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第四十話 事の真相(前編)

「それじゃ、今日は帰ろうか」

「そうね……。もし、このドレスを着るとしても、これじゃぁ、今日は式を挙げるのは無理だし……」


 あんなに懸命に駆けずり回り最後に手にしたドレスが偽物であったと判明し、さらに真っ赤なまだら模様に染まり上がったドレスを手にしてがっくりと肩を落としたヒルダに今日は考えるのを止めて帰ろうとエゼルバルドは声を掛けた。

 純白なドレスに袖を通す楽しみを奪われただけでなく、結婚式を邪魔され気落ちするヒルダをいつまでも視界の内に留めていたくないと肩を寄せて横をゆっくりと歩み始めた。




 スイールから見ても仲の良い二人で微笑ましく写るのだが、その落胆ぶりを目の当たりにすれば今日の出来事については余りにも気の毒に思えてならない。本来なら、駆け回った後の夕方から結婚式が出来た筈だったが、二人の雰囲気を(おもんぱか)ればそれを口にするのは早計であろう。


 二人の会話を聞いていれば、多少なりとも悪戯大好き(パトリシア)姫の計画に気が付いている筈だが、スイール達の口からそれを言う訳にも行かず悶々とする時が早く過ぎぬかと思うしかない。


 ただ、悪戯大好き(パトリシア)姫の計画ではドレスが何処かへ飛んで行き、その後に探し回ったヒルダの下へと空から降ってくる、”空飛ぶ花嫁衣裳”計画を演出するのだと聞かされていた。

 その計画を最初からご破算にされてしまえば、悪戯を考えた者を表ざたにしなければならぬだろう。そうなると、悪戯大好き(パトリシア)姫がブールへ来ていると公にすることになり、カルロ将軍の予定も狂うことになるだろう。

 さすがにそうする訳にはいかず、悪戯大好き(パトリシア)姫の代理として犯人を演じる役者を立てる必要があるだろう。


「う~ん、難しいなぁ……」


 教会へ向かいながらスイールは顎に手を当てて、様々な情報を加味しながら深慮していた。


「ところで……。スイールは何を考えているの?」


 スイールが歩きながら深慮する姿はいつもの事だと見慣れていたが、やけに長い深慮が気になったと、アイリーンとエルザは彼の顔を下から覗き込みながら尋ねるのだった。


「あ、あぁ。お二人(アイリーンとエルザ)ですか?何かありましたか」

「もう、何かありましたか?じゃないわよ。何を考えているのか、って聞いたのよ」


 長考に入ると周りが見えなくなる癖さえなければ、とアイリーンもエルザも当然の様に思うのだが、偏屈魔術師のスイールが聞く耳を持たぬ事くらいわかっている為にいつもの事かと溜息を吐くしか無い。


「それは失礼しました。あの二人(エゼルとヒルダ)の結婚式が無事に挙げられるかを考えていました」


 アイリーンとエルザはニヤケた表情を見せながら、”ふ~ん”と何かを悟ったような声を発し手から、スイールに耳打ちをして来た。


「それだけじゃないでしょ。誰かさん(悪戯大好き姫)の事を考えてたでしょ」

「私もそう考えてました。計画(悪戯)が失敗した今、どうするかですね?」


 耳打ちだったとしてもエゼルバルドとヒルダに聞こえてしまうかもしれないが、今は二人との距離がだいぶ離れているので声が届くことは無いだろう。

 それでも、アイリーンとエルザから、心の内を見透かされたように告げられた言葉に驚きを隠せずにいた。


 エルザには見透かされると思っていたが、楽天家と思っていたアイリーンにまで心の内を当てられてしまうとは思わなかった。

 度々、深慮の最中に声を掛けられていればスイールの性格もわかるだろうが、その回数を多いと見ていなかった彼の認識不足であろう。


 それに加え、時折理不尽な質問をしてくる魔術師を観察していれば、否応にもスイールの性格を理解して行くはずだ。


 そんな心の内を見透かした二人を前に、苦笑して”その通りです”と言葉を返した。


「そうです。彼女の立ち位置が明らかになる事だけは防がねばならないって事ですよ、今はですが」


 何にしろ、結婚式の衣裳を奪って行った敵について、スイールは深慮するには情報が不足しているのでカルロ将軍からの報告を待たなければならないし、パトリシア姫がブールの街に来ていると口にする事も出来ぬのだ。


 そうなると、スイールに出来る事と言えば……。


「さぁ、早く教会に帰りましょう」


 両手を上げて笑みを浮かべ、お手上げですと口にするだけだった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 立ち入り禁止区域において、ヒルダのドレスを敵の鮮血に染めてしまったとは言え取り戻した事実を胸に、教会へと帰ってきた。


