第三十三話 ルカンヌ共和国へ向けて
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街中を軽やかに歩く二人の女性。顔を見ればそれぞれが整った顔立ちで繁華街に出れば世の男どもが十人中八人位が振り向いてにやけた顔を向ける、そんな美形な二人であるが、ここは武器を扱う鍛冶屋街。一つ使い方を誤れば、人を殺める道具を扱っている、そんな殺伐とした場所に美形の二人の女性が歩いて行く、それを見る人々の目は言い寄るどころかこんな場違いな場所に何の用かと疑念の目を向けて遠目から眺めるだけであった。
尤も、二人に言い寄ったとしても地に伏す事になるのは目に見えているので相手にしない事、それが二人への共通認識であった。
「まぁ、美女二人がこんな所を歩いているってのに、誰も声を掛けてこないのね。お姉さん、ちょっと悲しいわ」
赤髪を心地よい陽気の風にたなびかせながら、周りの男どもを魅了しようと目を向けるが、守備範囲に収まる男どもがいないのが悔やまれる。まだまだ駆け出しの若い男か、かなり年上の金槌を振るう様な鍛冶師しか見えなかったのだ。
「お姉さんって言う程なの?わたしと十歳は離れてるんだから、言い方を考えたら?」
太陽の光が明るい茶色の髪に当たると艶めき、まるで天使の様な色合いの髪色に見える。特にこの日は自らではなく、愛する旦那様が髪を梳かした事もあり全てがお気に入りなのだ。残念なのはその旦那様がこの場にいない事であろう。
「アンタは良いわよ、ヒルダ。その歳で結婚までしてさぁ。ウチに少しはその幸運を分けて欲しいわよ」
赤髪の女性は男運がないといつもいつも嘆いて、周りにアピールをするのであるがいつもいつも空振りに終わってしまう。何とか素敵な旦那様を手に入れたいと思うのだが、無為に過ごす時間が長くなるのだ。
「わたしに言ってもねぇ……。エゼルは孤児院に入った時に目の前にいたんだもの。それこそ十年以上の付き合いよ。尤も、エゼルは妹みたいって思ってたらしいけどね。幼馴染はいないの?アイリーンには」
学校に通っていた時はたまに恋文を貰ったりした茶色の髪の女性は、思いを寄せる男性がいたためそれをすべて断っている。それを赤髪の女性へ言っても仕方ないのだと思いつつも、自らと同じ境遇の思い人はいないのかと問いかける。
「そんな人がいたら、今頃は手を出して結婚してるわよ……。悲しい事言わせないでよ。ほら、そんな話をしているからお店に着いちゃったじゃないのぉ!」
二人の女性、燃える様な赤髪のアイリーンと艶めく明るい茶髪のヒルダは、街で評判の鍛冶屋へ到着し、店の中へと入って行った。
店の中は評判になっているだけあり、品々の質が高い。店員も数をそろえて、所狭しと歩き回り、ひっきりなしに入って来る客に時間を空けずに対応している。客層は駆け出しよりも、少し腕が上がった中級以上がほとんどだった。ベテランなどになれば、自らの我儘を通せる専属鍛冶師に注文を入れるので出来合いの武器などには手を出さない。
今回、アイリーンとヒルダは時間がないので間に合わせに武器を手に入れるために来ていた。アイリーンの矢はすぐ見つかり、不足している二十本をすぐに購入した。ヒルダは店に置いてある軽棍を片っ端から振っては首を傾げていた。戦槌も数種類振ってみたが、頭の大きさと飛び出たピックが邪魔で気に入る事は無かった。
「どうすんのよ。気に入らないの?」
すでに矢を購入したアイリーンは、首を傾げるヒルダを見てまだ決まらないのかとイライラを募らせている。ウィンドウショッピングで着る服を見る時は幾らでも検討するアイリーンと、見てすぐに決めるヒルダだったがここでは逆にヒルダが時間をかけてこだわっているのだ。
「これがいいんだけど、握りが直るかどうか……。あ、店員さん、この握りって直して貰えるの?」
軽棍を振りながらアイリーンと受け答えをしていたが、運良く通りかかった店員を捕まえて直せるがを尋ねる。重さ、長さ、バランスと満足のいく出来であったが、手で握る部分に関してだけどれもしっくりこなかったのだ。
「はい、ありがとうございます。この握りですか?少し料金を頂きますが、それでよろしければ職人を呼んできますが」
「それでいいわ。頼むわね」
店員もその手の注文に手慣れていたのか、事務処理を行う様に職人を呼びに行った。そして、姿を現した職人とヒルダが五分ほど打ち合わせをし、握りの革を直して購入したのである。
一時間ほどかけて鍛冶屋で買い物をしたアイリーンとヒルダの二人は宿へ帰る道を歩いていた。アイリーンは購入したに二十本の矢を脇に抱え、ヒルダは軽棍をぶらぶらとぶら下げて遊ばせている。
「盾は購入しなかったの?」
ヒュドラ戦で壊れた盾も購入するのかと思っていたが、店から出てきて手に持っていたのは軽棍のみであった。
