第三十八話 再びの依頼、ティアラを取り戻せ
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これからも、拙作”奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険”をよろしくお願いします
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「ウチ達はその裂け目を使って小鬼を殲滅して、無事に卒業出来たんだよ」
アイリーンは低いグラスに注がれた果実酒をグイッと煽るとそこで幼少期から訓練学校での昔話を終わらせた。
「アイリーンも壮絶な過去を持ってるんじゃな……」
「それって、どういう意味よ」
「いや、そのままの意味じゃ」
どんな意味なのかと皆が問いただしたい気持になるが、”また夫婦漫才か?”とからかわれると思い、アイリーンはグッと我慢するのだった。
確かに、ヴルフが漏らした様に、ここにいる五人全員が何らかの苦労を背負っている事だけははっきりした。
ヴルフは騎士団に入って五年程で辞めているし、エゼルバルドは捨て子でヒルダは両親を亡くしている。スイールは良くわからないが魔法等の知識を鑑みれば壮絶な過去を持っていると予想できる。
そこにアイリーンの詳しい過去が判明したのだ。この五人は会うべくして会ったと言っても過言ではなかった。
「それで、その人はどうなったの?」
「その時……ウチ等の前から姿を消したわ、かっこ良かったのに……」
ふと、頬杖をついて天井の隅に視線を向けて遠くを眺める仕草で決めようとしたが、ヒルダの一言でそれが台無しになる。
「なるほど!結婚したかったけど、逃げられた……と」
テーブルに体重を掛けていた肘が滑り、ガクンと体から力が抜ける。恰好良く決めたつもりだったのが、触れられたくない部分を抉られ悲しい気持ちが脳裏を走り抜ける。
「ウ、ウウ、ヴヴヴヴヴ……」
ヒルダの容赦ない一言にアイリーンはテーブルに突っ伏して嗚咽を漏らして泣き始めてしまった。
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昼食を終えたアイリーンは、涙の痕を顔を洗ってごまかし、単身依頼者の下を訪れていた。宿からは二十分ほど離れた見つけにくい場所にあるそこは、ぼろ家と見間違えるほどの屋敷で、何時倒壊しても可笑しくなかった。
とは言え、それは見かけだけの話で内部はしっかりと作られ、壊れそうな見た目を偽装しているだけに過ぎない。
「えっと、昨日のはあれで良かったのよね」
「ああ、助かったよ。アイリーンと手を組むと成功率百パーセントは伊達じゃないね」
薄暗い部屋で口元が三日月の様に尖らせて笑い、成功を祝っている。顔に生えた精悍な顎髭と違い、恰幅の良い腹回りは運動不足を思わせるのだが、アイリーンはその事を言おうともしない。
ただ、成功率百パーセントは行き過ぎだと、苦笑いを見せていた。
「冗談は抜きにしても、もう十年来の付き合いじゃないか。尤も、この街を離れて行ったのには驚いたけどな」
「その話はもう終わりにしましょう、マクマード。ウチだって、たまたま、寄っただけだし」
彼女からマクマードと呼ばれた男は、アタッシュケースから小さな革袋を取り出すと、アイリーンに”ひょい”と投げて渡してきた。それを受け取ると同時に掴んだ手から”カチャリ”と小さな金属が触れ合う音が耳に届いた。
アイリーンが袋を掴むと硬貨の感触以外の違和感を感じ取る。そして、革袋の口を開き”はぁ~”と溜息を漏らすのであった。
「また仕事?ウチを働かせすぎじゃないの~」
革袋から小さく折りたたんだ紙を取り出すと、用の無い革袋を鞄へ無造作に仕舞い込み、紙を開く。
「いいのかい?報酬の額が間違ってるかもしれないぞ」
「大丈夫よ。もしそうなら、あなたは今頃、墓石の下よ。ウチがマクマードの店を訪ねた時から騙してないでしょ」
十年前のあの時から時折、仕事を依頼してくる彼の仕事への誠実さはわかっているつもりだ。もし、彼がアイリーンをだましていたら、アイリーンの言葉を借りるならばすでに墓の下で骸骨になっていただろう。百メートル先から弓で百発百中の腕前を持つアイリーンを敵に回したくないとの意思が働く。
そう、あの訓練所を卒業した日にふらっと寄った、あの時から始まっていたのだ。
