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第四十三話 一生に一度の……

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    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ちょっと~!痛い!いたい!イタイ!シスター、痛いってば!」

「ほら、痛い言ってないで我慢しな!まったくもう」


 教会の母屋の一室で、ヒルダの腰回りに巻かれたコルセットを、服飾職人のアデーラと親代わりのシスターが額に汗を浮かべながらギューギューと締め付けていた。

 本来であれば体型を整えるだけで済むはずだったが、筋肉質のヒルダではその筋肉が仇となり、ほっそりとした見た目を作る事が難しかった。


「ごめんね~。私がちょっと目測を誤ったから、着れなくなっちゃって」


 苦笑しながらアデーラが謝る。のだが、反省した様子は無い。

 何故、今になってヒルダがここまで苦労しなければならぬかはアデーラに原因にあったのだ。ヒルダとの最終確認が終わり、後は結婚式で着るだけとなってマネキンに着せて保管しようとした時である。あと少し腰回りを詰めればもっと美しくなると感じたアデーラは誘惑に負けてそれに手を染めてしまったのだ。


 それからもう一つ、アデーラの予測が甘かった事もある。

 コルセットを締め付ければ、後数センチは悠々と細くなるとだろうと見ていたのだ。


 それが蓋を開けてみれば、ヒルダの筋肉質の体をコルセットで締め付けるのは非常に困難で、二人がかりで如何にか目的の細さに出来たのだ。

 だが、それによりヒルダの体に負荷がかかり、肋骨をギリギリと痛めつけてしまっていた。


「うううぅ、こんな痛いなんて聞いてないわよ。結婚式なんて挙げるなんて言わなきゃよかった……」


 コルセットを巻かれたヒルダは涙を浮かべて弱音を吐き、”ヨヨヨ”と床へ横たわっていた。ハンカチを噛み締めていたら、何処の女優かと勘違いしそうなシチュエーションである。


「ほら、まだまだ準備はあるんだから急いだ!急いだ!!」


 次は標準よりも薄い胸をたわわに実らせようと、胸部の補正下着を持ったシスターがニヤリと怖い笑みを浮かべる。


 ドレスを見栄え良く着飾るには腰の細いくびれと、豊満な胸が前提条件となりヒルダにはどちらもが足りていない。細めるには二人がかりでやっと対処できたのだが、胸を作るにはそこまで苦労はいらない。

 ヒルダ専用に盛られた補正下着を身に着けるだけで終わるのだ。


 何故、ヒルダがこんなにも体を痛めつけられ涙まで浮かべているかと言えば、昨日の出来事によるのだ。







 エゼルバルドとヒルダは領主館からアデーラの工房へ行き、工房の奥でひっそりと白い布に覆われたドレスを見つけ無事に受け取った。

 その横には当然ながら、エゼルバルドが身に着ける予定だったタキシードも仲良く飾られていた。


 無事にドレスと対面したヒルダは、そこでホッとして安心したのか、(たが)が外れたようにアデーラに小一時間、グチグチと文句や嫌味を立て板に水とばかりに淡々と漏らし、アデーラと執事の二人から額を床に擦り付けるほど頭を付けて謝るまで続けた。


 その後、教会に戻りドレスを受け取ったと神父やシスターに報告するが、結婚式は延期で再び予定を組まなければならないとヒルダは落ち込んでいた。

 そのヒルダを見て、シスターから明日も予備日として教会を押さえてあると告げられたのである。それに加え、参列者の予定もパーティーの用意もぬかり無いと口にした。


 シスターからの思いがけぬ言葉を聞きヒルダは喜ぶのだが、その手配がすでに済んでいるとさらに聞き、疑心暗鬼のまま一夜を過ごし今に至るのである。


 何故、シスターが予備日として教会を押さえていたのか、そして、参列者の予定も結婚式後のパーティーもぬかりないかと言えば、その全てが予想した範囲の中に入っていたからである。

 首謀者のパトリシア姫とカルロ将軍は悪戯を実施する当日の夕方から結婚式を予定していたが、その通りに事が進まぬ可能性を考慮して、翌日に延期しても計画通りに進める様にと各方面に打診していた。

 そう、それは当然、参列者にもある程度の理由を記した招待状を送っており、その誰もが納得していた。




「さて、さっさとこれを着て頂戴。そうしないとドレスが着れないだろうが」


 もたもたしているヒルダに向けて、シスターの檄が飛ぶ。ドレスに袖を通すのは楽しみだったが、予想していた以上の痛みを受け続けている今、それを手放しで喜べるほど今の彼女は余裕が無かった。

