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第二十七話 消えた剣と盾

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    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「今夜も暑いな。何もないと良いがな」

「ああ、だが気を抜くなよ。俺達の仕事はこれからだからな」


 二人の衛兵は、寝静まった夜中にオークション出品物の見張りで礼拝堂で警備を担当していた。夏の夜中は気温も下がらず、さらに警備の関係で礼拝堂の窓も開けられず、汗だくだった。鎧を脱ぐ事も出来ず、足元に水たまりができる程であった。傍らに置かれている水瓶からは瞬く間に水が無くなり、すぐに補給をしなければならない程だった。


 さすがの衛兵とは言え、この暑さに敵う訳も無く、一時間の見張りで交代できるとあれば、多少の文句だけで頑張れた。それに見張りの対象が、衛兵などしている身からすればいつかは持ちたいと憧れる装備品とわかれば、おのずとその身が引き締まる思いであった。


「こんな装備を何時かは持てるのかなぁ?」

「いやいや、お前じゃ無理だ。持つ事を許されるのは貴族だけだろう。あとは討伐した本人だけだ」

「俺達じゃ無理って事か」


 暑さを紛らわすための会話は小さい声で交わされ、他愛もない話だけが礼拝堂に流れている。男性の衛兵だけだったので、女性に聞かせられない様な話も飛び出し、徐々に大きくなる声に自らが驚き、急いで小声になる。

 アーラス教と言えどもその手の行為を禁止する事は無いが、規律では夜の店に行く事や不特定多数との関係を持つ事は禁止されている。その他にも、暴飲暴食を戒めたりしている。


「あ~、そろそろ水瓶の中身が無くなるから入れて来るわ」

「そんなに飲んだのか、俺達?」

「そうだろう、お前の足元を見ればわかるだろう。漏らしたみたいだぞ」

「お前だって同じだろうが」


 和気あいあいとしている中、衛兵の一人が水瓶を持ち礼拝堂から出て行った。それを見送る同僚は、点々と床に続く汗を見ながら、お互い大変な仕事をしているなと思うのであった。そして、水汲みから帰ってきたら、一言、お疲れ様と声を掛けてやろうと考えていた。


 ふっと気を抜いた瞬間である、礼拝堂に幾つか付けられていた壁掛けのランタンが”ふっ”と消えたのである。今までオレンジ色で弱く火が灯され、微かに見える程度であった礼拝堂に完全な闇が訪れたのである。


「何だ?なんでランタンの光がすべて消えるんだ?」


 微かでもあった光が消え真っ暗になれば、灯りに慣れていた目は機能を失い、一寸先も見通せなくなる。手探りで移動するにしても、ただ一つ鍵を解かれている出口に向かうしかなかった。衛兵は一人、文句を言いながら、足元を確かめる様に少しずつ移動を開始した。

 まず灯りのある場所へ、そう思いながら足を進めるが、ここは礼拝堂である。信徒が祈る場所が、ただ単に広い部屋になっている事は無く、長椅子が幾つも据え付けられている。衛兵はそこに足を引っかけ転び、背もたれに胸を強打し悶える。


 床で悶えながら、なぜ俺はこんな無様な格好をしているのだろうかと、自らに問うてみるが回答を得る事は無かった。椅子に手を添えながら立ち上がり、出口に向かって歩き出す。


 ”ミシッ”


 衛兵の後ろから、かすかな音が聞こえた。石畳の床に、厚手の敷物を敷いてあるこの場で、板がたわむ様な音が聞こえる無いだろうと、音の正体を確かめる事をしなかった。むしろ、気のせいであるとしたかったのだ。

 たとえ衛兵としてこの場にいたとしても、真っ暗になったこの場で一人でいるのだ。心細くなるのは当然だろう。同僚が戻ってくるにはまだ時間を要する。

 それにこの暗闇で振り向いたところで、目で確認する事は難しい。


 足を一歩、二歩と進めた所で首筋に冷たい感触が伝わった。それが何か確かめる事なく、その衛兵は暗闇の中でまた倒れ込んだ。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「おい、どうした。真っ暗じゃないか?」


 水を汲みに行った衛兵が戻ってきたが、礼拝堂が真っ暗だったため引き返し、灯りの点いたランタンを持って礼拝堂へと入った。真っ暗だった礼拝堂に少しばかりの灯りが入ると思いもよらない光景がその目に飛び込んで来た。


 同僚はどこかへ姿を消し、脇の入り口からかすかに見えていた彼らが守るべき剣と盾が消えていたのだ、飾りの台座を残して。

 誰が、何のために?もしかして俺と一緒に同僚がやったのか?


