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双華のディヴィーナ  作者: 賀田 希道
氷華誕生編――Birth of Flores
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アイ・ドントゥ・ワンツ・トゥー

 泉さんは綺麗な人だ。

 仕草とかもそうだけど、何よりも典型的な美人だ。


 髪は黒のミディアムで、俺から見て左側に一房だけ長い髪がある。机越しで全体像はつかめないが、スタイルはかなりいい。身長は165センチくらいで、女性にしては大きい方だ。

 目つきは少しばかり鋭く、女性指揮官のようである。


 「ああ、茨木君、よく来てくれました」

 俺をねぎらって、彼女は来客用のソファーを勧めた。イリアの部屋同様に長机を挟んで、二台のソファーが置かれている。


 「それでは早速本題に入らせて頂きます。まずはこれを……」

 泉さんは俺の前に複数の生徒の名簿を置いた。男女の一貫性はなかったが、全員が執行委員会が把握している泉さんの手駒の生徒だった。

 全員が序列50位以上で、中には特殊な魔法を行使できる人間もいる。


 「これはつい先日、島内の病院に入院することになった生徒のリストです」

 「そうですか」

 「あまり驚かないんですね」

 泉さんはさして不審にも思っていないのに、不審そうな顔をしてみせた。顔芸が得意な人らしい。


 「こっちの事情は理解していますよね?」

 「まぁ、そうですね」

 泉さんは納得したように追求をやめた。事情という言葉だけ事足りたからかもしれない。


 「それで、こいつらはなんで入院を?」

 名簿の生徒を指差して、泉さんに聞いた。泉さんは少し考えたが、やがて口を開いた。

 「彼らは私の命令でとある調査をしていました。その過程で魔法による人体影響を受けたそうです」

 泉さんは悲しげに言ったが、要は詳しいことは把握していないようだった。ようです、というのはそう言う意味だ。


 つまりはただ口頭で聞いただけ、見舞いにすら行ってはいないだろう。本当にこの人はいい性格をしている。抱きついてしまいたいぐらいだ。


 「その魔法を行使した人間を俺に捕まえろと?」

 俺の質問に泉さんはかぶりを振る。さすがに下位序列者の俺にそんなことは頼まないか。そもそも俺は誰かを捕まえるのとか得意じゃないし。


 「いいえ、貴方に頼みたいのはその魔導師を殺処分してくれ、ということです」


 は?

 何を言っているんだ、泉さんは。

 殺処分と口にしたと思うけど、それってあの殺処分だよね。殺してもいいってことだよね?


 「とはいえ、可能なら捕まえて下さい。じっくり、ねっとり話を伺いたいので」

 要は拷問したいんだろ、その魔導師を。快楽主義者みたいな面しやがって。そんな目線を泉さんに向けたら、泉さんは笑って返してきた。

 その笑顔がなんとも怖かった。死神とかそんな感じの笑みだった。


 「命令されればいくらでもやりますけど、犯人の目星は?それがわかっていないんじゃ、探しようがありませんよ」

 「それなら問題ありません。その魔導師の魔法行使の残滓は回収済みです。それをトレースすれば自ずと犯人にたどり着けます」

 そう言って、泉さんは机の引き出しから、メスシリンダーに入った紫色の液体を取り出した


 それがあるなら島の管理組織にでも要請すればいいのに。どうやら泉さんがさっき言っていた調査とかいうのは、予想以上にヤバイことらしい。

 関わった人間が身体影響を受けてるんだから。

 

 新しく俺の前に置かれたシリンダーを見て、まず最初に思ったのが、これはかなり高位の魔導師が行使した魔法の残滓ということだった。

 これまで見てきた殆どの魔導師の残滓は、灰色か茶色だ。残滓は魔導師の階位が上がるに比例してだんだん濃く、どす黒い色へと変化していく。それはそれだけその人間の精神が地獄と密接になっているか、ということだ。


 残滓の色が紫色ということは最低でも第七、下手すれば第八層魔導師か。黒、でない分ありがたいと思うべきかもしれない。黒は第九層魔導師の残滓の色。

 お目にかかったことは十七年生きていて、二回だけだ。


 「探知ができますかね?」

 見た限りは保存具合は悪くない。トレースは可能だろう。しかし、相手がトレースに気づいては元も子もない。

 最悪呪いとかを逆流させられるかもしれない。


 「一応、この部屋は呪いの類は入ってこないような造りにはなっています。ですので、仮に向こうが気づいて呪いを放ってきても問題はありません」

 俺の問いに泉さんは安心できる言葉を口にしてくれた。高位の魔導師がそういうのなら問題はないのだろう。この人の前で魔法を使うのは嫌だけど。


 「Canem・et・persequeris」

 メスシリンダーから手乗りサイズの犬が出てきて、シリンダー内の残滓を嗅ぐ。ちなみにこの小犬は俺以外には見えない。それでも泉さんなら、何かいるな、ぐらいは感じ取れるだろう。

 子犬は残滓の匂いを嗅ぎ終わると、すたこらさっさと壁をすり抜けて、どっかに行ってしまった。言ってしまえばただのトレーサーみたいなものだから物理法則には左右されないのだ。


 場に沈黙が流れる。泉さんは俺の反応を伺って、時折俺の顔を覗き込んでくる。その間に何人かの統括委員が執務室に入ってきたが、誰ひとりとして俺については聞かなかった。

 きっと俺が泉さんの命令で執務室にいることは織り込み済みなのだろう。


 しばらくして、俺の子犬に反応があった。ただし、吉ではなく凶の方にだ。子犬の反応が一瞬で消え、数瞬後、少しだけ寒気を感じだ。

 残滓の主が子犬をかき消したついでに、何らかの呪いを送ったのだろう。食らっていたら俺も何らかの人体影響を受けていただろうけど、泉さんの執務室のお陰で助かった。


 その反応を敏感に察知した泉さんが俺に怪訝そうな視線を向ける、

 「失敗ですか?」

 「お生憎と……。でも、どの辺でトレーサーを消したのかはわかりますよ。教えましょうか?」

 つっても、高位の魔導師ならもうどっかに隠れていると思うけど。


 「いえ、別に結構です。それよりも貴方は引き続きその魔導師を追って下さい」

 「ま、もう島内のどっかに飛んでるかもしれませんからね」

 俺の言葉に泉さんの目が鋭くなる。


 高位の魔導師なら座標指定をすることで、何十キロも離れた場所に飛ぶとかいう芸当は可能だ。デメリットがあるとすれば、周囲の瘴素を大量に消費することと、何よりも体に大きな負担がかかることだろうか。

 基本魔導師はみんなインテリなので、余程のことがない限りは使わない。だって疲れるから。


 ただし、この島に限ってはそれができない。島内では可能だけど、島外に飛ぶことができないのだ。というのも、島全体を強固な結界で内外問わずに警戒しているからなのだが、それはまたの機械にしておこう。

 

 「じゃあ、俺はこれで」

 「ええ、調査の方、期待していますよ」

 最後に泉さんに釘を差されて、俺は執務室を出た。



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