第八話 ノルエガへの道 八 敵の正体と暗躍する組織
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次々と剥がされる、人ならざる者が装備した鎧。初めに胸当てが、そして腰回り、腕、脚と全身の甲冑が外され、腰から股間にかけて布が巻かれた状態になる。体には何も身に着けていない状態だ。
その全てを照らそうとスイールは自らの杖に生活魔法の灯火を掛けると、化け物の体が煌々と照らされ、異様な身体つきが露わになる。
頭部はエゼルバルドが跳ね飛ばしたため傍らに転がっているが、それ以外は人がした事なのかと疑ってしまう程の異様さである。頭部が繋がる首から胴、腰までは人の皮膚がつぎはぎの様に張られ、何とか人とわかる。だが、腕や脚は形こそ人に似せられているが、皮膚は硬質の鱗を持った爬虫類、おそらくだが蜥蜴人の皮膚が張られ、その姿を形作っている。
細かい作業をさせる事もあるのか、手首から先は五本の指を持つ人と同じ形状だった。ただし、手の甲にはやはり蜥蜴人の皮膚が張られている。
その全身の姿を見て、スイール達は一度目にした事のある化け物の姿ではあったが、皆一様に気分を害するほどの衝撃を受けていた。スイール達で唯一、この姿を始めてみたエルザとオディロンのパーティーメンバーであるソロンは後ろを向き、少し離れた場所で”ゲーゲー”と胃の内容物の全てを吐き出していた。その後、全員揃った所でオディロンがスイールへ尋ねる。
「これは、いったい……」
一見冷静だが、内心では怒りに満ちているスイールがいつもより一段低い声で目の前の化け物について口にする。
「人の体をベースに、獣やモンスターの体を強引にくっ付けた化け物ですよ、これは」
横たわる化け物の首から足に向かって魔法の光を当てつつ毒づくスイール。当然だが、毒づくのは彼だけでなく、ここにいる全てが毒づいている。この化け物を造ったのは人なのか、それとも人以外の何者なのか。こんな事を止めさせなければと思うのである。
「私の見解ですが、この腕を動かす体の部分は筋肉が強力な種族に置き換えられています。腕も同じで、これは骨と筋肉、その二つが置き換えられ、槍などが刺さらない様に防御力の高い蜥蜴人の皮膚に置き換えられています」
魔法の光を当てながら、その場所その場所を説明していく。知って貰いたいが半分、そして知らない方良いと考えるのが半分であるが、ここに証拠がある以上、知らない方がなお危険度が高いと判断したため、あえて説明をしているのだ。
「腰の筋肉の張り出しを見ると上体を支えるために腰を強化し、当然ながら脚も別の種族に置き換わっています。皮膚は腕と同じ蜥蜴人です」
そして、下半身も同じように魔法の光を当てながら足の先まで説明し、化け物となった人の外見上の説明は終わった。今度は行動に関する考察を言葉にして行く。
「この皮膚からある程度気温が低いときか、雨の降る日でしか動けないのかもしれませんよ」
スイールが指摘したのは人の体に蜥蜴人の皮膚を使っているので、汗を掛けないのでないかとの予想である。その予想が正しければ、今この街道で襲われるのは雨の降る日や寒い日だけになるだろう。それを裏付ける事がもう一つ。
化け物の戦闘経験を積ませることや、後ろから見るには雨が降っていない方が本来は優しいはずだ。それなのに、この雨が降りしきる中で襲い掛かった事を考えると、必然的にその考えがもたらされる。だが、状況がこの一件のみなので正しいかどうかはわからないのだが。
「一つ疑問なんだが、こいつらは何のために生み出さているんだ?」
「そうだ、こんな化け物を生み出すには理由があるはずだ」
「「そうそう」」
オディロン達は一斉にスイールに質問を掛ける。はぁと溜息を吐いてから、造った張本人にではないのだがと前置きをしたうえで考えを語った。
「聞いた命令を違わぬ兵士。自らの命を顧みず敵に突入する兵士。それも怪物並みの力を持った……」
「それって戦争をする前提じゃないのか?」
オディロン達はその予想を聞いて驚愕の表情を浮かべた。それで済むのであれば良いのだが、もし、現実の問題となった時、何処から何処へ攻め込むのか、何処の国が戦場になるのか。一つの国だけで済むのであればよいが、この大陸全土に広がるのか、また、他の大陸にも向かうのか、それも気になる所である。
だが、その考えを捨て去る事が出来る程の考えがスイールの口から語られる。
