに遅かったのだ。
「さて、お貴族様がこんなところに何の用かな?」
何処の街でもそうだが、役人の目の届かぬ場所にはそれ相応の人が屯しているのは当然だった。この場所も、チンピラ崩れが顔を合わせる集会場所で、二人の進路を塞いでいたのもそんな一人であろう。
年齢にして二十代後半の無精ひげを顎に蓄え汚れた赤茶色のシャツを着ていた。伸び放題の髪は邪魔にならぬようにと後ろで一つに縛られている。
それよりも気になるのはシャツの汚れだ。
赤茶色のシャツだったが、それがシャツの色だとは思えなかった。別の色が下地ではないかと思えた。
「な~に。祭りの声が聞こえて近道だと思ったら行き止まりだった、それだけさ。帰るところだから、そこを退いてくれないか?」
足を一歩前に出し退いてくれるようにと声を掛けるが、彼は定番の言葉を吐き捨てた。
「まさか、俺達がこのまま通すと思ってるのか、貴族の兄ちゃんよ?女みてえな声を出しやがって、甘いんだよ。最低でもそっちの年増女を置いて行くんなら通してもいいぜ」
立ち塞がる男が俺達”と告げて来た事に、クラウドは気になり周囲へ視線を巡らせば、”なるほど”と納得する事になった。
何処からともなく現れた数人の男がクラウド達を遠巻きに囲っていたからだ。
数人とは言え、一斉に襲って来られればクラウドの腕では太刀打ち出来ぬだろう。それに、ナターシャは武器らしい武器は持っておらず、果物ナイフを一本携えているに過ぎない。
訓練で罵声の様に散々耳にした、”多勢に無勢、一対一に持ち込め”との言葉を思い出しながら、この場をどのように切り抜けようかと立ち塞がる男を睨みながら思案する。
「困りましたね……。彼女は重要な従者なので、置いていく訳には行かないのですが……」
「お前の都合なんか知ったこっちゃねぇ。置いてくのか、それともここで切り刻まれたいか、好きな方を選べ!」
”困りましたね~”と、顎に手を当て、さらに足の爪先をコンコンと石畳を鳴らし、さも思案するふりをするクラウド。
そして、何かを思いついたように鞄に右手を突っ込み”ごそごそ”と探る真似をして何かを掴んだ。ついでに腰に左手を当ててから、ゆっくりと細身剣の鞘へ下ろした。
「彼女は置くことはできませんが、金貨で支払うとはどうでしょうかね?」
「金貨か……。どれだけくれるっていうんだ?」
「そうですね、これだけでどうでしょう………かっ!!」
鞄の中で掴んでいた銀貨銅貨数枚を道を塞ぐ男へと投げ付けると同時に、その男に向かってクラウドは駆け出した。銀貨銅貨をいきなり投げ付けられた男は、数人の集団で囲っていて油断していたのか、それとも線の細い優男でたいした事ないと考えたのか、思わぬ攻撃を受け顔を両腕でかばうので精いっぱいだった。
腕で投擲物の攻撃を防ぎ、すぐに反撃に移ろうと懐のナイフへ手を伸ばそうとしたが、自ら視界を塞いでいた為に、相手がすぐ傍まで迫っていると気が付かなかった。
クラウドは自らの体がこんなにも軽く動くとは思ってもみなかった。自らの騎士団と時間があれば体を動かしていた成果が出たと思わず顔がほころびそうになった。
だが、今はこの場を切り抜けなければと笑みを浮かべようとした表情を引き締め、すぐさま細身剣を抜き放った。
そして、思わぬ攻撃に硬直している男に向かい細身剣を切り上げ、さらに、左足で石畳を蹴って飛び跳ねると膝頭を男の顔面へと叩きつけた。
クラウドが男を打ち倒しもんどりうって倒れる頃には、細身剣に切られた手首が鮮血を撒き散らしながら宙を舞い石畳へと転がっていた。
