第十八話 魔力機器の話の続き
原因不明の体調不良。その後に腰を襲った悲劇……。
すみません、今日から再開します。
とは言ったものの、書き方を忘れてしまってたりして大変だったり……。
ブックマーク、評価、感想。お待ちしております。
「お前もなかなか凄い事を考えるのじゃな!」
スイールはパトリシア姫の言葉を受けて、それ程でも無いですがと恭しく頭を下げた。その言葉を発したパトリシア姫はと言えば、まだ興奮冷めやらぬようで、お世話係のナターシャから、はしたないと注意を受けようともテーブルを”バンバン”と叩き続けていた。
そう、氷の冷たさを利用して野菜や飲み物を冷やせば、そこから取り出すだけで常に冷たい食べ物や飲み物が取り出せる。何よりも傷みやすい野菜類が長持ちするとなれば、誰もが興奮するであろう。
スイールは【冷蔵庫】の仕組みや有用性をパトリシア姫やカルロ将軍に説明したのである。
そして、それらは一般の人々に広がってこそ有効に活用されるだろう、とも付け加えた。
「魔力焜炉が広がれば火災の心配も少なくなります。魔力製氷機を使った道具、”冷蔵庫”と名付けますが、それが広がれば無駄にする食材が少なくなるでしょう。つまりは市民の生活が一変する程なのです」
その他にも、船舶で薪を燃やさず火災の心配なく温かい料理を提供出来たり、小さな携帯用魔力焜炉を作れば旅も快適になる。冷蔵庫を馬車に積めば傷みやすい野菜や肉などの食材を遠くまで運ぶことが出来るだろう。
屋台の在り方も変わるかもしれないと、様々な利用方法を説いて見せた。
「ですが……、薪を生産する人々は仕事を失う可能性もありますから、代替する仕事を見つける必要があります」
いい事尽くめの説明をしていたが、突如、失う事も多いと伝えると、パトリシア姫やカルロ将軍は何故、ここで二の足を踏ませるような事を言うのかと不思議に思った。
「確かに仕事を失う可能性の者達も多いだろう。それは我々の仕事だ、気にしないでいい」
時代の狭間では変革に対応しきれぬ者達も多数出てくることはカルロ将軍ははっきりと理解した。旧来の世界にしがみ付き、それこそが至高だと古い考えを捨てきれぬ少数が生まれる事を。
そして、それを乗り越えた先に未来が待ち受けているとも。
「そこはお任せいたします」
「で、この二つは良いとして、最後のは何に使うのだ?」
受け取った書類の最後の魔力機器は風を起こすと記されていた。ただ単に風を起こすだけであれば、生活魔法にそよ風がありそれで十分ではないかとカルロ将軍は疑問を口にした。
生活魔法のそよ風は、濡れた髪を乾かしたり、服を早く乾燥させるなど生活に無くてはならぬ魔法だった。それ故に、風を起こす魔力機器など必要ないのでは、と思うのも当然だったのだ。
「この魔力機器は大きさこそが要なのです」
スイールは丁度良いとばかりに、部屋の隅で埃を被っていた黒板を引っ張り出し、それいっぱいにチョークを走らせ始めた。
円筒形のそれは直径が五十センチ程であるが、長さが二メートル近くも寸法が書かれていた。その横には海に浮かぶ船を落書き程度に描き、赤いチョークで色を塗った。
「それは船……か?」
「カルロ将軍の指摘通り、船です。絵が下手で申し訳ないですが」
青いチョークで横に波線を描き、その上に長細い箱を描いた。そして、帆柱と思える縦の線を描いてやっとの事で船だと誰もが理解することが出来た程なのだ。
絵が下手と自らが申しているが、スイールには魔法の心得は十二分に持っていたのだが、絵心だけは壊滅的だった。
挿絵のように図を描く時はどうしていたかと言えば、他の人に代筆して貰っていた。ただ、図柄、四角に丸を描く等の図面のように描く事は問題なかったので、下手だと露呈することは無かった。
「これをこの場所に取り付けるのです、左右に一基ずつ……」
「まぁ、何となく付ける場所はわかるが……。これを取り付けるとどうなのだ?」
カルロ将軍もパトリシア姫も船に取り付けるとスイールが告げた時に、何となく”こうなるだろうな”と感づいていた。だが、黒板に向かって口を開いていた彼の言葉を遮らぬようにと口を噤んだ。
