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第三話 海の街アニパレへ【改訂版1】

2019/3/25改定

 魔術師スイールに率いられた四人の旅人、--うち二人はまだ子供であるが--は、この日、ブールの街から北へ三百キロ程にある海の街アニパレを目指ざして旅行の途に就いていた。


 そのまま馬車で、と当初は考えたが、真夏に移動するのは厳しいと考え、河下りの客船による旅行を考えた。そして、彼等はブールの街の東の城門を潜り抜け、東に真っ直ぐ一時間程にある船着き場を目指して歩いていた。

 辺りはまだ薄暗く、太陽に熱を吸われる時間である為に外套を着込んでいるが、その船着き場に到着する頃には太陽が完全に姿を現し、辺り一面を明るく照らしている事であろう。


 城門を潜った時は、門が開いたばかりであり数人の旅人が見えただけであった。いつも使用する南の城門でないので顔見知りはいなかったが。


 一時間ほど無駄話をしながら歩くと、川岸に作られた桟橋と管理の建物、そして今回乗る河下りの船が目に入って来た。

 河下りの船と言っても、川幅が五百メートル以上もある大河を下るのである、外洋に出る船ではないがそれなりに強度を持ち、大きめに作られている。それに、かなりの乗客や馬車などを積むので客室や荷室もそれなりの装備が整えられている。


 船着き場に到着すると、乗船待ちの旅人や商売人がそこかしこに見える。特に商売人は自らの馬車の積み込み作業が上手くできているだろうかと”ハラハラ”しながら見守っていた。船着き場に備え付けされた大型クレーンが馬車馬や馬車をロープで釣り上げ荷室へと釣り上げているのだ、不安感を持つのは当然だった。


 事前に購入してあった乗船券をスイールがそれぞれに渡して行く。

 乗船券は普通の紙ではなく、濡れても良い羊皮紙で作られており、それに焼印で必要事項が記載されている。行先や乗船日時が記されており、偽造防止用の専用の焼印も裏に付けられている。普通の用紙では防水加工や焼印が出来ない事もあり、いまだに羊皮紙が使われているのだ。

 ちなみに乗船料金は大人子供関係なく、一人大銀貨一枚であり、スイールが四人分を支払っていた。馬車等を積むときは別途、荷物用運賃がかかる。


 桟橋で乗船券を見せて船に乗り込んだ四人は、早速船室へと入り込み、出発を待った。

 この部屋は四人部屋でソファー兼ベッドが平行に並んでいる。そして、それぞれの上一・五メートルに梯子で上がるベッド設けられていて、二人はそこで寝るようになっている。

 エゼルバルドとヒルダはそれが珍しいのか、上段のベッドに上り何やら楽しそうにしていた。


 そして、出発の鐘がけたたましく鳴り響くと、船員達が忙しく動き回り出航の準備が進められる。桟橋に掛けられたもやいが外され船に回収されると、ゆっくりと船が動きだし河下りが始まった。

 出航時には川の流れに多少抵抗するために少し揺れるが気にするほどではない。




 出航してしばらくは船員の靴音が船内に響くが、それが聞こえなくなれば安定して船が進みだした証拠だ。エゼルバルドとヒルダは船を探検したくてしょうがなく、スイールとシスターは”甲板の手すりから身を乗り出さない事”を条件にそれを許した。

 そして、エゼルバルドとヒルダは河下りの始まった船内の探検に出掛けるのだった。


 客室や荷室はそれなりに備わっている河下りの船であるが、子供の探検出来る場所など限られていて、忙しく働く船員達に邪魔にされ、様々な場所で追い出される。

 そうして、二人は甲板に姿を見せる。


 駆け回る二人を微笑ましく見守る乗客もいれば、後ろから激突され、屈強な商売人の護衛達から怒鳴られる一場面も見られた。

 さすがの二人もそれには肝が冷えたのか、怒られた事でしゅんとなり”トボトボ”とスイール達の待つ客室へと戻るのであった。


 そのぶつけられた屈強な体を持つ商売人の護衛達は、二人に怒鳴った事を後々反省していたとかいないとか。家に残した子供が気になっていたらしいとは後にわかる事である。




 船室へと戻ってきた二人は怒られた事で気落ちし大人しくなっていたのだが、その後、まったく違う様子にスイールとシスターは声を掛けた。


「おや?二人ともどうしましたか」


 書物を開いて視線を落としていたスイールが二人の顔を覗き込み、顔色が真っ青な事に気が付いた。


「「うぅ~、気持ち悪い~」です」

「二人とも船酔いですか?先程までの元気はどこへ行ったのでしょうかね?」

「まだまだだね、二人とも!」


 こんなに揺れない船で酔うとは、とスイールとシスターがクスクスと笑い声を立てている。初めての船にテンションが高く舞い上がっていた子供達だったが、その陰では確実に三半規管を痛めつけていたのだ。

