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第二話 復讐

 ここは王都アールストの人通りが激しいすぐ隣にある裏路地。

 蒸し暑いとは言えもう秋の空気を感じる。夜になればなおさらだ。珍しく霧が出ており天にかかる月が見えにくく朧月となっている。はっきりと月が見える事が多いこの季節に見える珍しい朧月が何か怪しげな気配を感じさせる。

 その朧月が出る霧の中を三人の男が歩いて行く。


「ウィ~。ちょっと呑み過ぎたかぁ~?」


 男は収穫祭で出される屋台の酒や酒場のカウンターで飲む酒を飲み過ぎたらしい。声もさる事ながらまっすぐに歩けない程に、千鳥足にでふらふらと歩いている。

 酒を飲んでも顔に出ない男は周りから飲み過ぎと言われる事が少なく何時も飲み過ぎている。ジョッキ一杯のエールを飲んだだけで顔が真っ赤になる者達からすれば羨ましく感じるほどに。


「ほら~、マルコム様~。呑み過ぎですよ。真っ直ぐ歩けない位呑むんですから~」

「そうですよ、少しは呑むのを控えていただかないと」


 この男、マルコムに飲み過ぎと注意するお付きの二人。側で見ながら、いつ倒れてもいいようにと胸の前に手を出し、マルコムを抑えようとしている。本来は肩を貸してでも倒れないようにするべきなのだが、触ったり抑えたりすれば沸騰するほど怒り、大声を上げるのでそれすら出来ないのだ。


「うるしゃい!オレに命令するんじゃない。

 それに呑まないでやってられるかってんだ、あqwせdrfgtyふじこlp!!」


 まだ歩けるから良いのだが呂律が回らず、何処の国の言葉とも分からない事を口から叫んでいる。ここまで飲んでしまうと、次の日には記憶が残らないので始末が悪い。

 二人が顔を見合わせて、これ以上何を言っても駄目だと諦めマルコムを見守るだけにした。




 収穫祭とは言え夜が更け、日付も変わる頃となれば人通りも無くなるのが裏路地だ。

 ふらふらと歩くマルコムとお付きの二人以外は全く見えず、所々にある酒場から漏れる光で人がいる事を証明しているだけだ。

 その光も見えない暗い路地へと曲がった時である。


「……ツ!!」


 後ろを歩いていたお付き一人が小さな声を漏らし、力が抜けると同時にもう一人にもたれ掛かる。


「おいおい、どうしたんだ。お前まで酔ったか?」


 前を行くマルコムの事を気にしつつ、相棒を起こすために体に手を添える。全ての体重を乗せられ、力の限り相棒を立たせようと奮闘するのだが、相棒の足に力が入らないのかズルズルと石畳が近づいてくる。


「ふざけるなよ!!」


 声を荒げるがそれに反応する事も無く、ついには石畳に顔を沈め、うつ伏せに寝転んでしまった。


「どうしたってんだ?」


 先を千鳥足で行くマルコムを気にしながら相棒をどう運ぼうかと考える。普段使わない筋肉を使い、体中に汗が噴き出ており、当然ながら額にも汗が噴き出ている。手で汗をぬぐうがその手の感触は汗ではなく、何かぬるっとした何かが額を濡らしていた。

 いや、いやな予感が脳裏をよぎり、手を薄い月明りに照らすと、恐怖が体を貫く。

 暗いながらも赤く染まった手がそこに見えたのだ。


「うわわぁぁ~~!!」


 よく見れば服の至る所が赤黒く染まっていて、特に相棒がいた右側と体を受けた正面が酷い。それを気にして相棒を見れば、首元から赤黒い血がまだ流れ出ているのがわかった。

 首を後ろから一突きにされ即死したのだろう。


 足音も立てずに暗い場所で自由に襲い掛かる殺人者がいるとわかり、警戒をするのだが時はすでに遅かった。この男も同じように後ろから首を一突きにされ、地面へと横たわると息を引き取ったのだ。




「あぇ、どこ行った~?」


 呂律の回らず、思考も衰え、暗い闇を見渡すしか出来ないマルコムは呆然と立ち尽くす。頭がぐるぐると回り、足がプルプルと震え、立っている事さえやっとだ。


「お~い、いい歳してかくれんぼか~?置いてくぞ~」


 そして、振り向いて歩き出そうとしたときに頭を鈍痛が襲い、目の前が真っ暗になるのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ここは何処だ?」


