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第三話 復讐を遂げし者

 収穫祭から数日後、エゼルバルドとヒルダは屋敷の庭で剣の打ち合いで体を慣らしていた。この日は朝から曇りで体を動かすには最適だった。その為エゼルバルドの鈍った体には丁度良かった。


 毎日少しずつ動かしているが体のキレはいまだ戻らず、自由に動かない体にイライラしている。イライラしていても始まらないので時間をかけて元に戻す事にしているその一環がヒルダとの打ち合いであった。練習試合風ではなく体を馴染ませる事を主眼としている為、エゼルバルドの動きは何処かぎこちない。


「動きにキレが無いのは仕方ないか。しばらくはリハビリに専念する事だね」


 庭に出てきたスイールがエゼルバルドに口を開くがそんな事は十分承知しているとスイールをチラッと見ただけで動きを確かめる様に剣を動かす。




「こんにちは、魔術師のダンナ」


 突然、門の外からスイールを呼ぶ声がした。魔術師と言えばスイールしかいなのだが、今は庭の草取りをするような格好に季節外れの麦わら帽子を頭に乗せている。曇りなのに帽子を乗せているのは、「草取りには帽子でしょう」との変なこだわりがあるからなのだが。

 格子状の門を見ると男女二人の姿が確認できた。

 スイール程の身長はあるだろうか?背の高い二人だが、歳は明らかに離れて変な目で見れば不倫の男女とも見えなくともない。


「おや、誰かと思えば情報屋さんではありませんか」


 スイールが手を振り庭へと入る様に促す。情報屋と言われた男は名刺を出し、


「嫌だなぁ、もう情報屋では無いですよ。ミシェールですから覚えて下さいね」


 と、改めて自己紹介をする。


「やっと、探偵事務所を開きましたのでその挨拶です」


 スイールが名刺を見ると、”モンクティエ探偵事務所”の文字が大きく書かれている。そして、”内偵、密偵、不倫調査などなんでもお任せ!”とある。

 不倫はわかるが、内偵や密偵は私設探偵ではあり得ない言葉が躍っている。


 それは見なかった事にして話を進める事にした。


「そうそう、私の名前もご存知でしょうが、改めて、スイールです」


 名刺を仕舞いながらちょこんと頭を下げる。それに釣られたのかミシェールも「あ、どうも」と同じ位に頭を下げていた。


「おめでとうございます。やっとですかね、探偵事務所の開設は?既に開いているのかと思ってました」

「色々とありましてね。少し込み入った話なので外だとちょっと……」


 ミシェールは周りの目を気にしているのか、それ以上の事は話さず違う場所を希望している様だ。リビングは使えないが、玄関横の客間なら使えるかと考えた。そして、


「私以外も聞いてよろしいのですか?」

「……ええ、口が堅ければですが」


 少し考えた後、口外しない事を約束して二人を客間に通した。




「皆さん、初めまして。探偵事務所をしております、ミシェールと言います。

 こちらは事務所の新人でアンジュと言います」


 ヴルフ邸の客間、テーブルに座る前のミシェールが五人がそろった所で自己紹介をした。横にいるアンジュという女性は言葉を発する事なく、礼をしただけであったが。


「よろしく、それではこちらからは、この屋敷の持ち主のヴルフ。私は先ほど名乗りましたので良いですね。後ろに立っているのが、前回お会いした時の酒場にいたアイリーン、先ほど庭で訓練をしていた、ヒルダとエゼルバルドです」


 簡単に名前を名乗るだけの紹介。スイールとしても早く話を聞きたかったのだ。

 テーブルと椅子の数の関係でミシェールとアンジュ、そしてヴルフとスイールが座り、三人が後ろに立ち話を聞く事になった。


「早速、お話を聞かせて頂いてもよろしいですか?」


 と、スイールが挨拶もそこそこにこの場を仕切り出した。ミシェールが鞄から書類の束、いや本日付の新聞を取り出しテーブルの上に置いた。


 新聞は五日に一度売り出される王都の情報収集ツールである。通常販売されている上質な紙より質は落ちるが丈夫で水に濡れても破れにくく、そして滲みにくいインクで構成されている。

 印刷が盛んであるために大判見開き四ページで値段もそこそこ安い。とは言え銅貨十枚(日本円で千円)するため購入するのは記事目当てで購入するか金に困っていない貴族や商人などである。