「少し大変みたいだけど、これ、本当なの?」
小さく畳まれた紙を広げ、目を細めなければならぬほどの小さな文字を読み解き、ようやくアイリーンは言葉を綴った。
「依頼者は言えないが、確かに本当だ。お前さんの腕なら何とかなるだろう?」
「難しくはないけど、ウチ一人だと少し無理があるわね」
「それなら、誰か付けるかい?」
「ウチの知り合いに凄腕の剣士がいるわ。彼に頼むとするわ」
小さな見取り図から、確実に乱戦になると予想した。遠距離での攻撃なら誰にも負けぬ自信があるが、近接での混戦になると分が悪くなる。腕前は上がってるとは言え、達人クラスが出て来ると厳しいだろう。
「それなら大丈夫かな。五日後に頼んだぞ」
「本当にいつも急ね。ここまで調べてあるのなら大丈夫と思うけど……。大船に乗った気で任せてちょうだい。でも、報酬は弾んでよね」
”ふんっ!”と、マクマードが鼻で笑うのを見て、アイリーンはくるっと体を翻して今にも崩れそうな建物から出て行った。
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その日の夕食を終え、アイリーンの部屋にエゼルバルドとヒルダが呼ばれ、三人が小さな丸テーブルを囲んで顔を合わせていた。
「まず、これが昨日の報酬ね」
小さな袋を一つ、二人の前に置くと”ガチャ”と重みのある音が耳に届いた。テーブルに突っ伏して泣いていたあの時間から少し後に、前日の夜に達成した依頼の報告を行った時に受け取った報酬の中から、ヒルダとエゼルバルドの分として取り分けた硬貨が入っているのだ。
「はいはい、受け取っておくわね」
「エゼルの分も入っているからね」
ヒルダが、その袋を腰の鞄に大事にしまうと、次に、アイリーンは鞄から紙の束を取り出して、何も無くなったテーブルの中央にバサリと広げた。
一枚は折りたたんであったのか、細かく折り目が付いていたが、それ以外は半分に畳んだ折り目が付いているだけだ。二種類の紙は関連性はあるが、書かれた時期が別だと証拠になる。
「これは?」
「ゴメンね、次の仕事よ。ちょっと難しそうだから、今度はエゼルにも手伝って貰おうかと思ってね」
肩を落として、溜息を吐くエゼルバルドは、また血の雨を降らすのかと少しうんざりしていた。紙の束へ視線を向ければ、特徴のある一枚から血生臭い気配が”ビンビン”と漂って来るのがわかる。
「ヒルダはウチを手伝って貰うから、エゼルにしか頼めないでしょ」
エゼルバルドはヒルダに”まぁまぁ”と肩を叩かれながら諭される。
そして、紙の束をヒルダが手に取り、彼女もまた溜息を吐く。
「貴族宅に侵入って、本当にするの?一応、侵入ルートと脱出ルートは調べてるみたいだけど」
「侵入は問題ないけど、脱出は手間がかかるわ。なにせ、取り返す物が物だけにね」
重いものでは無いが、盗み出して壊したらと考えるととてつもない額を請求されそうで怖いと感じる。盗み出すのはヒルダでは無いからと気楽に考えようとするも、不安が脳裏を過ぎる。
まぁ、一緒に旅をし始めて一年以上経ち、彼女の腕は疑いようもないからと、なるようになるだろうと、考える事を放棄するのであった。
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三人での打ち合わせから五日後の深夜。
生憎の曇天模様で気温が全く上がらず、凍えそうな空気の中を黒い服に黒い外套を羽織った真っ黒な姿をした二人の女性が街をひた走っていた。
一人は小さな短弓を、もう一人はショートソードを腰の後ろに固定している。そして、長い髪がたなびかぬ様に黒い頭巾でしっかりと留めていた。
「ねぇ、アイリーン。今回はこんな格好をしなくちゃいけないの?」
「今回は貴族の屋敷に密かに侵入するから、このくらいしないと駄目なのよ」
いつも身に着けている鎖帷子さえ身に着けず、武器も最小限、何より、腰の後ろにぶら下げて固定している鞄に道具がいっぱい詰まっているのだ、不安にならないはずもない。
アイリーンが道具を鞄に詰めている場面を見ていたが、半分くらいは何に使うのか見当もつかなかった。
「まぁ、気にしない方が良いわよ。……そろそろ見えて来るわよ」
アイリーンを気にしながら走っていると、ヒルダの目前には大きな屋敷を囲む様に煉瓦を積み上げた塀が姿を現した。アイリーンには余裕で上がれる高さではあるが、ヒルダにはその技術が無く、鉤爪の付いたロープを引っかけて利用しなければならぬのだが、今回はアイリーンが先に上り、彼女が引っ張り上げる事になった。