「急いで!」
クラウドが左腕を腰に当てた時に何かあるとナターシャは身構えていた。クラウドが飛び出すと、一拍遅れて走り出したが、男達が動き出すよりも当然ながら何拍も早く、何とか捕まらずに路地へと逃げ込めた。
狭い路地では人一人が剣を振り回すだけの広さは無く、クラウドの細身剣は絶好の武器となり得た。
ナターシャを先に逃がして路地を塞ぐように後退しながら細身剣の間合いを十二分に使い牽制を掛ける。
斬撃を主体とする剣であれば刺突の合間に縦に斬撃を振るうだろうが、細身剣ならば刺突から斬撃へつなげば敵を翻弄する事も容易いだろう。
それに加え、クラウドの先生はエゼルバルドやヒルダ、それにヴルフである、剣戟に頼る攻撃以外に頭を使えとよく言われていた。
それを脳裏に思い描くと、この路地には荷物がたくさん置かれていたなと思い出していた。
「てぇい!」
積まれてあった商品の詰まった木箱を思い切り蹴り飛ばすと、バランスを崩した木箱が倒れ中の商品を散乱しながら路地を埋めて行った。
これ幸いと、そのままナターシャを追い路地を走り抜ける。
「早く逃げるよ」
「はい、姫様!」
路地の出口で待っていたナターシャと共に裏通りを懸命に走り、逃げる。
しばらくして、クラウドが散らかした木箱を抜けた男達が路地から現れ、再びクラウド達を見つけて追いかけ始める。
「しつこいなぁ。そんなにナターシャが魅力的なのか?」
「姫様、それは酷いですよ。後で覚えておいてくださいね」
「あ……」
男装しているとは言え、自らが女である事を忘れていたクラウドが呟いた一言にナターシャが反応した。街を歩けば十人中五人は振り向くだろうと自負してるだけにクラウドの言葉は胸に刺さっていた。
泣きたい気持ちがあったが、今は逃げる事に注力しようと釘を刺すに留める。
クラウドとしては悪口を言ったつもりは全くなかったが、無事に逃げ帰れた時が恐ろしいと額から汗を流していた。
追い掛ける男達はナターシャを手籠めにするとか、そんな目的はとうに頭から消え去っていた。クラウドが切り捨てた、あの男の仇を討つ!それしか頭には無かった。
あんな場所で一番に行く手を塞ぎ、自らが何かを求めようとする人物と言えば、当然ながらリーダーであると言えよう。その男が傷つき倒れたならば、チンピラ崩れであればこれをチャンスと利用してのし上がろうと考えるだろう。
そう、自らがのし上がるために、リーダーだった男を利用するだけだ。仇を取って自分が一番になると。
そう考えるとクラウドの予想は外れていると言えよう。
だが、それだけを目的としている筈も無く、上手く行けば上物の遊び相手が手に入ると助平心を燃やしていても不思議ではないだろう。
クラウド達は裏通りを走り、あの角を曲がれば広場に出るだろう場所まで来ていた。
あと少しでであったが、そうは問屋が卸さぬと二人の足が急に止まる羽目になった。
(何とかなるって進むなど、馬鹿だったわねぇ……)
道を塞で短剣を構える敵の三人を前に、クラウドは思わず臍を噛んだ。裏道を安易な気持ちで進んでしまった事に今更後悔しても始まらぬと、敵を観察して活路を見出そうとする。
道を塞ぐ敵だけならともかく、後方から迫る敵に追い付かれればナターシャを守りながらの戦いは劣勢どころか彼女を囚われ、自らも凶刃に倒れるだろう。
それならと腰の引けている左の男に向けてクラウドは一気に間合いを詰めて迫った。
軽く跳躍するだけであっという間に敵に迫る。何時も訓練でしている跳躍と同じ様に石畳を蹴ったつもりだったが予想よりもはるかに速く、そして遠くに跳躍し自分でもビックリしてしまった。
