第十九話 鍛冶師の忘れたい過去と工房の調査
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公衆浴場を出て火照った体を手を団扇にして扇いで冷ましながら四人は歩いて行く。エゼルバルドは風呂に入っていないが、ヒルダにアイリーン、そしてダニエルからはほんのりと石けんの香りが漂ってくる。これなら、自分も風呂に入れば良かったと後悔するが、後の祭りであった。
その途中、食堂に入り遅い昼食を取り、世話になったエルワンの元へと四人は足を向けた。
「こんにちは。エルワンさんはいますか?」
お昼時が終わり、ぼちぼちと客が入り始める時間帯に四人はエルワンの店に入った。そこにはエルワン夫人の姿があり、一度会っただけなのだが、彼等を覚えてくれて、直ぐにエルワンに取り次いでくれた。
エルワン夫人によれば店も繁盛しており、この後の時間帯が最も客が来る時間帯だと説明を受けた。そんな話しを聞いていると、エルワンがクロディーヌを伴ってエゼルバルド達の前に姿を現した。
「こんにちは、皆さんお揃いで。と、お一人は見ない顔ですね。今日はどうされました?」
「こんにちは、エルワンさん。クロディーヌも元気そうだね。今日は預けたアレを見たいと思って来ました」
数日前に預けた紺色の全身鎧を見に来たのである。それはエルワンから”見ない顔”と言われたダニエルに確認して貰う為であった。
「それなら奥にありますよ。クロディーヌ案内してあげて」
「畏まりました。こちらへどうぞ」
クロディーヌはお店からいったん外に出て脇の駐車場の奥、納屋のような場所へ案内した。その中には何に使うかわからない道具やがらくたと思われる価値があるのかわからない商品等が山のように積まれていた。その中でも入り口の近い場所に明らかに場違いな鎧が、無造作に積まれていた。
「これでしたね」
「そう、これこれ。クロディーヌもありがとう」
クロディーヌにお礼を言うと、彼女は一礼をしてお店の方へ戻って行った。それを見送り、さてどのように話そうかと向き直るが、そこには驚いた顔をしたダニエルの姿を見る事になった。
ダニエルの顔は何とも言えぬ表情をしており、血の気が引いたように真っ青であった。驚きと同時に恐怖も感じていたのか、表情を上手く読み取れなかった。
ダニエルの視線の先にはうず高く積まれた鎧へと向けられ、それ原因であると一目で理解できる。彼が何を思ってその表情をしているか、聞いてみない事にはわからぬと、エゼルバルドは声を掛けてみるのだ。
「ダニエル師、どうしました?」
「これはいったい?お前たちは黒ずくめの男の仲間じゃないのか!?」
疑問と共に声を荒げてエゼルバルド達へ罵声を浴びせる。
ダニエルが罵声を浴びせるのも実はわかっていた。ダニエルを師匠と呼ぶクルトから、紺色の歪な全身鎧を造っていたと聞かされていたので、この鎧が原因で鍛冶師を辞めたとも予想していた。見たくもない自らの作品がここにあるのだ、罵声を浴びせるのもわかる。
「やはりそうでしたか。クルトさんから歪な鎧を造ったと聞き、これではないかと思っていたのですよ」
「”思っていた”じゃない!儂をハメおってからに!そんなに儂を惨めにさせたいのか!」
ダニエルの怒りは天を突くほどだった。誤解を解かなければと思うが、今しばらくは無駄だろうと、しばしの間黙る事にした。ダニエルの怒りが収まるまで。
そして、数分ののち、罵声を浴びせ続ける事にも疲れたのか、肩で息をし始めた時に初めてエゼルバルドはダニエルに説明をするのであった。
「ダニエル師、勘違いしていますよ。オレ達はその黒ずくめの男の仲間ではありません」
「なんだと!?それじゃ、これは何なのだ!?」
息も絶え絶えに、言葉を向けて来たエゼルバルドに反感の目を向けながらも、何を勘違いしているのかと問いただす。
「この鎧は鹵獲品です。オレ達を襲った騎士達が着ていた全身鎧を剥いだのです。この鎧の出所や秘密があるとわかっていても、解析できる鍛冶師を探すまで、ここの店主に預けているのです」
「鹵獲品だぁ?嘘をつけ、全身揃っているなどありえるか」
「どう思っても良いですが、造っていて気になりませんでしたか?人のサイズではないと。身に付ける本人が目の前にいましたか?」
頭に血が上っていたのか、そんな単純な事に今まで気が付かなかった。この全身鎧を造ったが納品しただけで、身に付ける中の人の姿も、身に付けている姿も見たことが無かった。二つを納品し、一つは今、目の前にある胸の幅が広いタイプで、もう一つは女性が身に付ける様な胸の膨らみがある小さなタイプであった。
女性が身に付ける方は容易に想像できたが、これは想像できなかったと言うよりも、何の不思議にも思わなかったのだ。
「確かに、こいつは人のサイズじゃない。あまり考えてなかった、試作品としか言われなかったから……。なんで儂はこんな事に気が付かなかったのじゃ?」