 無くなった剣と盾も気になるが、見えない同僚も気になると、ランタンの光を強くして礼拝堂を照らし出す。剣と盾の場所の近くには二つの水たまりがまだ残されていた。時間がそれほど経っていない証拠である。一つは自らが向かった出口に向かって点々と、もう一つは礼拝堂の椅子が並べられている方向へ向かって点々と続いていた。

 一つはランタンを持つ自らの物で、もう一つは一緒にいた同僚の汗だとすぐにわかった。それをたどって行くと、椅子の列と列の間に一緒にいた衛兵が倒れているところを発見した。


「なんだ、びっくりさせやがって。何隠れているんだ?」


 うつ伏せに倒れている同僚にランタンの光を足元から順番に頭へと光を当てて行く。足、脹脛、腿。そこまで来るとズボンが盛大に濡れているのが見え、汗で濡れているのだとこの暑さを呪う。

 そして、臀部、腰、背中と来て、革鎧の背中に赤い筋が垂れていた。その筋はうっすらと革に吸われて少しにじんでいた。首にランタンの光が当たると、握っていたランタンが命を与えられたかの様に暴れ、落としそうになった。

 もし、床に落下させれば、ランタンオイルが盛大に漏れ、オイルに火が移り、火災になっていたかもしれない。

 そこまで衛兵が動揺したのは、同僚の首にナイフが刺さり、ピクリとも動かず、倒れている事実をその目でしかと見てしまったからであった。


「クソッ!死んでいるのか?」


 守るべき剣と盾を失い、その上、同僚の命まで失ってしまった。罰は免れないとしても、この状況を早めに上の者に、そして、司教に伝えなければと、急いで礼拝堂を出て行くのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「隊長、隊長!起きてください。一大事です」


 この大聖堂を守るために組織されている衛兵のまとめ役の隊長を起こすべく、衛兵達が泊る部屋で声を掛けながら体をゆする。大声にたまらず隊長だけでなく聞こえた他の衛兵達も目を覚ます。

 衛兵とされているが、その実は信徒達の中で武器を扱った事のある者達を集めた集団である。隊長も基本的に飾りの様な存在で、信徒の中で一つ、上の位を持っているだけなのである。そのため寝ている場所も信徒と同じ様な場所が割り当てられている。唯一違うのは、武器や鎧を置くスペースが設けられており、他の信徒よりも部屋が広く作られている事だ。

 それに、大聖堂に一番近い場所があてがわれている事もあり、この隊長の元まで、邪魔される事なくすんなりとたどり着けるのだ。


「五月蠅いな、起きてるよ。事件か、こんな夜更けに」


 隊長は眠い目をシパシパとしながらも上体を起こすと、目の前で大声を出している衛兵に声を掛けた。


「事件です。礼拝堂に置いてある剣と盾が無くなり、同僚が殺されました!」


 それを聞いた隊長以下、全ての衛兵に衝撃が走り眠気を吹き飛ばしただけでなく、興奮や恐怖の状態へとなって行った。その中でも隊長だけは眠気を吹き飛ばしただけで冷静に聞き返していた。


「剣と盾が無くなって、お前の同僚が死んだのか?」

「はい、その通りです」


 少しだけ早く生まれただけで上の位を貰ったと思っていたが、自分の冷静さを見れば、隊長を拝命したのは間違いなかったと思えた。


「お前達、騒ぐな。それでもこの大聖堂を守る衛兵か?いつもの支度をして、それぞれランタンにオイルを入れて礼拝堂に集合だ。必ず二人一組で行動しろ。お前は私と同行だ。急げ!」


 隊長の檄に十数人が二段ベッドから一斉に跳ね起き、所狭しと着替えを始め、鎧を装備していく。騒ぎはどうしても大きくならざるを得ないだろうと予想するが、それよりも司教と副司教に事実を報告せねばなるまいと、急ぎ支度を終えると事実確認の為、礼拝堂へと向かった。




 隊長が礼拝堂に到着すると、先ずしたのは壁にかかるランタンすべてに火を灯す事であった。

 その内の一つが隊長、もう一つをとある衛兵に渡されると、ようやく礼拝堂の中を調べ始めることが出来た。そしてすぐに、信徒が座る長椅子と長椅子の間に、首にナイフが刺さり赤い血が流れきった同僚の姿を彼等は目にした。彼の澄ました顔をしており、歳半ばで凶刃に倒れたのは無念であろうが、苦痛に歪んだ顔でない事を思えば少しは、少しだけ安堵するのであった。


 そして、もう一つ、ランタンを見ていた一人が何かを発見し、隊長へと報告を擦るのである。


「隊長、ランタンに細工がしてあり、消える様に仕掛けられていました。礼拝堂が真っ暗だったのはこれが原因です」


 同僚の死体に目を奪われがちだが、それ以外にも重要な事柄が多数、隠されていたようだ。報告にもあったが一つがランタンに細工されていた事だ。もう一つがオークションに出品される剣と盾が無くなっている事。

