第十二話 護衛の終わり、そして新人受付嬢は噛みまくり?
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「それにしても、不思議な敵だったわね」
馬車列の後方でエゼルバルドとヒルダは馬に騎乗し、仲良く並んで数メートル後を付いて進んでいた。荷台や御者席よりも視点が高くなり、多少だが遠くまで見通せるようになった。
周辺を”キョロキョロ”と見渡しながら、昼食前に遭遇した二つの騎馬隊を思い出していた。
「そうだな。あんな集団は聞いたことないな」
通常、商売人の馬車を襲うのであれば盗賊団が数頭の馬を連れて襲ってくるのが常套手段であろう。しかも、人の目が届きにくい山林などの隠れる場所が豊富な土地が出没する場所が一般的だ。
それを考えたらこの場所は、トルニア王国の北部地域で広大な草原が広がり、一大農産物生産地域として位置し、盗賊などが隠れそうな場所は少ない。
現に、二人が視線を動かし、どの方向を見ても、ちょっとした丘があるだけで広大な森など無く、隠れる場所が見つけられない。
逃げていた一隊は一度北に向かい、南に戻ったと話していたが、この隠れる場所の無い一帯を見渡せばそれも怪しいと思わざるを得ない。
「不思議ってよりも、不穏とか、不気味とかそっちが似合うんじゃないか?」
「不気味って聞くとちょっと”ぞくっ”とするわね~」
その後も二人は、周辺に気を配りながら出合った不思議な敵についてあれこれと意見を出し合い、いつ出るともわからぬ答えを出そうと頑張ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「到着だよ~!!」
不思議な敵と戦った次の日の夕方、目の前で沈む太陽の光でオレンジ色に染まり始めた頃、ブラームス達の馬車列は海の街アニパレへと無事に到着した。
二台目の馬車からマルリスが到着をエゼルバルド達に教えようと、御者席の横から乗り出して声を掛けて来た。周りを警戒していたエゼルバルド達はその声に感謝しつつ、前を行く馬車の先を見据える。
「ああ、ありがとう」
手を振りながらマルリスへと感謝を伝える。
アニパレの防壁は直ぐ近くまで迫り、あと十数分もすれば東の門へと到着するだろう。入場の長い列ができているかと思えば、門の外で数組が並行に審査を受けているので、ほとんど列は出来ていなかったのは素晴らしいと思った程だ。
前回、来たときはどうだったかと記憶を頼りに思い出そうとしてみた所、かなりの昔に船で来た記憶しか出てこなかった。
「そうだ、前に来たのは旅行するって、船で来た時だったな~」
「あの時はスイールとシスターも一緒だったわね」
船で河を下ったのだと懐かしく思い出し、入場は船着き場で行い門を通ってなかったとエゼルバルドとヒルダは顔を見合わせ笑ってしまった。
それからブラームス達の馬車列はそれぞれの身分証やワークギルドの依頼票など個人それぞれに許可を出した後、馬車の荷台を一通り調べられて、やっとの事で入場を許可された。
二台の馬車と二頭の騎馬はゆっくりと石畳をリズムよく刻みつけながら、ブラームス達が何時も借りる宿へと足を向けた。
そして、宿の前に到着すると、辺りは真っ暗になり街灯がオレンジ色の光を放ち始めていた。人の通りは少なくなりつつあり、街灯に火を灯す係が忙しく歩き回っている姿が目立っているくらいだ。
宿の横からは馬車が入れるだけの通路が設けられていて、裏手に厩舎や馬車の駐車場が作られていると、休憩中にガルシアが語っていた。
値段の割にサービス、--この場合は寝具であるが--の、質が良く、アニパレに立ち寄った際にはだいたいが、この宿を利用するらしい。評価が高いのはガルシアだけでなく馬車の持ち主のブラームスもそうで、さらには小間使いの男からも次も使いたいといつも言っているらしい。
エゼルバルド達は、この場で依頼票に護衛終了のサインを貰えば終了となるのだが、馬と共に泊まれる宿を探すのが面倒との事もあり、一緒に泊まる事にしたのだ。
実際、宿を探そうとしたら、人口や観光客の多いアニパレでは人々の評判やワークギルドからのおススメを聞く事になるだろうが、辺りが真っ暗になった今では、厳しいと言わざるを得ない。
