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第十話 旅のお土産【改訂版1】

2019/4/11改定

 快適な船旅(?)は五日目にようやく終わりを告げた。

 船が河をさかのぼるのだが、この季節は南からの風が吹いてるのである。

 帆船が風に逆らって速度を出すことは出来ず、人力でオールを漕いだり、気まぐれな北からの風を受けるしかないのだ。


 ブールの街の乗船場に船がゆっくりと到着する。もやいがかけられ、巨大な船体がその体を休める。

 接舷作業が終わると鐘が鳴り響き、乗船客はこぞって船室から姿を現して我先にと下船を始める。船から伸びるステップを通って桟橋を通り抜け、大地を踏みしめながら動かぬ足元に感謝を表す。

 旅行が終わり下船をした他の一行も、大地を踏みしめ感謝をしていた。


「さて、帰るまでが旅行だ。もう少しだぞ」


 何処でも聞くセリフだが、それ故に効果が高い。

 よく、帰るまでが行動の終わりだとあるが、その次をなすためにもまだまだ油断は許されないとの現れなのだ。特に道中に獣などが表れるこの世界では特にである。


 太陽は真上から少しだけ傾きかけた時間に、スイール達はブールの街の東門へとたどり着いた。八月の初日に出発したのだが、ブールの街に到着してみればすでに十一日だ。しばらくすれば、暑さの峠を越える八月の中旬である。

 こんなに家を空ける旅行は、長期の休みが存在する、夏にしか出来ないであろう。


 いつもは南門を使うスイール達だが、東門を使ってブールの街への入場審査を受ける。

 門にはいつも通り兵士が詰めていて、行きかう人々を一人一人審査している。

 だがこの日は、いつも南門で見かける、とある兵士が視界に入って来たのだ。


「あれ、オットーさん。何でこっちにいるんですか?」


 首を傾げて不思議そうに尋ねるスイール。


「しばらく魔術師の先生を見なかったと思ってたら、どこぞに行ってたんか?今日はこっちの手伝いだ」

「旅行でアニパレまで行ってたんですよ。この子達の社会勉強に……です」


 子供達の頭に手を乗せて、いつも通りの会話に、いつもと同じ生活が戻ってきたと実感させられる門番のオットーとの会話をスイールは楽しむ。そして、鞄から包みを一つ取り出し、オットーへと手渡す。


「はい。これ、どうぞ」


 細長い袋を握ると、オットーが大好きな飲み物が入っている固い入れ物の感触が手に伝わってきた。


「おい、これ()()()かぁ?」


 ニヤリと笑いながら面白おかしく返事を返し、その包みを有り難いと感じて詰所の奥へ仕舞い込んだ。


「ワイロな訳無いでしょう。お土産ですよ、アニパレの。今、仕舞い込んでましたけど、仕事終わりにでも皆で飲んでください。それでは旅行疲れがありますから通りますよ」

「ははは、こりゃ失礼。魔術師の先生、どうぞお通りください」


 スイール達の入場審査が終わると、オットーに別れを告げて孤児院へと足を向ける。


 今の様な楽しい会話も、いつまで続けることが出来るのか、スイールには心配があった。

 特に、オットーはかなり前からこの街の門番をしており、引退間近の年齢であろう。少し腰が曲がり始め、重い鎧を身に付けるのも体力的にきつくなってきているはずだ。

 それを思うと、この夏に旅行をして感謝の気持ちとして、土産を渡しておいて良かったと思ったのだ。


 そう考えるのは、スイール本人の特殊な事情があるのだが、それは口に出せぬことであり、内に秘めた秘密なのである。


 そして歩く事十数分、エゼルバルド達の懐かしき我が家にたどり着く。ブールの街の教会、そして、シスター、エゼルバルド、ヒルダの住む孤児院だ。

 まぁ、スイールの住処は郊外にあって、違うのだが。

 約二週間、不在にしただけなのだが、何か懐かしく思うのだ。


「「ただいま~~」」


 玄関のドアを勢いよく開け、エゼルバルドとヒルダは帰って来たと、”ただいま”の挨拶を大きな声で叫んだ。

 孤児院の中からは、それに反応する声は聞こえず、ただ足音が玄関へ近づいてくるだけであった。そして、神父が顔を見せると、笑顔で”お帰り”と告げて来たのである。


「二人とも元気だね。旅行は楽しかったかい?」


 そこに現れたのは”お帰り”と言った神父だけだった。普段であれば、他にもエゼルバルド達と同じように孤児院で暮らす子供達が走って出てくるはずであるが、出てくる気配がなかったのである。

