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第二十四話 続々・ブール高原の戦い

2019年の更新はこれで終わりにします。

2020年も引き続きよろしくお願いします。

    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「エルザ、用意が出来ました。合図を!」

「はい!」


 スイールが準備が出来たとエルザに声を掛けると、今まで放ち続けていた氷の針(アイスニードル)氷の槍(アイスランス)と異なる火の魔法、火球(ファイヤーボール)を作り出し、上空へと打ち上げた。


 火の玉は上空三十メートルまで上ると、くすんだ銀色の雲を背景にして”ボンッ!”と破裂して爆音を出し、雲の色と同色の煙を残した。


「真ん中開けろー!!」


 エルザの合図を受けて、ヴルフが渾身の力を込めて叫び声を上げた。

 すると、事前の打ち合わせをもしていないアドルファス男爵が、声の意図を正確に感じ取り、部下を下げさせながら左右にわけて、街道の中央から兵士を退避させた。


 敵がそれを見れば今が攻め時だと思うかもしれない。だが、彼らの視線の先には、先端に埋め込んだ魔石が深い青色に変色させた杖を体の真正面に構えた一人の魔術師を捉えていた。


 ラザレスと連携をする彼らは当然のことながら、杖の先端に埋め込まれた魔石はよく聞かされており、それが何を意味するのか当然の如く頭に叩き込まれていた。

 しかも、黒い魔石が綺麗な青色になる事は知っていても、深い青色に変色した光景など目の当たりにするなど無かったのだ。

 それから考えれば、次に何が起こるのか、脳裏に浮かん来るのである。


「て、撤退だぁ!今すぐ撤退するんだ!!」


 敵の誰かがくすんだ銀色の雲まで届きそうな声で叫ぶのだが、時は既に遅かった。

 前へ前へと進み続ける数百人の兵士に、急に反転して逃げろと指示しても、すぐに実施できるほど集団は便利にできていない。しかも、後方まで指示が聞こえるかと言えば、当然ながら人の声や打ち合う金属音にかき消され、届く事は無かった。


「あなた達に恨みはありませんが、私の敵となった事をあの世で悔やんでください!行きなさい、嵐の蛇(ストームオブスネーク)!!」


 スイールの前に急激に集まる三つの魔力の塊。それぞれが周囲の空気を吸い始め渦を巻き始める。

 すぐに小さな竜巻に変わるかと思えば、空気を吸い続け三メートルを超える高さにまで成長していった。竜巻はそれぞれが真空の刃を内包し、触れるだけでも肉を切り裂き、骨を砕くほどだ。

 スイールはそれをそのまま敵へと向けるのではなく、蛇の様にして敵に向かわせる。


 スイールの下から放たれた竜巻は頭から敵に喰らい付くと、兵士をその体内に飲み込むようにして集団内で暴れた。飲み込まれた兵士が尻尾の先から吐き出されると、その誰もが均等にその身を切り刻まれ、手足はもがれ、そして、絶命していた。


 嵐の蛇(ストームオブスネーク)が暴れ回る事二百メートル、アドルファス男爵の前方に位置していた敵の三分の二程を飲み込み、魔法が通った後には死体の山を築き上げていた。

 その光景を目の当たりにした敵は、戦意を失い、失禁や脱糞するのも構わずに、何もかもを投げ出して逃げ出した。


「流石にこの規模の魔法を三発も同時ですと、疲れますね……」


 魔法発動後、杖で体を支えていたが、体力の限界とばかりに杖を手放してうつ伏せに倒れ込んだ。気を失うまでにはいかないが、息をするのも辛いのか、背中が大きく上下していた。


「おい、スイール!大丈夫か?」

「……え、ええ。何とか」


 逃げて行く敵兵をチラリと見たヴルフがスイールの下へと走り寄って声を掛けるが、無事には見えぬのだがと溜息を吐いた。


「あんな隠し玉持ってるなら、さっさと使いなさいよ」

「それは無理ですわ。スイールがここまで消耗しているのですから、数日に一度しか出せないのでしょう」


 敵を殲滅してゆく魔法を目の当たりにしたアイリーンが怒りにも似た言葉を浴びせて来たが、同じ魔術師のエルザは魔力枯渇状態にあるスイールの代わりに答える。


 そして、スイールに肩を貸して起き上がらせると、馬車へと運び休ませるのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「に、逃げるぞ!!」

「ラザレス様、逃げるっていったい?」

「馬鹿者、アレを見ろ。我々の兵士が討たれてるのがわからんのか!」


 アドルファス男爵達との戦いの場から三百メートルほど離れた場所では、スイールが放った魔法を望遠鏡でまじまじと見てしまったラザレスが、その場から逃げるのだと控えていた部下の魔術師に言い放っていた。