 同僚の死体を合わせて三つを踏まえれば、次のような時系列が思い浮かぶ。

 まず、ランタンの火が消え暗闇になる。

 次にその場にいた邪魔な人を排除する。

 最後に剣と盾を奪い去る。

 この様な順序が考えられたのである。


 だが、剣と盾は何処へ消えたのか?この場から持ち去るのであれば正面の扉を通って外に出るしかない。他は控室や内部への通路のみだ。大聖堂裏門へ回るのであれば誰かに見られるはずだが、騒ぎがないと考えれば、今のところその考えは捨てて良いはず、と隊長は考えた。

 だが、それを考えた所でどうなる事でも無いと思い、この事実を司教と副司教に伝えるべく、調査続行の指示を出し、まずは副司教の部屋へと向かうのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 衛兵の隊長に呼ばれて礼拝堂に連れてこられた司教のロモロは、副司教と共にその現場を見て、青かった顔から血の気が一斉に引き、その場へ倒れ込んだ。


「何という事でしょうか。大司教に祈祷までしていただいた、大切な出品物が無くなるなんて」

「どうやって責任を取ればよいのでしょうか?」


 司教のロモロは気の毒なほどに生きる気力を失い、このままでは自らの命を絶ってしまうのではないかと思われるほどであった。それでも気丈に起こってしまった事を隠すよりも、事実は隠せないと大司教や作成者のダニエルに告げる事を選択した。

 だが、今は真夜中であり起こすか起こすまいかを考えるが、司教と副司教の二人は答えを見いだせないまま、時間だけが過ぎて行く。隊長はそんな二人を見ながら、一言、告げるのであった。


「幸いと言ってよいかは不明ですが、この大聖堂に大司教も、作成者の鍛冶師もいます。夜中ですが起こしてきた方が宜しいかもしれません。それで一刻も早く謝罪するのです。そうすればまだ対策も取りやすいかと存じます。また、このノルエガから持ち出すには夜明けを待たなければなりません。街の警吏官に協力を仰げば街から出発の際に見つかる可能性もあります。ご決断を!」


 青い顔をしている二人に決断を迫る。確かに目の前にいる隊長の言う事を迅速に行えば、見つかる可能性も高く、さらにそれ以上、言われる事も無いだろう。何事も早めに対策を取るべきだと司教達は考え、実行する事にした。


「よしわかった。副司教は大司教とダニエルさんを呼びに行ってくれ。隊長はノルエガの警吏官事務所へ大至急、人を向かわせるのだ。これ以上時間をかけてはこの身をもって謝罪せねばなくなる。急いでくれよ」

「わかりました」

「直ちに!」


 副司教と隊長は沈んだ雰囲気の中で、精一杯の声を出し、それぞれ与えられた仕事をするべくこの場より出て行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 大司教が寝ているこの部屋に、副司教が青い顔をして入っていたのはつい先程の話だ。祈祷を行い聖なる武器と防具へと昇華させたオークションの出品物が姿を消したと告げられた。

 それを聞いた大司教は内心でほくそ笑んだ。もう一つのベッドで寝ていた、信徒の姿をしている”黒の霧殺士”が仕事をしたのだと。生憎とまだ持ち出す事は出来ないが、手に入れる事は確定したも同然だった。


「仕事は上手く行ったようだな」

「無事に運んでいます。ただ、一つだけ。衛兵がその場にいたため一人殺してしまいました。予定では殺す予定は無かったのですが」

「それでもお主の姿は見られていないのであろう」

「ええ、後ろからざっくりといきましたから」

「それなら大丈夫だ」


 仕事の内容もさることながら、人を殺める事など何とも思っていない”黒の霧殺士”であれば、見れらぬ事など造作もないだろうと安心できる。だが、大聖堂には”黒の霧殺士”でさえ嫌う”神速の悪魔”が護衛対象と共に泊まっている。危険は冒すべきではないが、起こってしまった事は元に戻せないと、諦めるしかなかった。


 それはそれとして、今は大司教の地位を得ているのだ。この場は大司教の仕事をして、すんなりとこの街から出て仕舞おうと、夜明け前の暗い空を窓から覗くのであった。


いつも拙作”Labyrinth&Lords”をお読みいただきありがとうございます。


気を付けていますが、誤字脱字を見つけた際には感想などで指摘していただくとありがたいです。あと、”小説家になろう”にログインし、ブックマークを登録していただくと励みになります。また、感想等も随時お受けしております。


これからも、拙作”Labyrinth&Lords”をよろしくお願いします。

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