「この装置の役目は風を出すのでは無く、風を起こして装置自身を押し出す作用を生み出すことにあるのです」
一度、黒板を綺麗に消して、これから説明しようとする装置自体を大きく黒板に描き直した。
「これを船に取り付けます。そして、装置の前方から空気を取り込み、装置を通って後方から人が飛ばされる程の風が生み出されます。この風は止まっている空気に当たると装置自信を押し出す力、つまりは推進力を生み出すのです。これにより、船を前に進ませることが出来るのです。と、何となくわかりましたか?」
自信満々に説明を終え、くるりと体を反転させてパトリシア姫やカルロ将軍へ視線を向ける。二人共軍船や客船の類や小さなボートに乗った経験があるので、オールの役目を装置で代用するのだろうと考えていただけに、”うんうん”と頷き返していた。
帆柱に風を受けなくても、漕ぎ手を数十人、下手したら数百人も雇う必要が無くなれば海運の仕組みが変わるぞとカルロ将軍は喜んでいた。
それに満足したのか、スイールは黒板をそのままに席へと戻るのだが、”そうそう、一つ忘れていましたが”と言葉を付け加えるのであった。
「この装置、一つ欠点がありまして、どんなに魔力を持っていても稼働時間は一時間が限度となります。稼働時の条件により時間は伸びますが」
「……それじゃ、何のための装置だ?帆柱も漕ぎ手も必要じゃないか。こんな物作って使う場所など無いぞ」
こんなもの使えないと即座にそれを却下しようかと考えたカルロ将軍であった。だが、”では、こんな時はどうします”といくつかの例をあげて見せた。
「帆船が無風の海に飛び込んでしまったらどうしますか?船を急加速させたいときはどうしましょうか?港内で船を動かしたいが、補助する船が無い時はどうしましょうか?」
短い時間しか稼働できないのであれば、そのように頭を切り替えて使えば幾らでも使い場所はある。特に、帆を畳んだ状態で港内を滑るように水面を進めるとあれば、それだけでも装備する価値はある。
凪状態での入港が出来ると考えればどれだけ便利なのか。
そして、凪状態と同じだが航行中に無風になる場合も少なからず存在する。この装置があれば一時間、もう一人装置を操れれば二時間も船を進ませることが出来るだろう。そうなれば、再び帆に風を受け船を進ませられ生存性も上がる。
そう、船の墓場と呼ばれる無風状態がよく見られる海域を迂回する必要がなくなるのだ。
「なるほど、そう考えれば使い道はありそうだな。だが、船で急加速など必要なのか?」
「実はそこなのですが……」
スイールは額に手を当て、しばらく無言を貫いた。他の者達が視線を向ける中、ただ、何かを考えているかの様に。
そして、意を決して自らの考えを曲げて申し訳ないと思いながら再び口を開いた。
「自分で軍事利用をしないで欲しいと告げて置いて話が矛盾するのですが……」
「どういう事だ?」
「遠くから船を攻撃する手段、例えば据置巨大弩から狙われたとしますね。船を急に加速させれば狙いを外す事も簡単ですし、射程距離から逃れる事さえできます」
それなら、軍事利用となりうるな、とカルロ将軍も頷いた。
海戦が得意でないとはいえ、軍船にどのような装備品が搭載されているか、どの程度の性能が出せるかはおおよそ把握している。一隻で航行する場面もあれば最低限の知識は必要になる。
そのカルロ将軍は、スイールの言葉から全く逆の動作、つまりは敵の艦船に急激に近づき攻撃なり、衝角での攻撃なり、横付けして乗り込むなり、幾つかの戦術を頭に浮かべた。
そう考えれば、その装置を取り付けるのは軍船が一番適していると言えるのではと考え、スイール自身の考えを曲げるのも仕方ないとも思える。
「軍船に装備しなくても、例えば海賊船対策や海洋生物対策としても有用ですので、本来はこちらを紹介したかったのですが……。通常の船舶に装備して、それで終わりとならないのがこの装置なのです。すぐに船舶を拿捕され海賊達に奪われると思えば……」
作り方を秘匿するとは言え、これだけ巨大な装置をすぐさま海洋投棄して船から外す事など無理だと考えれば、海賊対策をあらかじめ念頭に入れておくべきであると。
