第十話 敗走の反乱軍と波に乗るアドネ領軍
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すんません、副題変えました
朽ち果て行く砦の南西門近く、うず高く積まれてゆく人の成れの果て、数千にも及ぶ人の死体が、今燃え上がらんとしている。アドネ領内で平穏に生き、生活していた人々は何を思い描いていたのか、今は誰も知る由もない。だが一つだけ確かなのは、この先もいつも通りの生活をして平穏に、そして平和が続く事を夢見ていたに違いない。
千程度のアドネ領軍が集めた人の山に、魔術師の魔法が放たれる。十五人の魔術師の炎はすぐさまその山を包み込み、”ゴウゴウ”と轟音を辺りに撒き散らしながら炎が天を焦がしてゆく。
その炎は青白くなり、いつしか朽ちてゆく砦の壁をも焦がし始め、そして力を無くした石壁が崩れゆき、壁は力を失って行った。
「皆の者ご苦労であった。初日にこれだけの戦果を上げることが出来たのも、お前達の働きによるものだ。陣地を作っている者達もそうだが、力を貸してくれて感謝する」
燃え盛る劫火を前にして、共に戦った兵士達に慰労の言葉を投げかける。ミルカの鍛えた兵士は当然の事をしたまでだと冷静に言葉に耳を傾け、そして歓喜の声援を上げる。
「この砦はもう使い物にならない。そろそろ陣地も出来上がる頃であろう、移動を開始する」
南西の門付近は反乱軍の戦死者を燃やす炎で、そして食糧貯蔵庫もうず高く積まれた食糧や武具を燃やす炎が、それぞれ周辺まで燃やし尽くし、そして北の崩れかけていた壁も魔術師の一斉攻撃を受け破壊され、廃砦は完全に機能を失ったのだ。
そのような場所に兵士達を置く事は出来ぬと、設営した陣地へ引き返すのであった。
日が暮れる一時間ほど前になり、ミルカを大将として砦を攻撃した部隊は、出陣した陣地へと全員が無事に戻ってきた。そして、少し時間が早いが、陣地の中では戦勝の祝いとして、いつもよりも豪華な食事が準備されつつあった。
この時ばかりは事前に用意してあったワインを兵士たちに振る舞うことも出来、兵士たちは皆喜んでいた。その中で、ミルカとヴェラ、そしてファニーの三人は大将のテントに籠り、次なる行動の指針を練っていた。
「我々は戦火を上げたのでアドネへ戻るのだが、反乱軍の行き先を調べねばならん。偵察の者は出す事は決定だが、他に気になった事があれば申してみよ」
ミルカの問いにヴェラとファニーは”う~ん”と頭を捻って悩んでいた。とは言え、二人とも話す事は決まっていたが、それ以外に気になった事を探していたのだが。
「そうですね。事前にわかっていた事ですが、敵は訓練がされていない事と命令系統がはっきりとしない事でしょうか」
「それは私も感じました。ただ単に人が集まり、勝手に武器を扱っていた、全体がそう感じました」
ヴェラとファニーの二人が、ミルカと同じことを感じていたと思うと笑みが自然と浮かぶのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ミルカが部下の成長を実感しているちょうどその頃、アレクシス伯爵は砦から逃げ出した領民を纏めて南東へと進路を取り、追撃に怯えながら足を動かしていた。先ずは河に出てその後、南西へと向かう為に。
食糧も無く武器も満足に無い今は、早く移動し次なる拠点へと逃げ込まなければならぬと焦りが募るばかりだった。
アレクシス伯爵の気持ちとはうらはらに行軍速度は上がらず、”のそのそ”と亀が歩むが如くの重い足取りをしていた。これでは行軍速度は上がらず、すぐに追っ手に追いつかれると冷や汗をかきつづけるしかなかった。
だが、アレクシス伯爵が冷や汗をかきつつ行軍の指揮を執っていたが、日没を迎える頃に至っても追っ手は現れず、アドネ領軍は追撃を諦めたと、安堵の表情を浮かべる。もし、ここまでに追っ手が現れ攻撃を受けていれば、アレクシス伯爵共々討死をしていた事であろうし、アドネ領を農民達の手で取り戻すなど、夢のまた夢となってしまったであろう。だが、アドネ領軍は夜が訪れても現れず、追撃を諦めたとの結論付けた。
実際はアドネの街自体の守備隊が殆ど出払ってしまい、千人ほどの領民が襲い掛かっただけで陥落していたのであるが、誰もがその事実を知らなかった。その為、ミルカのアドネ領軍第二隊は反乱軍を打ち破り、行く先を見据えたら、アドネの街へ速やかに帰還する旨を申し受けていたのだ。
つまりは、当初の作戦通りである。
