勇者の仲間と魔王Lv1 - 俺の魔法で魔王が美少女になってしまったけど、勇者(女)が容赦なく討伐しようとするので全力で阻止します
◯登場人物
・俺(19歳・男)僧侶職。レベル60。高身長。性欲の塊。
・勇者(18歳・女)魔法剣士。レベルMAX。巨乳。アホガール。
・魔王(見た目14歳・女)レベル1。育ち盛り。尊大。たぶん元は男。
・宰相(見た目35歳・男)人造人間。レベル不明。ちょいグロ。
「勇者よ! よくぞここまでたどり着いた。わしが直々に討って進ぜよう!」
傲然としつつも賞賛を送る態度、古代ルーン語に似た訛り、重々しい話し口調。
……すごい。まさしく俺が幼い頃から教会で学んだ魔王の在り方そのもの!
俺は感動して洟が出そうになる。幼馴染が勇者に覚醒してからというもの、俺は魔王について教会に篭って猛勉強した日々を回想した。
神が自らを模り人間を作ると、魔神が人間を滅ぼすために魔王を作った。数百年に及ぶ戦争の中、魔王は強力なモンスターを作って徐々に人間の領土を侵略していた。八日目に目覚めた神は人の子に自らの力の一部を授ける。それが勇者だ。
そして今! 勇者が魔王を追い詰めている……!
「よし僧侶、そのまま押さえていろ! 魔王! 私がお前を倒す!」
凛々しく宣言した勇者が腰の剣を華麗に引き抜く。ポニーテールがふわりと揺れて、勇者のキリリと整った顔がこちらを向いた。魔王領で立ち寄った堕長耳種の隠れ里で貰った聖なる鎧は露出度が高く、引き締まった蜂腰の肉体と豊満な乳房を隠しきれていない。股布は薄っすらと透けて女の輪郭を垣間見ることができた。
街を歩けば間違いなく露出狂だと勘違いされるだろう。それが許されるのは魔王領に人がいないからで、俺が僧侶だからだ。幼い頃は俺のお嫁さんになるなんて戯けていた彼女が、今では世界の命運を背負う勇者で男の誰もが振り向く魅惑のボディに成長したのだと思うと、嬉しさと優越感が混じった不思議な気持ちになる。
そうして切っ先を俺の方に向けた。
否。
俺が羽交い締めにしている14歳くらいの女の子に向けて、だ。
女の子は驚いたのだろう、「はっ」と息を漏らす。わずかに体を震わせながら、勇者の構えた剣の神々しい輝きに目を細めている。
「それは封魔剣……! 千年も前に葬ったと思ったのだがなッ!」
かわいらしい声で豪語した。
千年などと申しているが、俺と比べて5、6歳ほど年下に見える。もちろん人間換算。種全体が美人のエルフと比べても上の上と言って遜色ない。整いすぎた顔立ちはまるで人形と見紛うほどだが、ゆったりとした息遣いで上下する薄い胸を見ると力強い生を感じた。
俺は脇を抱える形で彼女の身動きを封じている。その姿はあられもなくて目のやり場に困った。少女の未熟な体躯は黒いローブで一応のところ隠されているのではあるが、むしろ不釣り合いなサイズの長衣は服を着せられている様子に思えて愛くるしい。ローブはかろうじて、なだらかな丘陵の虫に刺されたような小さい突起に引っかかっているようだ。
僧侶として守るべき貞操はあるし、何より俺は巨乳派。付け加えるならば子供は女ではない。きっとセーフ。たぶん聖書にも書いてあった気がする。最低限は観察した。もちろん敵の状態をよく確認するためだ。興味があったわけではない。
「待て勇者。まずはこの子を調べる」
もしかしたら魔王の変わり身かもしれないし、操られている村娘の可能性もあるのだ。そんな存在をいきなり斬りかかるほど勇者も野蛮ではない。
勇者はおとなしく剣を仕舞って、期待の眼差しを向けてきた。
俺は僧侶だから他人のステータスを見ることができる。ステータスというのは人間やモンスターの力、丈夫さ、賢さ、素早さ、魅力、運というような能力を数値化して把握できる僧侶職の技能だ。これは聖書にも書いてある。
俺は目を瞑り、魔王と思しき少女の耳元で呪文を囁く。
「神よ我に天の目を貸し給え――【観察眼】」
吐息が当たってしまったのだろう。少女はくすぐったいのか、首と肩をよじるのが体が密着しているところの感触で伝わった。
まぶたの内側にまばゆい光を感じながらゆっくりと少女に目をやる。
【力】・・・・・4
【丈夫さ】・・・3
【賢さ】・・・・8
【素早さ】・・・13
【魅力】・・・・28
【運】・・・・・1
頭のなかにステータス情報が流れ込んでくる。
やはりこの少女は上物だ。まだ幼いが、育てば美人になるだろう。その証拠に最大が31である【魅力】が28ときた。後は並の人間より下回る。
強いて言えば素早い。
あと、運はない。
やはり魔王ではないのか?
