第五十話 黒幕のあっけない最期
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これからも、拙作”奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険”をよろしくお願いします
「あれ~、おっさん。こんな所にどうしたの?」
尖塔の最上階のドアを開けた部屋にいたのは、十歳ほどの少年だった。
低い開口部を潜って少年のいる部屋へと入り込む。
ちらりと視線だけを向けて見渡してみるが、そこそこ広い部屋に家具も充実して快適な部屋、そのものであった。背の低い少年に合わせてあるのか、家具の高さも低く少年でも十分に手が届く高さだろう。
壁に掛けられたランタンからは煌々とオレンジ色の火が灯って部屋を照らし出している。
「おっさんでは無い。君一人だけかい?」
「そうだよ。ここは僕の家さ!」
オレンジ色の光に浮かび上がる家具は一人のために作られているといっても過言ではないだろう。少年の背の高さ以上の家具は一つとして目に入ってこないのだ。
「ここは立ち入り禁止じゃないのか?」
「なんでそう思うの?それよりもさ、僕の家に勝手に入ってきたんだから、魔術師さんが侵入者だよ。それはわかってるの?」
勝手に上がり込んだので侵入者は魔術師の方であることは確かだ。だが、子供一人に二人も屈強な兵士が見張りに付くなどあるのかと考えれば違和感を感じざるを得ない。
「それじゃ、昼間に兵士が守っているのはどうしてだい?」
「決まってるじゃないか。町の歴史的建造物に入られないようにするためじゃん」
「でも、そこに住んでるのは可笑しくないか?」
そこで、少年の顔は笑みからゆっくりとすまし顔に変化してゆく。
「なるほどね。確かに歴史的建造物に住んで可笑しいかと言えば、可笑しいかもしれない」
「だろう。兵士を置くほどの歴史的建造物なら、現状維持を提案されるだろう。でもここには君が住んでいる、矛盾と思えるだろう。一つ聞きたいことがある、この街の黒幕についてなんだけどね?」
魔術師の言葉に少年が鋭い目つきで睨みつける。その視線を受け、”ニヤリ”と魔術師は口角を上げて笑みを見せる。
半信半疑だったが、数回、会話をしただけで普通の十歳とは程遠いと見抜いたのだ。十歳の子供が、歴史的建造物なる言葉を知っている方が可笑しい。それに魔術師に反論する事も、である。
「それは何のことかな?」
「大体の予想は立っているから、しらばっくれても駄目だ」
念のため、鞄から領主の館で一度抜いたナイフを取り出し、鞘から抜く。それをみて、少年は”ピクリ”と眉を動かして反応する。
「そうか、僕の正体を知っているって訳か」
「この街を裏から操っている黒幕って存在だろうって、ね」
魔術師の前に立つ、十歳に見える少年こそが、この街を裏から操っているなど誰が信じるのか。声質に容姿、そして肌に仕草。そのすべてが十歳の少年だと疑わないだろう。
魔術師と話したように頭脳は大人顔負けで、魔術師とやりあえるだけの知識も持ち合わせている。それを知ればどちらが正しいのか混乱に拍車がかかるはずだけだ。
だが、魔術師はその容姿を説明するだけの知識を持ち合わせていたのである。
「幼児症か……」
「ご名答!僕にたどり着く程の魔術師なら知ってて当然か……な?」
「お褒め頂き恐縮です」
軽く頭を下げて戯言に付き合う。
「ただ、幼児症は発症して数年すると高熱を発して、その熱に耐えきれなくて亡くなる病気のはずですが」
「そうだな、僕はその発熱がなかったんだ」
幼児症は魔術師の言葉の通り、幼児期に突然成長が止まり、その後二、三年後に高熱を出して命を奪われる不治の病だ。治療方法も治療薬も全くが不明。ただ、その発症は非常に珍しく一年に一人出るか出ないかと言われている、しかも国単位で。
それだけ珍しい病気だが、大昔からの症状事例もある。とある大国の王子が掛かった事もあり書物に記載が残されている程なので、薬師などその手の仕事に従事する人達には有名であった。
薬師としての腕もかなり持ち合わせている魔術師は、頭の片隅に知っておいても不思議ではない知識である。
「なるほど。だから子供に注意しろって言われる訳だ」
「誰から聞いたか知らないけど、一所にいすぎたようだね」
