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第三十一話 怪盗、緋色の薔薇(スカーレットローズ)登場!

 ブールの街の南に連なる山々の頂にハッキリとわかる程の冠雪が見え始めると、収穫祭の時期が来たと誰もが思い始める。

 夏の熱い風が秋の涼しげな色に染まり始めるこの時期は誰もがウキウキと心弾ませ始めるのだ。


 収穫祭の時期はどの都市も屋台が道々に並び、それぞれが特徴ある食べ物などを出して楽しませてくれる。小さな都市であれば、どの屋台が素晴らしかと投票をされたりするが、ブール程の都市になるとさすがに順位付けは現実的ではないと別の企画を出されていたりする。

 この企画は街の商店や農家達が話し合いで決めているのだが、一種の持ち回りで数年で一回りしている。

 そして、今年は力自慢を決める、”大南瓜(オバケカボチャ)転がし大会”が企画されており、飛び入り参加歓迎で大盛況となっている。


 そんな人が集まる収穫祭に合わせての結婚式は市民の憧れであるが、その前後、合わせて一週間で挙げられるのは一握りしかいない。それには事情があり、式を挙げる場所と神職が限られている為である。

 貴族や豪商など、大きな屋敷を持ち合わせていれば招待客を呼び寄せて盛大に式を挙げるだろうが、一般の市民にはそれは無理がある。


 それでは、どこで行うかと言えば、それは街の教会でとなる。

 その教会も数十か所も街に乱立される筈も無く、一か所、二か所を奪い合う事になる。


 そして、この二人(エゼルとヒルダ)もこの収穫祭で忙しい時期に式を挙げる事になってしまったのである。

 本来、この二人(エゼルとヒルダ)は収穫祭に合わせて式を挙げるつもりは無く、できるだけ早めにと考えていた。だが、ドレスの制作を服飾職人のアデーラへ頼んだところ、仕上がりが収穫祭頃になってしまったのだ。


 本当は、アデーラの腕前というのは出来栄えよりも完成させる速度に定評があり、ヒルダが頼んだドレスであれば一か月もあれば作り上げてしまうのである。何故、のんびりと数か月も掛けていたかと言えば、ひとえにパトリシア姫からの依頼に()ったのだ。


 無暗やたらと王都を留守に出来ぬパトリシア姫は、どうやって王城から出てあの二人(エゼルとヒルダ)を驚かせようかとカルロ将軍と知恵を出し合った結果、あの二人(エゼルとヒルダ)の日取りを合わせるのではなく、パトリシア達に合わせて貰おうとした結果なのであった。


 そして収穫祭三日目の今、エゼルバルドとヒルダは結婚式を挙げるべく、衣裳を引き取りにアデーラの工房へと足を運んでいたのである。


「ヒルダは随分と肩に力が入ってるんだな」

「そ、そうよ!一世一代の晴れ舞台ですもの!ここで力を入れなければどうしろっていうの?」

「晴れ舞台ってのはわかるけど……」


 力の入るヒルダを何とか出来ないかと思ったのだが、耳を貸すそぶりを見せぬ彼女に諦めるしかなく溜息を吐くのだった。


「それで、どこへ行けば良いんだっけ?」

「玄関から入って左の部屋みたいだけど。なんでも着付けの部屋になっているって言ってたわよ」


 ヒルダはともかく、エゼルバルドは結婚式の当日までなぜ衣裳をアデーラが預かるのか、不思議でならなかった。教会に運んでおけば、着付けなどそこでも出来る筈だと思ったのだ。料金もすでに支払い済みであるのだから、なおさらだろう。

 だが、そのヒルダはそれを不思議に思わず、一つ返事でお願いしていたのだから、楽しみには盲目になるのだなと思わざるを得ないのであった。


「こんにちは~。アデーラさんいらっしゃいますか?」

「ヒルダ様にエゼルバルド様、ようこそいらっしゃいました。アデーラ様は奥の方で御用をしておりますが、すぐに参ると思います。お時間もございませんでしょうから、さっそくご案内いたします」


 玄関の前で待っていた番頭に挨拶をすると二人はさっそくと、屋敷の中へと通された。いつ見ても立派な玄関だと思いながら通り抜け、着付けの部屋へと通される。

 十人ほどがいっぺんに着付けできる程の部屋の中にはドレスやタキシードなど、所狭しとマネキンに着せられ飾られていたが、肝心のヒルダのドレスはそこには見えなかった。


「今、お出しして来ますからお待ちくださいね」

「は~い、宜しくお願いしま~す」


 ヒルダが元気な声で答えると、番頭は隣の部屋へと向かって行った。

 番頭が開けたドアの隙間からチラリと覗けたのだが、隣の部屋はドレスなど出来上がった商品を保管する倉庫となっているようで、見ただけでもこの部屋の数倍のドレスやタキシード等がそこかしこに見えたのである。

