第六話 エゼルの誕生日【改訂版1】
2019/2/27改訂版
エゼルが孤児院に住むようになって四日目。
この日は十月二十日、エゼルの四歳の誕生日だ。
エゼル本人がスイール達に満面の笑みで言っていたから間違いないはずだ。
そのように身分証の申請時に記載もしてあるから変える事は基本的には不可能だ。
この日が誕生日と知ってからスイールは、そわそわとして落ち着きが無かった。目に入れても痛くない程、可愛いと思えるエゼルの誕生日を待ち望んでいたからである。
そして、初めてのプレゼントに何を送ろうかと考えるだけでも、楽しく思えたのである。
ちなみに自らの誕生日は何時だったかと記憶の奥底に忘れ去ってしまい、年齢すらわからず仕舞いなのである。
そして前日、昨日の事である。自らのあばら家に設けられた郵便受けに待ち望んでいた領主館からの封書が届いたのである。当然、中身はエゼルの身分証が出来たとの通知である。
何をエゼルに送ろうかと考えた末、ある物を二つ、用意した。一つは四歳の子供にはまだまだ早いかもしれないが、誕生日に贈るには丁度良いタイミングでだと考えた。
手持ちの装備の中からそれを取り出し、綺麗に整備し直し、納品する薬と共に台車に乗せるのである。
台車には、シスターから頼まれた様々な薬が所狭しと並べられ、日光と埃から守られるべく厚手のシートが掛けられていた。普段は斜にかけた鞄で足りる量の薬しか持ち歩かないが、この日はシスターからの納品量が通常の倍だった事もあり、台車の登場となっていた。
そこに、エゼルへのプレゼントも乗せられ、台車を引いてブールの街へと向かうのである。
ブールの街の南門に到着すれば、いつもの門番のお喋りオットーが見えた。
「ややっ!スイールさんじゃないですか。また、納品ですか?」
ガチャガチャと音を立てる台車を見ながら、納品御苦労さまと気楽に挨拶をする。
「オットー君、真面目にお勤めしないと怒られますよ。気を付けてくださいね」
何時もの会話であるが、少し冷やかし気味に返してみた。彼も悪気があって挨拶をしているわけでは無いので、スイールの言葉も控えめである。
「いやいや、これはご丁寧にどうも。あれ、この包みは何ですか?」
オットーも慣れているのか、彼の言葉を綺麗に躱して、台車に気になる包みを二つ発見したのである。いつもの薬瓶とは別に、見慣れぬ長細い物が布に巻かれているのだ。この男に限って危険な行為をする訳も無いと思っていたが、もしかしたらと思い、職務を全うするのだった。
「これね、誕生日の贈り物だよ」
「あれ?誰か誕生日ですか?僕、知ってる人ですか?」
「この前来た時に子供がいたのを覚えてる?」
「あぁ、覚えてますよ。”変り者”に手を繋がれて、妙な組み合わせだなって思いましたが」
「”妙な”って失礼だな。まぁ、その子供をね、私が後見人として育てることにしてね、その子の誕生日が今日なんだよ。これから教会まで行って、納品とその贈り物をするのだよ、オットー君」
スイールが満面の笑みを浮かべて、オットーに答える。
「やゃ!とても嬉しそうと顔に書いてありますよ」
「おぉ、そうか?」
同じように満面の笑みを浮かべるオットーに言われ、スイールは顔を手で覆って口元を隠す。
「それで、ここは通っていいのかな?」
「また職務を忘れるところでした。スイールさんと話してると、どうも忘れっぽくなっていけませんな。どうぞ、お通りください」
冗談ですよと返して、軽く敬礼をしてみせる。
スイールとオットーの二人の会話は、最後に軽く敬礼をすることが毎度毎度の決まり事であった。
街に入ると早速教会へ向かう……の前に、領主館へ出来たと通知のあった身分証を取りに足を向ける。
街中はいつも通りの賑わいを見せ、様々な屋台やその売り子などが、いつも以上に張り切って声を掛けている。既に収穫祭は終わりを告げているから、新鮮な野菜を使ったサンドイッチなどがお手軽に楽しめる。
屋台の出ている通りを眺めて足を進ませれば、あっと言う間に領主館へ到着する。
そして、案内された窓口で、届いた書類を見せれば、すぐに身分証を渡される。
「はい、スイールさん、こちらに出来ていますよ。無くさないようにしてくださいね」
窓口の係員から、綺麗な一枚のカードを手渡される。
当然ながらスイールもいつも持ち歩いている、トルニア王国の身分証だ。
その身分証カードを眺めていると、エゼルにも身分証ができたと胸がいっぱいになった。
「ありがとう。急いでくれたのか?」
「そんな事はないですよ。たまたま作成する役人の手が空いてただけじゃないですか?」
「そうなのか?でも、感謝するよ」
”どういたしまして”と頭を下げる係員へお礼を告げると、手にしたカードを鞄に仕舞い、領主館を後にして次なる目的地を目指した。
今度こそ、教会へ……ではなく、違う場所に足を向けるのだ。そう、守備隊詰所である。
「ジムズ、いるか~?」
近くの兵士に尋ねるのも面倒になったのか、入り口をくぐると大声で叫んで呼び出すのだ。そして、スイールの耳に小走りに駆ける足音が届けば、慌てている様子が浮かんでくる。
「おう、そんな大声出さんでも聞こえるわ。周りに迷惑がかかるだろう。それで、今日はどうした?」
「まずな、エゼルの身分証が出来たんで貰いに行ってきたんだ」
「もうか?早いな!」
あの時申請した身分証が早くも出来たと驚きの声を上げる。
「それともう一つ。今日はエゼルの誕生日だ!!」
「なにぃ!!あ、領主館で誕生日見て覚えたのに忘れてたわ」
先程よりも大声でジムズは叫んだ。スイールと同じように可愛らしいエゼルを祝いたいとその日は思っていたのである。だが、守備隊の隊長を預かる身からすれば、その忙しさにすっかり頭から抜け落ちてしまったのだ。
「ジムズお前ねぇ。まぁ、そんなことだと思ってたけど。これから、エゼルの誕生日を祝おうと思ってね」
「そうか、オレはちょっと今日は外せないんだ。また今度、来た時に一緒に連れていてくれよ。あ、別に一緒じゃなくてもいいのか。暇見つけて、孤児院に遊びに行ってみるわ」
すっかりとエゼルの誕生日を忘れ、少し残念そうなジムズを置き、守備隊詰所を後にした。そして、ようやく、当初の目的地の孤児院へと向かった。
カラ~ン!!カラ~ン!!
