第五話 エルザ、コノハをなだめる
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これからも、拙作”奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険”をよろしくお願いします。
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夕食が済んで船室でひと眠りした後、時間になったエルザはベッドから出て身支度をする。護身用のナイフと必要な道具の入ったカバンを斜に掛け、紺色の外套を羽織る。壁のフックに掛けてある出番の無い細身剣を鞘から抜いてその存在を確認してから、エルフの里へと持ち帰る杖を握りしめ、足音を立てぬ様とこっそり、部屋を後にする。
当然、コノハズクのコノハはエルザが起きても目を開けずに知らんぷりしてるので、この場に置いて行く。
ドアにカギを掛けると、一つ上のフロアへと足を向ける。
廊下の階段スペースに向かう場所に弱いオレンジ色の光を放っているランタンが落下防止の付いたフックに掛けられて、エルザの行く先をぼんやりと照らしている。
足音を立てぬ様にと気を付けているが、木製の床を歩くたびに、”ギシッギシッ”と鈍い音を立てて暗闇を進んでいる事もあって、薄気味悪い雰囲気に包まれている。
階段を一段一段踏みしめても、同じ様にギシッギシッと鈍く耳障りな音がエルザの耳に届き、誰かに見られていないかと不安に感じてしまう。
一つフロアを上がりB一〇二の部屋の前へとたどり着くと、封鎖してあるロープを無視してゆっくりと人が通れるだけの隙間を開けると、暗い部屋の中へと滑り込ませてゆく。
こんな夜遅くに、人が殺された部屋に誰が好き好んで入るのか?と思う事がこの部屋を集合場所に選んだ理由でもある。盗賊や獣などを殺める事もある職業であれば、死体を目の前に見ても動じるはずも無いが、一般的な職業では暗闇に死人が横たわっていれば、それだけで目を背ける、いや、すぐにその場所から飛び出して行くだろう。
ドアを潜ったエルザが見たのは、船窓からうっすらと入る月明りに照らされ、昼間と同じに横たわり亡くなったマレット氏であった。
まだ兼元はこの場に現れていない。
部屋の奥へとゆっくり移動すると、ドアから見えない場所で小さなランタンを出し、灯りが外へと漏れないように注意しながら火を点けて光源を確保する。ランタンのシャッターをいじれば灯りはエルザのブーツを照らすのみとなる。
それから間もなくして、エルザの潜む部屋へ入ってくる気配を感じる。ギシッギシッと鈍い音を発しながら気配の主がエルザの前へと現れ、それが目的の人だとわかるとようやく息を吐きだすのであった。
「遅くなって申し訳ござらん。それにしても逢瀬に死人が横たわっている場所を指定するなど、エルザ殿も変な趣味を持っておりますな」
さすがのエルザもその笑えない冗談に笑顔で返せず、真顔で答えるのが精一杯であった。
「巫山戯ないで。だいたい、あなたとこんな場所でデートなんてできる訳無いでしょ。犯人にされかけたのはあなたなんだから、真面目にやりなさいよ。それにデートはお・こ・と・わ・り!」
「お~お~、手厳しい事で」
”お断り!”に力を込めたエルザの言葉に兼元は首をすくめて態度で返す。冗談でも口にして気を明るい雰囲気を作ろうと思ったが失敗であったと感じ、すぐに気持ちを切り替える。
「……それで、この部屋に呼んだのは理由があっての事でござろう」
「まずはその遺体ね。かつらを付けているから確認してちょうだい」
”はいはい”と軽口を叩きつつ、遺体に向け手を合わせてから髪の毛に手を当ててゆっくりと引っ張る。エルザの告げた通り、かつらが頭から取れ、茶色で短髪の髪が露になった。ランタンのオレンジ色の光に照らされて正確な色はわからないが、かつらの髪色と自毛は同じような色合いであると見て取れる。
「婦人も同じような色合いよ。ただ、かつらの髪は相当長いけどね。あ、かつらは元に戻しておいてね」
かつらを元に戻す様に指示をすると、兼元から昼間貰ったメモを取り出す。
「夕食時にあなた、偶然とは恐ろしいって言ったのは覚えてる?」
「拙者、そんな事言ったでござるか?」
「忘れてるなんて……。まぁいいわ、あなたは偶然って言葉を口にしたのよ」
