異世界なんて、ないと思ってた
こんばんは、「双翼のヒカリ」(Linked Horizon)を泣きながら聴いている遊月奈喩多です。1週間越しの更新となりました。
前回は、突然異世界らしき場所に迷い込んでしまったしずくの前に犬耳の男性と羽根を生やした偉そうな男性が現れたところで終わりましたね……! さて、これからどうなるのか。そもそも【天使】とは何なのか……?
本編スタートです!
「おい、そこの蛮族。この辺りに【天使】が現れたという情報があるが、それは確かか?」
どこから思い返せば、私はこの状況を消化できるんだろう。
いきなり小屋のドアが周りの壁ごと壊れて……いやいや。
何か偉そうに羽根を生やした浅黒い肌の男が、ちょっと地面から浮いた状態で高圧的に話しかけて……ううん。
状況を整理しよう。
まず、私こと雨空しずくは幼馴染みの朝野 彩に付き合う形で入学した大学の新入生歓迎会に出た。オーケー。
その帰り、彩と別れたすぐ後に誰かに襲われて、川に落とされた。…………。
それで気が付いたら、目の前には犬耳の男が。ん?
足首には鎖が付けられていて、しかも現在地は「ヴィンタヴァルド」とかいう聞いたこともない地名。え?
それだけでもだいぶ混乱してきているのに、どうしてここで鳥の羽根を生やした男の人が現れて、壁を壊したりするの……? ちょっと頭が付いてこられそうにない状況になってるんだけど!?
そうやって混乱している間にも、羽根の男はちょっとずつ私たちに近付いてくる。灰色がかった青い髪を揺らす風はやっぱり冬のように冷たいけれど、私の背中にはかきたくもない汗がじわ、と浮かび上がってきていた。
羽根の男は、ついに私たちの前に立った。そして、私を庇うように前に立つ犬男に、吐き捨てるように声をかける。
「答えろ、蛮族。……いや、こんな犬畜生に我々の言葉が通じるわけがないか」
混乱してはいたけど、その言い方にはいつも通り、何となく腹が立った。
ていうか、さっきから何なのこの人(?)。空浮いてるとかそういうの関係なく、まず人(?)のこと蛮族蛮族って見下し過ぎだと思うんだけど!?
そういう上からの物言いを聞いて思い出すのは、やたら高圧的だった英語教師のこと。しかもセクハラまがいの発言まで飛び出して、何回彩が泣かされてきたことか……! あとはちょっと空気読めないからって彩のことを貶すクラスメイトとか。他の、自分で何とかできるような友人たちなら問題はないけど、彩は傷ついたら傷ついたままだった。
もちろんそれは幼い頃からそうで、だから私はそういうことをするやつを軽蔑するようになった。
そういうことをされている人……というのはほぼ彩のことなんだけど、そんな彼女を守るような感覚で、私はさっきから私の前に立っている犬男をボロクソに、言葉も通じない蛮族だなんて言いのける羽根男(?)に向かって叫んでいた。
「あんたさっきから何様? そういうのほんとイライラするからやめろホントに!!」
1度叫んだら、押し堪えていた感情が堰を切ったように流れ出してくるのを止められなくなった。もう、自分でもいっそ不思議なくらい怒りがこみ上げて止まらない。
つい、隣で唖然としている風の犬男にも矛先を向けてしまった。
「大体あんたも言い返せばいいじゃん! 言葉が通じないとか言われてんだよ!? なに、悔しくないの!? あー、わかんない! そもそも何で都道府県とか市町村とかそういうの知らないわけ? あと、その『天使様』ってのホントにやめて! もしかしたらそっちでは口説き文句とかになるのかもだけど、私そういうの嫌いだから! つーかいつまでもポカンとしてんな!」
「……おい」
「あ?」
途中で腰を折るとかホントに……と思って振り向くと、羽根男は先程までとは違って何やら神妙な顔をしてこちらを見ている。そして、犬男も似たような表情だ。
もしかしたら引かれたかも知れない……。
感情を爆発させて怒鳴り散らしていたのだから、まぁ仕方ないかも知れない。
といっても、これは仕方ないことだ。普通に生活していただけなのにいきなり誰かに襲われて、お腹を目一杯刺されて……思い出しただけで痛みと吐き気がこみ上げてくる。それで川に突き落とされて、気が付いたらこんな所に、それで天使だ何だと騒がれて、全然帰れる気配ないし……!