 船酔いは日が沈む頃には治り、長い船旅に慣れてしまうのであるが、甲板で怒られた事に懲りたようで、その後は船室で大人しくしていた。


 それ以降は大きな出来事も無く、無事に海の街アニパレに船は到着した。南風が吹いていた為に、二日目の夕方に到着したのはかなり速かったようだ。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 海の街アニパレはブールより二回りほど大きい。

 軍事的にも重要な都市であり、強固な城壁が北西側を抜かした三方向を守っている。北西側は海に面しており、切り立った崖を利用し港が延々続く。

 港には海に向けられて、城砦攻撃兵器の巨大投石器(カタパルト)が配備されている。

 ちなみに、この街にはビーチは無く、夏でも海水浴は楽しめない。


 ブールの街からの河下り船は一度、海に出てから接舷を行う。

 船での来訪者を一元的に管理するためであり、トラブルの防止にも役立っているのだ。


「あ~、やっと着いた~」

「地面が恋しいよ~」


 わずか二日であったが、揺れている船から解放された子供二人はそんな感想を漏らしていた。


「ほら、宿を探すんだからこっちへおいで」


 すでに太陽が地平線へと入り始める時間となり、宿に入らなければ後は野宿!となってしまうと脅されれば否応にも急ごうとする。だが、目当ての宿がスイールにはあるようで、脇目も振らず三人を引っ張り歩き出した。


「前にお世話になった宿があってね。これからそこに向かうんだけど」


 スイール達は港から十分ほどあるいて、目的の宿に到着した。


”ホテル=フェルアモント”。この旅行で泊まる宿の名前だ。


「なかなか立派なホテルじゃないか、スイール。よくこんな所、知ってたね」


 ホテルの前についてシスターが喜びの声をスイールに向ける。外観は普通の三階建てのホテルであるが、エントランスから見えるロビーを一目見て”変り者”のスイールから想像が出来ない上等なホテルだと感じたのだ。

 この男の事だからお金をケチって、もっと殺風景な、人も寄り付かない宿を取るのだと予想していたからだ。


「昔、旅行でアニパレに寄った友人に教えてもらったのですよ。あれから変わってないとよいのですが。入り口の前で(たむろ)していても営業妨害ですから、入ってから食事に出かけましょう」

「「さんせ~い!!」」


 食事と聞き、子供らしい返事をする二人。船内で食べた食事もなかなかであったはずだが、海の幸をふんだんに使った食事が楽しみなのだろうと、別段気にする事もせずにホテルへと入って行った。


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」


 エントランスを潜りロビーに入ると、案内の女性が声を掛けてきて、フロントへと案内して行った。

 見た目はそんなに広くないロビーで案内が必要とは思わなかったが、これもサービスの一環なのだろうと、にっこりと笑顔で返した。


「えっと、四人で予約したスイールと申します」

「はい、承っています。こちらで受付をお願いします」


 旅行を思い立った時に直ぐに予約の手紙を送っていたので、すんなりと五泊六日の宿泊で手続きが終わり、部屋の鍵を渡された。

 部屋は三階の真ん中あたりの部屋だった。


「この部屋だな。上がるのは面倒だが、窓からの見晴らしは良いから我慢だな」


 三〇五と記載のあるドアを潜り部屋へと入って行く。

 ホテルの主要設備、水回りやフロント、食堂等は一階に集まっているので、高い階の方が利便性に劣り、料金が少し安い。それでも、窓から街の景色が一望できるので、部屋は悪くなかった。


「「わぁ~、見晴らしいい~!!」」


 部屋に入り、太陽の光が消えた街の風景を見た二人が嬉しそうに声を上げている。その後、部屋のベッドに飛び乗りトランポリンで遊ぶかのように”ポンポン”と飛び跳ねているのだが……。


「こらー!ベッドで遊ぶな!!」


 スイールはまだ子供だなと微笑ましく眺めていたが、シスターはお気に召さなかったのか、子供二人を一喝していた。喜びのあまり周りが見えていない子供だなと、当然の結果にスイールは頷くのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 初めての旅行でテンションが高い子供二人。何時もの時間よりも早くに目が覚めベッドから這い出そうとしていた。

 だが、それよりもスイールの起きた時間は早く、同じくらいシスターも早かった。

 結果的に起こされないだけの朝となったのである。


 二日目の予定は街の観光を予定していた。

 さっと朝食を済ませると、観光ガイドに載っているアニパレならではの場所を目指す。


 アニパレもそうだが、大きな街には循環馬車が走っていて、この街であれば一周一時間程で回っている。


 まずはと、循環馬車に乗り海辺の民間建造ドックへ向かう。

 王立建造ドックもあるのだが、そこは軍船を主に作っており、軍事機密のため、関係者以外は立ち入り禁止となっている。

 うっかり入って捕まると、一年くらい牢に入れられてしまうほど厳しいのだ。


 その建造ドックの周りにはお土産の小物や船の模型などが売られて、観光客でにぎわっていた。


 ドックで建造している船は、貴族が別の大陸に向かうために発注しているらしく、全長百五十メートルもある大型船だった。

 船体が完成し、内装工事と備え付けの家具が運び入れられている最中だった。


「わぁ~。あんな船乗って、旅行してみた~い」


 船旅に憧れているのか、ヒルダが声を上げて羨ましがっている


「船酔いしてるようじゃ、まだ早いね!」


 シスターの鋭いツッコミがヒルダに飛ぶと、河下りでも船酔いしていたと眉目を下げてシスターを睨んでいた。


 その後は、循環馬車で買い物エリアに移動。

 店舗の他に、食べ歩きの屋台も出ていて観光客以外にもたくさんの人でにぎわっていた。その中をよく見ると、カフェなどで休憩しているのは男性が多く、買い物をしている女性を待っている様だった。


