首を百八十度回転させてもフクロウは動く
自分の部屋に戻った俺は、ちゃんとイービス先輩が造った異界に接続できるかどうか確かめることにした。重要な場面で異界に接続できなくては、涙を流して仕方ない。
「Patentibus」
イービス先輩と違って、俺の場合はシャーマン立てがなくても異界に接続できる。意識した異界への回廊を白い壁に出現させる。
回廊の形はイービス先輩の部屋のものと同じ、三角形。ここまではいい。問題は、この先にイービス先輩の異界があるかどうかだ。もし、なければ俺はイービス先輩の異界に通じる手段をなくしたことになる。
それはイービス先輩もそうなのだが、裏を返せば誰も先輩の秘密を知るすべを失う、ということだ。一回鍵を失った異界へは二度と出入りできない、と言われることすらある。
今回はそうあって欲しくはなかった。もし、つ通じていなければ、俺の苦労が無駄になる。無実の罪で捕まる9位の人が可愛そ過ぎる。
(俺が嵌めたんだけどね)
しばらく回廊を歩くと、薄い光が見えてきた。同時に俺の足の速度が早くなる。速く確かめなくては、という思いは足を早まらせ、俺の心臓は想像のできないほど速く鼓動を刻んでいた。
そして、ようやく光の先を見た時、俺は深い息を吐いた。
目の前に広がっていたのは百を超える本が収納されたいくつもの本棚。ラベル順に並べられ、保管されているファイルや書類。多少埃っぽかったが、それはこの際どうでもいい。
俺が目にしているのは間違いなく、イービス先輩の異界、もとい資料室だった。彼の学園生活における情報の収納庫は、いまや俺の手に落ち、俺は彼の秘密をすべて覗き見ることができるようになったわけだ。
他者を掌握する、という感情を俺は知らないが、ひょっとしたらそれはこの高揚感を指す感情なのかもしれない。
もういっそ、この情報を使えばイービス先輩の手駒を離反させずに追い詰めることができるんじゃないか、とも考えたが、それは早計だ。
誰かを潰すにはそれなりの準備が必要だ。そして、そのために俺が考えたのがイービス先輩の手足を取り上げること。彼の悪事の隠蔽係である、王とアーサーが消えれば、彼はもう動くことができなくなる。
そんな時にエリスが自分に協力する、とか言えばイービス先輩にとっては最後の希望となるだろう。しかし、それもまた邯鄲の夢。
俺の手の平の上で裸踊りをしているイービス先輩を想像するのは非常に楽しい。
*
イービス先輩と王、アーサーの弱みを握ろうと、作業を開始したが、元々のデータが多いため、作業するのも一苦労だった。
まず、この小部屋、いやどちらかと言えば資料庫か、にある本の多くはこの学園の生徒のリストや、選択教科などだ。非常に細かく書かれていて、もう病的とまで言えた。
中等部一年から高等部三年までの人間は三千人以上。それらすべての選択教科や所属クラス、しかも好きなもの、嫌いなものがワンページ使って書いてるのだが、これ普通に見たらストーカーだよね?
多分この情報を集めるために、いろんな学生が犠牲になったんだろうなー。そんな感じの本が計十冊。ラベルが張られて収納されていた。
続いてよく目にするのは、赤いラベルが張られた本。こういった本が五十冊ほど置いてあった。見るからに怪しい雰囲気があるが、一応確認する。ひょっとしたらイービス先輩調べの色々な弱みノートかもしれない。
パラリと一番数字が若い赤ラベルの本をめくった。そして、すぐにこれが何なのかを理解した。
これは遠海学園を卒業、あるいは中退した魔導師の現在の連絡先だ。しかも、恐らくはすでに死んでいるのであろう人間の欄には顔写真にバツが書かれている。
最初に手に取った本はほとんどのページにバツが付けられていた。ラベルを確認すると創立時、つまりは百五十年くらい前の卒業者だということがわかった。
そりゃ、もう死んでるわ。第九層魔導師でもない限り、二百年以上生きることとかできないし。いくつかのページにはバツが付けられていなかったが、代わりに顔写真に『EM』と赤文字でデカデカと記されていた。
ああ、『永久保存体』か。
過去、偉業を成した魔導師は、死後その肉体が永遠に保存される。彼らの意識はルービックキューブのような立方体にコピーされ、後進の研究の手助けになる。
そういったものの場合は、保存場所が記されていた。
これも関係ないな、と決めつけ元の場所に戻した。
残ったのは紫色のファイルが二十と、まだ研究論文が二十種類だ。この内一番興味を引くのはやっぱり紫色のファイルだろう。論文は正直理解できない。
さーて、このファイルには何が書かれているのかぁあな?
試しにラベルが一番老いたファイルを取る。ナンバー管理ということはクラス順とかかな?
開いてみてわかったのは、これが俺が求めていたものだった、ということだ。俺が開いたページには今年イービス先輩が計画したのであろう、事件の詳細が書かれていた。
曰く、重要参考人の学生の名前や、執行委員会に拘束された生徒の個人情報。いくつかのページをめくっていくうちに、新島や彼を拘束した執行委員の名前なんかも見つけた。
ファイルにはかなり緻密に作られた計画書も同梱されていて、計画に参加した人間の名前なんかも同梱されていた。
こんなものすぐに燃やしてしまえばいいのに、なんで保管してたんだろ?もしかして自分のヒャのセキュリティーは世界一、とか、シャーマン立てには気づかないだろう、とか思ってたの?
だとしたらおめでたいなー。事実として、俺に自分の異界を乗っ取られてるわけだし。
ただ、それでも少しだけ面倒な問題はいくつか残っている。その最たるものは入手した計画書などにイービス先輩の名前がないことだ。
これでは王やアーサーは追い込めても、イービス先輩本人はどうしようもない。これがイービス先輩の部屋の中で見つかった、とは言えない。
そんなことを言えば、俺が校則違反、というか寮のルール上吊るし上げられてしまう。イービス先輩にとっては有利に働く事実だから、例えこれを追求されてもしらを切るだろう。
とはいえ、これで王とアーサーをまず離反させよう。あの二人だって本心からイービス先輩に従ってるとは思えない。もし、本心からあの先輩に従っているのだとすれば、余程の酔狂な人間だ。
その場合は……どうしようかな。こっちが先にイービス先輩を裏切って、泉さんにこのファイルでも提出しようかな?
王はともかくとして、ネックはアーサーかな?一応イービス先輩と同学年だし、何より付き合いもイービス先輩と一番長い。昨日あの部屋にいなかったのは、アーサーだけは真面目君なのか、それともイービス先輩の作戦か。
考えても仕方ないか。
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