「どうせ作らないといけないし、絶対に必要って装備じゃないからね」
ヒルダの戦闘スタイルから盾を持った方が攻撃の幅は広くなるのだが、盾を持たないでも訓練しているため重要視はしていない。また、盾を貫いた攻撃を受けた事も考えると、盾に頼らない戦い方も再考したかった。左腕に受けた傷を思い出しただけでも痛みを思い出しそうだった。
それに、ヒュドラの革で盾を作るとなれば、購入した盾が無駄になるとの認識もあった。
「そう、それなら構わないんだけどね……ん?」
ヒルダと話をしながら宿への近道となる少し細い路地へと入った途端、アイリーンは妙な気配を感じた。完全な殺意でもなく、如何わしいでもなく、漠然としない気配だ。それは姿を現す事は無いが路地を進むごとにその数が増えていき前方と後方に気配が分かれていく。ヒルダもそれに気づいたようで口数は少なくなり、軽棍を肩に担ぐまでに至った。
買い物へ繰り出すのみであったため、鎖帷子でさえ身に着けておらず、二人の予備武器であるショートソードを腰にぶら下げているだけだった。
そして、二人が気配を感じ、路地を半分ほど進んだ所で前後から二人ずつ、四人の男が道を塞ぐように現れる。
「ナンパはお断りしているのよ。一昨日、来て頂戴」
右脇に抱えていた矢の束を左脇に変えながらアイリーンが目の前の男に声を掛ける。人通りの少ない場所で進路を妨害し、目的を達する。古典的な手段をしか使えない男達に腹立たしさを感じざるを得ない。
「男が欲しそうな体をしていながらナンパお断りとかどうでも良いけどな。こっちはその体に楽しい事を教えるだけだからよ」
ニヒヒと薄汚い笑いを見せた目の前の男が腰のショートソードを見せる様に左手を柄頭に触れる。男達は力尽くでも従わせたいと脅迫しているのだが、二人にはそれが脅迫とも脅威ともとれず、話を続けるだけだった。
「あら、いやよ。ウチの体は安くないのよ。そうね、体以外で無理がなければ頼みごとを聞いても良いわよ」
ヒルダと目を合わせて男達の視線を躱していく。油断はせず、しっかりと相手を見据えてであるが。
「俺たちのボスの影響下で地下迷宮の話をしているヤツに体で教えてやれって言われているんだ。女子供でも関係無くってな」
「とは言ってもねぇ。数日でこの街から出て行くし、無駄じゃない?」
”その通り”とヒルダが首を縦に振りアイリーンの意見に賛同するが、目の前の男達はそんな事は知ったこっちゃないとショートソードを引き抜く。
男達との距離は前後とも十メートル程あるが、前後を同時に相手にするのは面倒だと二人は目配せをして後方から来た二人を始めに相手にする事にした。
「無駄かどうかは俺たちが決める。まぁ、その綺麗な体に傷を付けるのは勿体ないが、ボスの命令だ。後悔するなよ」
男達は剣を抜くとサッと構え、早足で二人に迫り来る。
アイリーンは矢の束を道端に投げ捨て、右脇に下げているショーソードを右手で引き抜き後ろの二人へ向き直る。同時にヒルダはアイリーンが話をして時間を稼いでいた時に集めた魔力を使い、前方から来る男に魔法を発動させ、後ろの二人へと向き直る。
「物理防御!」
ヒルダの目の前にキラキラと光る透明な板が現れる。ヒルダの得意魔法の一つ、物理防御だ。ショートソードの攻撃であれば十分効果を発揮できる魔力を込めたため、後ろの二人を屠る時間は十分確保できるだろうと予想をした。
そして、後ろから来る二人の男があと三歩となった所でアイリーンとヒルダは動き出す。敵は鎧を身に着けてもいないし、剣筋も素人に毛が生えた程度。脅して泣き叫ぶところをちょっと傷つけて、慰み者にしようと考えていないのであろう。
あまりの剣筋に欠伸が出る程だと考えながら一歩だけ踏み出すと、ヒルダが男の持つショートソードへ買ったばかりの軽棍を横薙ぎに振るう。キンッと金属の甲高い音がすると男の持つショートソードが根元から折れ、使えぬ残骸と化す。一瞬怯んだ男にもう一歩踏み込んだヒルダは左の掌底を男の鳩尾に打ち付け意識を刈り取った。
アイリーンに襲い掛かる男も同じ運命をたどる。やはり素人に毛の生えた程度の剣筋ではエゼルバルドやヒルダと訓練をしている目から見ても明らかに遅すぎた。身軽な体を生かして三歩に迫った男へ体を低くしてから地を蹴り、男めがけて掛け寄る。ショートソードの切っ先を男の利き手、つまりはショートソードを握っていた右手の指を撫でる様に切りつける。指自体は切断しなかったが、男は痛みに耐え兼ねショートソードを離し落としてしまう。
そして、体をひねり膝を男の腹へ叩き込んだ。もし鳩尾へ叩き込んでいたら、そのまま意識を失っていただろう。だが、アイリーンは鳩尾からずらして腹に当て、痛みで地を這う芋虫の様にしたのだ。当然ながら胃の中身を盛大に吐き出さして。
