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暁へ至る群青  作者: 遊月奈喩多
6/13

なまえ

こんばんは、遊月です!

今回、とうとうしずくたちの旅が始まります。どのような旅立ちになるのか、そして……えぇ。

あとは読んでいただいてのお楽しみ。

本編スタートです!

「勝手なことを申し上げているのは重々承知でございます。しかし、あなた様がこの地にご降臨されたことは我々にとって希望なのです! しずく様、どうかこの地を脅かす【災厄】を祓い、我々をお救いください!」

 目の前で、地面に頭がつくほどに深く頭を下げているのは、犬みたいな耳と尻尾を生やした村の長老、ゲブリュルさん。

 対する私こと雨空あまぞらしずくは、そんな言葉とともに告げられた【天使】の役割に、ただ言葉を失うことしかできなくて。

「…………え?」

 そんな声を漏らすのが精一杯だった。


 季節は春、幼馴染の朝野あさの ひかりと平凡な大学生として暮らし始めていた私は、新入生歓迎会の帰り道、彩と別れてすぐに川を見下ろす橋の上で誰かに襲われて、そのまま川に突き落とされた。

 死にたくない……そう思いながら目を覚ますと、そこは春の日本なんかじゃなくて、冬みたいに寒い見知らぬ小屋の中。そこで私は、私のことを「天使様」と呼ぶ犬耳を生やした青年と、鳥みたいな羽根を生やした男、そして彼の暮らす村の子どもたちやその村の長老――それがゲブリュルさんだ――に出会った。

 そこはもう私を育ててきた常識とかが通用する世界ではないらしい。

 だったら、小屋の中にずっといるよりも、この世界の中で元の場所に帰る手段を探すのがいいんじゃないか……なんて思って【天使】は何をするべきなのかを聞こうと思ったんだけど。


 その役目は、思っていたよりもずっと重いものだったみたいで……。



「…………え?」

 思わずそう声を漏らした私を見て、ゲブリュルさんは「あぁ、申し訳ございません。いきなりこのようなことを申し上げても、お困りになってしまいますな」と取り繕うようににこやかな顔で言った。

 そのしわだらけの顔に、微かに失望の色を浮かべながら。

 そんな顔されたって……喉から漏れそうになるそんな言葉を、私は辛うじて飲み込む。

 この世界では【災厄】が本当に忌むべき存在で、それを「祓う」――【災厄】の生命活動に必要な部分を見る――ことのできる【天使】がとても大事な存在であるということは、ゲブリュルさんから説明された通りなのだろう。

 もし私がこの世界の住人で、そんな都合のいい存在が目の前に現れたら、きっと私だってすがってしまうかもしれない。

 だけど、私はこの世界の住人ではない。

 彼らの事情に心から共感することはできない。できたとしても「大変だな」と液晶越しのニュースを眺めるのと同じ感想を持つことができるくらいだ……もっとも、悩んでいるのがこうしてじかに会っている人たちだから、多少は違うかもしれないけど。

 ゲブリュルさんは、そんな私の不平じみた気持ちも既にわかっているのだろう、にこやかな表情を少しだけ痛むように歪めながら、「申し訳ございません」とまた謝った。

「いえ、そんな、」

「しかし、しずく様。我々にはもはや、あなた様方【天使】に縋るしかすべを持たないのです。そうしなければ、我々はいつ大事なものを喪うかわからない。【災厄】に怯えて暮らさなくてはならないのです。私は、もうそんな日々に疲れてしまった……」

 何度も謝られて痛む気持ちから逃げるように口を開いた私の言葉を遮るように、ゲブリュルさんは更に沈痛な――泣きそうにも感じられる声音で呟いた。

 言葉を失った私に、ゲブリュルさんはもう1度、言った。


「どうか、我々をお救いください。それができるのは、ここではあなた様だけなのですから」



「はぁ……」

 ゲブリュルさんの家を後にして見上げた空は、今にも雪が降ってきそうな曇り空。

 その下で「天使様、大丈夫か? 長老様、何言ってた?」と出迎えてくれた犬男に、一通りのことを説明すると、「天使様、大変」と一言返してくれた。

 でも、と。

 犬男は付け加える。

「オレも、お願い。もしできるなら、【災厄】見てほしい」

 そのまっすぐな瞳は、小さい頃私に縋ってきてばかりだった幼馴染の彩にどこか似ているような気がして。

 どうしてか、思わず頷いてしまっていた。

 そして、犬男は言う。

「この村のみんな、【災厄】に触って家族いなくなった。グラウベも、ヒメルも、アイトも、父様とか母様とか、みんないなくなって泣いてた。オレも、【災厄】で父様いなくなった」

 父様。

 幼い犬男を「守る」と言ってあの狭い小屋の中で足首に鎖を付けて監禁していた人。

 犬男が、そういう扱いを受けても全幅の信頼を置いている人。

 彼から外の世界を奪ったとも言える人。

 それでも犬男が、その話をするたびに嬉しそうに顔をほころばせる人。

「父様、夜には戻る、言った。でも、帰ってこなかった。森の中で、動かなくなってたって」

 それからの犬男は、亡くなった「父様」のしてきた役割――彼自身と同じく【災厄】で家族を亡くした子どもたちの食料を確保する為の狩猟だったり、村を外敵から守る役だったりをこなしてきたのだという。私を見つけたのも、役割の一環で村の周りを見回りしていたときのことなのだという。