ダニエルは頭を抱えて悩みだす。今思えばおかしな事が多過ぎた。二着造った女性用の鎧は寸法合わせに、身に付ける人が直接ダニエルの店を訪れた。その後に鎧を造る時にはなぜか頭が回らず、言われるがままに造ったのだと。なぜ言われるがままに造ってしまったのか、言われたことを拒否できなかったのか、腑に落ちない事が多すぎた。
「どうですか、オレ達をまだ疑いますか?そして、スラムに帰りますか」
エゼルバルドの問いかけに首を横に振り、結論は今は出せない、もう少し待って欲しいとダニエルは答えた。
「儂は誰かに仕事を拒否できないように、何かされたのかもしれない?」
ダニエルは自問自答で何らかの答えを導き出そうとしていた。始めて鎧作成の依頼を受けてから今までがどうだったのか?順序立てて考えればおかしな事だらけであった。それを証明できる我が家はもうない。
さてどうしたものかと顔を上げれば目に写るのは助けてくれた三人だった。ダニエルの脳裏にもしかしたらと一筋の光が差し込むのが見えた。
「お前達をまだ信用したわけでは無い。少し儂に協力してくれるか?それで作るかどうかを決める」
「ええ、それで結構です。オレ達は何を協力すれば良いですか?」
「儂の工房を一緒に調べてくれ。もしかしたら何か出てるかもしれん。今は草が生えて何も残っていないかもしれんがな」
ダニエルが工房を調べると言い出した。基礎のみが残ったダニエルの工房だ。基礎の上の建物は焼けてしまい何も残っていないはずだ、爆発したとも耳にした事もある。
だが、ダニエルがこだわっている以上、無下にも出来ないだろう。
「そうすると、スイールの目が必要か……な?」
「ん?なんか言ったか」
考え事をしているエゼルバルドがボソッと漏らした呟きにダニエルが反応したが、エゼルバルドは耳に入らずに考え事を続けていた。
そして、エゼルバルドはダニエルに告げた。
「わかった、協力しよう。明日で良いか?」
「おおぉ、協力してくれるか。それで結構じゃ!」
そうと決まればダニエルの工房を調査する打ち合わせをしたいからと泊る宿、”上質の睡眠亭”へと案内する事にした。偵察や地下迷宮の探索が得意なアイリーンに、人と違う視点を持ったスイールが参加する事が近道だろうと考えたのだ。
それ以外にも先入観を持たないエルフのエルザからも力を借りれたら嬉しいと思ってもいた。
そして、納屋の入り口を閉めた後、エルワンに納屋での確認作業が終わった事と、鎧をもう少し置かせておいて欲しいと伝え、四人はエゼルバルド達が泊っている”上質の睡眠亭”へと戻るのであった。
「こちら、探していた鍛冶師のダニエル師。訳有りらしくて、皆の力を借りたい」
宿に戻ったエゼルバルド達は食堂の大きなテーブルに陣取り、部屋にいたスイールとヴルフ、そしてエルザをこの場に呼び出し、鍛冶師でドワーフのダニエルを加えた七人で自己紹介をしてから、ダニエルの事を伝えた。
ダニエルの工房の調査を了承したスイールとヴルフ、そしてエルザであったが、ダニエルはエルザがその場所に行く事を少しだけ嫌がった。エルフとわかった事もあるが、肩で不思議な動作をしているフクロウのコノハと遊んでいて、真面目に力を貸してくれないと思ったからだった。
「大丈夫ですよ。エルザは真面目に力を貸してくれますから」
「魔術師のアンタが言うのなら信用するが、ちゃんと仕事をさせてくれよな」
ダニエルは魔術師の言葉を一応、信用する事にしたが、フクロウと戯れる姿しか見せないエルザに向けられる視線は何処か冷たかった。
それでもダニエルを含めた明日の行動の打ち合わせはすんなりと終わり、その日はダニエルも一人部屋を借り、七人が同じ宿で睡眠を取るのであった。
一人ベッドで横になるダニエル。赤毛の女に見張られていると知りながらも、今は体を休めようと気張っていた気持ちを落ち着ける。
天井を見上げる目の奥には、鎧造りを依頼した者達の姿が現れては消えてゆく。
特に黒ずくめの男達は、合わせぬ瞳の奥に得体の知れない何かを持ち合わせていた様で、思い出しただけでも身が震えるのがわかる。彼等と同じ瞳を持った男に捕らえられたが、それを上回る知識と頭脳、そして力を持ち合わせていた三人に何処となく魅力を感じていたのも事実だった。
それもまだ、隣に泊まる彼等を信用できないと首を横に振るしか出来なかった。
明日になれば全てがわかるだろうか。いや、わかるんだとの思いを抱き、ふっと全身の力を抜くと、意識が夢の中へと落ちて行くのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
日が改まり、ダニエルを加えた七人は、ダニエルの工房跡地に来ていた。この日の天気はあいにくの曇りで、晴れれば日差しが降り注ぐ六月の天気が待っていたかと思えば、絶好の調査日和であると皆は嬉しく思った。
屋根のある室内であればともかく、火災により全てが焼失し、基礎のみが残るこの場所では非常にありがたいのだ。
