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第十九話 ヴルフとスイールの実力、そして……。

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「姫様、一つよろしいですか?」

「ん?アマベル、如何した?何かあるか」


 魔力機器(マジカルマシーン)の説明会が終わり、一息入れてから皆で紅茶を飲んで喉を潤していると黄色(ナイツ・)薔薇騎士団(オブ・イエローローズ)の団長のアマベルが申し訳なさそうに口を開いた。

 パトリシア姫は紅茶が半分ほど残ったカップをそっとソーサーへ戻し、何かあるのかとアマベルへと視線を向けた。


「折角、ヴルフ殿がいらっしゃるのですから一勝負させてもらえればありがたいのですが……」


 剣の道を志すのであれば、憧れの剣士に胸を借りたいと思うのは当然だろう。自らが高みを目指すにはその実力を知るのは無駄ではない。

 パトリシア姫は”チラリ”と見てすまし顔をしているヴルフを見て”良いのでは?”と許可を出そうとしたが、ヴルフの実力を昔から知るカルロ将軍が辛辣(しんらつ)な言葉を吐いた。


「止めて置け、無駄だ」

「何故です?」

「エゼルバルドにも数合、剣を合わせただけでヒルダに譲られたのを忘れたか?はっきりと言えばまだ実力不足だ。本気を出せば一太刀も打ち込む事無く負けるのは目に見えている」


 実力不足と真正面から言われ悔しそうな表情を見せたアマベルだが、ヴルフから”向上心が旺盛だな”と言われると途端にうれしそうな表情をした。


「一勝負してみるか?」


 ヴルフは立ち上がると、パトリシア姫にちらりと視線を向け、何も持たずに執務机前の広いスペースへと移動した。執務机の前を使うとの意図と見たパトリシア姫は溜息を吐きアマベルへ声を掛ける。


「カルロはああ言ってるが、ヴルフの好意に甘えるが良い。だが、カーラは絶対に手を出すな。ここが妾の執務室だとゆめゆめ忘れるなよ」


 アマベルと隣に座るもう一人の騎士へ顔を向けて注意を促した。


「それではお願いいたします」


 アマベルは立ち上がると無手でヴルフの前二メートル程へと足を進めた。

 体の力が抜け自然体に近いヴルフに対し、名を馳せた憧れの剣士の胸を借りることが出来るとなり”ガチガチ”に力が入るアマベル。


「おい、もっと力を抜け。それじゃ勝負にも何にもならんぞ」


 ただ、歳取った騎士でも何でもない一般人だと告げるが、それで力が抜けるはずも無く力を抜こうと目を瞑り、深呼吸を繰り返していた。数回の深呼吸で幾分か力が抜けたのか、”カッ!”とその目を見開くとヴルフに”行きます”と告げた。


 だが、その言葉がその場にいる全ての耳に届いたが、アマベルは拳を握り構えを取っただけでヴルフに向かおうとしなかった。


「ほら如何した?何時でも掛かって来い」


 右手を前に出し、”チョイチョイ”とアマベルを挑発した。

 だが、それでもアマベルの足はその場から一歩も動き出そうとしなかった。


 この時、アマベルは強大な相手を前に勝てる見込みのない勝負を挑み後悔していた。自然体のまま構えてもいないヴルフに、どの様に攻撃を仕掛けても瞬時に反撃を食らい、自らの背中を床に強打している、そんな光景しか脳裏に浮かんでこなかったのだ。


 向き合っているだけなのに”ハァハァ”と肩で息をし出したアマベルを見たヴルフは”これ以上は無理か?”と一気に勝負を決めようと床を蹴り彼女との間合いを一気に詰めた。


 アマベルは右からの一撃を我武者羅に腕を振り出したが、そんな一撃がヴルフに届くはずも無かった。”ひょいっ”と軽く避けると左手をアマベルの顔の前に出し、”ペチッ”と額を指で弾いた。


「キャッ!!」


 額に軽く一撃を受けたアマベルは、騎士らしからぬ女性特有の黄色い声を発し、額を抑えながら”ペタン”とその場にへたり込んだ。それに、アマベルの同僚たちは声を上げて驚いていた。