続きのステータスが流れ込んでくる。
【種族】・・・・魔王
……魔王じゃねーか。
俺があまり驚かないのも、彼女が魔王だったことを察しているからだ。いや、ステータス情報を読み取る限り、紛れもなく魔王なのは分かるんだけど。
今、こうして羽交い締めにしている女の子が人類の天敵だとは信じたくない。
残りのステータス情報は覚えているスキルや魔法だ。
スキルや魔法は何も覚えてなかった。この子、普通の村娘と同じだ。
最後のステータス情報を読み取る。
【レベル】・・・1
俺は呆れを通り越して、人造人間のように口を開く。
「魔王レベル1」
それが長年戦ってきた宿敵の正体だった。
勇者の表情がパッと華やぐ。期待どおりだったのだろうか。
「やはりこいつが魔王だったか!」
勇者はとても嬉しそうなオーラを漂わせているが、これは魔王の仕業だと分かれば特権で好き勝手に暴れまわることができるから、というしょうもない理由だ。
まあ、勇者の後始末は俺の仕事だけど。
さすがに魔王(14歳・女)の後始末は御免こうむる。
魔王も抱えられたままムニムニと身じろぎした。
「フハハ! わしが魔王と知っての狼藉か。ここで命運を絶つが良い」
大仰な話し方をする魔王だが、俺に抱えられて足を宙に浮かせている。
勇者が剣を振り上げた。
「まっ、待て勇者! 今はまだ魔王を斬ってはダメだ……!」
勢い良く振り下ろした切っ先は、魔王の小さな丸い鼻の先でピタリと止まった。
勇者は「ふーっ」と息を吐きながら、制止させた剣をゆっくりと戻す。鞘に収めないところを見るにそれが勇者にとって最大の譲歩なのだろう。
「僧侶? ならば、どうやって魔王を倒すというのだ?」
こんな時でも勇者は従順に俺の言い付けを守る。
感心するよ、ホント。俺たちの故郷は魔王の使役するモンスターに襲われて壊滅した。孤児の俺と違ってお前は唯一の肉親だった母親を殺された恨みを持っているのだって知っている。
勇者の剣を鞘に収める方法を考えねばならない。
……魔王を殺さずに。
どうしてこうなったのか。
俺と勇者は二人で旅をしている。勇者が強すぎて仲間は必要なかった。勇者は魔法剣士という職業なので魔法も使えるし剣も振り回せる。とは言え魔王領に入ってからは苦戦した。勇者は四色魔法使いという恵まれすぎた魔法適正を持つくせに、白色魔法が使えなかったために僧侶職の俺が珍しく戦闘で攻撃魔法を使うことになったのだ。俺が弱らせ、勇者が物理でやっつける。
途中、堕長耳種の隠れ里を見つけた俺たちは、旅の話に花を咲かせて里の人々と友好的な関係になれた。魔王を倒すための旅という話は魔王領に近づくほど馬鹿げた笑い話だと受け取られ、魔王領の中に暮らす堕長耳種にとってはもはや日常的なジョークになっていたらしい。
彼らなりの笑いの種なのだろうけれど、聖なる鎧という露出趣味じみた防具を譲り受けるが、なんと魔王の発する瘴気を打ち消すビックリアイテムだった。どうりで堕長耳種は一様に扇情的な格好をしているわけだ。俺は神の加護を受けているから瘴気の影響を受けないが、勇者は夢に出てきた神と大喧嘩したらしくて加護を受けていない。
「僧侶! 私も教会に入会するぞ」
「お前のような背信者は入会拒否だ。着ろ」
「だが防御力なさそうだぞ!」
「死んだら俺が蘇生してやる。着ろ」
聖なる鎧を着た勇者は素直に魅力的だった。僧侶じゃなかったら押し倒していたに違いない。野外で素肌を晒す勇者も悪くないと思っていたところ、なぜかこいつは機嫌を良くして楽しそうに魔王領を闊歩していった。
魔王城が見える高台に到着する。卵の腐ったような強烈な臭いがする上、ところどころガスが噴出していた。噴出口が黄色く変色していることから硫酸が湧いていることが分かる。魔王城は茫漠たる硫酸湖の中央に四方を銀の鎖で繫がれて浮く、水上の城ならぬ硫酸上の城だ。
