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第二十四話 二人の門出

 北西からの風が吹き荒れると季節はもう冬だ。十二月に入り年末年始を迎える準備がここトルニア王国の王都でも進められる。それは個人であってもお店などであっても同じだ。特に商店では年末に売り上げが見込める為、大セールを行っており毎日忙しそうである。

 他にも寒さを和らげるための服飾品を売る店も賑わいを見せている。


 これはここ、トルニア王国だけでなく他の国でも同じである。ただ、【自由商業都市ノルエガ】を要するルカンヌ共和だけは別で毎日が忙しくいつでもセールをしていると同じようであった。商魂たくましいとはこの事かと思う程であろう。


 だが、ここに年末の浮かれ気分の中で心が沈んでいる者がいる。

 エゼルバルドがそうだ。

 毎日毎日、剣を振り、魔法を練習する日々が続きそれ以外は手に付かない、いや何もしない時間を極力作らない様にしているのだ。誰が話をしてもいつも上の空で、生返事をする事もしばしば見受けられる。


 ある時、街を歩きチンピラ風情と肩が触れ、喧嘩を売られたとき、手加減することなく再起不能直前まで痛めつけた事があった。普段であれば多少手加減をし、一人を戦闘不能にするくらいで済ませるのだが。


 スイール達も話をする雰囲気にはなれず、一人黙々と剣と魔法を鍛える日々が続いていた。


 そのエゼルバルドは先のブラークでの出来事で悩んでいた。敵と戦っている最中にスイールとヒルダが別の敵からの攻撃を受けて怪我をした。その時だ、心の中で何かが弾け、気が付いたら二人を切り殺し、辺り一面を破壊しまくっていた。

 身体能力が上がったのはわかった。スイールから魔法による一時的な筋力増加だと教えられたからだ。あの時は一時的に理性も無くなり、魔法を使うための(たが)が外れた状態だったため体に無理がかかったらしい。その後、何日も目を覚まさなかったのはそれが原因だったらしい。


 それが悩みの理由だ。箍が外れる程の気持ちがあった事を自らに問うていたのだ。


 何故、理性が無くなったのか。何故、箍が外れたのか。

 その答えを探し彷徨(さまよ)っていた。


(何をしているのだろう。始めは世界を見て回る為だったが、それは今も変わらない。来年になったら他の国へ行きたい。だけど、それ以上に何かが心の中で引っかかる)


 剣を振りながら考えている事は常にそれであった。その答えが出ないまま十二月も半ばを迎えるのであった。




 冬本番。ブールの街はすでに雪化粧で子供達が雪の中を遊びまわっている頃だろう。ここ王都アールストでは雨も雪もほとんど降る事は無く、乾燥した風が肌に突き刺さる。子供達はその中でも元気に遊びまわっている様子は何処の街でも変わらぬ光景である。


 この年は少し異常な季節風が吹き、雪が降ると予想されている。そんな中、エゼルバルドは乾いた風の吹く中、ブラブラと王都の城下を歩いていた。


「街中は年末の準備で忙しそうだな」


 特に買う物も無いため、ガラスの向こうに綺麗にディスプレイされている商品を眺めながら街を進んでいる。


「お兄さん、いいものがあるよ、寄ってって」

「年末の用意は済んでるかい?みんな揃ってるよ」

「浮かない顔してるね、うちで遊んでくかい?」


 など、街中での呼び込みが激しく飛び交う。当てもなく彷徨っているだけなので呼び込みの人にも申し訳ないが全てを袖にしている。尤も何処にも入るつもりもないのだが。


 街中は何時もより人で溢れている。年末年始の買い物の他に安売りセールを目当てにしているのだろう。年末年始の買い物は家族連れが多く、セールを目当てにしているのは男女の二人連れや女性二人などが多い。


(そういえば、ヒルダと二人で来た事ないな。いつも誰かが一緒だったな)


 ふと、孤児院で常に一緒だったヒルダの笑顔が脳裏に浮かぶ。


(あれ、何でヒルダの顔が浮かぶんだ?)