 騎士団団長と言えども、遥か高くにいるヴルフと相対すれば”こんなもんだ”とカルロ将軍はわかっていた。

 ヴルフはと言えば、こうなる予感がしていたが、何事も経験が大事だと考え、体に刻んでやろうと相手を受けたのである。


「良い経験になっただろう?」


 そっと手を出しながらアマベルへ声を掛けた。


「はい、何処から如何打ち込んでも、勝てる光景が見えませんでした」

「それがわかっているならお前はまだ強くなれる。むやみやたらと打ち込むよりは遥かにましだ」


 騎士団団長としてみっともない所を見せてしまったなと思いながらも、ヴルフの手をしっかりと掴み、引き起こしてもらう。

 一度しっかりと握手をすると、二人は何もなかったかのように元の位置へ着座した。


 これで次の話に進めるなとパトリシア姫が話題を変えようとナターシャにお茶を入れ直すように指示を出したのだが、先程、注意を受けていたカーラがここぞとばかりに口を出してきた。


「姫様!私も魔法の勝負をさせて下さい」

「止めて置け!危険すぎる」


 カーラを止めたのはカルロ将軍ではなく、先程勝負を終えたばかりのヴルフだった。


「アマベルとの勝負が終わって満足したら、私には駄目だと言うのですか?」

「こら、止めんか!」

「いいえ、止めません」


 立ち上がりテーブルを叩きながらヴルフに罵詈雑言を向けるが、カルロ将軍がそれを制止しようと声を荒げる。だが、それで止まるようなカーラではなかった。


「勘違いしているようだが、お前さんとスイールの差は、ワシとそこの騎士団長の比じゃない。天と地程の開きがあるのだ。だから勝負よりも魔法の制御方法を教えて貰え、と言いたいのだ」


 この場にエルフのエルザもいるのだが、百五十年も生きていれば同じほどの実力を持ちうるだろうとあえて名前を上げなかった。

 そのスイールの実力だが、ヴルフが見てきた魔術師の中でダントツに抜きん出ていた。過去にブールの街を襲った獣の群れの大部分を一人で屠った実力やヒュドラに打ち込んだ魔法の数々を思い出せばスイールに肩を並べる魔術師など存在すらしないと考えていた。

 そして、エゼルバルドやヒルダ、孤児院の子供達へ魔法を教えていた手腕を見ていれば、ありすぎる引き出しを持ち合わせいる事は確かだ。

 さらに、まだ何か、隠し玉を持っていると睨んでいた。


 実力の一端を見れぬまま魔法の勝負を挑むよりも、彼に師事するべきだろうとヴルフは思っていた。


「それなら、どれだけの実力があるのか見せて貰いましょうか」

「多分、びっくりするぞ。それじゃスイール、昔やってたアレを見せてやってくれ」


 ”最後はこっちに振るのですね”とぼやきながらも、スイールは人差し指を目の前に出すと、その先端に小麦の粒ほどの炎を生み出した。


「ちょ、ちょっと、それ何!どんな魔法なのよ」


 スイールの指先で燃える小さな炎を興奮しながら見つめ騒ぎ出す。自分の知らない何かがあるのではないかと。


「これは生活魔法の種火(ファイア)ですよ」

種火(ファイア)?私なんて、これが精いっぱいよ」


 そして、カーラが人差し指の先に生み出した炎は、空豆程もあろうかと思う大きな炎だった。生活魔法でさえここまでの差を見せられれば、カーラも黙り込むしかなかった。


「スイールよ、昔よりもだいぶ小さくなってないか?」

「そうですね。ここまで出来るようになったのはつい最近です。普段はこれくらいですが、それを圧縮してあそこまで小さくしています」


 ヴルフの言葉を受け、小豆程の”ユラユラ”と燃える炎に直した。それでもカーラの炎の半分以下の大きさでしかない。


「ここまでするには毎日の魔法制御の積み重ねでしかありません。エゼルバルドやヒルダも同じ大きさに出来ますよ。大きくするのは簡単ですが、魔力を絞って小さくするのは難しいのです。そして、魔力の制御を細かく出来れば、このような事も出来る様になるのです」


 そう言うと、手の平を広げ、五本の指全てに生活魔法の種火(ファイア)を生み出した。炎の大きさは一般的に言われる種火(ファイア)と同じであったが……。


「そ、そんな事が人に可能だというの?同時に二つの魔法を使う事さえ出来ないのに……」


 スイールの魔法に衝撃を受けたカーラは、まるで悪夢を見ているみたいだと絶望に似た表情を浮かべ椅子に倒れこんだ。自らの実力を否定され、常識を覆され、何を信じれば良いのかと思った事だろう。

 これがまだ何も知らない子供であれば”凄い凄い”と手を叩いて喜ぶのだが、カーラの様に騎士団に採用され実績を持つ大人となれば、自分は今まで何をしてきたのだろうかと思わずにいられないだろう。


