ウェルカム・トゥ・ジィ・マイ・ディメンション!
「お前が茨木千乱だな?」
とその日の授業がすべて終わった時に、他クラスから押しかけてきた女子に聞かれた。
そう聞かれて、はい、と答えた。眼前にいるのは先日発狂していた4位様ことエリス・フレイア。もうすっかり体の調子もよくなったのか、以前の凛々しさが戻っている。
そんな女騎士様にも似た人間が俺のような下位序列者に何の用だろうか?つか、はやく帰りたいんだけど?
「先日の決闘においては貴様に助けられたのでな。礼を言いに来た」
ほどよく威厳を保った声だった。自分に絶対的の自信を持った、プライドの権化のような声。俺が嫌いな類の、それこそ反吐が出るような人間の声だ。
「いや、別に執行委員とし当然のことをしただけなので。だから、礼を言われる筋合いはないと思うけど」
「それでは私の気持ちが収まらない。せめて何か貴様のためになることをさせてくれ」
「ほんといいですって。そもそも下位序列者の俺がそんなもったいない思いできませんて」
それを聞いて、4位様の眉がピクリと動いた。
「なんだと?それでグレイの奴を倒したのか?」
かなり動揺しているようだった。自分が下位序列者に助けられた、ということへの驚嘆か、それともどうして下位序列者が高位序列者を倒せたのか、という疑問か。
「ま、相性の問題だな。俺が得意なのは持続系魔法。その中でも人体に影響与える類のだからね。4位様みたいな直接攻撃をしてくる連中には相性いいんだよねー」
「そういう姑息な人間を私は好かん。決闘とは神聖なものだ。外道な法で勝っても、なんの感慨もない」
「あっそ。まぁ、俺はどうでもいいけどね。卑怯な手を使おうが勝ちは勝ちなんだし」
言っていてなんかひどく自分が悪役に感じてきた。もし『勇者の冒険!』とかいうストーリーがあったとしたら俺確実に魔王の軍師的立ち位置じゃん。勝つためにどんな手段でも使いそうじゃん。
そんでもって、4位様は勇者役だよね。ボスを目前にして大壇上から長々と能弁してる軍師に光の一撃とか食らわせるパターンだよね!
「それは違う。勝利とは、自己の力を相手に見せつけた上で、一つの戦いを終わらせることだ。貴様の言う、汚いやり方での勝利など勝利ではない」
4位様は尚も冷静に俺に反論する。大した神経だと思った。普通ならここで怒るところだろう。
「でも4位様はその卑怯な手を使われて負けてんじゃん。それを自分の敗北だと認めないのはただのプライドの問題なんじゃないの?」
そういった瞬間、4位様の右手が俺の胸ぐらを掴んで、俺は壁に押し付けられた。見た目に似合わず随分と強引だ。
それに仮にも男である俺を、なんの抵抗もさせずに壁に押し付けるなんて、すごい力だ。密かに筋トレでもしていたのかな?
「言いたいことが二つある……」
理由は知らないけど、4位の声は震えていた。怒りで声が震えていた、とかいうやつだろうか。周りの視線が俺と4位に向く。
「ひとつは何故そうやって外法に走るかだ。貴様は何のために魔導師になった!」
叫ぶなよ。あと熱くなるなよ。なんで魔導師になったのか、だと?
「貴様が外法で決闘に勝ったとして、それほどまでに嬉しいのか?外法に走って、勝つことは尊いのか?違うはずだろう!」
「違わないよ」
自分でも驚くくらいすんなりと思っていた言葉がこぼれた。
「そもそも正々堂々っていうのは、自分の存在に対して自信のある人間がすることだ。俺はそんな大した器じゃないよ。勝利、それだけを求めているだけだ。そんな人間には、勇猛さも誠実さも、それこそ高潔さだっていらないだろ?」
自分で言っていて情けなくなるような言葉だ。悪い心持ちではないけれど、少しだけ言ってから悩む言葉ではある。
さて相手の反応はどうかな?
「そんなわけがるか!どれだけ落ちぶれようと人間は等しく高潔だ。そうあるべきだ!でなければ畜生と同じだ」
4位は表情を歪ませ、激しく俺の論を責め立てた。そうではない、と自己に言い聞かせているようにも見えるな。育った環境とかも影響しているのかな、人とはこうあるべきだ、みたいな。
そういうやつからこの世界ってのは死んでいくんだよ。ほんと、よくできてるよ。
「じゃ、その高潔さを証明してくれよ」
もういい加減にこの論争を終わらせたかった。こういえば向こうは決闘を申し込んでくるだろう。そこで負けてやれば、向こうは納得してこれ以上俺の私生活には踏み込んでこないはずだ。
向こうもハッピー、俺もハッピー、正に一石二鳥だね。
4位はしばらく考えたが、やがて首を振って、
「いや、もういい」と答えた。
その返しがあまりにも4位らしくなかったので、ちょっとだけ驚いた。この手の人間の性格からすると、大抵は怒って決闘とかを申し込んできそうなんだけどなー。
「これ以上貴様と話をしても無駄のようだからな。一応礼は言う。先日は助けてくれてありがとう」
そう言い残して4位は教室から出ていこうとした。
あ、そういえば、
「なぁ、二つ目の言いたいことってなんなんだよ?」
壁に押し付けられた時に、言いたいことが二つある、とか言われたっけ。最初のはまぁ、終わったとして、残った二つ目はなんなんだよ。
別に気にはしないけどさ。
「ああ、それか。私の名前は4位ではなく、エリス・フレイアだと言いたかっただけだ。以後私を4位と呼ぶな。それだけだ」
振り向きざまにそんなことを言って、エリスは退室した。
なんだ、すごく下らないことだな。王様を王様、て呼ぶのと似たような感覚だろう。俺にはよくわからないけど。
あ、そういや今日イリアに呼ばれてたっけ。
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