アレクシス伯爵の与り知らぬ場所での出来事で、九死に一生を得ていた領民、いわゆる敗走している解放軍は、ほとんどの物資が無いまま拾い集めた木々を燃やし何とか野営を行っていた。
食糧も乏しく、弱った軍隊であっても二千人近い集団を襲い来る動物もおらず、食糧が枯渇しはじめ、徐々に衰弱してゆく。狩りに出ようとも昼から何も食さず、力を発揮できる者もいない。ただ、自らの魔法で作り出された水で喉を潤す事だけが今できる事であった。
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「アレクシス伯爵の部隊が攻撃を受けただと?幾らなんでも攻撃が速過ぎる」
ヴルフやグローリア達が所属しているアルベルト元子爵の元へ、その報告が届いたのは翌日の朝の事であった。数名のアドネ領民が戦いのあった元砦から這う這うの体で逃げて、酷い格好で姿を現したのだ。
着ている服はボロボロ、黒い汚れは焼かれた煤、何処を抜けてきたのか手足は切り傷で痛々しい。今にも倒れそうに目の下には隈が現れ、眠れぬ夜を過ごしたのだろう。
最低限、必要な事を聞き出した後はたどり着いた者達を休ませて食事を与えた。その者達の恰好から食糧などを持ちだす時間など無く、全ての物資が欠乏しているとアルベルト元子爵は考え、備蓄してある物資を持ち合流すべきか悩んでいた。
ただ、アレクシス伯爵の向かう先はもう一つの南の拠点、川向うの廃砦である可能性が高いと、この村に逃げて来た者達も話してした。川向うの廃砦にたどり着ければ食料の悩みは回避される事は見えていたために悩ましいと感じていた。
もう一つ、アルベルト元子爵、いや、彼等には懸念しなければならなくなった事がある。逃げて来た者達の話しによれば、アレクシス伯爵の指揮する解放軍へ攻めて来たアドネ領軍は、たったの千人強であったのだと。数の上では解放軍が優勢だったが、攻め手の千人にいいようにやられ、手も足も出なかったのだと。
そこに同じような構成のアルベルト元子爵の部隊を足しても焼け石に水ではないかと考えてしまっていた。
だが、別の考えもあった。少なくなった人部隊の数をそのままにしておけば、主力部隊が撃破された後は、この村が攻撃目標となり、守る事も出来ず解放軍は壊滅してしまうだろう、と。その前に最低限の人員を残して食料を守り、動ける者達を合流させて部隊を集中させた方が良いのではないか、と。
逃げて合流した者達が百人以上いるこの状況では、この村もアドネ領軍に何時かは知られてしまうだろうと、アルベルト元子爵は腹の内を決めたのだ。
「ここを守っていても、本隊が無くなれば全てが無に帰してしまうだろう。最低限の守りを置き、食料などを積み込んで本隊と合流する。昼までに準備を整えさせよ」
側近達に命令を伝え、自らも移動の準備を始めた所で忘れていたともう一つだけ事がを伝える。
「一つ忘れていた。食糧などの物資の積み込みを訓練の延長とせよ」
「そうすると、グローリア殿に指揮を任せるのですか?」
「そうだ。何か問題でもあるか?」
勢いよく出て行こうとした側近がドアの前で止まり、困惑した顔でアルベルト元子爵がを見つめる。
一日、二日で、部隊の行動が改善されるわけがなく、引き続きの訓練が必要だと感じたからこその指示であった。アルベルト元子爵はグローリアが訓練を始めてから、すぐの兵士達を見ていた印象であった。
グローリアとヴルフの訓練は一段高い場所で指揮を執り、同じ動きを全員で行わさせるだけであった。簡単な旗振りを太鼓の音に合わせるだけの訓練だったが、アルベルト元子爵初めに目にしていたのは、バラバラに動く兵士達の姿であった。
だから、訓練も半ばとあまり期待していなかったのだ。
まともな動きなどすぐにできる訳ないと愚痴を漏らしていた事を側近達は知っていたので任せても良いのかとの疑問が起きたのだ。
「物資の積み込みを訓練の延長とさせるのであれば宜しいかと。ですが、それ以上ですと……」
その側近は言葉を途中まで出すが、その後は言葉を濁した。
「指揮は訓練のみだ。ほら、命令を伝えに行け。命令を伝えるのも訓練の一環だぞ」
「はい、畏まりました」
アルベルト元子爵の命令を受け、外へと飛び出して行った。この後、アルベルト元子爵達は思いもよらない光景に目を白黒させるのであった。
アルベルト元子爵が命令を出してからわずか二時間後、まだ昼にもならない時間に物資の積み込みは完了し、いつでも出発できるとの報告が届いた。てっきり昼頃に這う這うの体で作業している者達を叱咤するのだろうと高を括っていたが、良い意味で裏切られたのだ。