「なるほど、お前がいくら軍事利用しないでくれと口を酸っぱくして我らに伝えても、現場が守れる保証は無いか……」
「ええ、これは仕方ないかと……」
スイールは深く溜息を吐いた。
魔力機器は便利な道具であるが、使い方を一つ間違えれば圧倒的な力を得る兵器となりうる。魔力焜炉を巨大化させれば人を焼く兵器になるし、魔力製氷機も人を凍らせる巨大兵器にも変わるだろう。
そして、この風を起こす装置も別の使い方を模索すれば、巨大投石機以上の強力な兵器となりうる。
戦争を助長する兵器の開発など以ての外だと、綺麗事を言ってもその流れからは逃れられない。
ただ、これらの魔力機器がディスポラ帝国に発見されなくて良かったとスイールは思っていた。国土も広く、人口や兵士も多いトルニア王国がいまだに大陸制覇に乗り出していない現状から、これからもその野心は持ち合わせる事は無いだろうと思ったのだ。
スイールの前に座るパトリシア姫やカルロ将軍を見ていれば、他国へ攻め込むのを良しとせず国内の政治の安定や市民生活の充実に心血を注いで、魔力機器を良い方向へ使ってくれるだろうと確信出来る。
スイールの心の内を読み取ったのか、カルロ将軍は決意して言葉を発した。
「わかった。お前の心配事は全て任せて置け。風を起こす装置は直ぐに装備は無理だが一、二年以内に大陸間航行の船舶から装備させる事にする。その間に海賊船対策に訓練を施せば問題あるまい。あとは各国との調整……か。これが一番面倒かもしれんがな」
「お手数おかけします」
魔力機器を市民に広めようとした時に懸念されるのが国家間の格差が広がってしまう事だ。トルニア王国だけが魔力機器を独占してしまえば、それが戦争の火種となる可能性は十分考えられる。
技術的にはそれほど複雑ではない魔力機器の製法は、市民達の手に委ねればすぐに兵器開発へと向けられるだろう。
その調整を行えるのは国を治める者達だけと考えれば、スイールの考えもあながち間違っていないのだ。あとは、トルニア王国が全てを独占せぬようにと天に祈るしかなかった。
「それで、この風を発生させる装置はどのような名前が付いているのか?」
「これは魔力空気圧縮排気機と付いてます」
大げさな名前が付いているのだな、とその場にいた誰もが思った。だが、実際に作り稼働させればその通りになるので大げさでも何でもないのだ。
「この件は大船に乗ったつもりで、妾とカルロに任せてくれ」
「ええ、この件は私の出る幕はありません」
パトリシア姫の言葉に頭を下げるのであった。
「それにしても……」
「それにしても何でしょうか?」
パトリシア姫はスイールに向かい口を開いたが、その後を続けようか迷っていた。魔術師と紹介を受けたが、本当にそれだけの男なのかと。もし、この後の言葉を続けて大丈夫だろうかと躊躇してしまった。
だが、彼女は意を決して口から言葉を出したのだ。
「スイールよ、お前はどれもこれも見て来た様に妾達に話すのだな。全てが初めて見るはずなのだが、お前はどれもこれも、既に知っているとしか思えんのだ」
パトリシア姫はそう告げるとスイールの顔をじっと見つめた。それがどれだけ続いただろうか?わずか数秒だったが、永遠に続くかとも感じざる時間が過ぎる。
それも、スイールが”ふっ”と目をそらしながら笑みをこぼすと、再び時が進み始めた。
「パトリシア姫も冗談が上手ですね。こんな、失われた道具知っていると言われて信じる人はいるのでしょうか?それなら、私は一体何歳になるのでしょうかね?ただ、他人の知らない書物や古文書を大量に読んでいるだけですよ。それに、そんなに長生きの人がいればもっとヨボヨボのお爺さんじゃありませんかね?」
スイールはお年寄りの真似事をしながら何の冗談かとさらっと流した。
「そ、そうか。……それもそうだな、妾の冗談と思って流してくれ」
引きつった笑いを見せながらも、その場を取り繕う。だが、パトリシアの内心はどうも腑に落ちないとスイールの言葉を引きずるのであった。
パトリシア姫、核心に近づいたか?
さて、如何いう事でしょうかね。