 少し不思議に思うが、それ以上考えるのを止める。あまり関係ない事を考えるのを止めようと。

 それよりも小腹が空いて来た、と広場の屋台村へと足を向ける。食べたいものがある訳でもないので一番近くにあった屋台でサンドイッチを買う。

 そして、白く枯れた芝生の上に座り込み、先ほどのサンドイッチを頬張り始める。


 王都の広場にはこの様な芝生を植えたエリアが多数点在しており、夏には青々と茂った芝生が市民の憩いに役立っている。それに維持管理するための職人も多数存在しており、街の財政から依頼を出しているので経済活動にも寄与している程だ。


 芝生のほかには常緑樹や秋に葉を落とす落葉樹の管理も立派な仕事である。落葉樹の葉を集め、肥料を作る仕事もある。落ちた葉を集めるのは清掃員の仕事であるので少し違うが。

 辺りを見回していると意味もなく余計な事を思い気がまぎれる。その為エゼルバルドの心は穏やかになって行く。


 その中で、下級貴族と思われる二人連れが芝生の上で楽しそうに談笑するのが見える。少し距離があるのと小声である為、何を話しているか分からない。それが気になり少しばかり見ていると、そこから移動するのか男性が立ち上がる。そして、何気ない動作であるが、連れの女性に手を差し出し、女性が立ち上がる手助けをした。

 その二人は腕を組み、楽しそうに何処かへと歩いて行ったのだ。


(手助け?助ける、救う……。いや、助けるではなく守る、守れない、守りたい……)


 エゼルバルドの頭で何かが引っかかる。それを考える。頭の中でぐるぐると思いが回る。


(守る、守りたい、何か……いや、そうじゃない。守るんだ、何かじゃなく人だ、大切な人を守る。そうか、そうだったのか!)


 エゼルバルドは何かを掴んだ。その顔には悩みを抱えた顔ではなく、晴れ晴れとし不安を払拭した顔をしていた。

 こうなればエゼルバルドの行動は早い。


 記憶を手繰り寄せ一番良い方法を探し出す。


(たしか、あれが一番喜んでいたな。とすればそれを手に入れるのが一番だ)


 芝生から立ち上がったエゼルバルドは広場を後にして、街の南へ向かって駆けだすのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 一年は三百六十日、一か月は三十日である。

 押し迫った年末。十二月三十日、もう三十分ほどで日が沈む、あたりが暗くなりいつもなら家路を急ぐ姿が多数見える、そんな時間である。

 エゼルバルドはブロードソードをぶら下げてはいるが、戦う装備でなく、少しだけお洒落をしてヒルダと街を歩いていた。

 ヒルダも年末、年も変わる時だと思い、こちらも少しだけお洒落をしていた。


 年が替わる瞬間に城下の鐘が鳴り響くいベントがある為、年を越し新年を祝うためと深夜まで人の流れが絶えない。街は活気に満ち溢れて、店は最後のセールを行い、広場ではめでたい見た目の食べ物が売られ、人々は今年最後の祭りとばかりにそれらに群がっている。


 街の中心から少し離れた場所に王都で一番高い建物が立っている。ただし、王城より高い建物を建てる事は禁止されているのでそれよりは少し低いのだが。

 ここは最上階が兵士詰所で、屋上が兵士の見張りとなっている。その下は一般市民に解放されており、知る人ぞ知る隠れた穴場になっている。エゼルバルドとヒルダの他に数組がいる限りで静かな時間が流れている。


 この建物、見張り台を兼任している為、塔の様に縦に長い構造をしている。屋上には無いが、最上階とその下の階には円周状にベランダがあり、三百六十度、どの方向も見る事が出来る。


 日が沈むと王城のそこかしこに点くランタンのオレンジの光が綺麗に輝きを放つ。アールストの年が替わる日だけに見られる夜景である。

 暗闇に浮かび上がる灯りを楽しむなど貴族でもめったにない。暗くなれば布団をかぶって寝てしまう事が多く、夜歩き回るのはいかがわしい商売をしているか、暗躍する集団などと思われている節がある。