 そういうことを語るときにも、彼の目には亡き「父様」への想いが見えて。

 だから、私は何も言えなかった。

 そして我ながら単純なことに、その話を聞いているうちに私の中にはある想いが浮かんでいた。


 私にできることがあるなら、できるだけのことをしてみたい、と。


 もちろん、この世界の人たちに――犬男たちに同情しただけではない。私自身の「帰るためにこの世界のことを知りたい」という思いだってあった。

 それに、彩がいなくなったりしたことを想像した。

 そして彩にとって今、たぶん私が突然いなくなった状態なのかも知れない、と。

 自分の身に、自分の身近な人に降りかかったこととして思うと、あまりに辛いことだから。だから私は、その「役目」を果たしたいと思った。その中できっと、帰る方法も見つかるような気もした。


 そのことをゲブリュルさんに伝えたらまるで子どものように目を輝かせながら、そして今度こそ涙を堪えきれずに零しながら「ありがとうございます……!」と全身を震わせてまた頭を下げてくれた。純粋に彼らのためというわけではないから、心苦しかったけれど。

 そして、「是非これもお連れください」と犬男を旅の供にするように言われた。

「それは腕が立ちます。この世界は、【災厄】以外の危険がないわけではございませぬ。そんなときには多少役に立ちましょう。お前も、異存はないな?」

 問うゲブリュルさんに頷く犬男。尻尾を少し揺らしているから、本当に不満なんてないのだろう。

 でも。

「あの、彼のこと名前で呼ばないんですか?」

 ずっと気になっていたことを、私は尋ねた。

 思えば、あの子どもたちも。「兄ちゃん」と親しげに呼んではいたけど、誰も彼の名前を呼ばなかった。そしてゲブリュルさんもそれは同じだ。

 お前、ならまだわかる。でも今の話でも「これ」とか「それ」とか指示語でしか呼んでいない。そういうのは、私がいた場所でもあった……いじめとして。

 私も、そういう場にいたことがある。

 だから、思い出してしまうし思ってしまう。そんなことがここでもあるなんて嫌だ、と。

 私の気持ちが伝わったか伝わらなかったかはわからない。でも、ゲブリュルさんは気まずげに言った。


「それは忌み子です。故に、名前はありませぬ」


 誰も話しかけることなどない存在。誰とも接してはならない存在。そういう彼が解放されたのは、彼が生まれたときにそう告げた占い師と、それを信じた彼の「父様」が死んだ後。

 犬男を家の外に出したゲブリュルさんから告げられたこと。

 ゲブリュルさんたちが催してくれた見送りのお祭りが終わって、すっかり静かになった村の入り口。

 子どもたちは私に「天使様」以外の名前があったことが面白かったのか、「しずく」「しずく」と何度も呼んでくれていた。アイトくんだけは、遠慮して1回くらいしかそう呼ばなかったけど。

 だけど、私の前に立っている彼……犬男はやっぱり1度も名前を呼ばれなかった。

 ないから、仕方ないのか。

 …………。

 少しだけ、躊躇して。

 私は、口を開いた。

「ねぇ、あなたに名前を付けていい?」

「なまえ?」

 首を傾げる犬男。自分にはなかったものだからか、咄嗟に意味がわからなかったらしい。

 少ししてから「……なまえ」と呟いた。

「えっと、名前がないと……あなたのこと呼びにくいし」

 それに、名前のない「忌み子」という境遇から、形の上でも解放できれば、という気持ちもあった。

「名前」

 静かに言っていたけど、その目は期待に光っているような気がして。

 だから、私は彼のことを呼んだ。

「…………パト」

「ぱと?」

 小さい頃に読んだ物語に出てきた犬からとった名前。何となく彼にはそんな姿を感じたから……って、何か凄く安直な気がする……!!

 思わず顔を覆いたくなった。

 だけど。

「パト……、パト……!」

 彼は初めて付いた自分の、自分だけを表す呼び名を反芻するように、何度も呼んでいる。

 恥ずかしくて顔を見られないけど、千切れそうなくらい振られた尻尾をみたら、どう思ってくれているかはわかった。

 そして。

「天使様」

 頭の少し上から、弾んだ声。

「オレ、パト。天使様、ありがとう。これからよろしく」

 そう言って差し出された手。そんな彼に、私は言う。彼を名前で呼ぶように、彼にも、私を名前で呼んでほしかった。

「私の名前ね、しずくっていうの。雨空しずく。だから、天使様よりしずくって呼んでくれた方が、……楽かな」

「……しずく」

 彼は……パトは小さく呟いて、頷いた。

 そして、にこやかに笑いかけてくれた。

「しずく。しずく。うん。オレ、しずく覚えた。よろしく、しずく」

「よろしくね、パト!」

 握り返した手は、確かな温度を持っていて。

 根拠なんてないけど、彼とならこれからの旅も怖くない。そんな風に思うことができて。


 そうして、私たちの旅が始まった。

前書きに引き続き、遊月です。

しずくたちの旅が始まりましたね。名前のくだりは私としても書きたい場面の1つだったので、思わずニヤニヤしてしまったり……?

これから彼女たちの歩む道のりはどうなるのか?

お楽しみに!!

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