「こんな時は、利用する人の意見は大事だからね」
エゼルバルド達は一度しか訪れたことのない場所、しかも数年前で記憶が無いのと一緒ならば良く知る人に習うのが賢いやり方だとわかっている。
宿の前に一度馬車を留めて小間使いの男が宿の中へと入って行った。外から見れば、宿の窓の灯りは歯抜けの様に所々が暗く、ブラームス達が泊るには十分余裕があると見られた。
その予想は、小間使いの男が宿から戻りブラームスへ報告したことを聞き、予想が正しかったと知るのである。
「ブラームス様、まだまだお部屋には余裕があるようです」
「そうか、なら馬車を奥に止めて来よう。泊まると告げてきてくれ」
「はい、畏まりました」
小間使いの男はクルリと身をひるがえして宿の中へ、ブラームス達は馬車を操ってゆっくりと宿の奥へと向かわせた。そして、厩舎にいる係員へと馬車馬と二人の乗る騎馬を任せると、宿のロビーへと急いだ。
そして、部屋を無事に撮り終えると、ブラームスの部屋で夕食となった。
「すみません、オレ達の分まで部屋を取ってもらって」
エゼルバルドとヒルダが申し訳なさそうに頭を下げる。そのブラームスはと言えば、”まだ、契約中だし当然こっちが出す!”と取り付く島もなく部屋を割り当てられてしまったのだ。
アニパレの宿は自分達で支払いをするつもりだった為に、何となく落ち着かない気分になっていた。
「まぁいいさ。ガルシア達もお前さん方と話をもう少ししたいと言ってたしな」
ブラームスだけでなく、護衛のガルシア達からも言い出されれば拒否など出来ようもないだろう。
その後は他愛のない話と、白い反物に端を発する結婚式を挙げるのだとの話をして、一名を除き、皆から祝福の言葉を掛けて貰った。であったばかりで招待するとは言えないが、その場で最大限の感謝の言葉を返したのである。
「それで、お前達は結婚する当てはあるのか?」
すでにワイングラス数杯を開けてほろ酔い気分のブラームスが、ガルシア達に視線を送って見るのだった。
その送られた本人達は迷惑そうにエールの入ったジョッキを少し乱暴にテーブルに置くと反論するのであった。
「ブラームスさん。誰のおかげで結婚してないかお分かりでしょうに」
ガルシアの言葉に他の三人が彼の意見に賛成するように”うんうん”と首を大きく振って頷く。
”誰のせいで?”、それをブラームスに投げつけるのだが自分には関係ないと言葉を右耳から左耳へと素通りさせてしまった。我関せずとの表情で再度、ワイングラスに口を付けるのである。
ブラームスも自分に原因があるのはわかっていた。
自らは若い頃に結婚し子供も生まれているが、行商をしているため、家に帰るのは年に数回でそれ以外は行商の旅を続けている。その行商の旅に常に付き添ってくれているのが護衛をしているガルシア達だったのだ。
そのおかげか、ブラームスとガルシア達は一応主従の関係ではあるが、家族の様な関係になりつつある。
ただ、行商の旅の最中でも、各々のパートナーを見つけて欲しいとも少しは思っており、いつ、報告が聞けるのかと内心楽しみにしているのは内緒だ。
その中でも紅一点のマルリスが、仲間の誰かと良い仲にならぬのかと不思議でもあった。性格の軽いティアゴはともかく、ガルシアとは仲が進展してもいいのではと思っていた時もあったが、彼女の好みではないらしくこればっかりは仕方がなかった。
そんな事を聞かれれば不機嫌になるのも仕方が無いだろう。
「そうそう、ここに来るまで大した事が無くてよかったわよね~」
険悪な雰囲気になりそうだったが、突然ヒルダが話題を変えようと声を張り上げた。
ただ単に、話題を変えたいだけだった。
だが、そこからは真剣な話題になってしまったのはヒルダでさえも予想しなかったことであった。
「大した事か……。昨日の事は大したことが無いと?」
「いえ、そうじゃなくて、皆、無事で良かったなって……」
ジョッキを”ダン”とテーブルに打ち付けて、ネストールが声を張り上げた。
「確かに大した事は無かったさ。だがな、二つの騎馬隊の出自は何処だ?ミンデンの自警団と言ってたが、本当なのかも怪しい。乗馬の訓練は受けてたようだが、それ以外は明らかに実力不足だろう。それに、紋章が彫られた短剣を自警団如きに渡すと思うか?それに、追われてた方の目的は何だ?」