 そして、シスターから渡された上半身を包むようなブライダルインナーとスカートのインナーとなるペティコートを渡される。


「そうそう、これも履いて頂戴」


 そう言ってアデーラから追加で渡されたのは、真っ白のレースをあしらった薄手の膝上まであるソックスとガーターベルトである。


 それら全てを身に付けなければドレスに袖を通す事など出来ず、”うへぇ~”と渋い表情を見せながら、痛みをこらえ一つずつ身に着けて行く。

 コルセットをすでに巻いている事から腰を曲げる事が出来ず、ブライダルインナー以外はシスターやアデーラの手伝いを必要とし、ヒルダは人形になった気分を味わう。

 最後にドレスを纏い、アデーラに背中をぎゅっと結ばれると何処かの王女様と見まがう自分がそこに現れ、思わずくるくると回りたくなってしまった。

 ただし、コルセットは引き続きヒルダを締め付けるのであるが。


 さらに、人形の気分を味わえる、もう一つが施されようとしている。


「ほら、これ持ってて」


 椅子に座らされ、鏡を持たされたヒルダをアデーラの両手が襲い始める。

 傍らのテーブルにヒルダが担ぐような旅行の鞄と同等の大きさの木製のケースを乗せると、そこに付いている沢山の引き出しを開け始めた。


「はいはい、真っ直ぐ向いて鏡だけ見てればいいのよ。いつも化粧してないんだから、こんな時こそ綺麗にしないとね~」


 そう、アデーラがヒルダに施そうとしていたのは、結婚式でドレスに負けぬ化粧である。

 王族や貴族は普段から化粧をたしなんでいるが、一般的な市民は金銭の余裕があっても紅を引いたり頬を塗るくらいで、あとは眉に手を入れるくらいであろう。

 そして、ヒルダの様な体力勝負の仕事をする者達はほとんど手を入れていないで済ませてしまう。


 その、普段から何の化粧もせぬヒルダにアデーラが化粧を施せば、あら不思議、何処の誰からも振り向かれる美人に早変わり。

 施しているアデーラでさえ、嫉妬しかけるほどの化粧の乗りでもある。


「どうだい、見違えただろう」

「う~ん、そうだけど……。これを毎日は面倒だわ。普段通りでいいわ」


 徐々に変わりゆく自らの顔を鏡越しに見ながら嬉しくなるのだが、これが毎日しなければならぬと思えば憂鬱な気になって行く。

 ただ、適当に手入れをしてた眉には、真面目に手を入れるべきかなと、反省するのだった。


 それから手袋や胸元を飾るペンダント等の貴金属や宝石類を身に着け、真っ白な履きなれぬハイヒールを通し、最後にベールを被せて貰うと美しい花嫁が大輪の花を咲かせたのである。


「なんとか間に合ったかな?」

「間もなく式が始まっちまうな。もう少し時間が欲しかったな」


 ヒルダの花嫁姿にシスターとアデーラを見て、無事に仕上がったとホッと胸を撫で下ろしていた。


 シスターとアデーラが胸を撫で下ろした時である。控室となっていたその部屋のドアがノックされ一人の女性が姿を現した。


「シスター!そろそろ始めるって~。間に合ってる?」


 神父から式の時間だと伝言を頼まれたポーラが知らせに来たのだ。


「はいはい、それじゃ行こうかね」

「あれ?シスターはその格好でいいの?」


 ヒルダは履き慣れぬハイヒールの爪先に重心を乗せてゆっくりと立ち上がり、一歩、二歩と足を進ませると、彼女に手を伸ばしてきたシスターを見て首を傾げた。

 普段よりも上質な服装をしていたが、紅を引いただけの顔に申し訳なさを感じていた。


「何言ってんだい。母親代わりのエスコートをするけど、今日はアンタが主役であたしゃ引き立て役よ」

「ぷぷぷ、シスターも素直じゃないんだから。はい、これ持ってって」


 手を引きヒルダを転ばぬように引き寄せるシスターを笑うのは時間だと呼びに来たポーラだった。

 いつもならぶっきら棒に言葉を吐くだけなのだが、今日はそこに世辞の一言が飛び出し思わず笑いを漏らしてしまっていた。”素直でない”と笑われたシスターはジトっと冷たい視線をポーラに向けるが、それを見ないふりしてヒルダへ小さな花束を渡す。


「花嫁の最後の武器よ。式の終わりに期待してるわよ!」


 ポーラは花嫁に片目を瞑り、わかってるわねと合図を送る。そう、ポーラは式の終わりに行われる”ブーケ・トス”に淡い期待を寄せていた。

 ポーラの期待は特徴ある髪飾りに現れており、主役の花嫁を越えるまでの派手さはないが一目でポーラだとわかるのだ。


「わかったわ。全力で(ブーケを空高く)投げるからわね」

「ええ、全力で(胸元に来るブーケを)受け取ってあげるわ」


 そんなポーラにヒルダは力を込めて、高々と空へ放ると答える。

 ポーラに狙いをつけるのはそれほど難しい事ではない。だが、”ブーケ・トス”を楽しみにしている女性が押し寄せる事は必至で、それを八百長試合にするなどヒルダには耐えられなかった。

