第三十六話 アジトに殴りこんで大暴れ！
「確かに馬鹿力に違いないわい」
ヴルフは敵とすれ違いざまにブロードソードを横一文字に一閃する。だが、敵の振るう大剣に阻まれて攻撃は届かなかった。
一撃で屠りすぐさま先へと向かうつもりだったが、意図が外れ敵との打ち合いに変わってしまった。
敵の初撃で腕にしびれを感じたが、鍛えたヴルフは長続きする事無くすぐに収まる。
打ち合った一撃で、スイールの細身剣にヒビを生じさせた馬鹿力は健在だと、強敵を前にして気持ちを切り替える。
馬鹿力もさることながら、ヴルフの剣戟を打ち返す身体能力をも兼ね揃えていると思えば、楽に勝たせてくれる相手ではないだろう。
とは言え、こんな逸材をこの場で屠るには勿体ないと剣先を大剣の男に向けて話をしてみる事にするのだが……。
「なかなかやるではないか。このまま見逃してくれれば、ワシも追うのを止めるが如何する？」
「…………」
ヴルフが話し掛けてみるが口を開くそぶりも見せず、ただ、鋭い切っ先を向けて来るだけであった。
「お前の技量で、ワシに勝てると思っているのか？」
ヴルフの言葉を耳にするが何も発せず、”じりじり”とヴルフににじり寄ろうとする。
そして、あと数歩となったところで大剣の男は石畳を蹴って飛び掛かっる。
何の工夫も無い上段からの一撃であるが、小手先の技を使うよりもよほど効果がある。特にヴルフの様な百戦錬磨の敵を相手にするのであれば一か八かで勝負を挑んだ方が良い結果が出やすい。とは言え、百戦錬磨の相手に通じるかと言えば、十中八九通じる事はあり得ないだろう。
振り下ろす速度と彼が前へと進む速度を乗算した大剣が迫るが、ヴルフはその攻撃に合わせて体を一歩前に進ませると下段から剣を切り上げた。
切り上げた刃は大剣の根元、いや、大剣の柄の根元へと吸い込まれて行き、鍔と柄を分かたれてしまう。
勢いの付いた大剣の刀身は何処かへ飛んで行き、男の手には柄だけが残された。
二人は交差すると、ある程度距離を取った。そして、ヴルフが振り向き勝負あったと宣告しようとするのだが……。
「勝負あったな、引くのであれ……うぐ！！」
「と、徒手空拳か！」
相手の武器を破壊し、勝負あったと油断して振り向きざまに声を掛けようとした所を、勝負を諦めぬ敵に殴り掛かられてしまった。
頬に一発、腹部を数発、そして前屈姿勢になった所で顎に一発を刹那の時間に叩き込まれ、ヴルフは大きく吹っ飛んだ。
収穫祭に溶け込むために大げさな装備をしては目立ってしまうと、防具の類を身に着けていなかった。そのせいもあり、すべての打撃を体に受けてダメージが蓄積する。
もし、防具を装備していれば、頭部への打撃は仕方ないにしても、腹部への攻撃は防げたかもしれない。だが、過ぎたことを後悔しても今は遅い。
ヴルフが吹っ飛とばすと同時に男も追撃を掛けようと石畳を蹴り飛び上がった。
石畳に叩きつけ、ヴルフに止めをさそうと膝を突き出しながらヴルフへと迫る。
数発、攻撃を貰ったがそれで気を失うほどヴルフは軟ではないし、反撃出来ぬ訳でもない。石畳に叩きつけられる瞬間にヴルフは体を捻って敵の攻撃をあっさりと躱すと、すぐさま敵との距離を取って両手を体の前に出し構えた。
ブロードソードは吹っ飛ばされた時に手放してしまい、今はお互いが無手の状態で対峙している。
一瞬だけその場に留まりヴルフを視認する。
すぐにお互いが攻撃を仕掛けようかと間合いを詰めようとした時である。
敵の男が何かを感じて、その場から横へ飛び退き距離を取った。
「風の刀！」
「氷の針！」
敵の男が飛び退くと同時に、ヴルフの視界を横切る様に二つの魔法が飛翔する。
スイールとエルザから放たれた魔法は敵の男が飛び跳ねる前にいた場所に正確に撃ち込まれ石畳を抉った。
”余計な真似を”とヴルフは思ったかもしれないが、今は勝負を楽しむ時ではないと、スイールとがエルザと共に加勢に入ったのだ。
それからもスイールとエルザが何発も魔法を放つが、そのたびに飛び退きながら躱し続けた。
さすがに無手で三人を相手にするのは劣勢であると悟り、敵は攻撃を諦めてその場から立ち去って行った。
「余計な真似を……」
「まぁ、そう言いますよね……。ですが、今はその時ではありませんのでね。介入させて貰いましたよ」
ヴルフの手から離れた飛んだブロードソードを拾い、渡しながら予想通りの言葉を聞かされたスイールが苦笑しながら言葉を返した。