 気になってきょろきょろと見回すが、神父以外の気配は感じられなかった。


「ただいま帰ったよ。他の子供達はまだ帰ってないのかい?」

「みんな、まだ出掛けて帰って来てないよ。親戚とか、知り合いとかに連れられてね」


 シスターの問いかけに首をすくめて笑顔で返事を返す。

 そして、シスターは記憶を呼び起こし、他の子供達の予定を思い出していくのだった。


「疲れたろう。早く中に入りなさい。シスターもスイールも引率ご苦労様でした。後で、ゆっくりしたら、土産話でも聞かせて欲しいね」


 長い船旅の疲れが吹っ飛ぶその言葉に、皆、安堵の表情を見せる。

 実のところ、買ってきたお土産が思いの他重く、さっさと降ろしたいと思っていたのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「なるほど、楽しかったようだね。造船所に流行の舞台。それに海の幸で舌鼓か。この仕事さえなかったら行きたかった所だな」


 その日の夕方、夕食を終えてから、神父は土産話を聞いていたのである。

 土産話を聞きながら、教会を留守に出来ればなぁ、もっと若かったらなぁ、等、それぞれの話に相槌を打ちながら、土産話と称する報告会に耳を傾ける。


 土産話と共に、渡された土産を手すると、ほくほく顔を見せながら壁際の棚を開け放つ。

 そこは、何の変哲のない壁であったが、神父が何やら手の込んだ手順を踏んで器具を操作すると、壁の一部が開いて様々な瓶が綺麗に並べられていたのである。その数は数十本にも及んだ。

 色付きの瓶や透明の瓶、それにさまざまなサイズである。

 特に透明の瓶には綺麗な琥珀色をした液体が半分ほど入っている瓶もある。


 その隠された場所と瓶の数々に、シスターすら驚くのであった。


「あんた、それなんだね。あたしゃ、そんなの知らなかったよ」


 シスターの言葉をさらりと流し、空いたスペースに土産を仕舞う。そして、開いたままの瓶がたくさん入った棚を”ニヤニヤ”しながら眺めながらそれを語る。


「おや、知らなかったかね?知っているかと思っていたよ。知ってるからこその土産物と思ったのだが?これは私のコレクションだよ。少しずつだが、買ったものや土産物を集めてたらこれだけになった。むろん、中身の入っていない瓶も含まれているよ」


 自慢げに隠し棚に飾ってあるお酒のコレクションの事を語る。

 外出する機会の少ない神父は、お土産に貰う酒瓶を集めていたら、こんなにも集まってしまったらしい。すでに飲みきって捨ててしまった瓶もあるそうで、今だったら持っていたのにと残念がっていた。


 多少の楽しみが、飲みかけの酒瓶であるとわかれば、シスターも薄笑いを浮かべてその趣味を黙認するのであった。

 ただ、シスターの本音としては……。


「あたしゃ、余り飲まないから、どうでもいいけど……」


 と、語ったとか、語らなかったとか……。




 それからも土産話は続き、ヴルフと共に地下迷宮へと潜った話へと移る。


 各地に点在する地下迷宮は、秘匿されている訳でなく、この国で学ぶ者にはありふれた存在であった。だが、その存在理由を読み解こうとして侵入し調べている学者は、ほんの一握りに限られる。大部分は暗闇に適応した動物に対処できなかったり、暗闇に精神を蝕まれたりするからである。

 その為に、地下迷宮に侵入し、無事に脱出できた事、そして、深部をその目で目撃した事は、かなりの幸運であったと言えよう。


「なに?アニパレの地下迷宮に入っただと。それは羨ましい。わたしも、地下迷宮に入った事など無いからな。まぁ、実際は地下迷宮に入った事が羨ましいよりも、無事に戻ってきてくれた事がよっぽど嬉しいね」