 情報を必要としている探偵業や裏の情報屋も購入している。


 ~~閑話休題~~


「魔術師のダンナ、この記事を見てくれないか?」


 見てくれと言われなくても見えてしまう大きな見出しはこう書いてある。


『王都の五指に入る豪商の息子負傷』


 記事の内容は、


『マクドネル商会の長男、マルコム=マグドネル氏は収穫祭の深夜何者かに襲われ負傷。お付き人の二人は首を刺され死亡。犯人は何処かへ逃走中』


 スイールは考える。マクドネル商会とは麻薬の売人が出入りしていた場所ではないかと。その商会の御曹司となる人物が襲撃されたとなれば王城も動き出すだろうと。


「それで、これが言いたいことなのですか?」


 記事の内容とミシェールの言い分からすれば、襲撃した事に関連していると気づくがそれだけではない気がする。


「いえ、重要なのはその後の方ですよ」


 先ほどの記事の少し後にゴシップ記事の様文章が続いていた。


『マルコム=マグドネル氏には黒い噂が付きまとう。出所のわからない金と異性に対する事で評判がすこぶる悪い』


 金?異性?


「金と女ですか?」


 ミシェールを見えると口角が上がり、うっすらと笑いが漏れている。


「その金の出所よ。女は後で説明するけど、金の出所は何か気付いているだろ」


 そう、この男がまだ情報屋だった頃に貰った情報で麻薬の売人が出入りしてると先ほど思った所だった。とすれば答えはそういう事だろう。


「ほう、そういう事ですか。金遣いが荒いのは麻薬の売上金の一部を着服していたと予想したのですね」

「そうです、その通りです!!」


 麻薬は少量で金貨、最低でも大銀貨などの売り上げが出る。想定した金額以上で売り捌き上の組織には過少に報告をし儲けの分は懐に入れる。分からない事ではない。

 さらに言えば、それだけの事をしても無事な事。上との繋がりが弱いか、逆にマグドネル商会が上に位置するか。


 だが、一つ疑問が残る。それを考える前にミシェールに教えておく事がある。


「それなら私から一つ。と言っても誰にも言わないで下さいよ」

「わかった」

「麻薬の出所が一つ判明して、王城の部隊が調査をしているはずです」

「はぁ?」


 ミシェールが呆けた顔をさらす。


「詳細は控えますが、ある組織の動向を探っていて、踏み込んだ先が麻薬の出所だったようです。我々が入手した物と同じ物が無数にあったそうです。王都に広がる麻薬は大分少なくなることでしょう」

「ん、ちょっと待てよ。……だとすると、麻薬の売り上げは先細りで、関係していた組織の資金源は枯渇する?いや、枯渇まで行かなくてもかなり厳しくなり、別の手段で麻薬を手に入れようとする……かもしれない」

「そうなりますね」


 利幅の多い麻薬が無くなれば資金源が乏しくなる。他に資金源を作るとなれば闇で流通させるもので多いとなれば、美術品や貴金属などだろう。それは入手と販売で足が付く可能性が高い。現代社会と違い武器関係は都市にある鍛冶師に頼めばいくらでも手に入る。

 であれば、麻薬を別ルートで仕入れる事が一番楽であろう。


「だが、王都で麻薬を広げている末端組織がマグドネル商会、さらにマルコムが組織のリーダーだった場合はそれは無いな」

「それはどうしてですか?」


 椅子に踏ん反りながらミシェールは続ける。まだ何処にも出ていない情報だと偉ぶりながら。


「たぶん再起不能だ。頭が可笑しくなったらしい。廃人だと」


 何処で入手した情報化は明かされないが、その態度からすれば確定情報なのだろう。情報屋として活動していたプライドも有るだろうから偽情報は教えないはずだ。


「元々の原因はマルコムの女癖が悪いことから始まっているんだ」


 さらにミシェールの話は続く。かなり長い。


「十代前半からその傾向はあったらしい。自分の気に入った女を見つけるとその後を付け自宅を調べ一人になる時を狙い、乱暴していったそうだ。しかも同じ女に一度や二度じゃなく何度も繰り返してな。そうすると当然相手はマルコムの子を孕むのだが、それをもみ消していたのがマクドネル商会の当主、マルコムの親父だった。金を払い、養育費にでもしてくれと言ったのかはわからないが、表ざたになる事は少なかったらしい。乱暴された女が悲観にくれ自殺した事も多々あったらしい」


