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第十一話 アドネ領軍、再び出陣す

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    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 カタナの街にアドネ領軍が姿を現して十日後まで時間は進む。アルビヌムの街へ土埃や泥にまみれたカタナ領主、ヴィクトル=ブリオン侯爵がわずかな手勢と供に姿を現していた。

 付き添い従う者達も同じように土埃や泥にまみれて、無事だった者は一人もいなかった。幸いなのは大きな怪我を負った者がいなかった事だろう。食べる物を満足に口にできる環境でもなかった様で、僅かな日数で頬が痩せこけて見えた。


「何だと!カタナ領主が落ち延びてきただと」


 アルビヌム領主、【ジョエル=ルイーゾ】侯爵が声を荒げて叫んだのは、今まさに、カタナの街へ援軍を送り出そうと軍勢を整列させて訓示を読み上げようとした時であった。


 集まった五千の軍勢の真ん中から海が割れるかのごとく左右に割かれ、その中をジョエル侯爵の前へと頼りない足で進みゆく姿に、兵士達は動揺を露わにしていた。


 東のアルバルト国の備えの為に情報網を構築し、更に予備兵の動員数がアーラス神聖教国で上位に来るカタナの街がこんなに早く落とされるとは考えも見ていなかった。


「奴らは正面からの攻撃を陽動に、我等の虚を突き搦め手から街へ侵入して城門を開いたのだ。そこから数千の兵士が街の中へ流れ込み要所要所を占領していった」


 疲れ果てたカタナ領主のヴィクトル侯爵に変わり、革鎧を着た従者が悔しそうに言葉を(つぐ)んだ。




 カタナの街に現れたアドネ領軍は水掘り代わりの河を前に、西の正門に軍勢を集めていた。カタナ守備隊は二千の常備軍と千の予備兵の計三千で防壁の上から見下ろすしてカタナの街を守り、配置についていた。


 アドネ領軍はセオリー通りに守備隊の守る門へと殺到するが、当然の事ながら門を破るには兵力が足らない。幾度も門を突破すべく攻撃を仕掛けるが、その度にアドネ領軍を追い払いカタナ守備隊の士気は否応にも上がり続けた。


 上がり続けた士気は徐々にその性質を変質させ、慢心へと変わって行った。そう、カタナ守備隊はアドネ領軍を見下(みくだ)すように攻撃を始め、全員が手を抜く様になっていった。これが四日目の事である。


 こうなってしまっては守備に穴が開く事は誰の目にも明らかになり、見張りも疎かになりがちだった。戦争において慢心や絶対的な自信は、敵に足元をすくわれる原因になりやすい。これは過去の戦争を見てもそうであり、戦史研究を疎かにするものほど陥りやすいのだ。

 アドネ領軍はこの機を逃さず、温存していた戦力を投入し当初に定めた作戦を実施し始めた。


 寝静まる深夜、川の上流から夜陰に紛れ、いかだに乗った数十名の兵士が流れてきた。月明かりやランタンの光にさらされないよう、紺色の布をかぶっていた為、誰にも見つからずに河を下ることが出来た。

 そして、カタナの街を調べていたアドネ領軍は、その弱点でもある河に流れ出る街の排水の出口から音も無く侵入して行き、カタナの街へと侵入していった。


 ここまでくればその後は明らかで、固く閉ざされていた重厚な門はあっと言う間に開かれ、アドネ領軍がカタナの街へと雪崩れ込んでいった。


 アドネ領軍が侵入した門はカタナの街で一番小さく、人の通れる量は一番少ない事が、カタナ領主ヴィクトル侯爵を逃がす要因となったのは皮肉である。

 カタナの街に騒ぎが起き、すぐに逃げ出したヴィクトル侯爵は着替えもままならず、服と鎧を手に逃げ回った。そして、なんとか南の門をわずかな手勢と共に逃げ出すと、後ろも振り向かず一直線にアルビヌム方面と案内板が指し示す方向へと馬を走らせた。


 それから、夜が明け馬が走れなくなり、従者に添われてアルビヌムの街へとたどり着いた。




 アドネ領軍の作戦とカタナの街の陥落を聞いたアルビヌム領主のジョエル侯爵は援軍を送る事を諦め、街の守備を固める決意をするとともに他の街や聖都へ、カタナ陥落の報と援軍の要請を送るのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 進んでしまった時を少し戻して、ここはアドネの街から南方のとある場所。時はアドネ領軍がカタナの街の攻撃を開始して次の日までさかのぼる。

 たった二千、しかも戦闘に参加したのは千五百にも満たないアドネ領軍の攻撃を受け、敗走中のアレクシス伯爵旗下の二千弱の解放軍の農民達、いや、兵士達は混乱の渦に巻き込まれていた。


 それにはいくつか要因があったが、一つの要因に行軍の後方より旗印の無い一団が現れた事であった。軍隊においてその塊がどの陣営に属しているかは重要で、彼我の見極めや行動状況の確認など多岐にわたる。

