第九話 王都からの馬車旅
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スイール達がノルエガを乗合馬車に乗って出発する同日。
日が昇る少し前まで時間はさかのぼる。
トルニア王国の王都アールストは雲一つない空に東から登る太陽の光が映し出され徐々に闇の夜から光の昼へと移り変わり、深い青に染まりつつあった。日が昇る少し前でこうであれば、昇り切った時にはいつも以上に眩しい空が広がるのではないかと期待してしまうだろう。
それに、日が昇る寸前は空気中の熱が奪われ四月だというのにもかかわらず外套が手放せない程に気温が下がってしまう。
そんな王都の石畳を外套の合わせ目をしっかりと押さえた二人の旅人が歩いて行く。
彼ら二人、エゼルバルドとヒルダはこの日に出発する商売人の護衛をするためにこんな朝早くから動き始めているのである。
そして、二人の視線の先には目的地である商売人が泊まる宿がその目に入ってきて、さらに、その宿の前に二頭立ての幌馬車が二台並べられ、すでに出発の準備が整っていたのである。
「おはようございます」
「ん?おお、時間ぴったりだな」
エゼルバルドが挨拶したのはこの幌馬車の持ち主であり、今回の依頼人である商売人のブラームスである。馬車馬に付けられている馬具の具合や留め具合などを、多岐にわたる項目を確認していたのだろう。
特に車輪に関しては外れたり、車軸が壊れたりと破損することが多いので念入りに見ていた。
「お~い、ガルシア!二人が来たぞ~」
「今行くぞ!」
挨拶もそこそこに護衛のリーダーのガルシアを呼び出すと、当人と他にもう一人、女性を連れて傍までやって来た。
「おう、二人ともおはよう。よろしく頼むぞ」
「ええ、こちらこそ」
ガルシアが手をそっと出してきたので、エゼルバルドもそれに応えるように手を差し出し握手を交わした。
「この前、紹介できなかったうちの紅一点だ」
「ふ~ん、あなた達が今回の護衛に同行するのね。【マルリス】よ、よろしくね」
マルリスと名乗った女性は長弓と短弓の間くらいの弓を背負い、腰の後ろに十数本の矢が入った矢筒をぶら下げていた。身長はと言えば、エゼルバルドとヒルダの間くらいで恐らく百六十五センチ程度と見られた。
耳が見えるほどまで短く揃えられた髪型は、彼女が活発に動き回る性格だと見て取れる。
「こちらこそ、よろしく。オレはエゼルバルド、エゼルと呼んでくれ」
「ヒルダよ、よろしくね」
マルリスに挨拶をと、自らを名乗っ他二人。
その二人を”マジマジ”と、何か珍しいものを見るような視線でつま先から頭の先まで見て行くが、何か納得できぬような表情を浮かべる。
「それじゃ、出発しようか」
「そうですね。後ろの馬車にはマルリスと二人が乗ってくれ。見張りは一時間ごとに交代で頼むぞ」
自己紹介も終わったとみたブラームスは、全員に出発を指示した。それを聞いたガルシアが手早く護衛達に指示を出すと、二台の馬車に分かれて乗車してゆく。
二台の幌馬車には、各々の荷物が載っていただけで商材となる荷物はこれっぽっちも載ってなかった。それもそのはずで、王都アールストから遥か西にある海の街アニパレに向かう途中で、服飾関係を仕入れてから向かう為に余計な荷物を載せていないのだ。
二台の馬車が最初に向かう先は、王都アールストから見て西南西に位置する過去の王都、ベリル市である。
ベリル市は過去に王都だったこともあり、ベリル市圏内に四十万人もの人々が生活をしている。穀物や野菜などの農業も盛んだが、それよりも絹や布製品の生産が盛んにおこなわれており、トルニア王国の一大服飾生産地として有名である。
それゆえに、トルニア王国では、他の国とは違い王族から平民に至るまで真新しい服飾製品を購入することが可能となっている。ただ、着古した服飾関係の売り買いも盛んであり、そちらは国内での取引よりも国境を越えて運ばれる方が多かったりもする。
そんな、空っぽの荷台に全員が乗り込むと、御者が鞭を振るい、ゆっくりと馬車が進みだすのであった。