 だが、部下の魔術師達には、騒がしい声が聞こえるだけで戦況などわかる筈もなく、聞き返しただけだった。

 そして、()()()と直接的な表現を耳にして、事の重大さを推し量るしかなかった。


 それから彼等、魔術師達は残った百五十名に満たない兵士と共に山中を北に逃げる事になった。五百名もいた兵士達のサポートがあったからこそ、山中を平気で踏破して来たのだが、敗軍となった彼らには他人を気遣う余裕も無く、うつむき加減で足を進めるだけだった。


 彼らは戦いによる命の危機は脱したが、今度は別の命の危機を迎えつつあった。

 まず、指揮を執るザックがこの場に見えぬ事が一番大きかった。しかも副官となる数人も姿が無かった。

 そう、指揮官のほとんどが、集団の中間にいた為にスイールの魔法の餌食になっていたのである。

 そして、烏合の衆と化していた彼らを指揮する者がいなければ、指示も与えられず闇雲に山中を彷徨い歩くことになるのである。


 では、ラザレスが指揮を取ればと思うかもしれないが、彼は魔術師であり兵士達に組み込まれておらず、さらに階級も得ておらず、兵士達は彼に従うなど無く各々がばらばらに動き始める始末。

 食料も潤沢に用意してあるはずも無く、歩き疲れたところへ空腹が襲い掛かるのであった。山中を彷徨い歩けば、獣の一匹も出てくるだろうと期待していたが、十人単位で纏まっていれば自らの牙や爪が届かぬと警戒して息を潜める。

 そうなれば、誰かの食糧を奪い腹に収めるしかなくなり、所々で乱闘騒ぎが勃発した。

 乱闘騒ぎが収まったと思えば無事な兵士は数えるほどしか見えなくなり、食料を奪い合った結果、半分の兵士が命を落としていた。


 纏まった兵士が少なくなれば、息をひそめていた獣達が狩る側に回ろうと動き始める。それを逆に仕留めて命の糧とする兵士もいれば、獣達の狙い通りに狩られる兵士も出始め、そこでも命を落とす兵士が出る。

 最終的に生き残って逃げ切れた兵士はわずか、十数名だけだった。


 ラザレス達魔術師はと言えば、兵士達と別の行動となって五名で固まっていた為に、途中途中で獣に襲われていた。だが、彼らは魔術師であり得意の魔法で撃退しながら進んだことで食料も無事に確保出来、その場から生き延びる事が出来たのであった。







 その逃げ惑う道中で、一人の魔術師が震えるラザレスを心配し声を掛けたのだが、彼の言葉に頭を可笑しくしてしまったのかと思える発言を聞くことになった。


「いいか、良く聞けよ。時代の狭間狭間で大きな戦乱や出来事がある。過去に数度大きな戦乱が起こったのは知ってるな」


 それはどこでも聞く話であった。教会の話にも、歴史の勉強をしても、ついて回る。

 魔術師達は”ええ、もちろん”と頷き返す。


「歴史書には書かれていないが、その重要な場所に”死神”と恐れられる魔術師の姿があるのだよ」


 魔術師が何千年も生きている筈が無いと反論するのだが、ラザレスは研究して行くと事実として認識せざるを得なくなるのだと付け足した。


「その魔術師は、魔法を同時に五個も発動させたと、とある記録に一か所だけ記述があるのだ」


 そんな事が可能なのですか?それがあの魔術師だと?と疑いの目を向けたが、さらにラザレスは言葉を口にする。


「我々の兵士を殲滅させたあの魔術師は一度に三つも魔法を発動させていた。恐らく、五つも同時に発動させる事が出来るだろうが、距離や威力を考慮し、三つに抑えていたのだろう」


 そう言うと、ラザレスの口からその魔術師の事は二度と口から出る事は無かったという。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「魔術師殿、なんとお礼を申したらよいか……」

「いえ……。ただ人を殺す事しかできないのに、頭を下げられても困ります」


 すでにどっぷりと日が暮れて、街道横に野営のテントを張り終え、その一張りの中でアドルファス男爵が頭を垂れていた。

 くすんだ銀色の雲はいまだ空を覆い続け、特徴ある二つの月も瞬く星の姿も、全てを隠していた。


 部下の命を救ってくれたことに感謝の意を示すアドルファス男爵だったが、救えぬ命も、そして一生残る怪我を負った者達も残されたと思うと、気持ちは晴れるはずも無かった。

 それに、迫りくる敵兵と言えども、大半を葬り去ってしまった懺悔の気持ちも未だ胸の奥底にチラチラと燃え続けていた。


 それに、スイールが気付いた時にはアドルファス男爵の大切な次男が大怪我を負っていると聞き、それもいたたまれない気持ちにさせている一つでもあった。


「アイツの事は命があっただけでも有難いと思わなくちゃな」


 とは言いながらも、連れて来た五十名の兵士のうち、十名が命を落とし、さらに十名が腕を無くす等の一生残る怪我を負ってしまっていれば、五体満足の次男に優しい言葉の一つも掛けてやれぬと落ち込んでいた。