 マルコムが目を覚ますと目の前に、いや、見渡した辺りには身内の人達が数人詰めていた。体は異常が無く思え、上体を起こそうとした。


「怪我人は起き上がる必要はない。しばらくそのまま寝てていい」


 声を掛けて来たこの男はもうすぐ五十歳に届く年齢でマルコムの父であり、そしてマクドネル商会の当主である。細々と商売をしていた代々の商家を継ぐと、一代で王都でも五本の指に入る豪商にまでした人物である。その忙しすぎる当主がこの場所にいる事が不思議な事でもある。


「親父、どうしてここに?」

「馬鹿者が。実の息子がこんな事になり仕事が手に付くと思っているのか?」


 マルコムは何が起こっているのかサッパリわからずにいる。自らの体は健康で何処にも怪我はなく、いつでも起き上がれる。そう思っているのだが、周りの父親以外を見ても一様に触れてはいけない事が起きていると顔の表情に出ていた。腕を動かせば被せてある布団が動き、そして指も動く。足も同じく膝を立てれば布団が山になり、足の指はぎこちない何時もの動きをしている。何をその様な顔をしているのかわからないのだ。


「なぁ、何でそんな顔をしてるんだ?」

「自分の体なのに感覚が無いのか?」


 マルコムの父親の後ろにいた執事がいちまいの紙をマルコムに渡してきた。


「なんだ!これは!!」


 その紙を見たマルコムは寝ていたのも忘れ大声で叫んでしまった。


『我はこの者に天誅を与える

 幾人もがこの者の毒牙にかかり

 生きている今を憂いている

 今ここに誅するはマルコムなり

 己のその姿を嘆き、全ての者に心より謝罪を


 我はその者の象徴を奪う』


 血に汚れたそれに書かれていた文字は、何を奪うとは書かれていない。

 そう、ナニも。


「わかるか、お前の今まで女性に悪戯した象徴が無くなっているのが」


 父親に言われ何となくそれらしいモノを思い浮かべ、マルコム自らの手で自分のシンボルをまさぐった。しかし、その場所には何もなく、マルコムは絶望の底へと落ちて行く事になるのだ。


 マルコムは飛び起き、布団をはがし、見ている者がいる事も忘れ履いていたズボンを下ろす。感触で分かっていた事だが、その目で見た事により、改めて絶望を覚える。

 そう、男性のシンボルが無くなっていたのだ。


 マルコムは考える。


(オレが何をした。ただ、ちょっとだけ女性と関係を持っただけではないか?良い女を見つけたから手を出しただけではないか。それが何故こんなことになった?)


 そう、女性と関係を持っただけだ。王都に住む女性、旅で王都へやってきた女性、旅へ出かけた時に出会った女性、それだけでないか。何故なのだろうか?マルコムは理解していなかった。それがどれだけ大変な事かを。


 王都に住んでいたアンジュと交わした結婚を一方的に破棄し、アンジュの人生を狂わせた。それだけでも十分に女性に対して不信感を与えるに足るだろう。


 そして、もう一つ、その人数が膨大である事だ。

 膨大としたが、正確な人数がわかる訳も無く三桁超の女性が被害にあっている事は確かであった。

 さらに父親からの止めの一言である。


「今までお前の後始末に苦労していたが、これから無くなると思えば楽になるな。だが、もうお前は要らん。動ける様になったら何処とでも好きなところへ行くが良い。店は次男、三男に継がせる」


 そう言い残すとマルコムの父はその部屋から出て行った。

 自分の息子が不祥事を起こし、尻拭いをしてでも守ってきた。今考えればそれは息子の為に非ず、むしろ行動を増長させる結果になっていた。後悔してもしきれぬ思いを抱いていたが、それは通じる事は無かった。

 背中には愛する息子をこの様にした懺悔の思いがにじみ出ていた。


「く、親父!! 親父!親父!親父!親父!親父!親父! 親父!親父!親父!親父!親父!親父!」


 マルコムはいまだに出している下半身を気にもせず、そこから去って行った父親に向かいありったけの声で叫び続けた。


 そして、マルコムは……。




 ……壊れていった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「お疲れ様。上手く復讐出来たかい?」


 椅子に座り机の上に足を乗せた部屋の主が声をかける。机と言ってもそう立派な作りでは無いが、左右に引き出しが三段ずつ付いており、仕事の書類をため込んでおくには丁度良い。

