第四十八話 牢獄の中の少女達
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これからも、拙作”奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険”をよろしくお願いします
暗い通路に入ると直ぐに地下への階段を見つけた。
官吏の館の廊下のように石作りではなく、分厚い木の板で組まれた簡素だが丈夫な階段だった。
踏板の中央付近に目を凝らすと角が少し擦り減って丸くなって、かなり酷使されていたとわかる。
「あの、これはいったい?」
「おや、この屋敷を守護する兵士の貴方達も知らないのですか?」
「もしかしたら隊長、いや、町の警吏官長なら知っているかもしれませんが……」
兵士は恐る恐る魔術師に質問をするのだが、わからないと言われ、逆に質問が返ってきた。一介の兵士である自分には知る由もない、もっと上の位を持っていれば知っているのではないかと、それに答える。
地下に一階分降りると木製のドアが現れた。
それより下には階段は無い。
ドアは質素な作りで、官吏の館には似つかわしくない、とそれだけを見れば誰もが思うだろう。隠し通路の先にあるドアなど、区切ってあれば良いだけだと、材料をある程度抑えているのだ。
「当然ですよね」
ドアを開けようとしたが、立派な南京錠が掛かっていて開けることはできなかった。仕方ないと杖の石突きで南京錠を破壊して、ゆっくりとドアを開けていく。
”ギギギー!”と蝶番が油切れの音を出し、暗い開口部が大きな口を開け、その中に誘っている様だった。
その誘いに乗り、魔術師は何も発せずにその中へと足を踏み入れる。
「くっ!!」
杖の先端に掛けた、生活魔法の白い光が暗闇を照らし出したとき、魔術師はくぐもった声を上げた。
それと同様に、同行していた兵士の声を上げ、身が硬直して思考を放棄していた。
魔術師達が目にしたのは、牢獄のように鉄格子のはめ込まれた幾つもの部屋に、十五歳位までの女の子が、簡素な服を纏わされて捕らわれていたのだ。この冬の寒い中で暖かな暖炉も設置されず、寒さ除けに毛布や布団、または厚手の布だけで凍えそうな気温を我慢していた。当然、靴下も履かされず素足のままである。
牢獄の中にはトイレ代わりの壺が蓋をして存在し、ある程度は匂いを抑えられていたのがまだマシと言ったところだろう。
食事は十分与えられていたようで、体には肉がついているのが僥倖であろう。
ここに捕らわれている少女達の目的では、痩せ細った体では役に立たずなのだ。
「魔術師殿、これはいったい……」
「予想された光景であるとは言え、間近で見ると酷く吐き気をもよおしますね。この町から売られ行く少女たちですよ」
死んだ魚の様な目をして光の発生源を眺めたり、その白い光源を迷惑だと目元を出て覆っている少女もいる。それに気付かずに眠ったままの少女も当然の様に存在していた。
「売られ行くって、人を商品として売っているって事ですよね」
「簡単に言えばその通りだ」
昔は犯罪者などを奴隷にして人の支配下に置いていたと言う。
今でもディスポラ帝国には奴隷制度が残り、人々を物の様に売り買いする奴隷商人が存在する。
この少女達もその奴隷商人に売られて行く、最後には何処かの貴族や豪商に引き取られ、夜の慰み者や暴力のはけ口にされてしまうだろう。
「人は商品ではありませんよ!」
鉄格子を両の手で掴み、中の少女達に視線を向けては言葉を震わせながらその兵士は訴える。
「躊躇せずに簡単に殺してしまうより、生きながらえる事を鑑みればよっぽど命を大切にしていると思えます。ですが、売られた先でどのような仕打ちを受けるかと考えれば、奴隷など無ければいいのにと思いますよ」
牢を見渡しながら、魔術師は溜息交じりの言葉を漏らした。
人の命を奪うのと、奴隷として売買するのとでは何が違うのかと自問自答を繰り返す。先ほど歯向かってきた兵士も自らの職務を全うするために向かってきて、魔術師の凶刃に倒れたのだ。奴隷を殺す事と何が違うのかと考える事もあるだろう。
だが、今はその手で救える命もあるのだと思えば、先程の兵士も無駄死にではないと無理矢理自らを説得するのであった。
「まず、少女達を牢から解放します。あなたは……兵士としてどうされますか?」
「自分は……」
部屋の奥の高い場所に、金属の輪っかに纏められた牢の鍵を見つけてから魔術師は兵士に尋ねた。
自らの職務はこの官吏の館の警護だと兵士は理解している。
だが、目の前に存在する牢の中の少女を目にしたとき、自らの職務が真っ当なのかと疑問に感じてしまっていた。強引に侵入してきたこの男が、悪い男に見えなくなってしまったのだ。
そうなれば、魔術師に協力してこの館を正常な状態に戻すのも一つの職務ではないかと考える。
そして、出した結論は……。
