第二十九話 どこかで悪巧みがあるのです
えっと、350部ですって。
随分と投稿したなぁ……。
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「教会んとこのお嬢達、どうした、息を切らせて?薬草を採りに行ったんじゃないのか」
ブールの街の南門に這う這うの体でたどり着いたリースとポーラの二人は、肩で息をしながら門番の兵士へと答えた。
「す、す、スイールのおっちゃんが何かと戦ってるの!」
「は、早く助けに、行かなきゃぁ!!」
涙目になりながら訴えるが、”そんなこと言われても”と、困惑気味な表情を見せる。まだ早朝と呼んでも過言でない時間で、出入りする人々はまだまだ少ない。
泣き始める二人をなだめる位の時間はありそうだが、どうやって声を掛けようかと迷ってしまう。
その間にも二人は兵士に”何とかして!何とかして!”と詰め寄るが、どうする事も出来ず彼は途方に暮れるしかなかった。
「ンン~?どうした、何があった」
「あっ!隊長」
何やら表が騒がしいと、警備小屋の中で書類を整理していた隊長が姿を現した。隊長との言葉を聞いてか、リースとポーラの訴える先をその隊長へと変えて駆け寄った。
「た、たすけて!スイールのおっちゃんがぁ」
「早く早く!」
慌てているのか要領を得ない話ぶりをする二人に安心させるようにと声を掛ける。
「教会のお嬢さん。あの魔術師はちょっとやそっとじゃ死なないよ。俺達の間ではちょっとした英雄だからな。無事に戻ってくるから、何があったか話してくれるか?」
リースとポーラの二人は知らないが、三年半前にブールを獣達が襲った”ブールの街、竜襲来事変”と呼ばれる出来事で、スイール達の戦いぶりは有名な話だ。特に後半初めの大集団の半分を屠ったスイールの極大魔法は今や伝説と言われる程である。
その話を広めたのもブールの兵士達であり、それだけ戦いにおいては信頼し、そして恐れている証拠でもあった。
その、圧倒的な魔法を操る魔術師が、簡単に膝を屈する相手などこの世に存在するはず無いと告げたのである。
「なに?ス、スイールのおっちゃんって、そんなに凄いの」
「ああ、ちょっとやそっとで負かされる筈ないさ」
ニッコリと笑顔を見せる隊長の一言にリースとポーラの二人は落ち着きを取り戻して、先程の何かが向かってくる光景を思い出しながら話し始めた。
それを聞き終わると、一瞬だけ神妙な表情を見せるが、すぐに笑顔を取り戻した。
「大丈夫だ。だけど、念の為に見張りを出すことにするよ。二人はすぐに家へ帰る事を勧めるよ」
一抹の不安を感じながらも”わかった”と素直に従い、教会へ帰ろうと入場の手続きに入った。いつもの事だからと、あっという間に許可が下りると街へと入ろうと足を向ける。
だが、そんな二人をその場に留めようと声を別の兵士が声を掛けてきた。
「お嬢達が心配してたスイールのおっちゃんが帰って来たぞ」
そう言われて振り向くと、まだ小指ほどの大きさであったがブールへと続く街道をしっかりとした足取りで向かい来るスイールの姿を捉えた。
あの真剣な表情を見てしまった後で、死んでしまうかもしれないと思った相手を無事に見て二人は安心したのか、ペタンと座り込んでしまった。
しばらくして南門へとスイールが無事な姿で到着したのである。
「二人とも無事でしたね」
「わたし達の心配しないで、おっちゃん自身の心配したらどうなの?」
「そうよ、危ない目にあったんでしょ!」
無事だったとは言え、脇腹を切られ血が滲んだ痕を見つければ、それが誰であれ心配するとスイールに怒りをぶつける。それが理不尽なのは百も承知なのだが、言わずにはいられなかった。
そして、門番の兵士がいる前で細身剣をゆっくりと抜き刀身を露わにする。
「確かに少しは危なかったです。見て下さい、一回打ち合っただけでこうですよ」
「あぁ、これは寿命を迎えてますね。それにしても酷いですね」
刃毀れを起こした部分から根元に向かって無数のヒビが入っている様を見て隊長が驚く。
さらに、見た目からも鍛えられて値の張る一品と見られる剣を一撃でここまでされるとは相手は余程の腕前を持ち合わせていると思わざるを得なかった。
「それで、どんなのに襲われたのですか?」
市民が襲われたとあれば警戒するのが兵士の務めであると、襲ってきた対象の詳しい姿をスイールへ尋ねる。
「初めは得体のしれない獣かと思ったのですが、気配と動きからして普通の、いえ、普通じゃないですね。亜人……、しかもよく訓練された亜人、もしくは獣人が襲ってきたと見ています」
「見ています、って……見たんじゃないんですか?」