巨大な鎖が大地に食い込んだところへ行くと、鎖は見かけ以上に巨大であることを思い知る。旅の中で様々な建築物を見たが、これほど自然に抗って存在する魔王城は世の理から反しているように感じた。
鎖を渡る途中、ドラゴンと遭遇する。魔王城の門番らしいドラゴンとの戦いでは俺の魔力は最大値の半分も削られた。ただでさえボスモンスター級の勇者の体力を四回も全回復させたからだ。つまり俺は回復役。でも、本当の役どころはブレインだ。
魔法を発動する時に消費する魔力は【MP】というステータス情報で脳内に流れ込んでくる。MPというのは古代ルーン語で魔力量を示す言葉だ。
【MP】1320/2800 ■■■■■□□□□□
現在値/最大値、それと5/10の目盛りが脳裏に浮かんだ。俺の魔力量の最大値は聖職者系職業としては高い。神と直接のつながりを持つ人間と一緒にいたから聖なる力が高まる……、というわけではないのだ。残念ながら。
俺と勇者は魔族たちの目の盗んで魔王城に侵入する。
「僧侶僧侶! これはなんだろうな!」
「待て勇者! 押すなよ」
「押した」
そう。勇者はドがつくアホなのだ。
この後、俺たちは魔王城に仕掛けられたトラップを丁寧に一つ一つ潰しながら玉座の間へ向かった。その度に俺は支援魔法で勇者を助け、正面突破しか能がなくてダメージを受けまくる勇者に回復魔法を大盤振る舞いする。
今まで何度も魔力を使い切るほど乱暴に魔法を使ってきた賜物か、俺は他の聖職者よりも魔力量の最大値が倍近く高いのだ。
対勇者専用のダンジョンと化した魔王城は、勇者が気になりそうなものをいくつも配置しており、勇者は新しい玩具を見つけた子供のようにはしゃぎながら駆けていった。
俺は完全にボロボロ。
【MP】140/2800 |□□□□□□□□□
魔力の現在値が少なすぎて棒みたいになってるじゃん。
メイスを杖代わりにして歩きながら(ついでに勇者に「運動不足だな!」と笑われながら)、なんとか玉座の間の前にたどり着く。
眼前には巨大な門扉がそびえ、首が痛くなるほど仰いだ時、俺は魔王に人間との格の違いを見せつけられたような気分になった。玉座の門というのは王にとって最後の防衛線だ。小さくすればするほど防衛的に役立つのだが、目の前にあるこれを見る限りどんな相手でも通れてしまうように思う。そこに魔王という器の至大さを計ることができた。
「僧侶僧侶! この先に魔王がいるようだな!」
「待て勇者! 開けるなよ」
「開けた」
俺たちは罠にまんまと引っかかった。
足元からまばゆい青白い光が発生して、俺の足は石のように動かなくなった。それは勇者も同じらしく、完全に敵の奸計に陥ったわけだ。俺たちは為す術もなく互いの肩を寄せ合う。
おそらく扉を開けるのが鍵になった足止めの魔法陣だ。白色魔法には魔法を跳ね返す反射魔法があるが、魔法陣相手にはどうしようもなかった。勇者の馬鹿力で魔法陣ごと床を叩き割ってもらうしかないだろう。
そう考えていたら扉の向こうから黒い影が現れる。
「おっと、それ以上、動いたらアナタ方のレベルを1に変えてしまいますよォ?」
ヒィヒィと引き笑いをする長髪長身の男は勇者を見て不快な笑みを浮かべた。人でいう白目の部分が黒く、瞳は異様に尖ったダイヤ型の金色で、耳の付け根やまぶたの上、手の甲など体の至る所に人間の指が生えている。出来損ないの人造人間は奴隷商がするような目つきで娼婦じみた格好の勇者を値踏みしていた。
「オイお前、魔王軍の宰相だろ」
「勇者チャンのカラダ……、ワタシにぴったりですねェ?」
俺はゾッとした。こいつ、生きた人間で自分の体を作っている。男の体を凝視すると見知った紋章の指輪を嵌めた手がおいでおいでと招くように踊っていた。あの指輪は行方不明になっている王女のものだ。勇者が勇者の称号を賜る時に協力してもらったお転婆でお節介焼きな王女様が目の前で無残な姿を晒していると思うと腸が煮えくり返る。
……いや、冷静になれ俺。怒りに身を任せるのは俺の役目じゃない。