 崩れ落ちたカーラに視線を送るスイールは悪い事をしたなと思うのだが、誰でも訓練次第で出来るようになると考えると、言葉を掛ける気にもならなかった。あとは自分の足で立ち直って貰うしかないと。


「カーラはこのままにしておこう。アマベルよ、カーラの事は頼んだぞ」

「はい、お任せください」


 立ち直れぬカーラをアマベルを始めとした騎士団が協力してパトリシアの部屋から連れ出し、王城の医務室へと連れて行った。カーラは次の日に何とか立ち直り、我武者羅に訓練を行い始めるのであるがそれは別の話である。


「さて、妾の騎士団がこの場にいなくなってしまったがお主等に頼みたい事が二つほどあるのじゃ」


 パトリシア姫はテーブルに両腕で頬杖を突きながら前のめりになり、スイール達へと口元を隠しながら笑顔を向けた。


「実はエゼルバルドやヒルダの結婚式についてなのだが……」


 何やら嫌な予感がするとスイール達は顔を見合わせる。口元を隠しながら話をする仕草を見せるときは大抵良からぬことを考えているのだと経験から得ていたのだ。パトリシア姫もその例に漏れず、何かを内に秘めているのであろう、と。

 それがわかったからか、スイール達が口を開く前にパトリシア姫が続けざまに言葉を発した。


「一言申しておくが、妾はあの二人を引き離すなど考えていないからな。ましてや我が国の法律に則って夫婦となっておるのだ。妾が法を犯すなど出来るはずも無い。それに、式をめちゃくちゃにしようとも考えていないぞ。その逆を考えておるのだ、協力してはくれんか?」


 歳が同じエゼルバルドがもし、爵位を受けていたら、何が何でも自らの下へと出させ夫婦としていただろう。だが、すでに婚姻の届け出を出され、爵位も持たぬエゼルバルドとはどう考えても釣り合うはずが無いとそれはすっぱりと諦めていた。あれだけの実力を兼ね備えていると考えれば少し惜しい気持ちもパトリシア姫の中にはあるのだが……。


「それで、何を我々に頼みたいのですか?」

「実はな……」


 そう言うと、パトリシア姫は小声でスイール達に計画を話し始めた。

 簡単に言えば、悪戯を仕掛けようとしていたのだが、それの規模が子供の遊びの範囲を超え、犯罪ギリギリではないかと思えたのだ。

 だが、パトリシア姫もカルロ将軍もその計画ですでに動き始めており、今更止める訳には行かぬと告げて来たのだ。十日以上も前に初期の計画を携えた諜報部員が王都を発進し、既にブールで工作を開始している頃であるとも告げられた。


 それを聞くとスイール達四人は、一斉に溜息を吐きがっくりと項垂(うなだ)れるのであった。


「姫様、ウチ等に頼みたいじゃなく、すでに計画を実施しているから黙っていろって事ですよね、それは」

「まぁ、そうとも申すな」


 ”カラカラカラ”と空笑(そらわら)いを向けるのであるが、”呆れた~”とアイリーンは失笑を返すのであった。


 アイリーンは呆れていたが、小さい時から二人を知るスイールは”たまにはお返しも良いかも?”と悪戯をして来られた事を思い出し、王女様が携わる大規模な悪戯など、一生掛かっても出遭(であ)えるはずも無いと内心で笑った。


「仕方ありませんね。ご協力いたしましょう」

「おぉ、スイールが協力するとは珍しい」

「協力と言っても黙っているだけですからね」


 ヴルフに珍しいと言われれば、その通りかもしれない。自ら進んで悪戯に携わるのなら躊躇するが、王女であるパトリシア姫が言い出した悪戯に強引に参加させられるのだ。楽しまなければ失礼にあたる、と邪な笑みを浮かべていた。


 現に、この悪戯はパトリシア姫が言い出した事であり、エゼルバルド達に言われたならば主犯としてパトリシア姫を出せば怒りの矛先を躱す事も出来るだろうとの計算も働いていた。

 まぁ、”それを止めるのが役目だろう”と言われる可能性も捨てきれなかったが。


「スイールが賛成するんなら仕方無い、ウチも協力するわ」


 そして、アイリーンが協力すると挙手すると、ヴルフとエルザもそれに倣い渋々と頷きを返すのであった。


「ふふふ、協力感謝するぞ。こうなるとは思っていたがな」


 ちらりとカルロ将軍へ視線を向けてパトリシアは満足したように満面の笑みを向けるのであった。


※やっとこさッとこ、この章の結婚式に起こるであろうことの一端が!!

 まだわかりませんけどね~。


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