 処理を終わった書類は壁際にあるファイル棚へと纏めて保管に移されるため、机は使い勝手重視で選ばれている。

 まだ仕事を始めたばかりであり、纏める書類などそうある訳も無く、がらがらの棚が早く役目を貰いたいと嘆いている。


「ええ、上手く行ったわ。これで思い残すことはないわ」


 声はソプラノよろしく、女性特有の綺麗な高い声を発している。

 また、体に密着する動きやすい服装からは腕と足に筋肉が程よく付き、身体のくびれからも艶めかしさを出している。


「それにしても、いつ見ても良い体してるな~。惚れ惚れする」


 この男にとっての良い体とは性的な意味ではなく、筋肉の付き方や動きなどを意味する。


「いえ、まだまだですわ。訓練をもっともっとしなければこれ以上の仕事は出来ませんし」


 謙遜して行っている様だが、事実だから仕方がない。研ぎ澄まされた感覚を養った騎士や魔術師など少しでも動きを察知できる能力を持つ者に太刀打ちできない事は十分承知していた。


「それでそうだ。初めて人を()()()気分は」


 男は机の上に投げ出していた足を引っ込め、その代わりに肘を着き両手を合わせ、手の甲で顎を支える様にしながら話し出す。先程と代わり、顔は真剣だ。


「ええ、人を二人()ったわ。まだ実感は湧かないわ」


 女もその事を気にしているのか、表情は硬いままだ。達成感が人を殺めた実感を消しているので数日のうちに震え出す事は間違いない。だが、今はこの男の指示に従って復讐出来た事に感謝をするだけだ。


「君に出会ったときは我武者羅に自らを鍛えるだけの鋭く脆い刃だったのに、この一か月でずいぶんと変わったね。もちろん、良い方向にだけどね」


 男と女の出会いは一か月前程であった。王都の中を我武者羅に走り回っている女を見て、何か感じるものがあり声をかけたのだ。そしていろいろと話をしている内に仇となる人物の事、そして自分の事も明かし、二人は協力し仇討ちをする事にしたのだ。


 しかもその仇討は女自らを(おとしい)れた男に対する事で、生きながらに人生を後悔させる酷い復讐であった。




「それでどうする、これから私の所で働くか?」


 目の前の良い女を勧誘し、自分の下で働かせたい。これだけの腕前、さらにこれ以上を目指す向上心。仕事ができる人を野に余らせて置くのは惜しいのだ。


「ええ、貴方の指示通りに動いて復讐を成す事ができたわ。その情報能力に感謝するし、これからもお願いしたいわ」


 その言葉に男は立ち上がり、


「そうか、それはうれしい。ようこそ、【モンクティエ探偵事務所】へ、()()()()。私たちは君を歓迎する。改めて、所長のミシェール=モンクティエだ。よろしく」


 二人しかいないこの部屋の中で、見シェールの出した手をアンジュは握り、握手を返した。


「さて、お祝いをしないとね」


 奥にあるドアを開け、数人がいる事務所へと入って行った。


 モンクティエ探偵事務所が正式に発足した瞬間であった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ここは王城のカルロ将軍の執務室。


 いつもの通りに自分のテーブルに向かい書類と格闘中であった。一人の男を目の前に据えている事を除けは。


「麻薬の広がりはどうだ?何か変わったか」


 難しい顔をしながら書類に目を通し、署名欄にサインを書き入れるカルロ将軍。軍を預かる責任者とは言え備品の購入、訓練計画案、人員補給など部下から出される決裁書類を見るための仕事は山の様に出ていいる。

 悪い事にこの時期は王都での収穫祭の警備計画などと言うふざけた仕事の為、楽しめる要素がゼロになるのだ。本来であれば見て楽しみたいのだが、最高責任者である為土台無理であった。

 機嫌が悪いのは仕方がない。だが、


「まだ目に見えて流通量が減る事はありませんが、在庫が無くなってきたようで末端価格が少しずつではありますが値上がりしているようです。間もなくあのルートでの流通は無くなると見ています」

「そうか、引き続き頼むぞ」

「承知いたしました」


 目の前の男が”あのルート”と指したのは、アーラス教教会経由のルートである。

おおよそ二十日前、”黒の霧殺士”を捕えるために調べに入った教会で見つけた麻薬が下水路を通り広まっていた事を突きとめていた。


「それで、いつ頃に調べに入れるか?」

「収穫祭も終われば、直ぐにでも」


 そう、アーラス教会から麻薬の卸先がわかり、販売組織を割り出して見張りについていた所なのだ。


「引き続き、()()()()()()()の見張りは頼むぞ」

「お任せあれ」


 カルロ将軍はそう言い放つと、目の前の男は静かにカーテンの裏の隠しドアから出ていくのであった。


いつも拙作”Labyrinth&Lords”をお読みいただきありがとうございます。


気を付けていますが、誤字脱字を見つけた際には感想などで指摘していただくとありがたいです。

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これからも、拙作”Labyrinth&Lords”をよろしくお願いします。

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