 太陽は既に天高く昇り、収穫祭最終日の折り返しを告げていた。

 たとえ、今から結婚式の準備を始めたとしても、ドレスを元に戻す事すら出来ぬ今は延期せざるを得ないと思っていた。アデーラの工房で偽物でないヒルダのドレスを見つけられるか定かではない状態では仕方のない事だった。


 ある程度立ち直ったヒルダの肩を寄せながら、エゼルバルドと二人、教会にある母屋の玄関を潜りリビングへと入ると、物悲しそうな表情を浮かべたシスターからお帰りの挨拶を聞いた。


「二人共、お帰り。皆も出て貰って済まなかったね」

「ただいま戻りました」

「……ただいま」


 エゼルバルドとヒルダに続き、スイール達もリビングへと姿を見せた。

 そして、シスターの挨拶にヒルダが蚊の鳴くような声で返事を返した。


「その様子だと散々だったようだね。そうそう、さっきまでアデーラが来てたけど、急用が出来たとかで帰って行ったよ」

「え、アデーラさん来てたの?」

「ああ、ほんの少し前さ」


 何の用事があって教会を訪れていたのか、その理由が気になるが、今は正真正銘のヒルダが結婚式で身に纏うドレスの在処を尋ねなければならぬ理由があり、入れ違いで帰られたと聞き地団太を踏んだ。


「来てたのか!……シスター、オレはまたアデーラさんの工房に行ってくる」

「帰って早々にかい?少しは休んだらどうだ」

「いや、休んでもいられないよ。ちょっとこれ見てよ」


 担いでいた大きな袋を下ろし、赤くまだらに染まったドレスをシスターへと見せた。

 赤くまだらに染まっていて、それにシスターが驚くが、”それでは無い”とエゼルバルドは首を横に振った。


「ヒルダが言うには、この生地がヒルダが渡した物と違うっていうんだ。要するに偽物だって」

「これが、偽物だっていうのかい?」


 よく知るアデーラが丹精込めて縫い上げたドレスだとシスターの目には写っていた。これが偽物であると信じられぬと……。


「だから、本当のドレスをアデーラさんが隠しているかも知れないから、聞こうと思ったんだよ」

「なるほどね。それならわかるよ。それで、落ち込んでるヒルダはベッドに入って泣き晴らすかい?」


 エゼルバルドに寄り添っていたヒルダが顔を上げるとシスターを睨み首を横に振った。


「わ、わたしも行くもん!自分のドレスだもん!」


 親代わりのシスターにはっぱを掛けられ、子供の頃の言葉遣いで駄々っ子の様に返す。


「ま、それもヒルダらしいね。行っておいで、アタシ等は待ってるからね」

「エゼル達が出掛けるのなら、私も出てきますよ」


 エゼルバルドとヒルダが出掛けると聞き、それならばとスイールも出掛けると言い出した。

 尤も、スイール自身は誰かが”出掛ける”と言い出さなくても、一人で出掛けるつもりだったらしい。その行先はと聞けば領主館だと口にした。


 それを聞くと溜息を吐きながら、”出たり入ったり、今日は忙しい日だね”とシスターは呆れていた。そう言っても、保護者を自負しているつもりのシスターはニッコリと笑顔を見せ三人を快く送り出した。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 教会を出てスイールと別れたエゼルバルドとヒルダは大きな袋を担ぎ、アデーラの工房へと向かった。予定通りであればすれ違いで教会から帰ったアデーラと話せるだろうと考えての事だった。


「え?アデーラさん、帰ってないの」


 エゼルバルドとヒルダがアデーラの工房に到着し、玄関から出て来たメイドからまだ帰っていないと告げられたのである。

 アデーラの様な大きな工房を運営してるのであれば、馬車での移動が当然となってくる筈だ。徒歩で工房へと足を運んだエゼルバルド達が何処かで追い抜くなどあり得ず、別の場所で油を売っているとしか思えなかった。


 そうなると、途端に行き場所を推理するなど難しくなり、ドレスを二着作った真意を尋ねられずこの日は諦めるしかなかった。


「それじゃ、また来ます。アデーラさんには”くれぐれ”も宜しく伝えておいてください」

「か、畏まりました」


 メイドに深々と頭を下げられながら、アデーラの工房を後にする二人は何処へ行こうかと頭を悩ました。

 敷地外へと続く道を歩きながらヒルダが腑に落ちぬ表情をしてエゼルバルドへと話しかける。


「ねぇ、アデーラさんって本当に帰ってないのかしら?居留守使ってるだけじゃないの」

「間違いなく帰ってないよ」


 何故そう思うのかと首を傾げながらエゼルバルドへと顔を向ける。


「何時も出迎えに来る執事の人がいなかっただだろ。アデーラさんが帰っていれば彼が必ず出てくるよ」


 アデーラの行くところ執事の影あり、記憶にあるアデーラの周囲を思い出して見れば必ずそうであり、その法則が崩れる筈はないと睨んでいた。それに、出迎えにできたメイドも記憶が正しければメイド筆頭で、執事が出迎え出来ぬ場面で彼女が出てきていた筈だ。