「なぁ、ヒルダ」

「なに?」


 エゼルバルドは重い口を開きヒルダに向かって話し出す。この一か月、悩んだ末の答えをここで出そうとしていた。


「四月にブールの街を出て後悔してないか?」

「え、後悔?してないよ、何で」

「いや、オレが怪我をして迷惑をかけてるし、ヒルダも傷を負っただろ」

「ふ~ん、それでなんだ。エゼルが怪我をしたときはどうしようと思ったけど、怪我をしたのも自分の意志で旅に出たからだもん。後悔なんてしてないし、むしろいろんな所を見れて楽しいよ」

「そうか……」


 目の前に広がるオレンジ色の光が点在する夜景を眺めながら二人は話をする。


「エゼルこそ、大怪我をして大丈夫なの?それこそ後悔してない」


 逆にヒルダが質問で返す。


「後悔か……、少し後悔はしている。でも怪我をしたからじゃないよ。まあ、相手が強かったから怪我をしたんだから、そこは相手を上回るように強くなればいいんだから、それは相手に感謝してる」


 剣を振るう事が生きる道と思っているエゼルバルドにとってそれは立ちふさがる壁であり、後悔する事ではないのだ。


「じゃぁ、何を後悔してるの?」

「そう、そこなんだ」


 エゼルバルドは空を見上げながらまた話し出す。


「この手で大切なものを守れなかった。いや、守れる力が無かった、と言うべきかな?」

「……大切なもの?」

「そう、大切なもの……」


 ヒルダの心に何か判らない感情が浮かんでくる。それが何かまだわからない。


「ブラークの街での出来事以来、ずっと考えていた、大切なものって何だろうって。そして、大切なものが守れなかったと思ったら心が壊れたんだ……と思う。」

「それって……」


 ヒルダはそこで言葉を切ると喉の渇きを覚え、唾を飲み込んだ。


「そう、オレの親のスイールであり、そして目の前にいるヒルダだ、君なんだよ」


 そこで腰の後ろに巻いてあるバッグから箱を取り出した。

 それは四センチ四方の小さな小さな、そして綺麗なフェルト生地を巻いた箱だ。

 開けなくても何が入っているかははヒルダには想像ができた。


「ヒルダが後悔していると言われたらどうしようかと思ったんだ。だけど、後悔していないと聞いて、決心がついた」


 エゼルバルドはここで一呼吸置いた。

 手に汗をかき、ブルブルと小刻みに震える手を抑えるのに精いっぱいで、この後の言葉をどうやって絞り出そうかと考える時間も欲しかった。


「大切な人が傷つくのをもう見たくない。君を傷つける全てをオレがこの手で排除し守る事をここに誓う」


 その箱を開け、最後に一言、


「結婚して欲しい」


 その小さな箱の中は綺麗に輝く石が付いた指輪が収められていた。暗がりなのでよく見ないとわからないが淡い緑色の宝石が見える。

 ヒルダの誕生日は八月、その誕生石をあしらっている。


「……」

「……」


 二人の間にしばしの沈黙が流れる中、エゼルバルドの手に冷たい何かが落ちてくる。見れば目の前の女性、ヒルダの目から涙が零れ落ちている。それも大粒で体中の水分が無くなってしまうかと思終える様に大量に。

 突然の事にエゼルバルドは慌てて、バッグから小さなハンカチを取り出しヒルダへと渡す。


「……ゴメン。ハンカチ……、ありがとう」


 小さな声でエゼルバルドに返す。ヒルダの涙が収まるまで二人は向き合ったままの時間を過ごす。少し落ち着くと、体をエゼルバルドに預け顔を胸に押し付ける。


「……嬉しかった。エゼルから言ってくれるなんて思わなかったから……」

「えっ?」

「誰が好きでもない人に幼馴染だから付いていくと思ってるの?」

「えっ?」


 ヒルダは”女心がわからない鈍い人ね”、とでも思っているのだろう。現にその通りで近くにいるのに気が付いていなかった。エゼルバルドがヒルダを意識しだしたのはこの旅が始まってからであった。