 だから、ポーラには狙いを付けるが、不確定要素を多く持たせようと空高くブーケを舞い上がらると答えた。

 だが、ポーラは直線的に投げ付けてくると勘違いしたまま、それに答えたのであった。


「ほら、油売ってないで。旦那が今か今かと痺れを切らしてるだろうよ」


 ポーラとの噛み合わぬ会話にシスター()痺れを切らしはっぱを掛ける。

 何時もなら、手刀を軽く頭に叩き込むのだが、着飾った子供達にそのような事は出来ぬと二人の背中をそっと押し、部屋を後にする。


 教会の母屋を出て礼拝堂へと向かう小さな中庭へ一歩足を踏み出すと、空からさんさんと輝く太陽がヒルダ達を照らし祝福しているかのようであった。その光を眩しく思い、手の平で遮り視線を真正面に戻せば、すらっとした二人が彼女達が現れるのを今か今かと手ぐすね引いて待っていた。


「お待たせ~」

「遅い……とは今日は言えないな、ふふふ」


 手を前に出し、歩み来るヒルダを待ち受けるのは、ヒルダのドレスに負けず劣らず真っ白なタキシードを着こなしているエゼルバルドだ。普段と違う髪型に思わず吹き出しそうになるが、旦那様に悪いと思い、ここは我慢のしどころだと笑いを堪える。

 ただ、そのエゼルバルドの傍らには育ての親のスイールが立ち、違和感を覚える見た目に折角堪えていた笑いが漏れ出してしまった。


「どこか、可笑しいでしょうか?」

「ごめんごめん、何時もの二人じゃないから……ちょっとね」

「二人セットで?」


 ヒルダだけと見ていたが、シスターやアデーラ、それにポーラまでもが笑いを漏らしていた事にエゼルバルドとスイールは腑に落ちぬと辛辣な表情を向ける。


 しばらくして落ち着きを取り戻すと全員が自らの役割を思い出し、行動に移った。


「それじゃ、私等は中に入ってるから、あとは打ち合わせの通りね」


 ヒルダは自らの右腕をエゼルバルドの左腕に絡めて腕を組み、二人の後ろにスイールとシスターが位置するのを見て、アデーラとポーラは礼拝堂へと準備が出来たと伝えに入って行く。


 そして礼拝堂の脇の入り口、--参列者の後方脇にある結婚式専用の入り口--に、エゼルバルドとヒルダが揃って立つとパイプオルガンが奏でる曲が漏れ聞こえて来た。

 聞こえ始めて数小節が流れた後に、入り口のドアがゆっくりと開かれ、真っ赤な絨毯が二人を祝福するかのように神父の姿が見える祭壇まで道を作っていた。


 参列者の祝福と拍手の嵐の中を一歩一歩、真っ赤な絨毯を踏みしめて進み行く。

 真っすぐ前を見据えるエゼルバルドとうつむき加減になり腕をしっかりと絡めるヒルダを誰が恨みがましく見つめると言うのだろうか?


 荘厳なパイプオルガンが奏でる音楽と参列者からの祝福の拍手の嵐の中を進み、普段からは想像できぬ真っ白でゆったりとした衣裳を羽織り、大きくふんわりとした帽子を被った本人かと見まがう程の堂々と立つ神父の前へと歩み出た。


「ふむ、馬子にも衣装ではないが、私に孫がいれば祝福してやれるのだがな」

「二人はアンタの孫みたいなもんでしょうが。さっさと祝福してやんな」


 ヒルダの後ろから辛辣な言葉を掛けるシスターに首を(すく)めて、自らの仕事に戻る。


「さて、参列者の方もお疲れのようですから、さらっと進めてしまいましょう。今日、この良き日に大勢の参列者の前で二人の結婚式をとり行う。では……」


 ”ゴホンッ!”と咳ばらいを人一つすると、エゼルバルドに視線を向けて言葉を綴り出した。


「では新郎のエゼルバルドよ、あなたは隣にいるヒルダをいかなる時も守りぬくと誓いますか?」

「はいっ!」


 宣誓の力強い返事が神父の耳に、そして、参列者に届くと、神父は満足してヒルダへ視線を向け、再び言葉を綴る。


「宜しい!では新婦のヒルダよ、あなたは隣にいるエゼルバルドをいかなる時も支えると誓いますか?」

「はいっ!」


 同じようにヒルダからも力強い返事が神父の耳に、そして礼拝堂に響くと二人(エゼルバルドとヒルダ)は揃って言葉を口にした。


「「誓います」」

「では、二人の結婚に異議があればここで名乗り上げなさい。もしくは、永遠にその口を噤むことを望みます」


 神父が二人の結婚に誰も反対はないだろうと、何時もの言葉を綴り、次の言葉を口から出そうと息を大きく吸ったところで、礼拝堂の正面から慌ただし気な音が神父や参列者の耳に届いた。

 そして、ドアが”バーン!”と勢いよく開かれると、銀色の髪をした人が現れ、叫び声を上げた。


「その結婚、待ったーー!!」


※やっとこの章での目的の場所までこれたよ……。

えっと、四十三話かぁ、長かったなぁ。

ふふふ、この話は予定通り予定通り……。

犯行はあの人です


あと、誰ですか?一生に一度じゃないとか言ってるの!


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