 それなら、ここへ出すのも大変だろうとヒルダは鼻歌を歌って気楽に待つことにした。


 そんな番頭にエゼルバルドは何か可笑しいと感じていた。今日のこの時間にアデーレの屋敷に訪問すると知っていた筈で、何故それに合わせてこの部屋に出していないのだろうと疑問が頭を駆け巡った。

 そのエゼルバルドの考えは途中までは思考できたのだが、突然の叫び声により中断されることになってしまった。


「ぎゃぁーーーー!!」


 エゼルバルドとヒルダの耳に届いたのは、先程隣の部屋に向かって行った番頭の叫び声だった。


「ちょ、ちょっと何があったの?」

「とにかく、行ってみよう!」


 二人は隣の部屋へと急ぎ、ドアを開けて部屋へと踊り込むと、衣服を乱し床にうつ伏せに倒れる番頭の姿が視線に飛び込んできた。

 そして、もう一つ、ヒルダとエゼルバルドの衣裳の傍に、体の線が見える真っ赤な服と目元を覆う仮面を被った女の姿があった。


 その女は、エゼルバルドのタキシードは既に袋に詰め終わっており、今はヒルダのドレスをマネキンから脱がし終わろうとしたところであった。


「ちょ、ちょっと!人のドレスを如何しようって言うのよ!」


 ヒルダのドレスを脱がし終わった女は二つに畳み、腕の中へとしまい込むとヒルダへ顔を向けるのであった。


「如何するって?決まってるじゃない。素敵なドレスは見ていて美しいもの。コレクションに加えてあげるのよ」

「こ、”これくしょん”って、これから式に着るのよ!そこに置いて立ち去りなさいよ」



「え~、いやよ。綺麗なドレスは私の物なのよ。でも……、()()()()をしたら、考えてもよろしくてよ」

「う~、わんっ!言ったわね、捕まえてあげるわ!そこを動くな」


 相手に乗せられているぞとエゼルバルドは思いつつも、不敵に笑うその女を観察していた。体の線が露わになっている事から、どれだけ身体能力を持つかはおおよそで推測できる。おそらく全力を出したヒルダには敵わないだろうと感じているだけに、女の言動が気になった。


 そう考えていると、女の挑発に乗ったヒルダが、犬の声色を真似しながら女へ向かって走って行った。これならヒルダが有利だろうと思った瞬間である。


「ちょっと!何、これ?」


 ヒルダが女の腕を掴もうとしたが、その手をすり抜けて”ひゅるひゅる”と天井に向かって舞い上がって行ったのだ。さすがにエゼルバルドもヒルダもそれは予想外の出来事であり、二人で女を見上げてしまっていた。

 五メートル以上もある天窓へ女は一瞬で飛び乗ると、二人に顔を向けてきた。


「ほほほ、ではドレスはこの私、怪盗【緋色の薔薇(スカーレットローズ)】がしっかりと頂いてまいりますわ。ごきげんよう~」


 怪盗緋色の薔薇(スカーレットローズ)と名乗った女は、二人に向かって意地悪な挨拶をすると、屋根を伝い南の方角へと向かって走り去ったのである。


「ただの()()じゃない!追いかけるわよ!」

「当然だ!取り返さなくちゃ、式は出来ないもんな」


 顔を見合わせて頷くと、そこから出て行こうと振り向こうとした。

 だが、床に倒れピクリともしない番頭を、このまま残して良いのかと戸惑うのであるが、そんな二人の下へ二人を助ける女神が現れた。


「二人ともこんなところで何してるの?」

「あ、アデーラさん。ドレスが盗られちゃって追いかけようと思ったんだけど、番頭さんが倒れたままだからどうしようかと思って……」


 ヒルダの言葉に驚いたアデーラは、”あらあら、まぁまぁ”と倒れている番頭に視線を向けたのだが、すぐにエゼルバルドとヒルダに視線を戻した。


「わかったわ、番頭の事は私に任せて、二人はドレスを追って。あれが無いと式も出来ないものね」

「お願いします」


 そのまま部屋を出て行こうとする二人であったが、アデーラは”ちょっと待って”と制止させた。


「それとこれを」


 ()()持ち合わせていたショートソード二本をエゼルバルドとヒルダに渡し、”気を付けてね”と告げてきた。

 この屋敷で着替え、あとは結婚式会場の何時もの教会へと移動するだけだと考えていた二人は腰のバッグにナイフを括り付けてあっただけだった。その状態で追いかけるなど準備不足も良いところであったために、アデーラからの武器の提供を有難く受け取ったのである。


 そして、エゼルバルドとヒルダが倉庫となっている部屋から出て行ったのを確認すると

アデーラは大きく溜息を吐くのであった。


「で、姫様の悪戯は上手く行くと思う?」


 独り言のようにアデーラは言葉を漏らした。ここにはアデーラの他に床に倒れている番頭の姿しかなく、誰に問い掛けているのかと不思議に思うかもしれない。だが……。


「さぁ、私には皆目見当も付きませんな。一つハッキリしている事は、まだ仕事が終わっていない事ですね」

「ふふふ、そうね」


 アデーラの問いかけに答えた答えたのは、先程まで衣服を乱しうつ伏せに倒れていた番頭であった。その番頭が何事も無かったかのように立ち上がり、手で埃を払いアデーレの傍で頭を下げている姿を見れば、演技であったと誰もが理解するだろう。