「この化け物の弱点は作るためのコストです。よく考えてください。この化け物を一体造り出すときには、少なくとも、人が一人と蜥蜴人が一体必要です。あくまでも最低ですよ。他にも熊などの獣も必要かもしれません。どうですか、この兵士を千体作るのであれば、人を千人とリザードマンを千体雇った方が早く、安く、すぐに戦力になります」
「とすれば、戦争ではない使い方?」
「ええ、街中での暗殺や拠点の占拠など、細かな所で使うでしょう。また、小さな戦場でも使えますね。ピンポイントで戦力を投入すれば戦局をひっくり返す事も出来るでしょう」
「内乱で使うのか……。あとはどの国かって事だが、それもわかっているのか?」
「いえ、それは……。ですが、この場所で襲っている所を見れば、恐らく、アーラス……」
「え、なんて?」
「アーラス神聖教国が危ないかもしれませんね」
ここまで話されて、オディロン達もそうだが、スイール以外の全てが口を噤むほどであった。スイールもそこまで話して、その予想を押し切る程の材料がある訳でも無かった。
あくまでも襲われた場所から見える状況証拠だけの予想だった。だが、半分は当たっているかもしれないと内心思い、憂慮すべきかと考えるのであった。
「それと、オディロンさん達はこの件を忘れてください」
「えっ、忘れろってのか?それは無いだろう」
「あっと、襲撃自体をではなく、この化け物の正体をです」
これだけの事を見て忘れろとはどういう事かと食って掛かろうとしたのだが、目の前にある化け物の正体を忘れて欲しいと訂正をする。実際にこの化け物の正体を明かしたりすれば何が起こるかわからず、予想がつかなかったのだ。
「襲撃があった事は広めて頂きたいのです。安全面もそうですが、これからも襲撃が続き、この化け物が経験を積むのを防ぎたいとの理由もあります。後は馬車の行き来が活発になれば本来は良いのですが……」
そんな理由ならばと化け物の正体を話す事だけはしないと約束をしてくれたので、スイールはホッと胸をなでおろしたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
スイール達が襲撃を受けてから数時間後、太陽が東の空から昇ろうとしている時間である。ここはとある森の中に設けられた隠れ家的な建物、その一室に数人が入って来た。
「【ミルカ】様、ただ今戻りました」
「おお、ご苦労。本日はどうであった?経験を積ませたか」
部屋の奥にある執務机でその報告を聞いたミルカと呼ばれた男が報告に来た女を見ながら怪訝そうにうなずく。その後、ミルカは口を閉じ、女が報告を上げるのを待っていた。
その女は見た目は美しいのだが、その顔の左側はただれ、今にも腐り落ちそうなほど痛々しかった。凛としたその姿、形だけに惜しいと思いながら。
「申し訳ございません、蜥蜴の実験体を一体失いました。侯爵様にお借りした戦力でしたのに、私の力が及ばず申し訳ございません。この失態は万死に値します、首でよろしければ存分にお持ちください」
片膝をついて頭を深く下げる。いつでもこの首を刎ねられても良いと、彼女は白い首を露わにする。首の左側は顔の皮膚同様にただれ、今にも腐り落ちそうでもあった。そんな体にもかかわらず、重い全身鎧を着込んで戦場を回っているなど、不思議以外の何でもなかった。
「【ヴェラ】よ、お前の首で蜥蜴の実験体が戻って来るのならいくらでも刎ねてみせよう。だが、お前に代わる者がいないのも事実。それにだ、あれは実験用だ、データが取れればそれで良いし、消耗品でもある。気にする必要はない」
執務机に座った男、ミルカにとって実験用の個体がいくらいなくなっても構わなかった。生み出すには相当なコストが必要だが、それは重要な部下や協力者でなく、ただの道具にすぎなかったためだ。
「ミルカ様、ありがとうございます」
「この失態は働きで返してもらおう。だが、今までの功績もある、責任は問うことは無いとこの場で申しておこう」
そして、ミルカは立ち上がり、部屋をぐるりと見渡す。ミルカの目には、執務机の前のヴェラの他にもう二人ほどがいた。一人はヴェラと同じ紺色の全身鎧を着た女性、もう一人は黒い外套を羽織った男がドアの側に控えていた。
もう一人の全身鎧が女だとわかるのは、鎧のデザインが女性特有の胸部の膨らみや腰のくびれを再現していたからである。それもあるが最大の理由は兜を取ったその顔は、ヴェラよりも整った顔で長い黄色い髪を頭の後ろで一つに纏めていた事が大きい。
「して、【ファニー】よ。お前の目にはどう映った」
ミルカが見たのはもう一人の鎧の女。信頼度ではヴェラが上だが、実力を見ればファニーには敵わない。その為に部隊の指揮を取らせるのはヴェラでその補佐としてファニーを当てていた。
