カース
激痛に苦しんでいる氷空に俺はゆっくりと歩を進める。相手は激痛で苦しんでいるが、それはひょっとしたら演技かもしれない。それを警戒して、一定以上の距離は近づかない。大体五メートルくらいがいい塩梅だろう。
「チェックメイトだ」
俺は自分でもキザだな、と思うくらいキザなセリフを吐いた。事実として、今の氷空には銃弾を回避する手段はない。もし、無傷だったら俺の銃弾を躱すことができるかもしれないが、今の激痛を感じている状態では無理だ。
例えば、地面の土を掴んで俺に投げかければ、目くらましにはなるだろう。しかし、それでも飛んで四メートルがいいところだ。野球ボールのように少々の重量があれば楽に届くけど、地面の砂じゃね。
用心のためハンマーを起こし、次射の装填をする。
「ねぇ……兄上」
「なに?」
「一つクイズです。……例えば、私がここで即発系の魔法陣を予め仕込んでいたら……どうなりますか?」
なんだよ、それ。まず、決闘前に魔法陣を仕込んでおくのはルール違反だ。決闘とは対等な条件で行われなければいけない。そうでない場合など、ただの殺し合いだ。
氷空がもし、そんなことをしていたのだとすれば、俺は氷空のルール違反を申告することができる。そうなれば俺の勝ちだ。
「仕掛けてるのか?」
俺は短く問う。
「冗談ですよ。でも、そういう用心をした上で私を狙っては?蒼龍!」
即座に氷空のいいたことを理解した。つまり、呪術を使うってことか。
氷空の足元から二匹の蒼龍が出現し、俺に襲い掛かってきた。全長十メートルに達する二体の蒼龍は、銃弾などで倒せる代物ではない。
その皮膚は戦車の一撃すら防ぎ、口からは蒼白い炎を吐く。よくある龍種の一種だが、これでも下位にあたる。八大地獄の中に鉄竜火処、という場所があるが普段はそこにいる龍種だ。
中には千の首を持つ龍、というのもいるが、そんな大それたものは氷空にも、俺にも召喚できない。
それでも、蒼龍は今の俺にとっては強敵であることに代わりはない。
「白壁」
向こうが呪術ならこっちも呪術で対応するしかない。蒼龍が俺に牙をかける瞬間、俺は岩石で造られた壁を出現させた。それが盾となり、蒼龍の牙を防いだ。
バックステップをし、蒼龍から距離を取り、追撃に備える。まず、鬼の筋力を付与する。鬼の筋力は時に龍すら凌駕する。ただし、人間サイズでの再現なので、鬼の筋力の一割程度が関の山だろう。
さらに、結界兼自動防衛機構である炎陣を自分の周囲に纏わりつかせる。少しでも俺に触れようとすれば、たちまち地獄の炎がその身を燃やし尽くすだろう。
「蓮滅永劫」
最後に二頭の蒼龍を消す目的で、『死の季節』を発生させた。仏教において蓮は世界で最も美しいもの、と言われている。それが永劫に消える、ということは仏教界において末法時代に等しい。
太陽信仰なら太陽が消える。偶像信仰なら偶像が消える。イスラム教なら経典が消える、みたいなものだ。今回は、蒼龍の命の灯火を消した。
蒼龍は悲鳴すら上げることなく、闘技場の地に伏した。瞳からは光が消えていて、死んだことを物語っていた。
客席や、実況席の人間はこの異様な光景に目を疑っていたことだろう。何せ、今闘技場のステージで起きているのは、瘴素を全く用いていない人外の法だ。
彼らにとって、そんなものを使える、というのは創造ができないことだ。
そもそも、瘴素とは魔導師が神の奇跡、魔法を行使するための媒体のようなものだ。それがなければ、魔導師の口する『言葉』はただの言葉だ。大体、魔導師の世界一般的に知られている様に、地獄を訪れた程度で魔法が行使できるようになるわけがないだろう。
訪れて得られるのは権限のみ。それを介するための瘴素だ。
では、今自分たちの目の前で顕現している、あの魔法はなんなのだろうか。敢えて魔法と呼んでおこう。彼らには呪術という概念がないのだから。
そして、その瘴素を介さない魔法を行使している俺らを、彼らはどう思うだろうか。こう思うはずだ。
異端だ、と。
『フレイアさん!これは一体何なのでしょうか!?彼らは全く瘴素を介していなのに、魔法を行使しておりますが……!?』
実況席では驚き慌てている元解説者の声が響いていた。
その問いにエリスは呻くように応える。
『一度、千乱から聞いたことがある。あれは……』
『呪術、だよ?』
唐突にまた誰かが割り込んできた。
男の声だ。
ここで男の声で、呪術についてしっているとすればアイツか。
*
千乱が一人の人物に予想をつけている最中、その人物はズケズケと実況席に入ってきていた。ぼさっとした髪型。一般的に見れば美形にあたる顔立ち──というか魔導師が全体的にそうなのだが──なのだが、ぼさっとした髪型がそれを台無しにしている。
鋭い眼光などは見るものを射抜き、スーツなどを着て髪型を直せば、ドS上司みたいな男だ。女性限定アンケートで、こんな上司になら自分の体を預けてもいい、と応えるような男と考えてもらえればいい。
その男、島城棋世はゆっくりと実況席に入り込んでくると、拡声魔法で話し始めた。
『呪術、とは魔法以上に歴史が古い人外の法だ。その歴史は千五百年だか六百年くらいあるらしくてさ。こいつの習得はとても困難なんだと。
で、こいつの一番のメリットは瘴素を用いずに人外の法を行使できることだな。デメリットは、と言えば使えば使うほど精神が汚染されていくことだけど、そいつだって時間が経てば薄れていく、らしい。言うて応用範囲は狭いみたいだけど』
棋世はさらに続けた。
『千乱や氷空ちゃんの生家はこの呪術の大家らしいんだけど、どういうわけか……にゃお!』
突然銃弾並みの速度の小石が棋世の脳天を直撃した。その打撃の威力により、棋世は気絶はしないまでも、仰け反ることはした。
僅かな目の節で棋世が捉えたのは、満面の笑みを浮かべている千乱の顔だった。