教会の裏手の母屋へ到着すると、来客を知らせる鐘を鳴らす。
「はいは~い、どなたですか~?」
シスターが奥から声を掛けながらパタパタとやって来て、玄関のドアを開けると驚きの顔をみせてから、来訪者を歓迎する。
「あれ?また鐘を鳴らしたんか?どういう風の吹き回しだね?どこか頭打ったりしてないかね?良い薬が有るから塗るかい……ってお前さんの薬だったね」
悪戯好きの子供の様に、スイールをからかう。全開の来訪に引き続き、今回も鐘を鳴らしたのだ、これが言わずにいられるだろうか、と。
「シスターまで……。折角エゼルの誕生日だってのに、それはないでしょう。それと、薬をお持ちしましたよ。あぁ、薬がいらないのでしたら、街のお店に卸しちゃいますけど」
「ほんとに冗談が通じないねぇ。エゼルは中にいるから入っておくれ。薬はこっちの棚に入れておいてくれ。代金は後で払うから、書類だけ初めに貰っておくよ」
「それでは、これが明細です。あとで確認してください。エゼルは元気にしてますか?泣いてたりしませんか?」
鞄から出した一通の封筒をシスターへ渡すと、玄関先にある薬の保管棚へと仕舞い始める。それがすべて済むと台車を表へ出して、子供たちが遊んでいる部屋へ、シスターと向かう。
「エゼルね。もう、元気に遊びまわってね、手に負えないったらありゃしないよ。何とかならないかい?」
「とは言われても、私も一緒にいたのは保護した時だけですからね~」
「まぁ、そうだよな。元気なのは暗いよりもいいけどさぁ……」
がっくりと肩を落とすシスターであったが、気を取り直してエゼルを呼び出した。
「おう、エゼル、久しぶりだ」
「あ、おじちゃん。こんにちは」
スイールの前にエゼルが駆けてきて、ちょこんと頭を下げて元気に挨拶をした。
「挨拶できたか。今日は何の日かわかるか?」
「あ、ぼくのたんじょうび!!」
「そう、ほらプレゼントだ」
二つの細長い包みをエゼルに差し出した。
「これ、なぁに?」
不思議そうに首を傾げ、布を巻かれた二つの物体を眺める。そして、巻かれてる布を取りながら、それが何かをスイールは説明する。
一つは長さ50センチ位の棒状の物。知る人から見れば杖、その物である。
もう一つは子供が持つには危ない物であるが、そのうち生活や狩りで使うであろう、刃渡り30センチのナイフである。
もちろん、ナイフは鞘に収まり、留め具で止まっているので、すぐには抜ける事は無いだろう。
「プレゼントだけど、この杖の方は持っててもいいけど、ナイフの方はちゃんとした使い方を知るまではシスターに預かっててもらうからね」
スイールはナイフをエゼルから預かると、シスターへ差し出す。
「はいよ、私が責任を持って保管おくからね」
エゼル本人は二つのプレゼントを目にしても、嬉しそうな顔を浮かべず、何処か困惑している。プレゼントと言われたが、不満なのであろう。
「で、これからが本番なんだけど、エゼル、よく聞くんだよ」
「なに?」
「この前、約束しただろ。魔法を教えるって」
「え、え?ホントに!?」
不満な顔をして落ち込んでいたエゼルだったが、魔法を教えてくれると聞き、両手を上げ、体全体で喜びを表している。。
そう、スイールと会った最初の日に、エゼルが目を輝かせて見た大道芸人が魅せた、手から火をとうとう出せのだと。
「その杖はその練習のために使う物だ。だから、大切にしなよ」
スイールの問い掛けに”うん”と、大きな声で素直に答えるエゼル。
「それじゃ早速、魔法を教えようか。今から大丈夫かな?」
「うん、だいじょうぶだよ!」
とうとう、僕にもあの不思議な現象を起こす事が出来ると、遊びそっちのけで答える。
「そうしたら、外の広い所がいいかな?あぁ、シスターも一緒にいかがですか?」
「あたしは遠慮しとくよ。アンタの事だから一言、言っとくけど、危ない魔法はまだまだ教えないでくれよ」
シスターは面倒だとばかりに、同行を断った。
そして、裏手の広場へ向かうのだが、この練習がとんでもない事を引き起こすとは、スイールも知る由もなかった。