 それはマルコムの犯罪経歴を調べてわかった事だった。

 おそらくマルコムは二十台後半。今まで関わった女性の乱暴を例を上げ列挙していった。内容は細かく無いがミシェールがここで話した件数は十件を数えた。それも一例らしい。

 どこまで犯罪を犯しているのか、見えてこない。そして、


「乱暴された数は知っている限り、二桁後半だ。そうなればわかるだろう。乱暴された女達の恨みを買い、反撃されたわけだ」


 知ってる限り、それは、この件数以上の数を意味している。

 そして、それらの恨みつらみが合わさった結果があの事件だったと。

 それ以上に衝撃的な話が待っていた。特に男性には辛い話であった。


「で、女を乱暴する時に使っていた男のシンボル。あれが無くなったらどう思う?」

「「「えっ??」」」


 ここにいる男、スイール、ヴルフ、そしてエゼルバルドの三人の声が揃う。


「切り落とされ、楽しめ無くなり、自分の子供も作れなくなる、とすれば発狂するのもわかるだろう」


 どこかの極東の国では、王宮につかえる男子は去勢して仕えたと昔の記録に残っているが、それを本人の同意も無しに犯罪者として捕まっている訳でもない者がされたら、どう思うかは想像できる。


「酷いことをされましたね。自業自得ではありますが、同じ男としては同情しないでもないですが」


 スイールはヴルフとエゼルバルドを見る。暗い顔をしているのがわかり、された事に対して同情している様だ。男なら当然であろう。

 アイリーンとヒルダはさも当然と顔をしているが。


 そして、ミシェールを見れば隣のアンジュへ小さな声で何かを訪ねている。アンジュはそれに小さく頷き、了承している様だ。


「ここから、ほんとに誰にも話して欲しくない事なんだが、大丈夫か?オレ達を兵士とかに差し出さないと誓えるなら話すが。無理だったら話さないけど」


 今までの話が口外禁止と思っていたがそうではなく、ここからが本題であった。

 犯罪行為に手を貸さない事はスイール達の信条であるが、きな臭い噂のある人物については目を瞑ろうと皆で話し合い、ミシェールにその事を伝えた。


「それじゃ、口外しないでくれよ。マルコムに恨み抱いていたのは……このアンジュ、彼女もその一人だったんだよ」


 恨みを抱く女性を見つけてくるのは何処にも問題ないように思える。それだけなら何も犯罪にならないだろうし。


「その恨みを晴らしたのは、この私なのです」


 ここへ来て初めて、ミシェールの横に座っているアンジュが口を開いた。美しく、ソプラノの高い声で、はっきりとした口調で衝撃の告白をした。


「「「「「ええぇ~~~!!」」」」」

「って声が大きい!!」


 ミシェールがあまりにも詳しいとので何かタネが有ると思っていたら、この衝撃の告白である。隣にいるのは秘書の扱いかと勘違いをしていた。実行した本人だとは。


「えっと、アレを切り落としたっての?」

「はい、そうです」


 後ろにいたアイリーンがまだ驚いた顔でアンジュに尋ねるが、肯定する答えしか返ってこなかった。しかも涼しい顔で。


「良く相手は大丈夫だったのね」

「はい、秘術を使いましたから」


 なんともわからない答えだったが、命に別状が出ない様な処置をした事は確かだろう。それにしても局部を切り落とし、相手を殺さないとはどんな秘術なのかは興味があるが、教えてくれないだろう。


「約束してしまいましたから誰にも話しませんが、これ以上は止めてください。そうした場合は話さざるを得ないですから」

「だと思った。ダンナに話したのは正解だったな。本来なら語る事さえ出来ない事を聞いてもらったんだからな」


 ミシェールの話は、スイールが最後に言った事を予想していたらしく、計画に織り込み済みであった。


「アンジュもこれ以上はしないと言ってるし、これで最後だ。安心してくれ」

「もうしませんし、誰にも教えません」


 本来であれば元から実施しない事が望ましいのだが……。

 表で裁けないのであれば裏で罪を与える。そんな事が平気で起こってしまうこの世界の摂理に乗ってしまった結果だった。


 スイール達は約束してしまった事は仕方ないと、この件を胸に仕舞い込み口を噤む事にしたのであった。

いつも拙作”Labyrinth&Lords”をお読みいただきありがとうございます。


気を付けていますが、誤字脱字を見つけた際には感想などで指摘していただくとありがたいです。

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これからも、拙作”Labyrinth&Lords”をよろしくお願いします。


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