ジィ・ドメイン・オブ・アンヒューマンズ
翌日の放課後、俺は氷空を連れて飛鳥島最北端、第二懲罰塔を訪れた。この塔は約二百年程前に建築され、全長は五階建てのアパートほどである。
外装も酷くボロく、コケ類がびっしりと石でできた塔に張り付いていた。隙間風などは壁に触れればすぐに吹いていることがわかった。
しかし、それはこの塔の真の姿ではない。
この塔はただの見せかけ。ハリボテのようなものだ。この塔の下に目当てのものはある。塔の中には水圧式エレベーターがあり、それが地下へと通じている。
塔に入ると、その水圧式エレベーターが鎮座していた。
円筒状の箱に鋼鉄を超える強度のワイヤーが取り付けられ、その上に滑車が付いていた。これが水圧を利用して伸びたり縮んだりするのだ。
エレベーターの大きさは大したことはなく、ビックロとかにあるのと同じくらいの大きさだ。意匠はとても細かいもので、木製であるというのにこれだけの意匠を施せるのはすごいと思う。ちなみに施されているのは、幾千もの騎士と騎士の戦争を表したものだ。
俺が起動用のレバーを引くと、音もなくエレベーターが動き始めた。エレベーターに扉がないので、しばらく俺と氷空は岩肌を覗く形になった。
その間、俺と氷空の間には会話はなかった。そもそも、こんな密閉空間で二人一緒にいるのが耐えられない、というのもあった。
五分後、エレベーターは少しだけ振動して、止まった。岩肌にすっぽりと空いた空洞の前で止まった。そこから先はカンテラが吊るされた回廊が続いていた。
カンテラの灯がなければ、暗くて前に進むこともできないだろう。
加えてこの回廊の瘴素が驚くほど枯渇している。つまり、この空間では大した魔法は使えない。
これはこの塔──というか地下牢だね──に収監されている存在が、魔法を行使しないようにするための細工の一つだ。
この地下牢の瘴素の多くは、この施設を管理するための巨大魔法陣に、常時接収されている。それらがこの地下牢の警備システムを担っているのだから、まさに一石二鳥である。
この地下牢に来る人間は殆どおらず、時折魔法陣の調節をするために、教師連中のうち何人かが訪れるくらいである。
回廊を歩いていくと、唐突に開けた場所に出た。
円形に開かれたその場所には、全て合わせて二十の鉄の扉があり、完全に光をシャットアウトしている状態だった。つまり、よくある鉄格子付きの窓すらなかった。
あんな空間で三日も過ごせば、大抵は発狂してそれ以上の生命活動が不可能になる。食料、というか栄養剤のような作用がある魔法があの牢の中には作用しているので、生きながらに死んでいる状態になるわけだ。可哀想に。
時折、ギャー、とか、出してくれー、みたいな悲惨悲鳴が聞こえてくるが、無視しよう。あの二十の鉄の扉の先にいるのは言葉に耳を傾けるだけで、精神支配されるかもしれない化物だらけだ。
彼らの多くはかつて高名を馳せた魔導師、その中でも最上位に君臨する存在だ。それが何故こん扱いを受けているのか、と聞かれれば、一言で済む。
彼らが正道を外したからだ。
正道を外す、ということはとどのつまりは人を辞めた、という意味で、怪物になったわけだ。よくある空想物の、獣人化、とは少し違う。
人の姿はしている。
ただ、中身が人ではないのだ。彼らの多くは人類にとっての危険度がレベル扱いするのなら、4や5。魔導師の中でも最上位たる第九層魔導師ですら、3がいいところだ。ちなみに3には他にも魔獣とかもそれに当たる。
4は英雄や神獣、下位の神や悪魔が当たる。分かりやすく言えば、核兵器が五十個くらい振ってくるようなものだと考えればいい。
5は最上位の神や、それに匹敵する大地の使徒、または高名な神獣、魔獣の類だろう。それ以上の存在となれば、もう世界一つを消しかねない。
そういった化物をこの場所は収監しているのだ。とはいえ、彼らとてまだ魔導師だから、瘴素がなければ何もできない。
だから、まだこの場所に収監できている、と言ってもいいかもしれない。
さて、この場所の説明はこれくらいでいいだろう。
俺たちの目的はこの場所の更に奥。この地下牢を過ぎた場所にある特別強固に造られた、最強の牢だ。
そこはさっきの地下牢とは違い、混合物最高硬度である、ボラゾンが使われている。熱に強く、ダイヤモンドの様に炎でなくなることもない。それが厚さ二十センチほどある。
加えて、それではこの奥の存在を抑えるのには不十分なので、五重に魔法的な防壁が施されている。この扉を破壊したければ、核爆弾を一千個はもってくればいい。それでも傷一つつかないけどね。
まぁ、流石にそれは嘘として、とりあえず核爆弾一発程度では傷一つつかないのは事実だ。この扉を開ける方法は俺が持っている鍵を使う以外に方法はない。
この地下牢を管理している魔法陣を破壊しても、前座の二十人が逃げる程度で、この牢には影響はない。システム的に完全に独立しているからだ。
俺はポケットから簡素な造りの鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んだ。ちなみに、ピッキングして開けようとすれば、たちまち体が爆散して、永劫転生できない呪いを負うことになる。
ズシリという重音を奏で、ボラゾンの扉が開いた。例え鍵を使って開けたとしても、簡単には中に淹れないように、という考えのもと、このボラゾンの扉の重量は三百キロほどある。
少しずつ押せば、最終的には開くので、単なる嫌がらせである。考案したのは俺なんだけどね。
部屋の中にはカンテラなどはなく、その代わりとして青白い水晶が複数浮かんでいた。これらは魔法的なものではなく、俺が茨木家が所有する鉱山で発見した、静電気を含む石だ。浮かんでいるのは静電気によるものである。そのため、当然ながらこの牢の中は多少の電気を帯びている。
その部屋の更に奥。
そこにこの部屋の主を収監する部屋があった。ここからが本番だ。この青白い部屋は、単に奥の部屋に収監されている存在が逃げ出したときのための、防衛機構にすぎない。
この部屋を収監されている存在が通れば、さてどうなるのかな?
俺は氷空を連れて奥の部屋の扉の前に立つ。
こちらはさっきのボラゾンの様な人工物による扉ではなく、神造金属を使用している。簡単に言えば、金剛石だ。こっちは正真正銘、核爆弾を一千個使っても傷一つつかない。
加えて最初の扉の二倍の量の防壁が施されている。
これを破壊できる存在がいれば、会ってみたいものだなぁ。
俺は最初に使った鍵をその扉に差し込む。鍵穴の形が同じなので、最初の扉さえ開けば、こっちに入るのは容易だ。ただ、仕掛け自体はえらく外と違う。
こっちは特定の人物が鍵を使わないと、開かない仕組みなっている。加えて、最初の扉も自動的に閉まり、脱出は不可能になる。ので、餓死して昇天する以外の脱出方法はなくなる。
扉はすんなりと開き、この部屋の主と俺たちを対面させた。