 その例に漏れず、買い物を楽しんでいるのはシスターとヒルダの女性二人だ。スイールとエゼルバルドはオープンカフェに座り、その帰りをのんびりと待つのであった。


 買い物から帰ってきたヒルダはエゼルバルドを見ては辛辣に言葉を投げかける。


「いい事。男は女をエスコートするのが当たり前なのよ」


”ビシッ”とエゼルバルドに指を向けて、言い放つ辺りがおしゃまな女の子と言ったところだろうか?


 その後もぶらぶらと散策し、夕暮れ時に宿付近のレストランで食事を取る。海の幸がふんだんに使われている食事で舌鼓を打ち、満足してレストランを後にすると……。


「あれ?」


 特徴ある武器(ポールアックス)を担いで歩いている人をスイールが見つけて声を掛けた。


「もしも~し、ヴルフさんじゃありませんか?」

「ん、この声は?」


 突然呼ばれた声に驚き足を止めて声の主をキョロキョロと見渡すと、見た事がある三人が目に入ってきた。


「おぉ~、ブールの街のスイール殿か、久しぶりだな。それにエゼル君にヒルダの嬢ちゃんだな?大きくなったなぁ。で、なんでここにいるんじゃ?」


 懐かしい顔ぶれにヴルフは嬉しそうに言葉を返した。


「旅行ですよ。この二人に別の街を見せたくてね。あ、こちらはエゼルバルドがお世話になってる教会のシスター。シスターは孤児院の副院長です」

「初めまして。ヴルフ=カーティスだ。よろしく」

「ほう、お前さんがヴルフか。こちらこそよろしく」


 久しぶりの再開に、和気あいあいと立ち話が始るのであった……。


「ここでは通行人に邪魔ですから、そこらへんに入りましょうか。」


 通行人の邪魔になると、スイールは近くのオープンカフェに移動をする事にした。

 だが、ヒルダだけがふくれっ面で怒っていたのである。


「なんで私だけ”嬢ちゃん”なのよ!!」


 一人だけ特別扱いされると怒りたくなる年ごろなのであった。




 カフェに入り、軽食がテーブルに並ぶと、ようやく話が進みだした。


「私たちは旅行ですけど、ヴルフさんは何をしているのですか?」


 珍しい紅茶を飲みながら、スイールは率直に疑問を口にした。

 棒状戦斧(ポールアックス)や剣を手にしているので、何かの討伐関係だとは感じていたのだが……。


「近くに熊の怪物が出たそうで、それを探している。今日で三日目なんじゃよ。明日が最終日で討伐できるか、ってな。本来、熊の怪物はこの近辺には出没しないのだが、なぜ居るのか、その調査も兼ねてだな。それとは別にもう一つ依頼を受けてるんだが、それは明後日だな」

「スイール、その熊の怪物見に行きたい」

「わたしも~」


 熊の怪物に子供二人が興味を持って食いついて来た。だが、旅行中であり、社会見学も兼ねているので早々に許可は出来ない。

 それに、スイールは知っていた、熊の怪物はかなり凶暴で、生半可な装備では役に立たないと。


「ダメです!街中見学が先です」

「そう、ダメダメ!!」


 スイールとシスターは口を尖らせて二人に許可できないと口にする。


「「え~!!」」

「え~、じゃ無い!今回は危険すぎるから連れていけないぞ。もし、討伐出来たら、熊の革でも持ってきてやる」


 さすがのヴルフも、子供二人を連れて行くには危険が高すぎると同行は断った。


「だがな、明後日の予定なら一緒に来てもいいぞ。面白そうなところの調査だからな」


 熊の討伐には許可できないが、もう一つの依頼には同行しても良いだろうと提案をして見た。それとなくスイールの方を見れば、軽く頷いていてそっちの依頼で我慢する様にと子供二人は取った様だ。


「熊、見たかったんだけどな~」

「でも、その他の場所には連れて行ってくれるって。それも楽しそうじゃん」


 子供達は連れて行って貰えると嬉しそうに椅子の上で喜んでいた。


「私たちはホテル=フェルアモントの三〇五に泊まっています。明日、帰りがけに寄っていただけますか?」


 スイールが事前の打ち合わせをしたいと提案をすると、ヴルフは二つ返事で返した。

 その後、軽食がテーブルの上から無くなると、スイール達とヴルフはそこで別れ、それぞれの宿へと帰って行ったのである。

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