「私の演技はいかがでしたでしょうか?」

「飛んだ大根役者ね。緋色の薔薇(スカーレットローズ)に感謝しなさい。片付けが終わったら出掛けるわよ」


 番頭が”そうします”と呟くと、番頭はその場に出ている小道具を片付け始めた。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 エゼルバルドとヒルダは、怪盗緋色の薔薇(スカーレットローズ)と名乗った泥棒を探しにアデーラの屋敷から走り去ったとみられる南へと向かって駆けていた。


 だが、折しも収穫祭の真っ最中であり、道端で道を行き来している人々の数は普段の数倍とみえる。そんな中を真っ赤な目立つ服装をして歩いていれば誰の目にも写り、すぐに見つかるだろうと考えていたのだが、それらしき人の姿を捉える事は出来なかった。


「ねぇ、やっぱり何処かで着替えて逃げたのかしら?」

「雑踏に紛れるなら着替えるだろうけど、まだそれほど時間が経ってないからなぁ」


 着替えをする時間は無かっただろうとはエゼルバルドの願望が混ざった予想であった。あの体の線が露わになっている服から着替えるには相当な時間を要すだろうと考えていた。だが、あの上にゆったりとした服を着込むだけであれば、そんなにも時間は掛からないのであるが。


 そして、もう一つの手がかりのヒルダとエゼルバルドの二人のドレスとタキシードは袋に入れたとしても嵩張(かさば)り目立つこと請け合いだ。

 それも合わせて見つけようと目を凝らして見つめていた時である。


「ヒルダ、あそこ見て!」


 エゼルバルドが指で示したのは、百数十メートル先の屋根の上を大きな袋を背負って走っている姿だった。真っ赤だった衣裳に白と赤の外套を羽織り、見つけてくださいとばかりに走る姿は異様、そのものであった。


「全く、巫山戯ているのかしら……。まぁ、いいわ。捕まえるだけよ!」


 そう言うと、人の数が尋常でない大通りから、しんと静まり返った裏通りに入り込み屋根の上を駆ける怪盗緋色の薔薇(スカーレットローズ)を追いかけ始めた。


 エゼルバルドとヒルダは勝手知ったるブールの街を駆け抜け怪盗緋色の薔薇(スカーレットローズ)に迫った。幾ら人のいない屋根の上を走るとはいえ、バランスを崩せば真っ逆さまに落ちて行く為に気が抜けないだろう。それに、大きな荷物を背負っていれば、それが軽いドレスにタキシードとは言え、速度を出しにくいはずだ。


 事実、地理に詳しいエゼルバルドとヒルダは徐々に怪盗緋色の薔薇(スカーレットローズ)との距離を詰めて行き、もう少しで追い付こうとしていた。

 だが、そこは怪盗緋色の薔薇(スカーレットローズ)が一枚上手であった。


「あっ!行き止まりか……」

「わたし達も屋根に乗る?」


 一分一秒が惜しい今となっては考える時間を一秒でも短くしたかった。それならばとヒルダの提案に乗っかるのも良いかと思い、即座に結論を出した。


「仕方ない、屋根伝いに行くか」

「そう来なくっちゃ!」


 それからの行動は素早かった。

 エゼルバルドが壁に手を付き土台になると、ヒルダがその背中を踏み台に壁の上へと飛び乗った。そしてエゼルバルドはと言えば、壁の突起をうまく使い、巧みに壁へ登ってしまう。


 屋根の上に足場を変えると、目の上に手をかざして怪盗緋色の薔薇(スカーレットローズ)を探した。すると、数軒先の屋根から飛び降りる姿を捉えたのである。


「エゼル、あそこで降りたわよ」

「良し、追いかけよう!でも、ヒルダはスカートに気を付けろよ」


 駆け出そうとしたところで、エゼルバルドから服装を注意するようにと受けハッと息をのんだ。そう、ドレスに着替える予定であったために、なるべく脱ぎやすい服を着ていたのだと思い出したのである。

 膝上までの短いワンピースは、屋根の上を走っていると下から覗かれてしまうと気が付いたのである。だが、今はドレスを追い掛ける方が先決であると、見られて恥ずかしいとおもうのだが、仕方ないと諦めるのだった。


「もう~、エゼルは一言多いのよ!今はドレスを追う方が先!」

「ま、仕方ないか」


 二人は怪盗緋色の薔薇(スカーレットローズ)が姿を消した場所へと向かい駆け出すのであった。


※怪盗、緋色の薔薇スカーレットローズが登場。って今回だけのキャラクターです。

 薔薇……。どこかで使ってますよね?色違いですけど、何処で登場したのでしょうか?

 そして、薔薇を使った登場人物と言えば?


いつもお読みいただきありがとうございます。

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