王都アールストの西門をすんなりと潜り抜けたブラームス達の馬車は、同じ方角に向かう馬車の列に交じっている為に一種の商隊を組んでいる様な形になった。そんな形でも見張りは必要になるのだが、ブラームスが率いるこの馬車では一人いればいいだろうと、後ろの馬車に乗るエゼルバルド達は休めと伝えられていた。
その中で、ガルシア組のマルリスが”チラチラ”とエゼルバルドとヒルダを盗み見しようと目を動かしていた。その視線に気が付いていたが、話して良いものかと様子を見ていた。その視線が一行の収まる気配を見せぬので、思い切って話してみる事にした。
「なぁ、オレ達が気になるのか?」
無言の馬車内に馬車馬の蹄と車輪が地面を引っ掻く音が聞こえて来るだけの所に、突然のエゼルバルドの声を聞き、ビクッと体が跳ねた。
その声に臆したのか、さっと視線を外すとすかさず話し掛けて来た。
「いや、すまん。気になったのなら謝るが」
「それは構わんが、気に入らないのならいつでも勝負をするが?」
ガルシアの仲間であれば実力至上主義と言っても良いくらいの人達だろうとエゼルバルド達は予想していた。その為に実力を認めてもうのであれば、勝負くらいいつでも受けて立とうと考えていた。
だが、マルリスはそんな事を考えてもおらず、同じ護衛仲間から聞いた事が気になっていただけなのだ。
「そういう訳じゃない。なんだ、お前と対峙したネストールが嬉しそうに話していたんだ。”本気じゃなかったが、ワシの斧を受け止めおったわい”って。実力を認めぬわけでは無く、何だ、どんな者達なのか話してみたくてな」
エゼルバルドと模擬戦をしたネストールが刃毀れした戦斧を眺めて、笑いながら語っていたという。そんな相手とまみえた事が嬉しくて、ついつい顔に表情が漏れてしまっていたと。
年齢も一回りくらい下なのにあれほどの実力なら大歓迎だと、皆が褒めていたのも気になったのだ。
「プッ!へぇ、そんな事を言ってんだ、あの人」
マルリスに答えながら前の馬車に乗る、”コックリコックリ”と戦斧を抱きしめながら舟を漕ぐネストールへと視線を向ける。
筋骨隆々な体付きをしているからもっと蔑んだように見られていたかと思ったが、楽しそうに語っていた姿を想像し、思わず笑い声が漏れてしまうのであった。
そんな事もありながらも馬車は二日と少しの日程を終え、最初の目的地であるベリル市へと無事に到着するのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
宿から出発したブラームス達の馬車はベリル市の石畳をゆっくりと進み、服飾関係の仕入れを行う問屋へと向かっていた。二台の馬車いっぱいに仕入れるかと思いきや、そこそこの量を仕入れるのだと知り、今は一台の馬車に商隊の主であるブラームスとその小間使いが御者席に乗り、護衛としてガルシアとエゼルバルド、ヒルダの三人が付き添って荷台にで一応の見張りをしていた。
その馬車が一軒の大きな商店の前に止まると、ブラームスが年齢を感じさせぬ動きで”サッ”と飛び降り店の中へと入って行った。彼の動きから見てもいつもの仕入れ先との印象で、見知った仲なのだろうと思うのだ。
「年に数回来るから、すでに顔見知りだし、随分負けてもらえるらしいぞ」
荷台から”ソロっ”と降りて店に向かったブラームスを見ていたエゼルバルドとヒルダに向かって、そう説明したのはガルシアだった。その横では小間使いの男が馬車馬を繋ぎとめて、荷物の受け入れ準備を始めていた。
「前は俺がみるから、後は二人で見ててくれ。怪しい奴がを見たら馬車に近づけるなよ」
「ああ、わかった」
「はいは~い」
護衛の三人は外套を羽織ったままいつでも武器を抜ける様にと柄に手を掛けたまま、護衛の任に就くのであった。
街中で大げさな装備を見せつけていても仕方ないと、エゼルバルドは両手剣を、ヒルダも軽棍と円形盾を馬車の荷台に仕舞い込んである。
ただ、ガルシアだけは馬車に近づく者には容赦しないとの意を込めて、長剣を背中に担いでいた。
馬車に三人もの護衛が付いていれば襲われることは少ない。尤も、この商店で仕入れる服飾関係などの嵩張る商品を狙うなどの間抜けはいないだろう。この場合は取引に使われる金銭を狙う方がよっぽど効率的だ。