「ほぉ、さすが、拙者でござるな」
「って、その意味わかってる?」
呆れて額に手を当てるエルザ。うっすらと見えるその表情に何を仕出かしたのかと首を傾げる兼元。
それを見てから一度大きく溜息を吐くと、気を取り直して言葉を続けた。
「いい、この船に男女のペアが三組も、かつらを被っているのよ。しかも、お金持ちの乗船客が。これが偶然だと思って?」
「おお、確かに偶然とは言え、あまりにも出来過ぎているでござるな」
軽く手を叩いて納得する兼元を本当にわかっているのかと不安な気持ちで見るエルザであるが、今に始まった事ではないと話を続ける。
「話は変わるけど、なんでかつらを身に着けているか考えてみた?」
「考えるまでも無いと思うでござるが……。理由としては薄毛を隠す為か、変装かでござるかな?」
「まぁ、大きく分けるとその二つね。でも、その遺体はどうだった?薄毛だったかしら」
「先ほど見た限りでは、そうでは無かった。とすれば変装でござるな」
わかってきたじゃないと嬉しそうな顔をするが、この暗闇ではエルザの表情はわかる訳もない。
「そう、変装だとすれば、後の二組も変装って可能性は高いでしょ。夫婦そろって身に着けているんだから」
「とすれば、偶然かつらを被った三組のペアが乗船したと見ていたが、何か意図があって乗船したでござるか?」
「と、私は考えている。まぁ、実際にそれが正しいかわからないけどね」
とりあえず、話はここまででお終い、と光源を消そうとランタンを持ち上げると、オレンジ色に照らされた兼元の真剣な表情が目に入ってきた。何かを考えている様であったが、エルザはこれ以上、ランタンを付けておくと危険と判断し、フッと息を吹きかけて火を消すと鞄のベルトに括り付ける。
「それじゃ、あなたが何を考えてるかわからないけど、眠いから私は船室に戻るわ」
手を”ひらひら”と振って、ゆっくりと移動しながらドアのノブへと手を掛けようとした時であった。兼元が肩を押さえ、エルザの歩みを強引に止めた。
文句を言おうと振り向くと、兼元の手の平で口元を塞がれた。船窓から入る月明りにうっすらと兼元の顔が照らされているが、いつも以上に真顔になっており、恐ろしさがにじみ出ていた。
「…静かに……!」
小声で語り掛ける兼元に、エルザは”こくん”と頷きで返す。
エルザは”ドクンドクン”と自らの心臓の音耳に伝わって来るが、それ以外にエルザと兼元以外の足音がドアの外から漏れ聞こえて来た。それは小さい音であったが、この部屋にではなく、別の部屋へと向かう足音であったのは気配で何となくわかった。
(この部屋ではなく、何処へと向かったのかしら)
二人はドアに耳を付けると、廊下の音を漏らさず聞き取ろうと、全神経を耳に集中するのであった。
『おい、この部屋でいいのか?』
『ああ、間違いない』
二人の耳に小さな声が届くと、その次は金属がカチャカチャと擦れる音が入って来た。道具を使ってドアのカギを開けている音だろうと考えていると、その音が急に終わりを告げた。
『よし、予定通りだな。ほんとに大丈夫なんだろうな?』
『このフロアの乗船客は何があっても起きないから大丈夫だよ』
『なら良しだ。さて、仕事を済ませてしまおう』
『はい』
”ギーッ”と耳障りなドアの蝶番の音が聞こえると、人の気配が動き出し急ぎ足で何かの動作をしているのが感じられた。それからは控えめな何かを切る様な音が幾つか聞こえ、行動を終えた者達がドアをゆっくりと締めた。
ドアを開けてから締めるまで一分とかかっていないだろう。それだけ手際が良かったのだろう。
『それにしても、あの女の部屋に凶暴な生き物がいるとは思いませんでしたよ』
『なんだ、だから何も持っていなかったのか』
『食堂では大人しそうにしてたから油断してましたよ。あいつに腕を引っかかれましたよ』
『災難だったな。まぁ、二人目まで終わった。あと一人だ』
『へい』
声の主たちがその場を離れると、エルザと兼元の二人は大きく溜息を吐いた。そして、聞こえ漏れた会話を思い出すと、エルザは急いで自室へと戻ろうとドアノブに手を掛けた。
「船室に戻るでござるか?」
「ええ、あの会話の主は私の部屋に忍び込んで、何かを盗み出そうとしたのよ」
「それなら一緒に行くでござる」