その補佐役から見て、蜥蜴の実験体はどうだったかと意見を求めた。
「蜥蜴の実験体はその実力通りの力を発揮しておりました。私の目の前で対峙した一体は、三人の男を相手に負けていませんでした。ですが、守りに秀でた男と対峙していたようで、男を崩せず苦戦していたようです」
ミルカはそれは予想通りだと頷く。あの鎧を着ている限り三人相手でも負ける事は無いと蜥蜴の実験体の能力をかっていた。だが、もっと経験を積ませ、攻撃に出てくれても良いのだがとも考えた。
「右の蜥蜴の実験体は何処からか湧いて出た女と相手にしておりましたが、これは相手が悪く兜の面を壊され、こちらが翻弄されていた様でした」
その報告を聞いたミルカは自分の耳が壊れたのかと錯覚をした。聞き間違いではないか、と。
「はぁ?女一人に蜥蜴の実験体が苦戦をしていただと?そんな馬鹿な話はあるか!何かの見間違いではないか?」
「いえ、事実です。その女は私でも勝てる気はしませんでした。良くて相打ちでしょうか」
蜥蜴の実験体を上回る実力の持ち主だが、女性ではミルカの知る限り、目の前で報告しているファニー以外にあり得ないと思っていた。しかもそれを上回る程の実力を持つ女が存在したのだ。当然ながら、ミルカは部下に欲しいと思った。
「お前よりも秀でた実力を持つ女か……。欲しいな……」
ぽろっと本音を呟いてしまった。
「それは無理な相談でしょう」
「なんだと?」
うっかりと口に出した事を聞かれてしまった事もそうだが、それを否定された事にも驚いたのだ。否定したのはヴェラやファニーの鎧を着た部下ではなく、もう一人の黒い外套を羽織った男だった。
「何故無理だと。搦め手から攻めれば捕らえる事も出来よう。それに弱点を突けば言いなりになるかもしれんぞ。”黒の霧殺士”と呼ばれるお前達でも無理だと申すのか?」
「その相手が、”神速の悪魔”や”赤髪の狙撃者”と一緒にいると知って仕掛けるのですか?我々が何度も刺客を送ってもその都度撃退された相手です。去年は何人か戦闘不能になり、一人は帰って来なかった。それほどの相手と事を構える覚悟はありますか?」
ミルカはそれを聞き言葉を返す事が出来なかった。ミルカが忠誠を尽くす主が雇った”黒の霧殺士”の通称”エス”。目の前にいる男はここにいる、いや、主の下にある兵士の誰よりも強かった。その口から撃退される、または戦闘不能や帰ってこないと言われれば二の足を踏む。
「それほどの相手か……」
「もう一つ。”神速の悪魔”の影にはもう一人、それ以上の腕を持つ剣士が控えている可能性がある。”神速の悪魔”と対峙した時に奴はこう言った。”若い者にはまだ負けん”と。それは我等に向けて発したとは思えない言葉に聞こえた」
”神速の悪魔”が誰を指すのかはわからないが、”エス”以上の実力を持つ相手にむやみやたらと突っつき、藪から蛇、いや、藪から竜を出すような真似だけはどうしても避けなければならない。そう考えると、これ以上の実験はこの場では出来なくなると考える。
「そうすると、帰ってこなかった蜥蜴の実験体はその”神速の悪魔”の影にいる相手に倒されたと見るべきか。ファニーはその相手を見たか?」
「申し訳ございません。馬車の影に隠れ、相手を見る事は叶いませんでした」
「そうか……」
ミルカの考えは”エス”が言った、”神速の悪魔”とその陰に隠れたもう一人の実力者と、これ以上敵対する愚行になる事を嫌った。この場で同じことをしていればまた出て来る可能性もある。それに実験体の蜥蜴の実験体を一体失っている。
「わかった、この実験はここで終了する。この拠点は破棄し街へ帰るぞ。すべての資料を箱に詰め馬車に乗せろ。夜になってから拠点を燃やし、帰還する。準備を急げ」
「「はっ!畏まりました!」」
それと同時に、”黒の霧殺士”にも命令を出す。
「”エス”、お前にも指示を出す。その”神速の悪魔”の行先を調べて来い。敵対する事が無ければそれで良い。手を出させるなよ、捕まれば、そいつから主に行きつく事もあるのだからな」
「はい、畏まりました。それでは早速」
ミルカの部下のヴェラとファニー、そして”黒の霧殺士”の”エス”はそれぞれの仕事をすべく、ミルカの執務室を後にするのであった。
いつも拙作”Labyrinth&Lords”をお読みいただきありがとうございます。
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これからも、拙作”Labyrinth&Lords”をよろしくお願いします。