「……自分もお手伝いいたします」
「ありがとう。では早速、牢を解放してしまいましょう。あの鍵で牢を開けてください」
「魔術師さんが開けるんじゃないんですか?」
「状況が変わりました。そちらはお任せします」
兵士を部屋の奥へと促し、魔術師は中央辺りまで進むとくるりと向きを変え入り口を見据える。当然ながら、ヌメッと血糊がこびりついている細身剣も抜き放ったままだ。
「嫌な予感がして官吏の下へと訪ねて来たら、嗅ぎまわっていた鼠が入り込んでいるとはね。警備の兵士達は何をしているのやら」
この牢獄を構成している入り口から黒い軍服を着た男が姿を現した。煌々とオレンジの光を放ち続けるランタンを腰に吊るし、刀身が一メートル以上の両手剣を肩に担いでいる。
その両手剣を肩から降ろすと、その切っ先からたった今付着した鮮血が”ポタポタ”と滴り落ちて来た。
「さて、役に立たない役人と侵入者は始末させて貰おうかね!」
軍服の男は言葉を全て吐き出す前に、体を屈めて飛び出し魔術師に襲い掛かってきた。
「いきなりですか!」
一足飛びに迫られ両手剣を横薙ぎに一閃する。その一撃で魔術師を腰の高さで両断し仕留めたはずだった。
「ちいぃ!!」
簡単に殺されてやる程、魔術師はお人好しでは無い。
当然ながら襲って来るのは予測済みで、長大な両手剣を振るう様を目に焼き付くくらいに見慣れている。
何処で構えたらどの様な剣筋になるかは計算済み、いや、経験済みである。一つ計算違いだったのはその剣速が遅かった事だろう。子供達の練習風景を見慣れている魔術師からすれば欠伸をするくらいだった。
軍服の男が右から薙ぎいた一閃を、後方に跳躍してあっさりと躱してしまった。男が舌打ちをするのは至極当然であろう。
「問答無用で斬り掛かられると言うのは、正直言って気持ちの良いものでは無いですね」
「そうかいそうかい、コッチとしても避けられて気持ち良くないさ。大人しく切られてくれると嬉しいんだがね」
そう言って、両手剣を肩に担ぐと、踏み込んで上段から振り下ろす。
「踏込みが甘いです!」
魔術師は左に半身回転して振り下ろした攻撃を躱すと、左手で握っている杖の石突きを軍服の男の右膝に関節を内側へ曲げる様に突き出した。
「ぐほぉっ!!」
この軍服を着た男はこの町ではかなりの剣の腕前を持っていたハズだった。だが、子供達の訓練を見ていたり、魔術師自身も参加している内にいつの間にか彼の実力も上がっていた。
魔術師の基準が子供達のレベルであり、それよりも数段劣るはずの自分がここまで動けて、相手の剣筋を見切れるなど、今の今まで思っても見なかった。
確かに、細身剣の切っ先を狙った場所へ正確に突き当てられるように感じていたのは事実であったが……。
とは言え、全てを躱せているかと言われればそうでは無かった。その最たるものとしてうっかりと出してしまった細身剣に両手剣を当てられ、”ポッキリ”と中程から折られてしまっていた。その他にも服を着られ、鎖帷子を着こんでいなければ沢山の切り傷を負っていたに違いなかった。
「畜生目!!なんで当たらないんだ」
魔術師の動体視力が鍛えられた事もあるが、一番は武器によるところが大きい。重い両手剣はその質量で敵を切り裂く事は得意だが、敏捷に動き回る敵には効果が薄い。それに部屋の狭さも原因に上げられるだろう。
両側に牢を備え奥行きが十メートルもあるが、幅はせいぜい五メートル、そして地下にあるために天井高も二・五メートルあればいい方だろう。もしかしたらもう少し低いかも知れない。そんな狭さの空間で両手剣を振り回すなど無理があるのだ。
「足元がお留守ですよ!」
宙を切る両手剣を見てから、杖を突き出して踏み込んだ足を横薙ぎに殴って行く。町の警吏官の長であったとしてもこの夜中に武器だけ持って飛び出してきたに過ぎない彼は、最低限の装備も着込んでいなかった。
「余りにも酷いですね」
すれ違いざまに、軍服の男の左肘を”ポカンッ!”と殴り付けて、一度距離を取った。攻撃が当たらずに体力を消耗して”ハァハァ”と肩で息を吐き始める。魔術師に殴られ続け、服の下は青あざで痛々しいに違いない。
それに関節にも何回も打撃を受け、そろそろ限界が近かった。
「いくら攻撃しても倒せませんよ。大人しくして頂ければそれで宜しいのですが、降伏してくれませんか?」
「断る!!」
「う~ん、ダメですかね~?」
”命を奪いたくないのですが”とその後に言葉を続けたのだが、耳に届いていないらしく、まだ敵意を剥き出しにして魔術師を睨みつけている。
満身創痍になり掛けている体にムチ打って、最後の一撃だと剣を突き出して来たが、疲れてキレの無い体では魔術師に当てる事すら出来ない。
そして、攻撃を一歩右に躱すと、男の手元を杖で思い切り叩き付ける。
殴られて”バシン”と部屋に音が響くと、手の力が抜けてしまい両手剣を体から離してしまう。
”ガラガラ~ン!”