 特にこのような行軍時に自らの所属を明らかにしていなければ攻撃されたり、敵とみなされたりするなど不利益を被る。


 だが、この一団には旗を掲げられない理由があった。


「何をしている、怪我人を早くいかせろ!俺達がここを守るんだ」


 どこからともかく大声をあげて現れた大男が周りを叱咤する。せっかく逃げてきたのにこんな所で全滅してなるものかと、誰も声を上げないこの状況で孤軍奮闘する。頼みの綱だった貴族達は、”自分等が生き残らなければ何にもならない”と真っ先に逃げ出し、陣頭に立つ者達は皆無だった。


「武器を持っている者はここを死に時と思え!逃げる者を守るのだ!」


 名も無い男の声に呼応した百人程の男達が、彼を中心に薄い陣を敷き、迫り来る軍団を待ち構える。たった百人でこんな場所を死守する事は無理であろう。だが、この場で少しでも時間を稼ぐ事が出来れば先を急ぐ者達が一人でも拠点に逃げ込める、それこそが彼等の思いであった。


 ここが死に場所だと震える足を押さえつけながら武器を構えているその前に、声を高らかに上げながらただ一騎、馬を走らせてきた。


「攻撃をお止めください、こちらはアルベルト様の率いるお味方でございます」


 その男が話すには、あの一団は同じアドネ解放軍に所属するアルベルト=マキネン子爵の指揮する一団で、食糧等の物資を運んで来たのだと言う。確かにその一団の先頭に立つ男は身なりも立派で、力仕事をしていない体付きである事から貴族であろうことはわかるのだが、それを確かめる術を持っていなかった。


 名もない男は馬に乗った者にその旨を伝えるのだが、それに文句も言わずにただ一騎、先を急ぐアレクシス=ブールデ伯爵の下へと馬を走らせるのであった。


 本来であればこの場に留めておくことが望ましいのだが、伝令の役を貰っているからなのか、武器らしい武器を持っていなかったために、彼を素通りさせた。

 それに追加するならば、先の砦での戦いの後の言動や指揮を見ており、アレクシス伯爵をよく思っていなかったのだ。あの男は口では上手い事を言うが、行動と結びついておらず、上に立つ資格を失っていると感じていたためだ。


 それはともかく、この場で睨み合っていても事態が好転する事は無いとみて、一定の距離を取りつつ付いてくる事を提案した。


「無礼な奴らだ」

「誰のおかげで戦えると思っているのか!」

「援軍と信じられないのか!」


 その一団からは様々な罵声を浴びせる者達が多数現れ、一触即発の状態となりかけたが、一団の長、アルベルト=マキネン子爵だけは少し考えた後に、その提案を了承し一定の距離を空けると約束した。


 反対した者達は短絡的な考えで、”農民共は支配されるべき”、との貴族特有の考えの持ち主であった。

 アルベルト=マキネン子爵はここで言い争いなどするべきではなく、先を急ぎたいと思ったのである。

 先を急ぎたい理由はただ単に早く休みたいからであったのだが、傍から見れば、無駄に争わない話の分かる指導者だと思われてしまったことは、本人の知られざる事であった。




 アルベルト=マキネン子爵の一団が一定の距離を空けて進み始めてからしばらく経って、先を急いでいたアレクシス=ブールデ伯爵の下へ走って行った者が、アレクシス伯爵の部下を連れて戻ってきた。


 それには援軍の感謝とアドネ解放軍の旗を渡す事と、それが遅くなったお詫びだった。アドネ解放軍の旗が掲げられると、ようやく殿を担っていた者達と合流する事ができ、百前後であった人数が二百超の殿と四百の補給部隊で行軍する事になった。


 それからは多少の脱落者は出したものの、大きなトラブルもなくルカンヌ共和国の国境に近い、河側の廃砦に逃げ込むことが出来たのである。

 九月十五日の事であった。




 その廃砦に逃げ込んですぐの事である。アルベルト=マキネン子爵の一団をむやみに通さず離れた場所へ留めた指揮を高く評価され、名もない男、--名をヒポトリュロスと農民にしては立派な名を持つ彼は、兵士長として彼と共に動いた百人ともう百人を合わせた二百人を指揮する事になったのである。


 その後、廃砦では兵員の割り当てと隊の割り当てが行われ、その砦を守備していて五百名と逃れてきた二千名、そしてアルベルト=マキネン子爵の率いた五百の合計三千が細かく分けられた。

 その隊分けで、グローリアとヴルフは外部からの参加ではあったが、騎士や元騎士の経験を買われ、二百人を率いる兵士長の任に付くことになった。グローリアの下にエゼルバルドとヒルダが、ヴルフの下にスイールとアイリーンが配置され、共に動く事になった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 そこから時は少し進み、九月二十一日アドネの街である。