そういえば宰相は俺に向かって話しかけていた。なぜ? 俺の魔力が底をついたのを知っていたとしたら合点がいく。今までのトラップは勇者を嵌めるためのものではない。俺を嵌めるためのものだったのだ。そこでやっと宰相が魔王軍の指揮する頭脳の中枢だと思い出す。
「僧侶……、わたしは許せないものがこの世で1つだけあるのだ……」
「待て勇者。動くとレベル1にされてしまうらしいぞ」
「すまん、動く!」
勇者は剣を抜いた。抜き身の白刀は憤りを敏感に感じ取ったのか、メラメラと湯気のようなオーラをまとっている。勇者が大地を割るための呪文を唱えようとしているのはすぐに分かった。魔法陣を破るにはそれがいちばん手っ取り早いからだし、勇者はせっかちで不器用だから必ずそうするだろうと確信できる。
だから俺は勇者に向かって叫んだ。
「待て勇者! 俺のやる気が出ることなんでもいいから頼む!」
相手は宰相だ。人類を苦しめてきた魔王軍きっての切れ者。そんな相手に直情的な勇者の戦闘スタイルは分が悪い。何より今は一刻を争う刹那の連続である。俺は99%の信頼と1%の可能性に賭けた。
宰相はおもしろい光景を見たように「ほう」と嘆息する。なぜなら勇者が体を俺に押し付けてきたからだ。しかも、薄い布で先端を隠しただけのまろやかな果実が、俺の二の腕を熱く挟み込んでいる。勇者の動物的な体臭が感じられるほどの距離で、震えて焦点のずれた瞳がチラリと俺を一瞥してまた逸れた。
「僧侶……。これ、前に酒場でやったら元気になっただろう……?」
俺は回想した。
人生で一度だけ、酔っ払って記憶がない日がある。広大なブドウ畑を持つ都市国家で商人に騙されて酒を飲んだのだ。思い返すと翌日の勇者がよそよそしかったような気もする。
いや、まさか、と思って勇者の顔を見てみると、勇者はバツが悪そうにはにかんでいた。とても性的魅力に溢れた彼女だが、何気ないところで見せる女の子らしさみたいなものに俺はめっぽう弱かった。
【MP】2040/2800 ■■■■■■■□□□
俺の魔力はあっという間に回復する。魔力の回復方法は人それぞれだが、ほとんどが食事や睡眠で魔力を取り戻す。つまり、何らかの欲を満たせばいいわけで。
さすがの俺も一瞬でこんなに回復するとは思わなかった。
俺は勇者と目を合わせて頷く。
勇者は「うむ!」と全幅の信頼を寄せた顔で同意して、俺の腕からありがたいふくらみを引き抜いた。
肌が触れていたところが外気に触れて冷たく感じたが、すぐにジンジンと熱を帯び始める。俺はそれを勇者からもらった最大の元気だと解釈して顔を上げた。どうしてだろうか、宰相への敵意や復讐心というのは消え、純粋な使命感だけが在る。
雰囲気が変わったことに宰相も気がついた様子だ。しかしまだ半信半疑というところのようで、彼の長年の経験則から何らかの危機を察知しただけに違いない。
無限の生命を持つ人造人間には分からないだろう。人間という生き物の欲深さを。
人に造られた人ならざる人・人造人間は本能的に人間をいたぶることに快楽を覚えると言うが、今回はそれが仇となったようだ。
「これでアナタ方はオシマイなのですよォ!」
宰相は呪文を唱えて俺たちに向けて手を振りかざす。
俺は両手を前に突き出して、魔力の宿った禍々しい紫のエネルギー体を手で受け止めた。
「反射魔法!」
体中の魔力が手のひらに集まる。最大MPの2/3ほど持っていかれる大魔法なのだ。これより強い魔法は蘇生魔法くらいしか存在しない。俺は体がスカスカになる感覚を覚えながら、禍々しいエネルギー体を粘土のようにこねながら球状に固めていく。
宰相の顔がどろりと歪んだ。恐怖か焦りか分からないが、全身に生えた指という指がザワザワと震えていて非常に気味が悪い。また、魔法陣のせいで宰相の逃げ場は玉座の間の奥しかないのだ。奥は暗闇でよく見えないが、おそらく魔王がそこに待ち構えているのだろう。
これまでだ、宰相!