勝負ごとになると熱くなるヴルフの悪い癖を鑑みても、あの時点での加勢が限度であり、これ以上長引かせても当初の目的を逸するだけであっただろう。
「それよりも行かないの？」
「そうですそうです。早く行きますよ」
「そうだった。忘れてたわい」
ヴルフはブロードソードを鞘に納めながら、頭から抜け落ちた目的を思い出していた。
”そうだろうと思った”と、スイールとエルザが苦笑する姿を、恨めしそうな表情で見るヴルフは”笑ってないで早く行くぞ”と口から漏らすのが精いっぱいの抵抗であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
耳に残る轟音に顔を歪ませながらヒルダとエゼルバルドは埃の舞い立つ倉庫へと突入して行く。幸いなことに入り口にあった扉は幾つかに分かれて奥にまで飛んでいき、数人の敵を轢き殺して行った。
骨を折り肉を切り裂かれ、酷く破損した敵は挽肉になったと言っても過言ではないだろう。
挽肉にならず運が良かった者達も、目前を重量ある扉の破片が飛んで行けば誰でも驚き、びくりとして身を竦めた。すぐに敵襲だと気付き反撃の体制を整え始める。
すぐに埃立つ入り口に視線を向けるのだが……。
「わたしの！ドレス！返しなさいよ！！」
身を竦めていた敵を見つけたヒルダが暴言を吐き出しながら軽棍を振り回しそれらに襲い掛かった。
無造作に振り降ろされた軽棍は頭部に吸い込まれ、頭蓋骨を砕くと共に脳漿を撒き散らし命を奪って行った。
怒りに打ち震える気持ちはわからなくもないが、本気を出し過ぎだろうとエゼルバルドは渋い表情をヒルダに向ける。
「おっと、ごめんよ～っと」
エゼルバルドは埃の切れ間から現れた敵を一瞥すると掬い上げるようにブロードソードを振り上げ、敵を屠って行く。
手練れの敵がいないのか、あっという間に数人を亡き者にしたヒルダとエゼルバルドは、敵の親玉を探しに倉庫の奥へと向かう。
扉の残骸を乗り越えて倉庫の奥へと向かうが、当然ながら敵の抵抗に遭遇する。
敵の姿を視界に収めた二人はそこで足を止める。そして、怒りの納まらぬヒルダは……。
「こらぁーー！わたしのドレス、返しなさいよーー！！」
鬼の形相で叫ぶヒルダに、何を言っているのかと敵は首を傾げる。
何かが相手から奪いここに運び込まれた事は誰もが知るところであった。あれだけの大きな袋を担いでいれば当然と言えよう。
だが、その中身が何かと答えられる者は主要な幹部のみであり、片付けをするような下っ端の彼らには知らされていない。
それに、中身を知り得た直後に撤収の命令を下していたので本当に少数の幹部にしか知られていないのである。
それを考えれば彼らが首を傾げるのは納得出来るだろうが、そんな理由を知らぬヒルダには火に油を注ぐだけであった。
「もう！しらばっくれるんだったら、容赦しないわよ！！」
不思議な表情を見せる敵の誰からも答えを聞けぬとわかると、ヒルダは頭に血が上ったのか怒りに任せて敵に突っ込んで行く。
「人の質問に答えなさいよ～～！！」
ヒルダの理不尽な質問に答える間も無く、深緑の服装をした敵はヒルダの怒りに触れて反撃も出来ぬまま命を落として行く。
そして、数分の後には敵の血を滴らせる軽棍を握ったヒルダが肩で息をしながら、折り重なり命を失った敵を見下ろしていた。
その光景を見ていたエゼルバルドも口を開けて唖然とするしかなかった。
ヒルダの攻撃は圧倒的だった。
一人目に狙いをつけると床を蹴ってあっという間に間合いを詰めると武器を持つ右の手首を左手で掴み、肘目掛けて軽棍を振り上げて関節を破壊した。そのまま振り上げた軽棍を振り下ろすと頭蓋骨を粉々に砕き、脊髄を損傷させ男の命を散らした。
次に、一人目の右にいた男に次に狙いを定めると、反撃をものともせず速力をもって懐に入り込み右太腿、左太腿の骨を軽棍で砕き動きを封じると、最後に頭部へと軽棍を振り下ろしたのである。
二人目を仕留めたヒルダは三人目に視線を向ける。
あっという間に二人が惨殺され、最後の一人となった彼は戦慄を覚え背中を大量の冷たい汗が伝って行った。
それでどうなる訳でもなく、男は”カッ！”と見開いた瞳に迫るヒルダの軽棍を躱す事も出来ず、すぐに脳漿を撒き散らして命を散ってしまった。
「はぁ、はぁ。どいつもこいつも、わたしのドレスを盗って行って、返すでもなく無言のままって信じられない！」
「なぁ、一ついいか？」
「えぇ！何よ！」