主を失った両手剣が床に落ち、金属特有の硬質な音を撒き散らす。そして、軍服の男も膝から崩れ落ち、四肢を床について動きを止めている。
だが、まだ何か企んでいるのか腕は動き続けている。
「かくなる上は!!」
胡坐をかくように床に座り込むと、軍服の懐に手を突っ込むと、刃渡り十センチほどのナイフを取り出した。その小さなナイフで魔術師に襲い掛かるのかと身構えていたら、銀色に輝く切っ先を自らの方に向けて”ブツブツ”とお祈りをしていた。
「ま、拙い!風の弾!!」
そして、魔術師が一瞬にして魔力を集めて放ったのと、軍服の男が自らの首にナイフを突き立てようとしたのは同時であった。
刹那の時間だけ魔術師の魔法が早く軍服の男へと襲い掛かった。男の胸元に魔法が命中しそのまま三メートル程吹き飛ばされ、壁に背中を打ち付けた。
その衝撃は強く、握力が落ちていた事もあり、彼はナイフを手から離していた。
ただ、吹き飛ばされた事が幸いしたのか、軍服の男は死ぬことは無く気を失うだけで済んでいた。
「ふぅ、殺さずに済みましたか……」
その後、軍服の男をロープで縛り上げ、舌を噛まぬ様に猿轡をしてから、付いて来た兵士と共に牢の鍵を開け放って行った。
「上を見てきますので、少女達を出しておいてください」
「おう、任せろ!」
兵士にその場を任せると、隠し通路を通って官吏の館の一階へと上がって行った。
「まさかこうなっているとは……」
隠し通路から廊下へと姿を見せると、魔術師の視線の先には惨憺たる惨状が待ち構えていた。
三人いたこの館を守備する兵士の首が一刀の下に切られ、胴体と別れていた。そして、鮮血が吹き出したのか、壁や天井に赤い血飛沫が撒き散らされ、人のした事なのか疑いたくなった。
この館の主と商売人は何処へ行ったかと、首を回して廊下を見渡してみれば、官吏の部屋の方角から、”ゆらゆら”と動くオレンジ色の光が視界に入ってくる。
魔術師の杖に掛けられた白い魔法の光を見たのか、そのオレンジの光は”バタン”と、音と共に視界から消えて行った。
官吏の部屋に逃げ込んだのだろうと、廊下を駆けて光が消えた場所へと急いだ。
「間違いなく、官吏の部屋ですね」
ドアノブを回しゆっくりと開いて行くが、オレンジの光が漏れて来てもよさそうなのに真っ暗なままだった。ドアを開け放ち、部屋を覗いてもやはり真っ暗なままである。
不思議だと首を傾げて魔術師が一歩、部屋の中に入るともう一枚のドアの奥からかすかにだが”ガタガタ”と何かを退ける音が聞こえて来る。
動いている人の気配を感じ取り、罠の危険性もあるが魔術師はドアを蹴破った。
官吏の私室へと繋がろうとするドアは頑丈に出来ていたが鍵が掛けて無かったドアを蹴破るのは容易かった。
”バン”と大きな音がしてドアが開けられると、その音にびっくりして肩をすくめる二人の男が、床を這って小さな穴に入ろうとしている所であった。
食事を与えられて肉付きの良い少女達。
何処に売られてしまうところだったのでしょうか?