だが、この真昼間の問屋街で、護衛が見張る中を力に任せて襲うなど、何処か抜けているとしか思えぬことをするものなどいないだろう。
などと考えていてもすぐに商談が終わるはずもなく、馬車の周りを一時間ほどうろうろしていてやっとのことでブラームスが店の奥より姿を現したのである。
「申し訳ないね。商談はすぐ終わったんだが話に花が咲いてしまってね~」
頭を掻いて悪びれた様子もなくガルシアに報告をしている。それか少し経って店の中から何人もの従業員が荷物を持って外へと出てくると馬車の荷台へと次々に運び込んでいった。
人一人が持てるほどの大きさであるが、服飾関係の袋であるために重量は軽いと見られた。てきぱきと運び込むこと十分ほどですべての商品が馬車に運び込まれた。
その後、店の前ではブラームスと店主が”良い商談であった”と固い握手を交わし終わるとガルシアに言葉を掛けた。
「よ~し、帰るぞ。二人は一番後ろに乗って後方の警戒な」
返事もそこそこにエゼルバルドとヒルダは幌馬車の最後尾から乗り込み、後方の警戒を行うのであった。
宿へと向かう平和な道中、何を思ったのかヒルダはふと馬車の中へと視線を向けた。荷物が気になってとか、そのような事は全くなく、本当に気が向いたからなのである。
だが、その時、彼女の視線に飛び込んできたのは、白くきらきらと輝きを放つ一本の反物であった。
貴族が身に着けるよりは一段落ちるのだが、ヒルダにとってみれば十分高級な反物であった。それが目の前にあり、手の伸ばすところに無造作に置いてあったのだ。
ヒルダは思わず、手袋を取りその反物に手を伸ばして手触りを確かめてしまった。
(あ、これすごい!!)
今までに触ったことのないような感触に全身に鳥肌が立った。
こんな感触の良い反物で着る物を作ったら、いや、結婚式用のドレスに使えたらとどれだけ幸せになってしまうのかと妄想が膨らんで来たのである。
そう思ったら、居ても立っても居られず、早く宿へ到着しないかなと”そわそわ”し出すのであった
そして、宿へと到着したその直後、その反物を持ってブラームスの下へとヒルダは駆け出して行った。
「ブラームスさん!お願いがあるんだけど」
息荒く、上気した顔で声を掛ける。
何事かとブラームスが顔を向ければ、白い反物を手に取り赤く興奮した顔を見せるヒルダが、笑顔でその場にいた。
「えっと、何かな?」
手にしている反物の事だとわかっていたが、一応、彼女の口からどの様な事が出るのか興味があり訪ねてみた。
「この白い反物、わたしに売ってくれませんか?」
シャツやズボンも当然ながら馬車に積んでいるのでそちらを所望する護衛達は多々いたが、反物を欲しがったのは彼女が初めてだと驚いて見せた。
護衛などしているのであれば、服装に無頓着か、防御力を重視して厚手の服装に陥るはずだと見ていた。だが、目の前にいる彼女は美しい反物を所望しているのである。
その反物も、予約注文が入っている訳ではないので売るのは吝かではないが、何に使うのかと気になり逆に質問をしてみる事にした。
「売るのは構わんが……。そんな奇麗なのは何処で使うつもりだ?」
「ありがとうございます。実は、この護衛の後にブールの街に戻って結婚式を挙げる予定なんです。それで、わたしのドレスに……」
そこまで口から出た所でヒルダは俯き、黙ってしまった。
彼女の言いたい事はよくわかったと、にこやかな笑顔を見せてから彼女の肩に手を置いた。
「そうかそうか。お相手は彼だね」
「え、えぇ。まぁそうです」
ブラームスがチラッとエゼルバルドの方に視線を向けると、頬を”ボリボリ”と掻いて視線を泳がせているのが見えた。
商売人として利益を得ねばなるまいと思うが、護衛についている二人の門出を祝って、少し安く売ろうと考えた。
「君達だったら、いい夫婦になれるだろう。その反物は金貨十枚ほどで売る予定だったんだが、私からのお祝いも込めて金貨五枚でどうかな?」
「え、よろしいのですか?」
その、白くきらきらと輝きを放つ反物が買えるのだと、ヒルダはブラームスに深々と頭を下げ、喜ぶのであった。
※金貨五枚は言下にちょっとだけ上乗せしてあります。
と、設定。