 五日ほど前にアドネ解放軍と称する反乱軍を撃破したアドネ領軍第二隊と共にミルカ、ヴェラ、そしてファニー率いる二千の軍が戻り、英気を養っていた。

 そして、この日、アドネの街の北東にある、カタナの街を陥落させたジェラルド=ナイト侯爵の率いる第一隊の八千の内、二千がアドネの街へ帰着した。


 ミルカの放った偵察隊の情報によればアドネの街から川沿いにまっすぐ南に進んだ廃砦に敗走した反乱軍がおおよそ三千の数で籠っているともたらされていた。そのため、ミルカに再度出兵の指揮を執らせようとしていたが、アドネの守りを無くす訳にもいかず、カタナに向かった第一隊の戻りを待っていたのである。


「ミルカよ、お前の事だから三千の兵があれば反乱軍など蹴散らすのは容易であろうな」


 アドネ領主、アンテロ=フオールマン侯爵は厳しい顔をして、目の前で畏まる男を見ながら口を開いた。

 当初の予定であれば、反乱軍を壊滅させた第二隊とカタナに向かった八千の第一隊を合わせてアルビヌムを攻略するはずであったが、反乱軍の勢力を削いだとは言えアドネの街の南方に陣取っているために二正面作戦を取らざるを得ない状況を作り出され、やむなく反乱軍を討つことにしたのだ。


 ミルカは初戦で反乱軍の兵力を四分の一まで減らしたにもかかわらず、烏合の衆を散り散りにしただけであり、旗印の貴族を討ってはいなかった。そして、偵察を向かわせた先で、健在な貴族が兵力を集中させ、そして兵員の配分を行っていたと知った。

 兵員の配分を行ったとあれば、農民であったとしても組織だった行動を起こし易くなり、攻撃にも撤退にも前のような圧倒的な力を出す事は難しくなる。

 ただ、農民の集まりであるために偵察などは苦手であろうと予測はしていた。


「先の廃砦での初戦と比べれば少しは手ごわくなると予想はしておりますが、同数の兵士があれば落とすことは容易いでしょう」


 とは言ったものの、ミルカには一つだけ不安材料があった。それはミルカが率いた第二隊ではなく、戻ってきた第一隊にある。


 第二隊二千は五日ほど前に戻り英気を養っていたが、追加の千は戻ってきた第一隊から半数を割いて貰うことになっていた。今日帰ってきたばかりの兵士を明日にも出発させなければならないために英気を養う時間が取れないのだ。

 疲れたまま五日の行軍を強いれば、動きは遅くなり、意識は散漫になりかねない。


 敵のほとんどが農民であれば、その事に気が付くことは無いと思うが、万が一を思えば一日二日は兵士達を休ませておきたいと進言したのである。


「ミルカも心配性であるな。当初の予定通りではなくなってしまったのが少々痛いがな」


 アンテロ=フオールマン侯爵は髭もないのにあごをいじりながらミルカの心配そうな顔を覗き見た。アルビヌムへ向かうことが出来ない今はミルカの心配もわからないでもないが、その心配を少しでも埋めようと一つ土産を持たすことにした。


「そんなお前には、あれを同行させる許可を与えよう。それなら心配事も少なくなるであろう」

「あ、あれをですか!実践に投入してしまってよろしいのですか」


 ミルカもそうであったが、一緒にいた、ヴェラやファニーも驚きを隠せなかった。


「そうだ。何か問題でもあるか?」

「実践に投入するのはまだ早すぎます」

「集団ではまだ成果は出ていませんが!」


 アンテロ=フオールマン侯爵の言葉に反論をしたのはミルカではなくヴェラとファニーの女騎士二人であった。

 数体を使った実験では成果上げているが、今ある数を全て投入した実験はまだ結果が出ておらず、上手くいく確証もない。


「実験せずに使うのはわかるが、宝をいつまでも持っているだけなのも勿体無いだろう。剣は使ってこそ剣である。それに、今投入しなくて、いつ投入するのだ?」


 確かにある程度の成果を上げている()()を投入しないで腐らせるわけにもいかない事はわかる。それに食糧もただ与えているだけになっている。であれば、集団で使えるかを実験するにはもってこいの相手ではないか、と。

 実戦に投入するのではなく、集団で扱えるかの実験をするのであれば問題ないだろう、と侯爵は二人に命じた。


「わかりました。実験体の百体をお預かりいたします」

「うむ、任せたぞ」


 ミルカの畏まった礼を見て、満足気に返すアンテロ=フオールマン侯爵。




 そして、翌日、ミルカの率いる三千のアドネ領軍と身長二メートルの大柄な体を持つ百体の紺色の鎧を着た特殊兵と称した実験体は、アドネの街を出発し、南にある解放軍と名乗る農民たちが籠る廃砦へ向け、行軍を開始するのであった。

いつも拙作”Labyrinth&Lords”をお読みいただきありがとうございます。


気を付けていますが、誤字脱字を見つけた際には感想などで指摘していただくとありがたいです。あと、”小説家になろう”にログインし、ブックマークを登録していただくと励みになります。また、感想等も随時お受けしております。


これからも、拙作”Labyrinth&Lords”をよろしくお願いします。

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