「喜んで、お受けします。末永くよろしくお願いします」

「こちらこそ」


 小さな箱から指輪を取り出し、ヒルダの左手の薬指に指輪を通す。小さいながらも淡い緑色に光る宝石と銀色に輝くリングは主張しすぎず、ヒルダの指に少し大きいながらもちょうど収まった。


「ふふ、ぶかぶかね。サイズ合ってないわよ」

「そりゃそうさ。サイズ知らないし、それに時間も無かったからね。でも、サイズは合わせてくれるから、今度一緒にお店に行こう」

「楽しみにしてるわ」


 しばしの間、見つめ合った二人。


「そろそろ帰ろうか、皆にも報告しないといけないしね」

「そうね。でも、その前に」


 ヒルダは腕をエゼルバルドの首に回し引き寄せる。周りに聞こえない様な小さな声で呟くとそっと唇を重ねた。


「さぁ、行きましょ」




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 月明かりとランタンの光の中、数多くの男女の二人連れがいる中をエゼルバルドとヒルダは仲よく歩く。エゼルバルドの左腕をギュッと掴み体を密着させるヒルダ。左手には淡い緑色をした宝石が輝くぶかぶかの指輪がきらりと光る。

 どこから見ても仲の良い二人。恋人や夫婦に見られてもおかしくないだろう。ヒルダは憧れの人から貰った指輪を右手で触り夢でない事をいつまでも確認している。


 二人のこれからを話しながら、ゆっくりと屋敷に入って行った。


「「ただいま~」」

「おかえり。もっと遅くなるかと思ってたけど、早かったね」


 まず二人を迎えたのはスイールだった。三つほどランタンに火を灯しその中で読書をしていた。年が明けるまでの数時間を潰すためだ。


「おう、お帰り。ってどうした?二人くっついて。具合でも悪いのか?」


 ヴルフは少しばかり朴念仁の様だ。これを見て真面目な顔をして言うのだから。


「お帰り。って、あぁ~先を越されたか」


 スイールの声が聞こえ自室から出てきたアイリーンはエゼルバルドとヒルダを見るとソファーへと崩れ落ちた。


「報告が……あるんだけど」


 少し顔の赤い二人は照れながら皆に向かって話しだす。


「オレ達、結婚する事にした」

「でも旅は続けるからこれからもよろしくお願いします」


 二人で頭を下げる。笑顔で見る二人と呆然とする一人。


「そうか、おめでとう。結婚式はするのか?」


 初めに口を開いたのはヴルフだった。結婚するとなれば大々的に披露する必要があるだろうと。


「結婚式はまだかな。少し経ったら考える事にしてる」


 そして、


「そうですか、やっとくっつきましたか」


 それはスイールからだった。ブールの街のシスター、つまり孤児院の母親代わりのシスターからいろいろと聞かされていたために、”やっと”と表現したのだ。その事に少し顔の赤い二人は言葉に出来ないショックを受けていた。


「ヒルダからアプローチすると思ってましたが、その指輪を見るとエゼルからですね。孤児院で一緒でしたからこれからも上手くいくでしょう。あまり無茶しないでくださいね」


 ヴルフ、スイールから祝福の言葉を貰いうれしく思う二人であった。


 アイリーンはと言うと、この年が明けるこの時期にソファーで放心状態になっていたのだ。さすがに面と向かって言われれば、心に衝撃を受けるのも当然であろう。

いつも拙作”Labyrinth&Lords”をお読みいただきありがとうございます。


当初の予定では、二人の結婚はもっと後出来事にする予定でしたが、ストーリー上問題がないと思い、思い切ってこの場でくっつける事にしました。


気を付けていますが、誤字脱字を見つけた際には感想などで指摘していただくとありがたいです。あと、”小説家になろう”にログインし、ブックマークを登録していただくと励みになります。また、感想等も随時お受けしております。


これからも、拙作”Labyrinth&Lords”をよろしくお願いします。


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