「その変わらぬ子供の容姿に恐怖したのだろうね。これが、成長しきった大人であれば、数年で住居を変えればそれも出来ただろうに」
「ふふ、子供の姿だからこそ、街から出られないってのもあるからな」
魔術師が集めた情報の中から既に二十年はその容姿のまま、この街で過ごしているはず。それも裏からこの街を支配している期間が、である。
その間も街に顔を出して、少年達と過ごしたり孤児院に顔を出したりとしているうちに、容姿の変わらぬ子供がどこかにいると噂をされたのだろう。
今回はその噂に足元を掬われたのだろう。
「ここで、話をしていても始まらないだろう。そろそろ捕まってくれると嬉しいのだが」
「全ての元凶が僕って事か。でも、それはできない相談だね」
「この期に及んで逃げるのかい?」
少年は首を横に振り魔術師の言葉を否定する。そして、ベッドへ向かいそこに腰を下ろした。
「逃げるなんて出来ないさ。僕には時間が無いんだよ」
たった数歩の移動で肩で息をしている少年の姿を魔術師は見逃さなかった。少しだけ近づいて来た事もあり、少年の顔色がハッキリと見て取れたのである。
「その顔は……。もしかして、今頃発症したのか?」
「さすがに隠せないか。そう、さっきから熱っぽくてね」
「熱っぽいではないな。相当にきつそうだが」
真っ赤な顔をしている少年の姿を魔術師は見てしまった。
「僕はもう長くない。幼い頃なら一週間くらいは生き延びられたかもしれないが、何十年も生きてきて体はボロボロだからね。あと数時間の命だよ」
そして、ベッドで横になり書庫を指して魔術師に最後の言葉を告げた。
「あの一番上の右端のノートを持って行ってくれ。どうするかは任せるよ」
すでに虫の息と思われる程に弱々しい少年に毛布を掛けてから書庫へと足を向け指示されたノートを手に取る。
同じような背表紙のノートは十冊に及び、表紙に小さく番号が振られていた。
その中から十番の番号が振られたノートを開いて軽く目を通した。
「わかりました。これは私が処分する様に致します」
「頼みましたよ。もう、疲れました……少し眠るとします」
そう告げると、少年は”スースー”と弱々しい寝息を立て始めた。
安心して無防備に寝入った少年を一瞥して、魔術師はその部屋から退出し、尖塔を後にするのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
魔術師は町のシンボルの尖塔から領主の館へと戻った。
廊下には兵士達の流した血液がまだ生々しく残されていたが、その兵士達はすでに退けられ何処かへ安置されたと見られた。
領主が使っていた部屋よりもさらに奥の部屋のドアが開け放たれ、煌々と灯りが漏れており、何なのかと覗いてみた。
「おお、魔術師殿、ご無事で何よりです」
部屋に近付いた途端、あの兵士が魔術師の足音に気付き、声を掛けて来た。
「これは何をされているのですか?」
覗いた部屋には件の兵士の他、男女一人ずつが忙しそうに動き回っていた。
「離れに住み込みで働いている料理人とメイドを起こしてきました。他にも使用人とかもいたのですが、とりあえず二人で良いだろうって事で料理人とお手伝いのお二人になりました」
その部屋は領主の館の食を一手に引き受けている厨房であった。そこに火が入り白い服を着た料理人と紺色のメイド服のお手伝いさんが簡単に食べられ、相当数の料理を用意している所であった。
用意している料理を数えてみれば、あの少女達の人数とぴったり同じで朝食を用意していると見られた。
「朝食までまだ時間があるが?」
「まぁ、気にするな。目が覚めたらいつでも食べられるようにって気を利かせてくれたらしい」
「そうなのか……」
厨房の奥から”ジュージュー”とフライパンで調理している音が聞こえてくる。さらに魔術師の鼻腔に食欲をそそる匂いが入って来る。
「それで、魔術師殿。用事は済んだのですか?」
「ああ、終わらせてきた。とは言ってもこの町が元通りになるにはまだ時間が掛かると思うが」
「大変だなぁ……」
それから、魔術師は今後の事を兵士に話をする。
まず、官吏を裏で操っていた者は尖塔の最上階に居を構えていてすでに虫の息だった。夜明けまで生きながらえている事は無さそうだと伝える。
現在の官吏など、捕まえた三人については、少女達を奴隷の様に売り払おうとした罪で裁かれる事に成るだろうとして、人手が付いたら警吏官事務所の牢にでも頬り込んでおいて欲しいとも伝える。