作業の効率化はグローリア達の訓練のたまものなのだが、僅か五日の間に集団行動の大切さを、疲れ果てるまで行わせた結果でもあった。簡単に言うと、厳しい訓練を行うよりも物資の積み込みを早く終わらせれば、それだけ体を休ませることが出来るとの甘い言葉が効果的に効いたのだ。それに付け加え、厳しい訓練をわずか五日だが終えた事で妙な連帯感が生まれた事も付け加えておく。
「こんなに早くだ終わらせるだと?一体どんな訓練をしていたのか……」
アルベルト元子爵の驚きは、報告を聞いた後もしばらく続いていた。側近たちも当然、同じように驚きを隠せなかった。
そして、グローリアに鍛えられた領民、もう軍隊と呼んで良い程に鍛えられた者達は昼食を食べるまでたっぷりと体を休め、その後、アルベルト元子爵の号令の下、補給物資を積んだ荷車を引きながら拠点となっていた村を出発するのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
少しばかり時間はさかのぼって、前日の夕方の事である。アドネ解放軍のアレクシス伯爵が砦から逃げ出し、早めの野営の準備を行おうとした同じ時刻の出来事である。
アドネの街から北東に百数十キロに位置するアーラス神聖教国、最北の街、カタナの近郊にアドネ領軍の第一隊が姿を見せていた。
こちらはミルカの部隊と違い、都市を攻め落とすための部隊として合計八千の兵士を要していた。そして、対するカタナ領を守る兵士はたったの二千で、常備軍としてはこれが精一杯だった。アドネ領が不穏な動きをしていると噂に聞いていたが、まさか同じ国の中で争う事は無いだろうと、噂を無視していたツケをここで払う事になるとは思いもよらなかった。
アドネの街から聖都方向には都市は無く、次の街まで数百キロ離れている。自国内で一番近いのは北東に位置するカタナで、その次は東に向かって二百キロほどのアルビヌムである。
その次となれば、自国内よりも南西にあるルカンヌ共和国のノーランドであったり、北北西のベルグホルム連合公国のエーデンブルグが近い。
他国への侵攻をするのであれば各都市に存在する兵力、一万数千程度では話にならず、最低でも十万単位の兵力が必要になる。
それを考えた上で、不穏な噂を耳に入れた時に多少でも守備隊の人員を増やしておけばこの様な状況に陥らずに済んだはずだった。
結果論であるが、この大陸、グレンゴリア大陸での戦乱は常に西側のディスポラ帝国とスフミ=トルニア王国連合軍の間で起こっていた為、東側のアーラス神聖教国等では戦争そのものに対する危機感が薄いのだ。
実はカタナ領で対応が遅れた事はもう一つ理由があった。北西に国境を接するアルバルト国への対応の為だ。このカタナはアーラス神聖教国、最北の都市との名前の他に、アルバルト国からの守りの為の都市でもあった。偵察部隊は常に北から北東方向へ出向いて情報を収集しているため、その他の情報が集まりにくい傾向になっている。
「城門を閉じよ。今ある者だけでまずは守りを固めよ。そして街中にいる領軍予備兵を招集せよ」
カタナを預かる、【ヴィクトル=ブリオン】侯爵は、先ずは守備固めと守備兵の増員の指示と、至極まっとうな命令を出したが、守備固めはともかく予備兵の招集は芳しくなかった。
招集に応じた予備兵はわずかに千人。現状の二千人と合わせても三千人だけで、敵の補給部隊の数を除いてもまだ倍も差があった。
そしてもう一つ、カタナ領主のヴィクトル侯爵は手を打った。
「アルビヌムへ援軍の要請をするのだ。伝令の兵士をすぐに出立させろ。高速鳥も夜明けと共に送り出すのだ」
守りが強固なカタナとは言え、三千の守備兵ではいつまで持ち堪えられるかわからずにいたため、早急に援軍の依頼を送ろうとしたのだ。だが、隣のアルビヌムまでは百数十キロ、日没前に伝令の兵士が出発したとしても、馬を潰す勢いで走り抜ける距離でもなく、最低でも一日半は見ないといけない。そこから援軍の準備をしてカタナへ到着するには最低でも七日は見なくてはいけないだろう。
後は守備隊が何処まで頑張ってくれるか、それだけが頼みの綱であると、アーラスの神に祈るのであった。
いつも拙作”Labyrinth&Lords”をお読みいただきありがとうございます。
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