そこにいた敵を全て打ち倒し、毒を吐くヒルダに恐る恐るとエゼルバルドは声を掛ける。だが、”キリッ！”と細められた鋭い視線を向けられ、”ビクッ！”と体を跳ねさせてしまう。普段のヒルダからは想像できぬその視線に、心臓を撃ち抜かれるのではないかと感じたが、彼女を止められるのは自分しかいないと思い切って言葉を掛けるのであった。
「敵が黙っていたのって、話したくないんじゃなくて知らなかったんじゃないか？」
エゼルバルドの言葉を耳にし敵の行動を思い出してみる。質問をしてみたが、それに対し彼らは首を傾げて、あっけにとられた表情をしていたと記憶から引っ張り出してきた。
それを考えると、ヒルダはこめかみから”つー”と汗が流れるのを感じた。
「そ、そうかもしれないけど、どのみち倒すんだから一緒よね……」
引きつった笑いと共に、何やら言い訳を口にするヒルダであった。
「侵入者だ！殺せ！！」
乾いた笑いで誤魔化そうとしたヒルダと溜息を吐くエゼルバルドの下へ五人の敵が倉庫の奥から姿を現した。ヒルダが打ち倒した三人と違い準備を整えてきたらしく、短槍やさすまた等、中遠距離の間合いに特化した武器を手にした敵も見られ多少苦戦するかもしれぬと思われた。
とは言え、ヒルダの目的は盗られた自らのドレスであり、それさえ取り返せればこの場から立ち去ろうとも考えていたのである。とはいえ、ほんの少しであるのだが。
「こらぁ！わたしのドレスを返しなさいよ！ここにあるのは知っているのよ」
エゼルバルドの手に負えなくなったヒルダは向かい来る敵に叫び声を上げる。多少怒りが収まったと言っても、ドレスが手元に戻ってきていない今はすぐに”ドレス！ドレス！”と口に出して敵意をむき出しにしている。
当然ながら後から現れた敵もヒルダが口にするドレスが何のことか全くわからずに首を捻っていた。
「当然だよなぁ……」
先程ヒルダが打ち倒した敵と変わりの無い格好を見たエゼルバルドが諦めたように呟く。
その呟きが聞こえたのかそれを合図に、さすまたを向けた敵がヒルダへと迫ってきた。
さすまたはＵ字になった先端部を敵に押し付けて動きを封じる事を主眼とする武器、と言うよりも道具である。それを持ってヒルダの動きを封じ込めようとしたのだろうがそれはヒルダには通じる事は無い。
足をもって逃げてしまえば捕まる事は無いが、ヒルダの握る軽棍を使ってしまえば簡単にさすまたを無効化する事が出来る。
そう、さすまたの先端を左手で掴み軽棍を振り下ろしてあっさりと破壊してしまったのだ。
こうなればただの棒を握っただけの敵は軽棍の餌食となり、ヒルダに手を届かせる前に床に沈んだ。
向かい来る二人目の敵に視線を向ければ、剣を振りかぶりヒルダに打ち下ろすところであった。そんな見え見えの斬撃を目にして食らうなどあり得ないとばかりに敵との間合いを詰めると軽棍を剣に打ち付け刃を根元から折った。
そして、返す刀で胴体へと軽棍をめり込ませる。
二人があっという間に倒されると戦意を失ったのか敵は及び腰になっている。どうやって敵を倒そうかとヒルダが思案している横で、エゼルバルドが”面倒だ”と、込めていた魔力を魔法に変換して敵に打ち出した。
「風の弾！！」
「えっ？」
ヒルダの横を目に見えぬ空気の塊が通り過ぎて行き、固まっていた三人を吹っ飛ばして行った。左右にいた敵は二メートルほど飛ばされただけであったが、正面の敵は空気の塊に乗せられるように受け、光の届かぬ暗闇へと消えて行った。
恐らく射程の三十メートル先まで飛ばされ、そのまま気を失ったと見られた。
「もう～！何で全部倒しちゃうのよ～？」
「何でって、こいつら知らなさそうだし、早くしないと知ってる奴が逃げちゃうかもしれないだろ」
「あっ！そうだった、そうだった」
ヒルダは手掛かりになる倉庫を発見し突入したまでは良かったが、怒りを敵に向け過ぎて当初の目的をすっかりと頭から忘れ去ってしまっていたようだ。
エゼルバルドからの言葉を聞き目的を思い出したのだが、それを頭を掻いてお茶目に胡麻化そうと笑顔を向けてくる。
「それよりも、知ってるやつを探そうよ」
「そうね。何処にいるのかしら？」
エゼルバルドは敵が現れた倉庫の奥ではないかとヒルダに告げると、ゆっりと足を進めるのであった。
※たまにはヒルダが無双するのも楽しいでしょう。
それにしても、メイスって万能（笑）
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