天使の役割
こんばんは、遊月です! 今回は、【天使】がそもそもどういう存在なのかが説明される回となっております。そして、犬男くんの立ち位置が少し仄めかされるかも……。
本編スタートです!
この春から平凡な大学生として過ごすはずだった私こと雨空しずくは新歓帰り、幼馴染の朝野 彩と別れたすぐ後に誰かに襲われて、そのまま川に落とされた。このまま死んでしまうなんて嫌だ……そんなことを思いながら。
そして目が覚めるとそこは見知らぬ小屋の中。しかも足首には鎖。
更に目の前には、私のことを「天使様」と呼ぶ謎の犬耳男まで……。
他にも空を飛ぶ羽根男とか、私にある不思議な能力(ただ相手の言っていることがわかるだけなのに)とか、村の子どもたちの口から出た「【災厄】を倒してくれる」という言葉とか!
わけのわからないことばかりの世界だけど、自分の身に起こっていることを知らないといけない……!
「私の家にお越しいただくには、まずその鎖を外さなくてはならないでしょう。おい、外して差し上げろ」
ゲブリュルと名乗ったおじいさん(その頭にもやっぱり犬の耳が垂れ下がっている)は、優しくも威圧的な口調で私の傍に立つ犬男に言う、……命じる。
私の足首に付けられた鎖。
犬男が私を安全に守るために……と言って付けた無骨なそれは、彼の痛ましい過去の象徴みたいな物だ。
彼は、かつて自分が言われた言葉を――父親からの「これで守ってやる」という言葉を信じて、鎖を付けられて育つことを甘んじて受けた。
そんな彼だから、もちろんその言葉には反対する。
「でも、長老様!!」
「その方はお前ごときが守ろうなどと考えていい御方ではない! お前はただ、そのうるさい鎖を外せばよいのだ!」
空気を震わせるような、怒声というよりはほとんど咆吼と言った方がいい声。低くしわがれているのによく通るその声に、反論しようとした犬男だけではなく、私の周りで思い思いに話していた村の子どもたちも、口を閉ざしてしまった。
私も、何も言い返せない。
胸に重くのしかかるような沈黙の中、それを作り出したゲブリュルさんは気まずそうに小さな咳払いをして、私に向き直る。
「お見苦しいところを見せてしまい申し訳ございません、天使様。私はこれで失礼いたしますので、後ほどお越しくださいませ」
本当に申し訳なさそうに深々と頭を下げて、ゲブリュルさんは犬男の小屋を出て行った。
それでも、重い空気は治まらない。
あれだけ楽しそうに話していた子どもたちも、長老の声でその雰囲気を壊されてしまったのか、気まずそうに黙ってしまった。静かに押し殺しているけれど、どうやらみんな泣いてしまっているようだった。
グラウベくんは辛うじて泣くのを堪えているけれど、強く握り絞めた拳には骨の形がくっきりと浮き出ている。
よほど怖かったのだろう……そう胸を痛めながら、その言葉を向けられた当の本人である犬男を見ると、彼もまた体の方を傷つけられたみたいに、痛みを感じている顔をしている。
私を「天使様」と呼んだときやここにいる子どもたちのことを話してくれたときにあれだけ明るくて優しい笑みを浮かべていたのに、今はその面影を感じられない。
「ぁ、――――」
何か声をかけようとして、彼の名前を知らないことに気付いた。
呼びかけることすらできなくて、かといって名前を訊こうなんてできる雰囲気でもなくて、私も中途半端に口を開けただけで黙ることしかできなくて。
そんな私の目の前で、犬男は淡々と私の足首に付けた鎖を外す。少しずつ私の体温が伝わっていた、彼の心が。
そして、戸惑う私の手を引いて犬男は小屋の外へ私を連れ出す。
肌寒い空気がじかに体に当たり、思わず体を震わせていると、犬男は少し固い声で言った。
「さぁ、天使様。長老様の家、あそこ。大きいからすぐわかる」
…………?