俺は固めたエネルギー体を自身の魔力ごと前に押し出そうと、上体を後ろにそらす。足が動かないので上半身だけで放つのは非常に難しい。重たい鉄球を転がすように力を込めていたら、勇者がそっとエネルギー体に手を添える。
「「いけ!」」
俺は全力の魔力を込めて、勇者はスナップを利かせて、レベルを1にするという魔法を跳ね飛ばした。
そのエネルギー体は豪速球となり、しかも宰相の横を勢い良く通り過ぎる。
まずい、外した。
勇者の力が強すぎてコントロールできなかったのだ。手首だけでこの速度。弩の初速よりもだいぶ速い。
「僧侶……。めっちゃ飛んだな」
「お前、力込めすぎだろ」
「……魔法陣、割ります」
宰相は慌てて第二波を放とうとしたが、先に勇者が封魔剣に黄色魔法を付与して魔法陣ごと床を割った。そこからは勇者の一方的な戦闘によって宰相を討つ。
人造人間に取り込まれた人間は元には戻らない。俺は略式で死者を弔う。神と大喧嘩した勇者ではあるが、人の生き死ににはとても敏感で、俺よりも長い間、聖女のように指を組んで弔っていた。格好が少々アレではあるが。
俺たちは玉座の間の奥へ進む。
玉座の間の奥が暗闇に見えたのは、立ち込めた瘴気のせいだった。全身にまとわりつくねっとりとした黒い霧を抜けると、民家ほどの高さがある長い背もたれが見えた。金製の椅子の細かい装飾はどれも髑髏を象る。人間の髑髏であることが魔王の並々ならぬ人間への敵愾心を感じ取れた。
椅子の根本、つまり玉座に小さな人影がある。もぞもぞと黒い布が蠢いて、大きくなったり小さくなったりを繰り返す。
俺は息を呑んでそれを見守った。勇者も身構えていつでも剣を抜ける体勢だ。
蠢く布はやがて静かになった。中から子供の生っ白い腕が出てきて、布の表面をむんずと掴む。宰相の体が指だらけだとしたら、魔王の身体は腕だらけということなのだろうか。いったいどんな化物が出て来るのか、まったく想像がつかない。
戦々恐々としながら観察していると、「ぷはっ」と息を漏らしながらかわいらしい少女の頭が出てきた。
虫唾が走る。魔王は俺たちが来る直前まで若い娘を嬲っていたのか。
ところが俺の想像に反して、顔を見せた少女はケロッとしている。
その顔はお人形みたいだと思った。人形は人間の理想を詰め込んで美しく精巧に作られるというが、目の前で布一枚を胸元に巻きつけている少女はまさしく理想的な面相をしている。年の頃にして13、14歳くらい。ただの子供にすぎないというのに、抗いがたい性的魅力を持ち始める妖精のような年頃。
「君は……」
少女は俺のこぼした言葉をしっかりと拾って、
「わしが魔王じゃ!」
鈴を転がしたようなかわいらしい声で宣言した。
俺は度肝を抜く。今までの苦しい旅路や魔王軍の容赦ない攻撃など様々なことを走馬灯のように思い出したが、その終着点にこんな愛くるしい少女がいようとは露にも思わなかった。
自称魔王は勇者と俺を見比べるように眺める。
「ほう。勇者が女だったとはな」
いや、それはこっちのセリフです。
「わしは宰相の姑息な遣り口に反対だったのじゃが……、さすが我が仇敵!」
続けて、素直に勇者を賞賛した。話し口調は尊大さを感じられるが、やはり少女のあどけなさは抜けておらず、背伸びをして大人の真似事をしている子供にしか見えない。
高台に立つ自称魔王の目線はその下にいる俺の目線と並ぶ。後ろに鎮座する玉座は少女には大きすぎるし、というか黒い布だってベッドのシーツを纏っているのだと思えばしっくりくるくらいだ。
彼女もその違和感に気がついたのだろう、うつむいて自らを確かめた。布は発展途上の胸にかろうじて引っかかり、おなかのシルエットは支える筋肉が少なく下がった内蔵でぽっこりと丸みを帯びて、ヘソの凹みが薄っすらと浮かんでいる。