「ブールに到着すれば彼の怪我も何とかなりましょうや。死んでしまっては生き返らせるなど不可能ですから……」


 それからしばらく、辛気臭い言葉が飛び交うのであった。







「男爵、敵を見てて気になったんだが……」

「ヴルフ殿、如何したか?」


 アドルファス男爵の横で静かに聞いていたヴルフが思い出したかのように話し始めた。


「敵を弔っていたのだが、動きにくそうな厚着をしていたのだが……」

「厚着?夜になれば寒くなる、このブール高原では当たり前ではないのか?」


 五月も中旬に差し掛かり春も終わりを告げる頃だが、標高の高いブール高原では夜の寒さを凌ぐのに外套を羽織るなど当たり前ではないかと、ヴルフを始めとしてスイールやアドルファス男爵、そしてダレン隊長が皆寒いと外套を羽織っているので、寒さ対策ではないかと不思議に思うのだ。


「いや、外套ではなく、鎧の下に防寒着らしき厚手のシャツを着こんでおった。鎧はトルニア王国で調達できる汎用品であったが、この時期に厚手のシャツを着込むでろうか?我々だったらありえんのだ」

「確かにそうだな。寒いのは日が暮れた夜間だけと知れば、外套を羽織るだけで済むしな」


 そして、アドルファス男爵には話していない重要な事柄を告げる。


「話すのが遅れたが、仲間のアイリーンが昨日、野営地の周囲、それも森の奥で見つけた物に、寒い地方に生息する動物の毛を発見しておる。彼女が言うには、寒さ対策で襟巻になる高級品だそうだ」

「襟巻?高級品?何の話だ?」


 高級な襟巻を高地に持ち込むことはあっても、それをしたまま森の奥へと入る者は皆無と言っていいだろう。それが、木こりであればなおの事、無理であろう。高級品から一番遠くに存在すると思える。


「襟巻をする人物像を考えると、”南方に住んで北方の寒さに弱く金持ちで戦場に高級襟巻を持ち込む程の無頓着”だそうだ」


 そんな条件を併せ持つ人物がいるのだろうかと、アドルファス男爵もダレン隊長も首を傾げてしまった。


「それを考えると、ラザレスがこの地へ来たとしか思えないのです」

「ッ!……ラザレスって言うと、帝国にいる魔術師か?」

「その通り。ここまで言えば、男爵にもピンとくるじゃろう?」


 ラザレスと言えば、帝国で食客をしている魔術師であると出発前に聞いたなと、アドルファス男爵達は思い出した。

 食客をするほどであれば、かなりの報酬を受け取っていても不思議ではないし、魔法以外に無頓着とあれば、こんな山中に高級品を持ち込んでも説明が付く。

 そして、厚着をした兵士だったと指摘されてば、必然的に行き着く答えは決まって来る。


「アイツらも帝国兵って事か?」

「……恐らく……じゃがな」


 思わぬ事象が明らかにされ、アドルファス男爵は思わず天を仰いで溜息を洩らした。倒した敵から証拠の品が出てきてしまえば、難癖をつけてスフミ王国を巻き込んでの戦争となる可能性が高い。そうなって、誰が得をするのか……、と考えると治安維持部隊を国元に残しておけぬ小さな都市が被害を被るかもしれない。

 アドルファス男爵がいるルストも例外ではなく、手隙(てすき)になり、そこを狙われてしまう可能性があると考えて口に出した。


「なるほど、帝国兵を使って我々を他方に引き出し、その間に攻めるのだな!」

「いえ、それは行き過ぎと考えます。十倍の兵力を出せば確実に男爵を討ち取れると考えた筈です。当初の目的では無傷でルストを手に入れる事ですから」


 スイールはアドルファス男爵の言葉を否定した。

 今は攻め時ではなく、ただ単に男爵を討ち取りたいと考えただけだろうと。


 ヴルフが帝国兵だと断定したのは兵士の服装と高級素材の襟巻が同じ用途で使われていたと予想したからに過ぎない。敵の中から帝国と結び付く証拠は何一つ見つかっていないのだから当然と言えば当然である。


 もし、アドルファス男爵を襲って来た敵が帝国兵であったとしても、確たる証拠はない。何より野心を燃やしているのは北部三都市であって、帝国は焚きつけて独立を支援しているだけだろう。

 そう考えると、何の証拠も無く北部三都市に賠償を求める事も、帝国へ攻め入る事も出来ぬこの状況を甘受するしかないと、肩を落とした。


 命を落とした部下達の無念を思えば、それしか出来なかった。

※ブール高原の戦いはこれにて終了です。

 情勢がきな臭くなってきました……。


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