前方から来た男達は、ヒルダの読みの通り物理防御に阻まれ数秒を無駄にしていた。勢いよく魔法の壁に体当たりをかまし、顔面にダメージを負い、鼻をしこたまあてては鼻血を垂れ流していた。
向き直るアイリーンとヒルダは容赦しないと二人を睨むと、男達は言葉にならない何かをわめいて渾身の力で逃げ出した。話をしたリーダー格の男は、倒れている仲間の男達を見捨てて逃げたのだ。この後、男達は何を言われるか想像出来るが、どんな結果になろうとも同情するつもりは無い。
それよりもと、胃液までも吐き出しのた打ち回っている男の髪の毛をアイリーンが掴み強引に引き起こす。見ればまだ十代後半の顔立ちだった。無駄に事件を起こし、これからの人生を棒に振った事に少しだけ同情する。それでも切りかかってきた事に対して容赦するつもりは無く、ショートソードの代わりに引き抜いたナイフをちらつかせ道端にも関わらず尋問を始める
「さて、道の真ん中で寝ているのは邪魔だからまずは端に寄ろうか」
アイリーンとヒルダの力を合わせてその男を道の脇に引っ張っていく。それも二人とも髪を掴んで引っ張ったので、”痛い痛い、髪が抜ける、禿げる”とわめいていたが全てを無視した。
「えっと、誰の差し金?何で襲って来た?正直に話さないと知らないわよ」
目の前でナイフをちらつかせて頬を軽く撫でると、恐怖に駆られたのか地面を濡らしながら殺さないでと目を向けて来る。そして、いらぬ事までぺらぺらと喋り出し、話し方は立て板に水の如く、淀みなくであった。
だが、末端に位置するこの男が知る事は少なく、先程逃げた男に雇われた事、地下迷宮について話をしている旅人や商人を襲って怪我をさせているだけだと、碌な情報しかを持っていなかった。この男に、数日でこの街から出て行くから、再度襲ってきたら皆殺しにすると脅してから解放した。
結局のところ、襲われた理由は地下迷宮の事を話していただけで、それ以上の理由も襲う命令を出した者達もわからなかった。予想では、地下迷宮の遺産を独り占めしたい貴族やお金持ちが見境なく命令を出していたのではないかと考えた。
予想は予想として、これ以上首を突っ込んでも、碌な事にならないとすっぱりと忘れて、二人は宿へ帰る事にした。
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生憎の曇天模様となったが気温は高く、もうすぐ夏がやってくるだろうと思われる陽気に額の汗をぬぐう。朝食を済ませ、この日の昼食も宿の酒場で調達し宿を引き払った。
ヴルフは腹中の痛みも解消し、運動もアルコールもヒルダから許しが出たので朝早くから体を動かしている。数日、大人しくしていたために体を馴染ませる程度であるが。
それぞれが装備を確認し、街の入り口へと到着するとすでにエルワン達の商隊は用意を整えて待っていた。出発まで一時間程あるが、いつもの事なのかと不思議に感じた。
「おはようございます。早いですね」
スイールがエルワンを見つけて挨拶をした。珍しい二両編成の車両の連結部分を点検していたらしい。馬車は前部が箱馬車のタイプで連結した後部が幌のかかる護衛の乗る幌馬車だ。荷物は多くなく、全員が馬車に搭乗できる様だ。
「あ、おはようございます。ノルエガまでよろしくお願いします。私の商隊は時間よりも早く行動するのですよ。それだけ移動に時間を割けますからな」
笑いながら話すエルワンの横で馬車の車軸を見ていたオディロンもスイールに気づき挨拶をしてくる。
「あ、スイールさん、おはようございます。短い間ですがよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「それでは早速ですが出発しましょう。見張りの順番などは乗っている間にでも決めてください。街を出てしばらくは時間がありますからね」
護衛や自らの同行者が馬車に乗ったのを見計らい、エルワンは自ら御者席へ飛び乗ると四頭立ての馬へ鞭を入れ馬車を進ませ始めた。
そして、ロニウスベルグの城門を出ると、ルカンヌ共和国の自由商業都市ノルエガのエルワンの自宅へ馬首を向けるのであった。
いつも拙作”Labyrinth&Lords”をお読みいただきありがとうございます。
これにて第六章は終了となります。
次回からは第七章が始まります。七章は八章の布石となる章なのですが、だいたい思い描いたストーリーになっているはずです(ハズです)。
その次の八章は少し長くなる予定です(これはまた、七章終了時に)
引き続きよろしくお願いします。
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これからも、拙作”Labyrinth&Lords”をよろしくお願いします。