わきわきと動かす手はぷにっと脂肪が付いていて甘そうだ。
「なんじゃこりゃあ!」
かわいい声で叫んで、その場に膝をついた。
すかさず勇者が少女に近寄った。
さすが勇者、困った者がいれば放っておけない質なのだと感心する。ところが俺の期待とは裏腹に勇者は「……お前が魔王でいいんだよな?」と剣の柄に手をかけた。訝しげな様子ではあったが、勇者は間違いなく魔王を自称する少女に敵意を抱いている。
俺は勇者の容赦の無さに唖然とした。いや、考えてみれば魔王の討伐に執着するのも分かる。魔王を倒す、それだけのために生きてきた女だ。封魔の剣の一振りには大勢の想いが託されている。もしかすると俺の想像するよりも遥かに重たいものをお前は背負っているのではないか。
対峙する魔王は表情ひとつ変えずに勇者を見つめている。あのような小娘が勇者に太刀打ちできるわけがない。今、この世界で最も強い人間は他ならぬ勇者なのだから。どうか戯言を退けて逃げてくれ、と願う。
「その通り、わしが魔王である」
少女が堂々と宣言してしまい、俺は頭を抱える。
このままでは確実に少女は勇者に斬られるに違いない。俺は慌てて自称魔王を取り押さえた。
「何をするのじゃ」
「いいから自分は魔王じゃないと言え!」
「? わしは正真正銘、魔王じゃ。たしかに今は面妖な身なりをしておるようじゃが」
勇者は俺の奇行を見澄ましていたが、少女が魔王をふたたび宣言したことで戦う意欲を取り戻したようだ。
勇者が俺と自称魔王の前に仁王立ちする。今まで勇者の敵意を真正面から受けたことはないが、これほどまでの圧があるというのか。立っているのも精一杯で自称魔王を取り押さえる手が緩む。
「勇者よ! よくぞここまでたどり着いた。わしが直々に討って進ぜよう!」
傲然としつつも賞賛を送る態度、古代ルーン語に似た訛り、重々しい話し口調。
まさしく俺が教会で幼い頃から学んだ魔王の在り方そのもの。仲間であるはずの勇者の圧に怯えて力の抜けた俺とは格が違う。
勇者が剣を引き抜く。
そうして切っ先をこちらへ向けた。
自称魔王は勇者の構えた剣の神々しい輝きに目を細める。
「それは封魔剣……! 千年も前に葬ったと思ったのだがなッ!」
……俺は大いなる存在である魔王になぜか欲情していた。生物の本能がそうさせるのだろう。昆虫系の低級モンスターが死に際に卵を撒き散らして死んでいくのとよく似ていると思った。俺は今、神と魔神の代理戦争を目の当たりにしている。
やや腰砕けになりつつも勇者に進言する。
「待て勇者。まずはこの子を調べる」
たぶん魔王だ。俺は確信があった。
勇者はおとなしく剣を仕舞い、こちらに視線を向ける。お前は少し俺に期待しすぎなんじゃないか、と思うことはあるが、今は盲目的な信頼に感謝した。
僧侶職の技能【観察眼】を使って魔王の能力を把握する。
魔王は確かに魔王だった。
【レベル】・・・1
でも、
「魔王レベル1」
能力値も並の人間より低かった。
俺は推理する。宰相の放ったレベルを1にするという魔法を俺の反射魔法で跳ね返した結果、宰相ではなく魔王に当たったということ。
いやいや、そんな偶然あるのかよ。
勇者がおあずけを解禁された犬のように、
「やはりこいつが魔王だったか!」
食いついてきた。
「フハハ! わしが魔王と知っての狼藉か。ここで命運を絶つが良い」
大仰な話し方をする魔王だが、俺に抱えられて足を宙に浮かせている。
たしかに魔王だけど、こんないたいけな子に暴力を振るうのは倫理に反するし、そもそも俺のポリシーじゃない。
勇者が剣を振り上げた。