 だが、その説明にヒルダは一つ納得出来ぬ事があると睨み返してきた。


「でもさあ、執事の人ってあの赤い泥棒に殴られてたじゃん。それで無事だと言えるの?」

「ああ!あれか、ふふっ」


 エゼルバルドはヒルダからの問いに笑いをもって返した。当然ながらそれを見て、ヒルダは頬を膨らませて不機嫌な表情を返す。


「ゴメンゴメン。でもさ、思い出して欲しいんだけど、執事の人は倒れてたけど殴られた瞬間って見たかい?」

「あれ?」

「な、見てないだろう」


 そう。エゼルバルドが口にした通り、執事が倒れていたが殴られた瞬間は見てない。ただ叫び声を聞いただけだったと思い出した。


「じゃぁじゃぁ、執事の人は殴られて怪我なんかしてないって事?」

「そうさ。執事があのタイミングで大声を上げて床に伏せていた事。いかにも私が犯人ですと派手な衣装の泥棒があのタイミングで侵入した事。そこにタイミングよく二人分の武器をもって現れたアデーラさん。そして、盗まれた偽物のドレス、まぁ、オレの衣裳もあったけど、全てが同じタイミングで起こると思う?」


 ”ニヤリ”と笑みを浮かべながらヒルダへと視線を向けると、ポカンと鳩が豆鉄砲を食ったような表情をみせて驚いていた。


「全ては誰かがオレとヒルダを陥れるために計画して、それが実行されたって事さ。そう考えると全てがしっくりくる。ここまでするんだ、周到な準備をしてきたんだろうね」

「えっと、陥れる?誰が?何の為に?」


 ますますわからないと首を振り回すヒルダ。


「それじゃ、事情を知ってる人に会いに行こうか」


 エゼルバルドはそう言うと、教会に帰ろうとしていた体をくるりと向きを変え、別方角へとヒルダを連れて向かい出した。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 エゼルバルドとヒルダが一連の事件を推理していた頃、別行動していたスイールは領主館でソファーに座り、優雅に紅茶を口に運んで楽しんでいた。


「まさか、魔術師殿がただ単に紅茶を所望するためにわざわざ訪ねて来た、それを信じろと言うのかね?」


 スイールの対面で、険しい表情を見せていた人物、カルロ将軍が溜息交じりに言葉を吐き出した。直線的な性格のヴルフならともかく、一癖も二癖もあるスイール一人で訪ねてくるには何か理由がある筈と疑うことなく見つめるのだった。


「確かに、紅茶一杯のため……とはいささか理由が小さすぎましたか。ですが、こちらで出していただける紅茶は香、味、水色(すいしょく)、それに器まで素晴らしくこれだけの為でも私は訪ねる理由になりますがね」

「おいおい、私も暇じゃないんだ。さっさと本題に入ってくれないか?」


 忙しいのであれば仕方ありませんね、と紅茶の香りを楽しむとカップを置き、足を組んで言葉を投げかけた。


「では、手短に……。今回、私達に敵対したあの深緑の服装をした者達は何なのですか?」

「……そう来たか。何時か聞かれると思ったが、このタイミングでかぁ」


 天井に顔を向けてから手の平で目元を当て大きく息を吐きだし、しばらくの間考えると意を決したのかスイールへと向き直り、先に断りの言葉を告げる。


「話すのは良いとしても、他言無用で頼むぞ」


 カルロ将軍の一言を聞き即座に回答しようとしたが、一瞬答えを言い淀んだ後、条件を付けるように返事を返した。


「ええ……と返事をしたい所ですが、ヴルフからも聞かれると思うので、多少は目を瞑って頂きたい」

「まぁ、そのあたりは魔術師殿の裁量に任せるが、話してしまってからどの様になっても我々の関知するところには無い、と考えていただきたい」

「ええ、結構です。私も無暗やたらと噂を広めたくはありませんからね」


 カルロ将軍はスイールが出した返事に理解を示すと、重い口を開き始めた。


※一応、前編にしてみました。

 題名が合わないときは替えるかもしれません。


いつもお読みいただきありがとうございます。

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