たまに灰色の雲の隙間から、眩しい光が降り注ぐこともあり、外套は外せない装備品であった。
ダニエルが冷たい目を送っていたエルフのエルザはフクロウのコノハを自由に遊ばせて、精力的に動いていた。それにはダニエルも認めざるを得ないと認識を改める。
まずダニエルがエゼルバルド達六人に口外禁止として工房の地下室を案内した。無事に残っていたヒュドラの革、それに鉱石類、そして、作品として納められていた剣や槍など、鍛冶師や騎士、戦士などが喉から手が出るほど欲しがるようなものが所狭しとあふれていた。
「ひゃぁ、これだけでも売れば一財産築けるんじゃないの?」
刀身のすべてが綺麗な文様を持つダマスカス鋼で出来ているブロードソードを眺めながら、アイリーンが驚きの声をあげる。エゼルバルドやヒルダ、そしてヴルフもその眺めに圧巻されている程であった。ただ、材質は最高であるが、魔法が付与されていない為に残念と思うのであった。
「手に取ってもいいが、持っていくなよ。あくまでも今日は調査だ、変なものを見つけたら儂に言ってくれ」
自らが打った剣である、見慣れてどうって事無いとの顔をしながら”ガサゴソ”と地下室のガラクタをどけるが、これと言ったものは出てこなかった。仕事中は毎日入っていたし、焼けた後も度々入っている地下室だ、何かがあればすぐにわかったはずだ。
三人もそこに入れば動き難くなる地下室から出て、新鮮な空気を吸い込みながら、何もない事をとりあえずだが喜ぶダニエル。
それから、一番怪しい店舗の跡地を調べる。爆発があったとされる店舗跡は、中心の床に黒い焼け跡が円形に残り、かなりの高火力で炎が舞ったことがうかがえる。スイールの意見は魔法を火種として、何かの可燃物が引き起こした爆発であろうとの事だった。
その店舗跡を調べた限りでは地下室があるでも無し、余計なものが置かれていた形跡も無しと二か月も放っておかれた結果がそれであった。
「何も無いねぇ」
「う~ん、何かあるとにらんでたんだよなぁ、ダニエル師は」
エゼルバルドとヒルダは何も発見できない現状にイライラしながら、敷地内をウロウロと歩き回っていた。
現状にイライラしていたのは二人だけでなく、工房の持ち主のダニエルもその一人だったし、アイリーンの目にも何も写らずイライラしている。そんな中でもスイールやエルザ、そしてヴルフは冷静になり、何も無くても仕方がないと多少諦めの境地に片足を突っ込んでいた。
下ばかり見ていた七人の中で一人エルザはフクロウのコノハが、今どうしているかと空を見上げた。何回かエルザの側に戻って来ていたが、今は上空で円を描くように優雅に飛んでる。エルザが空を見上げたのを察知したのか、コノハが彼女目がけて急降下してくる。コノハが途中、翼でブレーキをかけやんわりと腕に止まる事はわかっていたので、少しだけ重心をずらし腕を肩の高さまで上げる。そこを目掛けてバサリとコノハが止まり、嬉しそうにエルザの顔に近づき柔らかい羽毛で顔をこする。
エルザはそれを気持ちよく受け入れるが、ふと目を瞑った瞬間にバランスを崩し倒れそうになるが足を動かしてバランスを取る。
だが、バランスを取る為に足を出した先でも何かに躓き、エルザは仰向けに倒れてしまった。咄嗟に受け身を取り怪我はしなかったが、コノハはエルザから離れ地面へとふんわりと着地していた。
「いたた、何かに躓いたけど、何よこれ?」
「もう、遊んでないでちゃんと調べてよね。あら、何かしら」
エルザの近くに偶然いたヒルダが、真面目に探すように注意をしようと近づいたが、転んだエルザの足元の土が少しのけられ、レンガの様な四角い石の角が土の中から覗いていた。エルザが転んだ場所はダニエルの工房の中庭で、屋根も張られていない場所であった。
その石が気になったのか、ヒルダは土をどかし始めた。そこから出てきたのは一個が十センチ×二十センチ、高さが五センチの石が二個であった。しかものその石はわずかにグラグラと動き、それを手に取る事が出来た。
「これは何かしら?」
「水?」
その石の下には小さな開口部が作られ、微かに聞こえる音から、水が流れていると知れるのだ。開口部は人の腕が通るほどの広さしかなく、何に使われているのか全く分からなかった。
「ダニエルさ~ん、これ何~?」
その穴を不思議に思い、ダニエルを呼ぶヒルダであった。
いつも拙作”Labyrinth&Lords”をお読みいただきありがとうございます。
ダニエルが新造するとの意味で、”造る”を使っています。普段は”作る”を使っています。
気を付けていますが、誤字脱字を見つけた際には感想などで指摘していただくとありがたいです。あと、”小説家になろう”にログインし、ブックマークを登録していただくと励みになります。また、感想等も随時お受けしております。
これからも、拙作”Labyrinth&Lords”をよろしくお願いします。