「まっ、待て勇者! 今はまだ魔王を斬ってはダメだ……!」
振り下ろした剣はピタリと止まった。構えも解いてはいるが、剣を仕舞うつもりはない様子だ。
「僧侶? ならば、どうやって魔王を倒すというのだ?」
俺は考えを巡らすために回想をした。
しかし、勇者の剣を鞘に収める方法を何も思いつかなかった。
魔王が「フハハ」と高笑いする。俺を笑っているようだ。
「わしに恐れをなしたか人間! いいだろう。今この手を離せばお前に世界の半分をくれてやる」
甘言を投げてきた。
これはとどのつまり「下ろしてくれたら世界の半分をあげるよ」ってことだ。
えらく軽いなぁ、世界。
「えっ、僧侶だけ世界の半分もらえるの!?」
勇者は馬鹿だなあ、とほのぼのした気持ちになる。一緒にここまで旅をしてきて良かった。こいつ一人に世界を託したら、あっという間に滅びる。間違いないね。
「我が仇敵にくれてやる世界などないわ!」
いや、魔王ちゃんも勇者を煽らないでほしい。勇者が剣を構えて覇気のオーラを滲ませている。言わんこっちゃない、とため息をついた。
「ハハハ! ならば私がすべてもらってやる!」
「いやお前が第二の魔王になってどうするんだよ」
「僧侶! ならば私はどうすればいいのだ!」
勇者はもどかしそうに俺の答えを待っている。
俺だって本気で考えているが、どうすれば勇者の気が済むのか分からない。
しびれを切らした勇者が剣をゆっくりと振り上げる。
「僧侶……、私は君に笑って欲しくて剣を振るってきた! 私にはこれしかないから……。魔王を斬ればもっと笑ってくれると信じているのだ。だから!」
俺は勇者の意外な告白を受けて反射的に、
「ばっ……」
と罵声が飛び出そうになった。
俺に笑って欲しいなんてお前が思っていたとは想像したことがない。しかも笑って欲しいだって? そんなのいくらでも方法があるだろう。でも、ない頭を絞って考えた末に出した答えが剣の道というのが勇者らしくて俺は笑いそうになった。
勇者が狙いを自称魔王の少女に定めている。
「待て勇者! どう見ても人間の女の子が斬られるのを見たら俺は笑えない!」
「だが!」
「斬るな。魔王を斬れなかったお前のことは、後でいくらでも笑ってやる」
お前の想定する笑いとは違うのかもしれないけど。
勇者は剣をゆっくりと下ろし、鞘に収めた。いきり立った気を鎮めるように、スゥーと長く息を吐く。
俺は肘で吊るした自称魔王の少女を床に下ろす。その場で勇者に襲いかかってもおかしくなかったのに、なぜだか魔王はその場に膝をついて項垂れた。
「どう見ても人間の女の子……、わ、わしは人間の娘になっていたのじゃな……」
ボソリと呟いた言葉は俺が放った勇者を止めるためのセリフ。
あれ? 意外な相手にも効いているぞ?
魔王は綺麗に磨かれた床に映った自分のかわいらしい顔に気づいて、頬をペタペタと触った後、倒れるように傍らの玉座へ寄りかかる。
ちんまりと三角座りしていた。
いったい急にどうしたのだろう。
まさか今になって自分がかわいらしい姿をしているのに気づいたとか?
「魔王? 魔王さん? おーい」
返事がない……。
どうやら話す気力もないようだ。
「僧侶?」
俺は現状を鑑みて、率直な感想と結論を述べる。
「……やばい。魔王を倒した」
久々に勇者と魔王ものを書きました。10年ぶりくらいなのでは。アイディアのきっかけは『魔王Lv1』というスマホゲームです。ストーリーはぜんぜん違うものになっていると思います。
今回、外見描写をがんばってみました。もし感想を書いていただけるのでしたら、その辺を見てもらえると嬉しいです。
それでは感想欄でまた会いましょう。
etc.