だが、あの広場で一人を膝蹴りにした感触を思い出せば、当然の出来事である。
いつもは訓練にミドルソードや鎖帷子、そして軽鎧を身に着けている事に比べれば、今は何の装備も身に着けず、ミドルソードよりも軽量な細身剣を振っているに過ぎない。
重い防具が無いだけで、これだけの身体能力を発揮出来てしまった。
ほんの少しの切っ掛けでも理解すれば、自らの体を修正するのは容易い。
それから、既に引いて突きの準備を終えていた細身剣を繰り出し男の腕を貫いた。
「たぁー!」
突き刺し、そのまま腕を振り上げ男の肉を抉れば、鮮血が派手に吹き出す。筋肉の半分を失えば、体の自由を奪ったも当然と、男の表情を窺えば苦悶に満ちた表情をして、戦意を失い掛けていた。
そして、中央にいた男に細身剣を振り下ろす。
「遅い!!」
何時もより三割近く早く動く体でミドルソードの重量の半分しかない細身剣を振るえば、過剰な力を掛かり武器の寿命を縮めて行く。
撓りながら振り降ろされる細身剣を短剣を出して咄嗟に受ける。
”パキンッ!”
打ち合った二つの武器は、細身剣が刃の先三割を、そして短剣が根元から折られ、二つの金属の刃が太陽の光を浴び七色の光を出しながらくるくると宙を舞った。
相打ちかと思われたが、すべての刃を失った短剣に対し、半分以上の刃が残る細身剣ではどちらが有利かは誰の目にも明らかだ。
クラウドは一歩踏み出すと折れた細身剣を右から一閃する。
クラウドの動きを予測し、細身剣の斬撃を左腕で防ごうと上げるのが見えたのだが、鈍く光る折れた刃は何者にも邪魔されずに男の首筋を捉えた。
細身剣が振り抜かれると、切り裂かれた喉笛から噴水の様に鮮血を吹き出していた。
「えっ?」
自らの攻撃が防がれる事なく敵を倒したが、違和感を覚えたクラウドは思わず口から言葉が漏れてしまったが、それよりも追い掛けて来る敵が来る前にこの場を切り抜け逃げなければ、との意識が上回り動きを止める事無く最後の一人へと向かう。
反撃の態勢を整える敵には不意打ちなど出来る筈も無いと、意識を集中して全力で退けると石畳を蹴り最後の敵に向かう。
再び腕を引いて突きの態勢を整えるが、すでにその攻撃は予想されているだろうと思いながらも攻撃を躊躇わずに繰り出した。
男を見れば短剣で細身剣の切っ先をずらして反撃しようと見え見えの構えを見せている。当然、反撃されるだろうと二手目、三手目を脳裏に思い描きながら折れた切っ先を突き出した。
「えっ?」
再びクラウドの口から気の抜けた声が漏れた。
細身剣の切っ先は逸らされ、準備していた二手目、三手目を使おうとしたが、その前に男がバランスを崩し逸らされる事なく細身剣が胸の中心を見事に貫いていた。
まさかの出来事に一瞬我を忘れたが、すぐに気を取り戻すとナターシャへと向き直る。
「何やってんの?」
ナターシャは石畳に転がる何かを拾っていたが、それが何かはクラウドにはわからなかった。
一つだけ理解している事は、追い掛けてくる男達が間も無くここへと到着する事だった。
「早く逃げるよ」
「はい!」
そう告げると、刃が折れ敵に突き刺さり抜けなくなった細身剣を諦め二人で逃げて行った。
それから一時間後、無事に領主館にたどり着いたパトリシア姫とナターシャは断りもなく外出したと、カルロ将軍からの小言を夕食まで聞かされる事になったのである。
「ま、楽しかったからいいか!」
※途中、パトリシア姫が「え?」と驚いた種明かしは次回です。




