第七話 初歩の魔法、生活魔法の練習【改訂版1】
2019/02/27改定
教会の裏手の広場に、姿を現したスイールとエゼルの二人。それぞれの手に杖が握られ、いつでも魔法の講義を始める準備をしていた。
早速、スイールの魔法の講義が始まるのであった。
「まず、魔法には生活で使う生活魔法と、戦い等で使う戦闘魔法に分けられる。戦闘魔法はまだえぜるには無理だから生活魔法から始めるね」
そして、愛用の杖を右手で握り、コツンと杖で地面を叩く。
「まず魔法の使い方だけど、頭の中に描いた事が魔法として使うことが出来る、って覚えておいて」
自らのこめかみを左手の人差し指で指して、うんうんと頷くエゼルに説明を始める。
そして、杖の先端の黒い透明な石をエゼルに見せながらさらに口を開く。
「この杖には、集中力を高めるための”魔石”ってのがついてる。集中力……、って言ってもわからないよね。そのうち分かるから説明だけね。まず初めに右手に杖、左手を広げて前に出してみて」
スイールはなるべくわかりやすい様にと、杖を前に出し、左手を開いて、言葉通りの恰好をエゼルに見せる。エゼルもスイールを真似して同じような格好をする。
右手に杖を握り、左手は手の平を前に押し出すような格好を二人でする。傍から見れば少し間抜けな格好に見えるのだが。
「そう、そして、杖のその膨らんでるところを見ながら、左手の前に小さな火が燃えるように頭の中で考えるんだ。どう?出来そう。それともお手本を見せようか?」
エゼルは首を横に振ると、杖に向かって集中し始める。
エゼルの頭の中には、大道芸人の手から火を出している所を鮮明に覚えていたのだ。そう、今のエゼルにははっきりと、大道芸人の姿がイメージ出来ていたのだ。
エゼルが目を閉じて集中力を高めると、杖の先端の黒い魔石がゆっくりと青く変色して行く。エゼルの握る杖の先端には、戦闘魔法で使われるほどの上質な魔石ではなく、生活魔法を取得するための練習用の低質な小さな魔石が幾つも入っているだけ。
その青さはさらに深くなり、スイールでもしっかりと色の変化を確認できるほどになる。そして、エゼルの左手の前には、”火”と表現するには大きすぎる”火”が、否、”炎”が生み出されたのだ。
スイールの眼前に、四歳になったばかりの子供がこれほど大きな”炎”を出すなど信じられなかった。だが、現実に起こった事を幻想などと思うなど無理であった。
エゼルの左手の前に現れた”炎”から出る熱を受ければ現実だと無理にでも引き戻される。
それに、この年齢で、これだけの能力を持った魔術師などスイールでも見たことが無かった。
もしかしたら、スイール自身を抜くほどの大魔術師が誕生するかもしれない、その瞬間に立ち会えたことで久しく忘れていた野心が芽生え始めてきている。
「ちょっと、待て待て待て!!もういい、もういいよ!!」
さすがにこれ以上続けると周囲に被害を出さないか、エゼル自身が火傷を負いかねないと初めての練習に待ったをかけた。
慌てたスイールの声を聞いて集中を解くと、エゼルの左手の前に出ていた”炎”が霧散し、何もない空間へと戻った。
握っていた杖の魔石が、深い青から元の黒い魔石へゆっくりと戻る。
そして、瞑っていた目を開け、スイールの顔を覗き込んで不思議そうに声を掛けた。
「え?どうしたの、おじちゃん」
「いや、物凄い”火”が出てたんだけど、気が付いた?」
「そんなにおおきな”火”だったの。もっと”おおきく”できそうだったけど?」
スイールの脳裏から、初めての練習だったとすっかり頭から消え去ってしまったようだ。
そして、次の段階に進ませたい。どこまで伸びるのか見て見たい。そう思うようになったのだ。
エゼルが作り出した”火”、否、今、眼前でしっかりと見た”炎”など、生活魔法では考えられなかった。それが戦闘魔法を扱ったどうなってしまうのかと不安に思うようになった。
そして、子供のエゼルには、魔法を使うための基礎的な力を身に着けるさせる事に特化するべきじゃないかと考えるのだった。
スイールの脳裏を様々な憶測が飛び交い、そして、危険を伴わぬ練習をさせるべきだと
頭を切り替える。
先程とは恰好を変え、左手の人差し指を目の前に出し、”ポッ”と小さな”火”を出す。
「エゼル君、まず練習だから小さな”火”でいいんだよ。大きな”火”はもっと後で大丈夫だよ」
小さな小さな”火”をエゼルに見せ、この大きさの”火”で構わないと続ける。
「ごめんね。正直、エゼルがあんなに凄い”火”を出せるとは思わなかったよ。杖がなくても出来そうだから、今度は杖を置いて、さっきと同じ様に左手を前に出して、右手を重ねるようにして、同じ事が出来るかな?」
エゼルは頷くと、スイールが説明したと同じ恰好を取る。
そして、エゼルは最初の練習と同じように集中し始めた。今度は杖を持ち合わせていないので集中先は左手である。
先ほどは杖が手助けをしたが、二回目はその道具が無い。しかし、あっさりとエゼルの左手の前には”火”が生み出された。先ほどは”炎”だったが、今回はしっかりと”火”の大きさだ。
わずか四歳の子供が、魔石の手助け無く成功させてしまった。
この世界で道具に頼らず魔法を使うのはかなり高度で、生活魔法といえども成人するまでに、道具無しで出来るようになる、そんなレベルである。
ちなみにこの世界の成人は十五、六歳辺りで厳密な成人の定義は無い。社会に出て働く事で成人とみなされる。
「おぉ、すごい。あっさりと出来ちゃうなんて、才能あるんじゃない?」
スイールは心で思った事を思わず口に出してしまった。
エゼルは”すごい”の所だけを聞き、そのあとの言葉を聞き逃したのだが、スイールに笑顔を向けた。
「へへへ~」
エゼルは自慢気に頭をかく。
「今日はここまでだ。でも、自分でも練習できるからいろいろ試してみてね。大きな”火”は危険だから、どれだけ小さな”火”が出せるか。そして、どれだけ同じ大きさの”火”を続けられるか。それを練習するんだよ。部屋の中は練習はダメ。練習は人が近くにいないお外だけ。どう、守れる?」
エゼルはおとなしくスイールの話しを聞くと、素直に「うん!!」と返事をした。
(あれ?ほんとに大丈夫かな?一応、シスターには話をしておこうか)
エゼルの素直な返事に、一抹の不安を覚えるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
エゼルとの魔法の練習を終え孤児院に戻ると、シスターが怪訝そうな顔をスイールに向けて来た。
(あれ?何かあったかな?)