彼の指差す先には、確かに一際大きな建物、といってもそれは村の寄り合い所のようなものだったけれど、が見える。
それは、わかるんだけど。
「え、あなたは……?」
一緒には来てくれないの、という言葉をそのまま口から出してしまえるほど、私は自分の気持ちに正直ではない。嘘をついたり、本音から目を背けるのには慣れてしまっているから。
彼のようには、きっとなれない。
だから、その言葉は飲み込んだつもりだったけど。
それでもきっと、気持ちは彼に伝わってしまっていたのだろう、「ごめん……」と小さく呟く彼の泣きそうな顔は、まるで小さな子どものようで。
だから私は、そこに付け込んだ。
「じゃあ、一緒に来て」
そう言って、彼の手をとる。彼も、今度は逆に引かれている手を振りほどくようなことはしないでいてくれる。
きっと、何か事情があるのだ。彼が自分はついて行かない方がいいと、あんなに泣きそうな顔をしながらでもゲブリュルさんの自宅までは付き添えないと思った事情が。
それでも、私は安心したかった。どんなことを聞かされるにしても、この世界に来て最初に出会った笑顔を、私を守ると言ってくれた彼を近くに感じていれば、安心できるのではないか、なんて根拠のない考えが巡ったりもしていた。
だけど、着いたゲブリュルさんの家の前で、とうとう戸惑いながらも進んでいた彼の足は止まってしまった。
「天使様。オレ、やっぱり入れない。長老様、オレ入ると困る」
少し落ち込んだような声で、犬男が私に言う。どうやら、彼とゲブリュルさん……彼の言う「長老様」の間には、何か深い溝があるようだ。
色々言いたくはなったけど、そもそもここまで来てもらうことすら、彼にしてみれば相当大変なことだったのだ。
だから、あとはもう無理は言わない。
「わかった。ここまで一緒に来てくれてありがとう」
不安げに見送る彼に、たぶん私は笑いかけられたと思う。そうして、私はゲブリュルさんの自宅に足を踏み入れた。
「ようこそおいでくださいました、天使様。さぁ、こちらへどうぞ」
どうやらゲブリュルさんは私が来るのを待ってくれていたようで、玄関で出迎えてくれた。
そのまま通されたのは、小さなテーブルが中央に置かれただけの部屋だ。「天使様はこの地の気候に慣れていらっしゃらないようだとお見受けしたので」と差し出された飲み物からは、仄かに花のような香りがして、飲むと体が温まるような感じがした。
「血の巡りをよくする香草を使った茶です。お体もいずれ温まるかと」
「あ、ありがとうございます……」
「さぁ、お召し上がりください」
ゲブリュルさんは、さっきあの犬男に怒鳴ったのが嘘だったのではないかと思うほど穏やかに微笑んで、私の態勢が整うまで待ってから、話を始めた。
「改めまして、私はこの村の長を務めております、ゲブリュルと申します。この度は、この地へのご降臨を頂きましたこと、誠に感謝いたします」
「えっと、雨空しずく……です。その、ここのことは全然わからなくて、まずここがどういう所なのかを知らないと何もできない状態なんです」
聞き慣れない堅苦しい話し方をされて終始緊張し通しの私に、ゲブリュルさんはまた微笑む。
恭しく下げた頭を上げて、まずは何から話そうかと思案するように一瞬だけ視線を彷徨わせてから、私に向き直って、話し始めた。
「では、しずく様。まずお話しなくてはならないことは、あなた様はこちらでは【天使】と呼ばれる存在であらせられるということです」
重々しく語られたのは、まずそういう言葉だった。
恐らく、彼らの中では何の疑いもない事実に近いものなのかも知れない。それでも、私はそういう事情は全く知らない。
「あの、皆さんは私のことを【天使】と呼びますけど、そもそも【天使】って何なんですか? どうしてそう呼ばれるのかがわからないから、不思議っていうか、ちょっとだけ気持ち悪くて……」
なんとか言葉を濁そうとはしたけど、やっぱり気持ちが出てしまった。
言葉を選んでいる余裕も、正直なところない。
そんな様子もどうやらお見通しだったようで、「此度の天使様は、随分と素直な御方だ」と笑う。思わず「すみません」と謝った私に、ゲブリュルさんは「いいえ、決して他意はございません」と丁寧に言葉を返す。
「いずれの天使様も、そしてあなた様も、どのような経緯でご降臨されたのかは存じませんが、過去にはただ周囲に唯々諾々(いいだくだく)と流され、全ての責任を放棄する【天使】や、その権威にとりつかれて道を誤ってしまう【天使】もいたそうです。しずく様のように、自らのお言葉で疑問を解こうとされる方は、あまり多くなかったと伝え聞いております」
……凄く、褒めちぎられている。
こういうことは、話半分で聞いておいた方がいいのかも知れない。
そして、そういう賛美の言葉を散々並べてくれたあと、ゲブリュルさんは話を始めた。
「この世界には、定期的にある現象が発生するのです」
「現象?」
「村の子らが【災厄】という言葉を口にしたでしょう。その【災厄】をこの世界から祓うことがあなた方【天使】のこの世界における役割であり、またあなた方こそそれが唯一できる存在なのです」
私たちの、【天使】のこの世界における役割というのは、とてもシンプルなものだったらしい。
この世界に住む人々を悩ませる現象である【災厄】を解決するということらしい。要するに、規模の大きな人助けみたいなことなのかな……と納得しかけた頭に、ふとよぎった疑問。
「祓う」って、なに?
そういえば、グラウベくんが言っていたことを思い出す。
『天使様は、【災厄】をやっつけてくれるんだよな! そしたらまた、森で自由に遊べるんだよな!』
そういえば、やっつけるって言ってたような……。
血行以外での理由から額を伝っていく汗を見て私が気付いたことを察してくれたらしいゲブリュルさんは丁寧にとどめを刺してくれた。
「この世界における【災厄】は、動く生き物の形をとっております」
そこから始まった【災厄】に関する説明をまとめると、こういうことになる。
【災厄】というのは、この世界に突如現れた黒いもやのような存在らしい。どうして現れるのかはわかっていない。ただ、何らかの原因で発生すると、世界中で現れて、時々近くを通った人を襲ってしまうらしい。
そして襲われると、襲われた人は皆、重病にかかったように衰弱してしまうのだという。運が悪いと、そのまま死んでしまう人も少なくないのだという。
「【災厄】にはとにかく触れてはいけないと言われております。故に、我々は逃げることしかできないのです。しかし、過去の記録によりますと、あなた方【天使】ならば、彼奴らの生命活動にとって重要な核と呼ばれる部分を見ることができるとのことなのです」
上気した様子でそこまで話し終えたあと、ゲブリュルさんは床にドンと膝をつき、必死な声で叫んだ。
「しずく様、あなた様がこちらにご降臨なされたのは偶然ではありますまい。勝手なこととは存じますが、どうか我らをお救いください!!」
え。
「…………え?」
私は、そんな声を漏らすのが精一杯だった。
こんばんは、引き続き遊月です。
次回も、わりと早めに投稿できるかと思います(説明については、活動報告をさせていただく予定です!)