「行くよ、っと、っほ!」
煉瓦の小さな出っ張りに手と足を引っ掛けて器用に塀の上まで登る。この深夜には誰も見ていないし、唯一の目撃者である二つの月は今日は雲に隠れている。
そして、ヒルダが壁を蹴って一メートル程飛び上がると、アイリーンは彼女の腕を掴んであっという間に塀の上まで引き上げてしまう。
「さってっと、次に進むよ」
「お任せ~」
塀から飛び降りて茂みに身を隠す。
「おかしいわね、せっかく用意したのに無駄になったのかしら?」
アイリーンの事前調査ではここに下りれば迎えが来るはずだった。庭を警備している獰猛な犬がである。犬が現れない事で情報が漏れたかと、背中を冷や汗が流れる。
とは言え、今日しか忍び込む機会は無いと思えば、このまま実行するしかないだろう。
二人は邪魔な外套をその場に脱ぎ捨て、屋敷の裏へと身を屈めなて走って行く。誰も見ていないはず、邪魔されないはず、と思いながら。
屋敷の裏手、唯一煙突が見える場所へアイリーンが立つと、短弓とロープの付いた矢を用意し、躊躇なく煙突へ射かける。
強化してある短弓から放たれた矢は、煉瓦で作られた煙突に深々と突き刺さった。
矢も回転しながら飛ぶ特別製であり、その弓と矢の組み合わせでなければそんな芸当は出来ぬだろう。
「ちょっと待っててね」
ロープを少し引っ張り、抜けぬと確認できるとアイリーンは躊躇なくロープを伝い、屋根へと猿の如く上がって行った。ロープを引き抜けない様に縛ると、ヒルダを屋根上へ上がる様に催促し、それを受けて彼女は屋根の上へと上がって行く。
手を向けてヒルダに合図を送ると、屋根上をゆっくりと歩き始め、ある部屋の上へと二人はたどり着く。
そこには太陽の光を存分に採光する天窓が幾つも取り付けてあり、その中の一枚から二人は下を覗き込む。
二人が顔を見合わせてお互いが頷くと、アイリーンは腰のナイフを引き抜き、天窓の枠の隙間にナイフをそっと突き立て、体重を掛けて行く。
鋭利な尖端を突き付けて、アイリーンの上半身の体重を掛けただけで、天窓の隙間からナイフは簡単に突き抜け、部屋の中まで到達した。
それから、同じ作業を数回行って、天窓を落とさない様にそっと取り外す。
金属の棒を取り出して窓の無くなった天窓に引っ掛けると、自らの体にロープを巻き付け、ゆっくりと頭を下にしてそこから降りて行く。滑車を使った仕掛けはヒルダの力をも使い、するすると蜘蛛が糸を垂らして天井から降りるが如く、アイリーンは降りて行く。
そして、赤い印の付いた場所までロープを下ろすと、その場所でヒルダは力を込めて固定する。その赤い印が見えた時がアイリーンが目標まで到達した印である。
ヒルダが天窓から下を覗き込めば、アイリーンが何かの作業をしている所であった。
透明なカバーを持ち上げ、中のティアラを引き抜くと同時にくすんだ色の金属片を納めていた。
作業が終わると、アイリーンからの合図がロープを使って伝わってくる。そして、ヒルダは力を込めてアイリーンを引き上げる。
屋根上まで上がったアイリーンは、成果をヒルダにちらりと見せる。大きな革袋に入ったそれは、女王が身に着けるティアラのようであった。
実際は女王のティアラではないのだが、とある高貴な貴族から盗まれていたので、その様に見えるのは不思議ではないが……。
アイリーンは革袋の口をぎゅっと結んで背中に括り付ける。
「後は脱出するだけだわ。気を抜かないでね、ヒルダ」
「う、うん。わかってるわよ」
天窓を元に戻し、足音を立てぬ様に屋根上を歩き、煙突に括り付けてあったロープをたどり庭へと下り立つ。音も立てずに走り、外套を回収して羽織り、レンガの壁を二人はあっという間に上り、そしてその向こうへと降りたつ。
本来であれば、ここまで来れば成功と言っても過言では無いが、アイリーンの脳裏には警鐘が鳴り続けていた。これからが本番であるかのように。
貴族の屋敷にもいまだ動きは無く、脱出経路上にも変な気配はない。
ただの思い過ごしで良ければと思いつつ、脱出ルートへ二人は駆け出す。最低でもエゼルバルドのいる場所までたどり着ければ、生還は出来るだろうと考えつつ、足を動かすのであった。
急に過去の出来事から戻りましたが、オチは次回です。
アイリーン編、次回堂々(?)完結(如何どうでもないか(笑))