「それは遠慮しておくわ。女の部屋には秘密があるのよ。それよりも、あの声の主が何をしたのか気になるわ。一度自分の部屋に戻って無事か見たらすぐに行くから。だから先に向かってて」
エルザはドアを開けて出ようとするが、再び兼元に肩を掴まれ制止させられた。肝心な事がわかっていなかったからだ。
「申し訳ないが、どの部屋かわかるでござるか?」
気配でわからなかったの?と言いたげな表情で兼元を睨む。うっすらと月明りがエルザの顔を照らすが、その表情は鬼の様であり、兼元はビクッと体を震わせてしまった。
「恐らく帆柱の向こう側よ。カギは閉めてないはずだからすぐにわかるわ」
この船の構造上、メインの帆柱は甲板から下の第一層、そして第二層の乗船客の廊下まで貫いている。それにより、前部の部屋と後部の部屋で行き来が出来ずに、甲板に出るか、第三層の船倉を経由しなければ行き来できない構造になっている。帆柱が貫いていて人は通れないが、音を通すだけの隙間は空いている為に、エルザ達の耳に声や音が届いたのである。
「わかったでござる。あの者達に気を付けて」
「ええ、お互いにね」
二人はお互いを見てから頷くとドアを開け、エルザは大事な相棒を残している自室へ、そして兼元は帆柱で分かたれた反対側の部屋へと、ゆっくりと歩き出した。
エルザが事実へとたどり着き、ドアを開けると案の定カギは外されており、怒りに満ちたコノハがその目をエルザへと向けていた。月明かりが船室を照らし、コノハから抜けた羽が床やベッドに散乱していた。
「ごめんね?大丈夫だった」
杖の頭にコノハが飛び乗るとエルザを嘴でつつこうと顔を前後に揺らしてきた。謝りながら干し肉をコノハへと差し出すと、受け取った干し肉をもって床へと飛び降りベッドや壁に叩き付けた。眠っていて付いて行かなかった自らが悪いと感じたのか、エルザへ怒りをぶつけるのではなく、貰った餌に怒りをぶつけている所が可愛いと微笑む。
コノハの行動に微笑ましく思いながら、何かおかしなところが無いかと部屋を眺める。壁に吊るしてある細身剣は無事であり、他のバッグ類も荒らされた様子もなくホッとする。これから向かう船室に何があるか不明であるため、細身剣を腰にぶら下げる。
コノハはどうしようかと目を向けるが、今だに干し肉と格闘しており、しばらくはこのままだと思い追加の干し肉を取り出しコノハの目の前に置く。
「これは、何かしら?血?」
コノハが干し肉と格闘している場所から五十センチ程廊下へ向かった場所に幾つかの血液が落ちた跡を見つけた。木目の床に月明りをあびて赤黒い色を見せていたので何とか分かった感じである。
「これって、あの声の主の傷から漏れた血液かしら?それなら、かなりの傷を負っているはずね」
探し出す相手をすぐに見つけられそうだとエルザはニヤリと不敵な笑いを浮かべる。そしてコノハを部屋に再び残し、兼元の下へと向かうのであった。
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一度甲板へ出て、後部階段を下り甲板下第一層へと降り立った兼元。そこからもう一つフロアを下がれば兼元が使う船室のある第二層へと降りることが出来るが、今は不穏な行動をしていた声の主が起こした何かを探るべくB一〇五からB一〇八の四つの部屋を調べなければならない。
先程の声の主は鍵を開けたまま何処かへ身を隠したはずなので、その何かが起こった部屋はドアのカギが開けられている状態であるとエルザに言われてるので、手当たり次第に開けてみる事にした。
(さて、どの部屋が当たりでござろうか……)
若い順番に開けて行こうとB一〇五のドアノブに手をかけて引いてみると、すんなりとドアが開いてしまい、ガクッと体の力が抜け出る。本当にここで良いのかと疑いを持ってしまった。
お金持ちならカギを掛けているはずだと考え、片手はドアノブへもう一方の手はドアに直接当てて、ゆっくりとドアを開けて行く。”ギーッ”と何処かで耳に届いた音を感じ、隙間から目を覗かせて薄暗い部屋へと視線を下ろしてゆく。
「……!!」
思いがけぬ光景を目にした兼元は、調査との役目を忘れてドアを開け放ってしまう。その音が豪快にフロアに響くが、彼の意識の全ては惨憺たる光景に奪われてしまっていたのである。
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