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双華のディヴィーナ  作者: 賀田 希道
氷華誕生編――Birth of Flores
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ビーング・ア・ストーカー

 我ながら面倒を押し付けられた気がする。

 確かにこの学園において、俺よりも追跡が得意な魔導師はいない。そこは認めよう。俺の数少ない自慢の一つでもあるのだから。

 しかし、だ。


 しかし、高位の魔導師を追うとなると、話は別も別。虎の巣穴に手を突っ込むようなものだ。最悪、拷問死されかねかない。

 最新の注意を払いつつ、追跡をしなくては。


 まず、訪れるべきは俺の子犬が消えた場所だろう。場所は学園校舎三階の北側にある第五多目的室。ここ最近はあまり使用されていない場所だ。理由は知らない。

 とにかく、なるほど。ワケアリの人間が隠れるならもってこいの場所だな。



 第五多目的室の扉を開け、中を覗き見る。三十台の机が重ねられて、隅において置いてあるのがまず見えた。あとは椅子が五台ずつ重ねられていたことだろうか。

 部屋の中で特に変わったところは見られない。室内の瘴素濃度は外と大差ない。誰かが魔法を使った形跡もなかった。


 つまり、犯人は魔法を使わずに逃走したことになる。俺が泉さんの部屋を離れて、ここに来るまでかかった時間はだいたい十分くらいだ。

 全力疾走すれば俺が来る前に校舎から出ることは可能だと思うけど、それでも誰にも見られずは難しいだろう。放課後とはいえ、まだ校舎の中には多くの生徒がいる。聞き込みをすれば情報くらいは見つかるはずだ。


 ………………と思っていた。


 聞き込みをいくらしても、怪しげな人間は見ていないという。転移をせずに校舎から出る方法など校門から出るしかない。ということはまだ犯人はこの学園内にいるのだろうか。

 実際問題、泉さんの手駒を使い物にならなくした魔導師は何故学園内にいるのだろう。そりゃあ、学園の書庫や保管庫、倉庫などは宝の宝庫だろう。


 でも、警備だって厳しい。アルセーヌ・ルパンじゃないんだし、ずっと学園にとどまることは難しいはずだ。アルセーヌ・ルパンでも難しいけど。

 「隠蔽か幻影魔法かな?」

 そのうちどっちかを使えば学園に潜伏することはできなくもない。

 さすがに考えすぎだろうか。



 困ったことがあったら誰かを頼れ、というのが人間だ。困ったことがあったので、俺はまだ執務室で惰性を貪っているであろう、イリアを訪ねた。


 例によって、ドアを開けた先で、イリアは本土から取り寄せたと思しき雑誌を読んでいた。机の上にポテトが置かれ、だらしない制服の着方をしている。

 おおよそ、ダメ人間と揶揄されてもおかしくないくつろぎ方だった。これでは執務室に入ってきた執行委員も目を見張って、呆れることだろう。


 「あ、千乱じゃん。おかえりー」

 雑誌から目を離し、イリアが俺に反応する。

 「泉の仕事終わったんだ」

 こっちの事情も知らずに勝手なことを言うなー。


 「いいや、まだ終わってないけど?」

 「そりゃ、大変だねー」

 他人事だと思って、イリアの口調は風船より軽い。いや、実際に他人事なんだけどね。


 「それで、どんな仕事?」

 次の瞬間、俺に対するイリアの目の色が変わった。具体的には好奇心の目の色に変わった。刑事ドラマに出て来る刑事みたいな目だった。


 これは誤魔化せないな、と勝手に判断して、イリアに泉さんの依頼内容を事細かに話す。それを聞いたイリアの反応ときたら、クリスマスに子どもがおもちゃを買ってもらったような顔をしていた。

 好奇心をむき出しにし、目を輝かせる。


 「その仕事、うちらもやっていいのかなぁ?」

 「別にいいんじゃね?泉さんからは特に口外するな、とは言われてないしね」

 「管理体制甘いなー」

 ほんとそれ。ことイリアに秘密を漏らしてしまうレベルに口が軽い俺に、仕事を依頼すること自体泉さんはどうかしている。


 「じゃ、あとであたしの寮来て。寮長にはあたしから言っとくから」

 「ここで情報交換しないの?」

 イリアの寮に行くよりも、そっちに食いついた。だって、イリアの寮に行ったことは前にもあるからね。大して抵抗もないし。


 「ここって、邪魔が入るじゃん」

 イリアは不平を漏らすように言った。確かにここじゃぁ随時いろんな執行委員が入ってくる。情報交換しようにも聞き耳が多すぎるわけか。

 転じてイリアの寮なら生徒の私室に無断ではいる人間はいないだろうし、そこそこにプライベートも守られている。密談にはもってこい、というわけか。


 「わかった。じゃ、俺は先に帰っとくわ」

 「そうしといてー。六時くらいにあたしの寮来て。寮長に事情を言えば通してくれるはずだから」

 「はいはい」


 執務室を出て、その足でカバンなどを回収しつつ、校門を出る。現在の時刻は五時だから、イリアの寮に行くまではまだ一時間ほどある。

 寮長には話を通しておく、とイリアは言っていたから、門限を気にする必要はない。つまり、夜間行動ができるわけだ。


 そうと決まれば早速行動を起こそう。行動は大事だ。

 「Avem・et・cadunt」

 紙をいくつにも千切って、空にばらまく。するとそれらは風の向きに逆らって、あちこちに飛び始めた。簡単な監視用の魔法だ。


 これであの紙切れの周辺、大体三メートル圏内の人間を把握できる。とはいえ、所詮は紙切れ、すぐにどっか遠くに流されてしまう。

 ので、望み薄だ。やらないよりはマシだけど。


 島は広い。あの程度の紙切れごときで探索できる範囲は限られてくる。ので、続けてまた紙切れを空にばらまく。

 この作業を大体十回くらい繰り返すことで、ようやく島の表面部分を把握することができるようになる。ちなみに学園や、研究施設、それからこの島の地下などは話が別だ。


 前者二つは言わずもがなに監視の目が厳しい。後者は……様々な要因により不可能だ。それというのも、島の地下、つまりはこの島の地盤には、この島を浮上させ続けている持続魔法を発生させる魔法陣が敷かれているからだ。

 そんな空間に魔法による監視の目を向けようものなら、行使者もろとも防衛システムで黒焦げにされてしまう。そんなのはゴメンだ。


 それに、他の魔法の干渉を受けて、浮遊用の魔法陣に影響があったら大変だ。俺の知ったことじゃないが、この飛鳥島が沈没することだってあり得る。

 そうなれば、この島にある施設はすべて倒壊、魔法の研究や『遺産』の多くが失われることになる。魔導師世界にとっては大きな打撃となることだろう。


 「Invitationes・on・ventus」

 最後に幾つかの紙の鳥を軌道に乗せて、空中に放った。これで俺式飛鳥島監視網の完成だ。こんなことをしたのは高校一年生の時以来だろうか。

 いやぁ、楽しいなぁ。

 自然と俺の頬の筋肉が緩んで、笑みを浮かべたような形になった。



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