「シスター、今後の事なんですけど……」
「スイール!アンタは何て事を教えてるんだ?危ない魔法はダメだって行っただろう。裏を見てたら、この子が魔法で大きな”炎”を出していたじゃないか?なんで戦闘魔法なんて教えてんのさ?」
シスターは、先ほどの練習の一部始終を覗いていたようだ。
確かに、教会の裏手の窓からは広場が見えるようだが、それほど心配なら、一緒に来て観ていたらよかったのではないか?スイールの脳裏にシスターの血圧が上がりそうな事が思いつかれたが、喉まで出ていた言葉を飲み込んだ。
「シスター、誤解ですよ。戦闘魔法なんて教えてませんって。小さな”火”が出せる初歩的な魔法を、それを教えただけです。それにほら、エゼルの持ってる杖、生活魔法の練習用ですよ。見ていただければわかりますって」
そんな事ある訳がないだろうにと、顔に出ていたシスターだったが、エゼルの握っている短い杖を見て、その考えは吹き飛んでしまった。
「はは、は、はぁ。なんですかぁ、これは!!」
シスターが混乱しかけ、頭の回転が追い付かなくなり声を上げてしまった。
「なので、今後の事を話しておきたいのですが……」
混乱しかけの頭を何とか元に戻そうとして、頭を抱えてうずくまり、
「うわわわぁぁぁぁ~~~!!」
急に立ち上がると天井を見上げて大声で叫んだ。
(あれ、シスターが壊れた?)
(あ、シスター、おもしろい)
”変り者”と揶揄されがちなスイールと、初めての生活魔法の練習で有りえない大きさの”炎”を出した常識のない二人が、人を育て続けている常識の塊であるシスターを非常識な人として見ていた。
「わかった、わかったよ。もうね、その二人、常識人として扱わないから、そのつもりで!!」
目の前の似たもの親子を諦めた顔で見つめる。シスターの常識から見れば二人は十分、非常識の塊として目に写る。
その二人を見ていれば、シスターが混乱するのも納得がいくのである。
だが、シスターの言葉に納得いかないスイールが反論するのだが……。
「あのぉ、二人って事は無いでしょう。エゼルも常識がないってのはどうかと。それで、今後の事なんですけど……」
「はぁ?!なんだって!?」
シスターは混乱したままで怒り口調をスイールに向ける。そして、”ビクッ”と体が反応すると半歩後ずさりしてしまった。
それを見たエゼルは、シスターだけは怒らせないようにしようと心に誓った。
シスターの息が整うのを待ち、エゼルのこれからをお願いする。
「まず、エゼルに魔法の練習をさせてください。できれば屋外で。火の魔法でいいので、出来るだけ小さい火を出すように。毎日です。杖が無くても大丈夫です。他の魔法は私が教えますので、練習だけで大丈夫です」
それを聞いたシスターは、”はぁ”と重い溜息を吐いた。
「はぁ、わかったよ。他の子供たちも一緒に練習させるようにしとくよ。お前にかかわるとほんとに常識知らずができるから、それ以外はこちらで常識の範囲で教えておくよ」
「すみません。あ、あと、この身分証を渡します。エゼルの正式な身分証です。このカードがあれば何かと役立つはずです。彼の正式な名前をエゼルバルド=メイヤーとしました。後見人は私、スイールです。ご迷惑をおかけしますが何とぞ、よろしくお願いします」
シスターに深々と頭をさげ、その後エゼルに向き直る。
「今日はお誕生日おめでとう。また来たときは一緒に魔法の練習をしよう。それと、シスターの言うことをよく聞くんだよ。言うことを聞かないと、私がここに来れなくなって、魔法の練習ができなくなっちゃうからね。それだけは忘れないでね」
約束だよ、とエゼルの頭をなでながらやさしく話す。
「まほうのれんしゅう、できなくなっちゃいやだ!ぼく、いうこときくから、また、まほうをおしえて!!」
少し意地悪を言いすぎたかなとスイールは思うが、魔法の練習が好きになったエゼルの為に何か用意しようと心に思うのであった。
「じゃ、シスターの言うことを守って、ちゃんと小さな”火”で練習するんだよ。また来るからね。それと、今日あげた杖だけど、一度預かっておくよ。ちゃんとした戦闘魔法用の杖に変えておくからね」
その後、スイールはシスターとエゼルに幾つかの話をしてこの日は帰っていった。
荷車を曳きながら変えるスイールは嬉しそうだった。自分より凄い魔術師が生まれるかもしれない。そんな現場に立ち会ったのだ。
しかも、まだ四歳だ。魔法だけじゃなく、剣もできるかもしれない。
スイールはエゼルの将来を思い描きながら、顔が笑みを浮かべるのを感じるのであった。