そして、保護した少女達であるが、孤児院を再開させるまでこの館などで生活をさせる様にとして貰った。ただ保護するのではなく、この館の掃除、手伝い等、ある程度の仕事を与えて体を動かす様にもお願いした。
「そうですね、北にある教会跡地の方々にも手伝って貰うと助かりますね」
「北の教会跡地か。時間があったら訪ねてみるよ」
最後に、魔術師は何故ここに来ているのかを明かすのであった。
「私はこんな大変な依頼に首を突っ込むつもりは無かったのですよ。町の官吏がいつも任期の終わりギリギリに殺されるのを調べて欲しいと言われただけなんですよね」
溜息交じりで力なく語る。依頼の内容なんて、ちょっと調べて直ぐに終わらせる。そして、町中を見て楽しもうと思っていたのだ。
「それがどうですか。蓋を開けてみれば、町の治安は悪い、孤児院は無くなっている、少女達は売られていく……。オーバーワークもいい所です、全く」
魔術師が官吏の悪巧みを暴かなければ、もっと沢山の少女達が売られていったに違いない。それを思ったとしても、今回は働き過ぎだった。
「この後、どうするかはこの国にお任せします。それまでもう一息お願いしますよ」
「わかった。魔術師殿もありがとうな」
兵士に別れの挨拶をすると、少女達、はたまた町にあふれている少年達をよろしく頼むと告げて、領主の館を後にするのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
”コツコツコツ……”
静かに進む足音が床板から聞こえる。
日の出までまだまだ時間があり、深夜とまだ呼べる時間であろう。その時間にやっとのことで宿へと戻って来るが、カウンターには誰もいないだろうとそのまま自室へと上がっていこうと階段を上がろうとした。
「お帰りよ」
「こんな時間まで起きているんですか?」
「逆、逆。ついさっき起きたところだよ」
人の気配の無いカウンターから声を掛けられ、何事かと振り返ると欠伸をしている女将さんの姿を見つける。
お昼くらいまでの当番なのだろうか。
「別に話すこともないので、寝ますね」
「ああ、お休み」
「はい。あと少し待てば生活も楽になるかもしませんよ」
「ん、それってどういう意味?」
女将さんの言葉を聞こえない振りをして、大きな欠伸を漏らしながら階段を上がり、自室へと入ってゆく。
着替えもそこそこに、ベッドに潜り込むと毛布を被り意識を手放すのであった。
翌朝、目を覚ましたのは日が上がり、お昼前の時間であった。さすがに眠りに就いたのが明け方近くであったために、睡眠時間が足らなかったのだ。
上体を起こして大きく伸びをするとお腹の虫が盛大に鳴き始めた。
「昨日の夕食以降何も食べていませんでしたね」
商売人と会ったあの酒場での食事以降、食べていない事になる。そう考えるとすぐにでもお腹に食事を入れなければと考え、ベッドから飛び起きると着替えを終え外套を羽織り部屋を出て行く。
階段を降りカウンターを見れば、いつもの女将さんの姿は見えず、ぶっきら棒の従業員が不細工な顔をして出入り口を睨みつけている。
”ちょっと出てくる”とその返事を期待せずに告げて、何軒か隣の食堂へと足を運ぶ。
すでに昼に近いこともあり、賑やかな店内はすでに満席状態であった。数隻空いているのはいつものカウンターであり、魔術師はいつもの席へと腰かけて昼食を頼むのである。
「マスター、おススメと飲み物をお願いします」
「はいよ、あんたもよく来るね」
「ええ、近くの宿に泊まってますからね。それに、ここは美味しいですから」
「ははっ、褒めても何も出ないぜ~」
美味しいと褒めるのだが、何かむず痒いマスターは笑顔を見せながらも辛らつな言葉を残して厨房へと消えていった。
それから直ぐに、マスターが昼食と飲み物を持って魔術師の前に現れる。
「はいよ、今日のおススメメニューだ」
魔術師の目の前に”ドドン”と置いてマスターは厨房へと下がっていく。運ばれた皿に視線を落とせば、”何も出ない”と言ったくせに、大きめのソーセージが二本、追加で乗せられていた。
「何も出ないって口に出したじゃないですか……」
そのおまけを口に運びつつ、鞄から一冊のノートを取り出し表紙をめくるのであった。
次でこのお話も終わりです。
その後は、本編の方に続きますよ、っと。