なんとも要領の得ぬ言葉にメモを取っていた若い兵士が突っかかろうとするが、それは拙いと隊長が制止させる。街の英雄と呼ばれる前は、”変り者”だったと思い出していたからだ。
それを思い出すと、どうしても吹き出してしまうのであった。
「何、笑っているんですか?まぁ、良いですけどね。それで相手ですが、全身を深緑の服装で顔を仮面で隠していましたから、なんとも……。そうそう、短いですが重い剣を持っているようですから、すぐにわかるかもしれません」
至って真面目な話をしているのですがと憤慨する魔術師であったが、仕方ないと相手の特徴を言葉にしてみる。
「それだけでもわかれば、有難い。街の外は守備隊が責任を持って警戒しておくよ」
「ですが、相手が相手です。出来れば、向かっていくのはお勧めしませんが……」
先日知り合った、アドルファス男爵の治安維持部隊程ではないが、ブールの守備隊もそれなりの手練れが揃っている。だが、スイールを襲った相手との戦いとなれば一対一では勝ち目が薄いだろうとスイールは見ていた。細身剣をたったの一合で使い物にならなくした相手ではヴルフやエゼルバルドと同等の腕前が欲しいと願うばかりであった。
「わかってるよ。街の英雄のお前さんですらこうだから、誰も向かっていかないさ」
「……誰が英雄ですって?」
初めて聞くその言葉に、発言した隊長に抗議しようと口を向けるのだが、そんなのどこ吹く風と、守備隊の体長はあっさりと踵を返し警備小屋へと入って行った。
「はぁ、仕方ありません。それでは教会に行きましょうか」
「「は~い」」
一人で出歩くのは止めておいた方が良さそうだと思い歩き始めたところへリースとポーラの二人がスイールの左右に回り込んで来た。そして、二人がスイールの腕をしっかりと掴み体を密着させて来た。
”歩き難いですよ”と左右の腕を掴まれたスイールが言うが、リースとポーラは笑顔を向けて来た。
「助けてくれたお礼よ」
「たまには若い子に腕を組まれるのもいいでしょ?」
好意から腕を組まれるのであれば悪い気はしないがと思うが、エゼルバルドと同じ年頃と思えば苦笑するしか無かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
スイールがブールの街郊外で襲われた数日後の事である。
ブールから遠く離れたとある場所で、三人の男が顔を突き合わせて何やら議論をしていた。
薄暗く、小さな部屋は尖塔の最上階にあり、窓も小さく空気が淀んで息苦しさに拍車を掛けていた。ただ、その窓から見える景色は街を一望出来、景色だけは楽しませてくれるのであった。
そんな三人がこんな場所に持ち込んだ幾多の書類がテーブルに無造作に散乱している。
そこに向かって男達は重い溜息を漏らしていた。
「これは本当なのか?予算が尽きかけているぞ」
金髪の四十歳過ぎの男が、背もたれに自身の体重を全て掛けて悪態を付く。だが、それで事態が好転するはずもなく、ただ愚痴を口にするだけしか出来なかった。
「確かに酷いのぉ。送り込んだ者達はことごとく捕まっていると見て間違いあるまい。人員を育てるのも一苦労だというのに……」
禿げ上がった頭を”ぺちぺち”と叩くと良い音が狭い部屋にこだまして幾重にもなって耳に届いてくる。頭とは裏腹に表情はかなり渋いのであるが……。
「当初の目的ではもっと上手く行く筈じゃなかったのか?もう一度計画書を見直すべきじゃないか?」
明らかに胴回りが不健康そうな若い男が、無造作に書類が散乱するテーブルを”バンッ!”と両手で叩き、怒りを露にしている。
「しかもだ、我らだけで手に負えないだろうと送られてきた援助もまた、全滅扱いになっておる。五百人だぞ、五百人。それがたったの五十人に返り討ちにあい、数人しか戻ってきてないのだぞ」
「そう言うな。敵の戦力を見誤ったのだから仕方あるまい。だから計画を一部変更して、再び刺客を送ってあっただろう。……で、それはどうなっている?」
テーブルに向かう男達とは別に、部屋のドア付近に控えていた執事が書類を男達に配って行った。
それを見た男達は顔色を七色に変化させる。
「なんだ?これは」
「ふざけているのか?」
「この書類を作ったやつ、クビだ!クビ!!」
それを一目見て、一人は書類をテーブルに叩きつけ、一人は丸めて執事へ投げ付け、最後の一人は”ビリビリ”と破き、紙吹雪の様に宙へと舞わせた。
余程都合の悪い報告が書かれているのだと誰もが思う男達の行動に、執事がビクッとその身を強張らせていた。
男達が目にした書類にはアドルファス男爵を亡き者にしようと数人を潜伏させていたが、襲い掛かった所を返り討ちにあい、一人が這う這うの体で逃げ出して来たと記されていた。