続けざまに不思議と思う点を羅列して行くネストールはわからない事だらけだと溜息を吐いた。確かに彼の口から出された事柄は、不思議であり、さらに不気味で答えを出すまでにはいかないだろう。
だが、ブラームス達はまたあの道を通る事もあるだろうし、他の商売人や旅人も道を利用する。そのためにも不穏な行動を取る集団は排除すべきであると思える。
「ミンデンの紋章を持った短剣を提示した彼らが、ミンデンへ戻り適切な情報を得てくれる事が我々が願う事だな」
何もなく通れるようになって欲しい、争い事など起らぬ方が良いと思うのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「今回はいてくれて助かった。もし機会があればまた頼むな」
「ええ、こちらこそ」
翌朝、朝食が終わり出発の準備を終えたエゼルバルドとヒルダは宿を出ると受付に告げ、ロビーで待ち受けていたガルシアと最後の挨拶を交わしていた。
ガルシアが手を伸ばすと、エゼルバルド、ヒルダの順で握手を交わし別れを惜しんだ。
「あの敵に三人だったら一人は逃していただろう。それを考えると本当にいてくれて助かったと思ってる。いくら感謝しても足りないな」
ガルシアが握った手は感謝が込められており、気持ちが十分に伝わって来た。
あの、騎馬隊五人をとらえることができたのは二人が追加で護衛に加わっていた事が大きかったのは事実だ。
だが、それだけが感謝を伝える理由ではなかった。
「魔法を扱える剣士がいるとは思わなかったよ。一発の魔法が交渉を有利に進める要因になったのも大きいしな」
捕まえた五人を引き渡す交渉事も主導権を取れたのはエゼルバルドが魔法で牽制してくれたおかげが半分程あるとも説明してくれたのだ。
ちなみにであるが、報酬が騎馬二頭なのはヒルダが欲しいとブラームスに話した反物によるところが大きい。馬車に積まれていた服飾関係の品々は値段が付けられていなかった。その中でも目に留まった値の張る反物を一目見て、値段も聞かずに”買う!”と言い出したのはお金に困っておらず、執着する必要もないと見ていたからだ。
それで、お金よりも移動の助けになる騎馬を渡そうと考えた。
「それでは、失礼します」
「失礼します。皆さんに、お元気でと話してくださいね」
「ああ、わかった。二人こそ気を付けてな」
三人は笑顔を交わすと、お互いの無事を祈ってその場から離れて行った。
エゼルバルドとヒルダは宿の裏手にある厩舎に向かい、係員からそれぞれの馬を受け取り、チップの銀貨を一枚ずつ渡すとワークギルドへと向かった。
ワークギルドの場所はこの宿からほど近く、歩いても十分ほどで到着できる。そこまでを二人は馬を引いてゆっくりと石畳の感触を味わいながら進んで行く。
ワークギルドに到着すると、エゼルバルドだけが分厚いドアを開けて建物の中へと入って行く。今回はサインをもらった依頼票を受付に提出し報酬を貰うだけなので、すぐに終わるだろうと考えていた。
朝一番の混雑は終わって、人がまばらにいるだけの空間は何処か閑散としており、物悲しさを醸し出していた。
そんな中を”コツコツ”とブーツで音を立てながら床を蹴りつつカウンターへと進み、ホッと一息入れている受付嬢に声を掛ける。
「おはよう。今、いいかな?」
「え、あ、は、はい!大丈夫でしゅぅ!」
まだ新人なのか、急に話しかけられ上手く口が回らずに舌を噛んでしまったようだ。どもりながらも返事を返したが、舌を噛んで痛そうだった。
「依頼が終わったからこの処理をお願い」
護衛が無事に終わったと、ブラームスのサインが入った依頼票を、噛んだ舌を出し入れする受付嬢に同乗しながら提示した。
そして、依頼票を穴が開くほどにまじまじと見つめ、正規の依頼が無事に終了したとわかると、奥の部屋に戻って報酬の入った皮袋を持ってきた。
「でふぁ、こひらが報酬でふ。お疲れはまでした~」
舌が痛いらしく、間の抜けた挨拶をしながら皮袋を渡す受付嬢に少しだけ同情するが、”頑張れ”と内心でエールを送り、そのままワークギルドを後にするのであった。
やっとのことで護衛の依頼も終了です。
あの、不思議な騎馬隊は何だったのか。
その秘密は?憶測が憶測を呼ぶ?