 率直な感想を述べる神父であったが、危険な場所に向かわせて”けしからん”と、そして、無事に戻って来てくれて”嬉しい”と父親らしい感情を表すのは当然であろう。同じ屋根の下に住む家族なのだから。




 その後もワイワイと雑談が続き、無事に土産話と称する報告会は幕を閉じたのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 旅行から無事に帰って来た、その夜の事である。

 子供達がベッドに入ってスースーと寝息を立てている別の部屋では、神父とスイールが秘蔵のお酒をチビチビと口にしながら話をしていた。

 小さなコップは、注げる量こそ少ないが、たくさんのお酒を楽しむにはもってこいであった。


「量はともかく、これは美味しいですね。するっと飲めてしまいます」

「わかるかい?十年物のウイスキーだね。もっと時間をかければもっとまろやかになって美味くなるだろうが、今年出て来たウイスキーでもこの味だ。数年すればもっと美味しくなるだろうね」


 先ほど、アニパレ土産で土産で貰った、綺麗な琥珀色をしたウィスキーである。グラスに注がれたウイスキーに地下からくみ出した冷たい井戸水を加える。

 もっと冷たくして飲みたいが、さすがに氷はない。井戸水だけでも冷たく贅沢であろうと、口を閉ざすのであった。


「熟成は樽で仕上げるらしいから、これ以上は無理だけどね」


 流石にお酒をコレクションしているので、知識はかなり持ち合わせているのだ。




 チビチビとお酒を楽しんでいる中で、スイールは申し訳なさそうに言葉を選んで子供達のこれからを語るのである。


「神父には悪いが……。あの二人は世界に連れ出したいと考えている。この街の中だけで終わらるには勿体なさすぎる」


 エゼルバルドとヒルダの将来をボソッと神父に告げる。その中にはスイールの願望も多少は含まれているが、成人までの数年でどの様な思いを抱くのか、それはスイールにもわからないが、今の二人を見れば恐らく旅に出たいと言い出すだろう。

 これは、アニパレで深夜にシスターと語った二人の成長速度が速すぎると会話を交わした事も、スイールの考えに影響を及ぼしている。


 スイールの言葉に、父親にも似た心情を持っている神父の眉がピクリと動き、アルコールで火照った顔がさらに紅潮しスイールに食って掛ろうとした。


「まだあの二人は若い!今、連れ出さなくてもいいだろう」


 怒りに似た言葉をスイールに投げつける。まだ教えるべきことはあるはず、それに成人までにまだ時間があるだろうと。


「まさか!今直ぐ連れ出す等あり得ませんよ。まだまだ教える事はありますし、訓練も途中です。そうですね、二人とも最低でも中等学校を終えるまでは無理です」


 紅潮していた顔色が、ほんのりと赤色が残るまでに戻ると、椅子に深く腰掛けて、”ふうぅ~”と息を吐きだし、安心した表情をしていた。


「教えると言っても、限界はあります。魔法に関してはあと最低でも二年はかかりますし、武器の扱いももうしばらくは訓練が必要でしょう。それに……」

「それに?」


 言いよどんだスイールに神父が反応して、その先を要求するのだが、いくら待ってもそれ以上の言葉を発する事をしないスイール。


 本来なら、その先に剣術の教え手を探したいと続けたかったが、神父の心配する気持ちがわかるので口を噤んだのだ。


 そして、幾許かの時間が過ぎ、静寂を切り裂くかのように神父は口を開き始めた。。


「なんにせよ、成人すれば親元から離れるのは仕方ない。それまでは父親でいようと思う、これからもだ。それまでは、よろしく頼むぞ」


 心の底から何とかひねり出した言葉をスイールに告げる。


 世界に羽ばたく自分達の可愛い子供達。

 世界を見る夢が叶わなかった神父も、子供達が世界を望むのなら、自らの夢を乗せても良いのではないかと思ったのである。


 時代は移り行き、世代は変わるのだと、それを悟った神父の目からは一筋の涙が流れていたのである。

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