そしてもう一つ、五百人の一軍が全滅する切っ掛けを作り出した魔術師も亡き者にしようとしたが、さすがに一人では無理があったとこちらも失敗した旨の報告が記されていた。
「まぁ、返り討ちにした男爵はさすがと言うしかないな。だが、たかが魔術師一人に手練れが無理だったと報告してくるのだ?」
「さぁ、私に言われましても……」
執事はおどおどしながら答える。それは可哀そうな光景であったが、この場には男達の他にはその執事しかおらず誰も答えてくれる者はいなかったのだ。
「こんなことなら、あいつらを雇っておけばよかったか?」
「駄目だ、あいつらを雇うと予算を圧迫する。それに、分が悪いと言われて法外な金額を提示されたではないか……」
そうだったと男達はがっくりと肩を落として項垂れる。
成功率で言えば九割を超える暗殺者集団に一度話しを持ち込んだが、対象のリストを提示した所、これだけの報酬では割に合わんと、すべての予算の八割以上を提示されたのだ。
アドルファス男爵を筆頭に、ルストの街の錚々たる顔ぶれに難色を示したのだ。
「だから止めておけば良かったのだよ。大体、我らは独立する必要があるのか?税収が足りないからと国王に掛け合えば足りない予算をくれるではないか!」
胴回りが不健康そうな男が何故こうなったのかと、苦々しい表情で地団太を踏む。この三人で秘密裏に同盟を結んだがうまく進まず、今更止めるとも言い出せずにいた。
だが、ここまで失敗続きであればいい加減、同盟を破棄して抜けたいと考えてしまった。
「ですが、今更ですぞ!!」
そこへ、一人の男がドアを”バンッ!”と開け放って入って来た。
「今更、抜けると言われて、我々が何もしないと思いか?」
突如、侵入してきたかと思えば仁王立ちでそう言い放った。明らかに言い合っていた男達よりも上の存在であろう。
「だが、お前等が自慢していた軍隊も襲撃に失敗して逃げ帰って来たではないか!しかも全滅とは何か言える立場だと思ってるのか?」
今度は頭が禿げ上がった初老の男が立ち上がり叫んだ。計画を立てて実施したまでは良かった。相手の十倍の軍隊を送り込んだ事で成功裏に進む……はずだった。
上から目線で脅しを掛ければ、反論を受けるのは当然であった。
「ですが、失敗しているのは我々だけでなくあなた達も同じでしょう」
「そう言われると、返す言葉も無い。だが、お主にそこまで言われる筋合いも無いのも事実だ」
「確かにそうですな。私が言い過ぎました。では、謝罪の代わりに一つ、情報を貰ってくれますか?」
男達は一度頭を冷やしながら腰を下ろし、”新しい情報だと”と驚いて見せた。
「ええ、新しい情報です。本日、届いたばかりの新鮮な情報です」
男達は顔を見合わせ、どうするかと小声でやり取りを始める。そして、しばらくの後一つの答えを口にするのであった。
「わかった。その情報とやらを聞かせて貰おうではないか」
やっと答えを出したかと呆れながら、口を開いていく。
「我々は一心同体である事を忘れないように。どうやら今年は秋の視察があるらしいです」
「それだけか?」
毎年とはいかぬが秋の収穫祭の時期に国王などが地方に顔を出す事案は発生する。最近は国王が出向く事は無く、王太子である第一王子のアレクシスが顔を出している。
そう考えると、騎士団を引き連れぞろぞろと列を作るだろうと予測出来る。
そんな王族を五百人の軍隊を失った今、奇襲でも襲撃は無理であると反論するのだった。
「まぁまぁ、話しは最後まで聞いていただきましょう。今年はなんと、お転婆姫のパトリシアが出向くと言うのですよ、しかもブールの街に」
「な、なんだと!それは本当か?」
秋の視察が発表されるのは八月の下旬になってからである。
ただ、行き先は既に決められているが、一部の者しか知らぬ事柄だ。それを六月に入ったばかりのこの時期に知られるなど通常では考えられない。なぜ、この情報を手に入れられたかと尋ねたかったが、先程の脅しとも取れる言葉が脳裏に浮かびその一言が出て来なかった。
だが、今まで持ってきた情報が正確であった為に、この情報も真実であると思わざるを得ず、驚きをもって返すしかなかったのである。
「如何でしょう?道中の襲撃は人員が足らないとしても、街中で襲うには十分でしょう。それに収穫祭ですよ、人々の気も緩み、護衛も気を許すでしょう」
「そ、そうだな。我々の積年の恨みを晴らす良い機会でもあるな」
三人の男はお互いを見合い、今度こそ成功させるぞと頷きを返すのであった。だが、情報を持ってきた怪しげな男は、口角を歪に吊り上げ不敵な笑みを浮かべていたのだった。
※悪だくみ連中……。スイールを狙ったのですが、それとは別に手練れの男爵も狙ったそうです。ともに、失敗。
彼らの次の目標はいかに……。




