ディーゼル・タイプ・ソウト
燃え盛る蔵の隅に氷空は倒れていた。
焔によって、体中が手ひどく焼かれ、毛根も絶滅している。左手の指は親指以外残っておらず、少し触れるだけで木炭のように体から腕は剥がれ落ちた。
それでも氷空は悲鳴一つ上げない。もう痛みすら感じていないようだった。
黒焦げになったその体を丁寧に抱き上げ、俺や茨木の人間は屋敷へと退避した。当然ながら輝夜への警戒も怠らない。常に十数名の呪術師が背後を警戒していた。
屋敷に氷空を連れ込み、即座に治療に当たった。かろうじて息をしているのが不思議なくらいだ、とあとになって思った。色々な方法で治療を試みたが、そのどれもが失敗した。
全身大やけどならまだしも、骨まで炭になってしまってはどうすることもできない。呪術を用いても、それは同じだった。
だから、俺は氷空の治療をする際に、自分でも吐き気を催すくらいの禁呪を行うことにした。
もう体が治らないのなら、作り変えてしまえばいい。そう思ったのだ。もし、異端審問官とかがいれば抹殺されるくらいの人の領分を超えた邪法だった。
そのために必要なのは空の肉体、つまりは魂が入っていない肉体だ。要は死体だ。
空の肉体に魂を入れれば動き出す、という簡単かつお約束な方法。死に貧す度にこれを繰り返せば、ある意味では永遠の命を体現できるだろう。
しかし、そんなものが都合よく転がっている訳がない。いくら茨木といえど、死体を長い間良い保存状態のまま保管しておくような習慣はない。
ので、俺はさらにもう一つ、人としての領分を超えた。輝夜という人外の化物から肉体を切り取るという行為だ。そして、その肉体の一部を培養し、人の体を一つ作り出した。
まず、未だに燃えている輝夜からどうにかして皮膚の一部を刈り取った。さすがに攻撃をされて輝夜が黙っているわけもなく、すぐに攻撃をしてきた。
まるで野獣のようなその動きは、人間であった、などという幻想を軽く打ち砕いた。連れてきた呪術師たちや分家当主の一人が犠牲となって――いや言葉飾りはやめよう――盾となってくれなければ、俺は喰われていただろうな。
皮膚を持ち帰った俺は、その皮膚の情報を氷空に即座にコピーした。その副産物として、氷空の体の情報が書き換わっていったのだ。
その時点で氷空、という人間はもう情報体としての存在は消えたに等しかった。結果、氷空は姿形がまるっきり輝夜と同じになった。勿論成長した姿、という意味である。
唯一違うのは髪の色くらいだったが、それも今となっては白髪になっているので、うんなんなんだろうね。
目を覚ました氷空が自分の容姿の変化に対応できるように、俺や茨木家の人間は氷空の記憶を物理的に、と呪術的に、のに方向から弄ることにした。
まず、物理的な記憶の改竄だが、こっちは氷空のこれまでの写真などを偽装することから始まった。それから、彼女とよく修練をしていた分家の子どもたちにもキツイ口止めをした。
呪術的な方法は物理的な方法に比べれば、まだ楽な方だった。氷空の記憶データーを改竄するところから始まり、幾重ものプロテクトを張った。
ただ、その際に俺は、俺が『思い出してみれば』という一言を発した時のみプロテクトが外れるように細工した。これは俺からのせめてもの償い、と捉えてもらえればいい。
彼女が将来記憶を取り戻そうとした時に、俺を頼ってきた場合を考えてのことだ。ま、無駄に使ってしまったけどね。
*
「さて、今の話を聞いてそいつを信じるか?それとも信じないか?」
俺は喉が枯れるくらい語り終わって、氷空に向き直る。正直水がほしい。今、喉がすごくカラカラなのよね。
「信じるも何も信じるしかないんじゃないですか?あんな物を見てしまった後では……」
氷空は軽蔑的な視線をワンレッグテーブルに向けた。
「そうだね。普通はそう考えるよね。──で、これからどうするよ?留学二日目から知りたいことを知っちゃったわけだけど……」
俺個人としては、このままさっさとご退場願いたい。正直、自分の過去の黒歴史みたいな存在を四六時中監視してるっていうのは心に堪えるし、何よりも不毛な時間を過ごすだけだ。
どうせ、ミラノの学生なら手前勝手な理由で帰還することもできるだろう。
「そうですね、私としてはもう知りたいことは知れましたしね。もう帰ってもいいかもしれません。でも……」
一旦言葉を切り、氷空はいきなり落ちてきた雪のような笑顔をはじけさせた。
「でも、昨日他にも面白いことを発見できたので、そっちを今度はやろうかな、と思っています」
「何それ?」
「教えたら負けですよ。私は留学期間が終わるまで、その面白いことに従事するつもりです。──兄上、色々と覚悟してくださいね?」
何を覚悟するのだろうか?
うーん、思い当たる節がないなぁ。いや、あるにはあるけどそれが面白いことか、と問われれば、当然答えはノーだ。そんなことで恨まれたら体が持たない。
「というわけで、近日中に私の憂さ晴らしに付き合って下さい」
「何がというわけで、なのさ」
速攻で突っ込んだ。
まず、何がというわけで、なのだろうか。さっきの「覚悟してくださいね?」という宣言からの脈絡がまるでない。
次に、憂さ晴らしって何?サンドバッグ代わりですか?それならノーセンキュー、そうノーセンキューなのだよ!
「いえですから、兄上が五年に渡って私を騙し続けてきたことへの憂さ晴らしですよ。それくらいをする権利はありますよね?」
氷空は笑顔で俺の問いに応えた。その笑顔には一切の悪意はなく、純真無垢な天使のそれだった。うーん、やっぱりもう一回顔面整形しようかな?
そうすれば、俺の気も少しは収まるはずだ。
「どうなんですか、兄上?やる、やらないをはっきりしてくださいよ」
氷空はズケズケと俺に迫ってくる。
断るのは、不可能だな。
「オーケー、じゃぁ四日後の正午でいいか?その日って土曜だから学校休みなんだよ」
というか、それくらいの時間がないと、イリアを説得できそうにないし。まぁ、泉さんがゴーサイン出せばイリアも折れるんだろうけどさ。
「四日後、ですか……。………わかりました。では、四日後に第三闘技場で会いましょう」
そんな様なセリフを吐いた氷空だったが、俺がいなくてはこの地下牢から出られない、という事実を知ると人間らしく赤面した。
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