そもそも、先に不快な気分にさせてきたのはこっちの羽根男なんだから惹かれる筋合いなんてない。
「お前が【天使】だったのか!」
「え?」
「本当に現れていたとは……。これは、すぐに報告しなければならないな」
私の声も耳に入らないような慌てぶりで飛んでいく羽根男。
一旦壁にぶつかって、外まで走ってまた飛んでいくような慌てぶり。その様を見てしまったせいで、私はもうトリックだとかそういうものを差し挟む余地を完全に奪われて、受け入れるしかなくなってしまったのである。
どうやら私は、今まで培ってきた常識が通用しない世界に来てしまったらしい。
ただ、生物的な機能とかそういうのはわりと私がいた世界(と言うと本当に違う世界に来てしまったみたいで恐ろしくなるけど、やっぱり言わざるを得ない)で得た知識でそのまま通用するらしい。
犬というとまず鼻がいいイメージが強い。それはもちろんそうだけど、耳も人間より遥かにいい。人間が聞き取れる4倍の範囲の音を拾えるし、聞き分けられる種類も多いらしい。で、犬耳であるだけにそんな聴力を持っているらしい彼が、「大丈夫、もう行った」と言ったからには、まぁ安全なのだろう。
そうやってようやく落ち着いたところで、私はようやく彼に尋ねた。
「えっと……。ここ、どこだって言ったっけ?」
「ここ、ヴィンタヴァルドの国。お城、森の外」
どうやら、この『ヴィンタヴァルド』には王城があるらしい。
「お城に行けば、もうちょっとここのことわかるかな?」
「ここ……?」
「この世界、っていうのかな? っと……」
どう言おう。
いくら何でも「私はこことは違う世界から来た」とか言っても信じてはもらえないだろう。私自身、自分がそうなったっていうことを受け入れるのに時間がかかった。いくら彼でも、素直に何でも信じてくれそうな彼でも、突飛な話すぎて信じてはくれないだろう。
そもそも、私はどうやってこの場所に来たのだろう。もちろん川に落ちたのがきっかけなんだろうけど、そういうことじゃなくて、ここに現れたときどんな風だったのか……。
「天使様、やっぱり天使だった」
「え?」
この場所に対する疑問をまとめようとしているうちに、いきなり犬男が呟いた。
それは独り言のようだったし、私に伝えようとして発せられた言葉のようにも聞こえた。だから天使じゃないから、と言おうとして振り向いた先の彼の目には、感激したような光が輝いている。
それはさっきまでの「私を天使だと思って疑わない目」ではなく、「私を天使だと確信した目」だった。
えっと、何で天使だということを否定しようとしている私を無視してこの人(?)は勝手に確信してるんだろう?
そういえばさっきの羽根男も、いきなり「お前が天使だったのか!」とか言って飛んでいってしまった。
よくわからないけど、私の何かが「天使」らしかったのだろう……。
薄汚れているとまでは卑下しないけど、決して天使呼ばわりされるほど清い生涯を送ってきたわけでもない身としては、そんな呼ばれ方は照れくさいというよりは気持ち悪い。
だから、その原因をはっきりさせておきたかった。
「ねぇ、どうして私が天使だと思ったの?」
「さっき。オレ、あいつの言葉わからなかった」
ん?
どういうことだろう。
さっきの羽根男と、この犬男が話している言葉は、どう考えても同じ言葉だったはず。……どう聞いても同じ言語だったし、だからこそ私だってあの羽根男が犬男のことを「言葉の通じない蛮族」なんて馬鹿にしているのがわかって腹が立ったわけだし。
一体何を……?
いや、 ちょっと待って。
何かがおかしい。
よくよく考えたら、おかしいのは私の方だ。
どうして、明らかに違う地域に住んでいそうだった2人の言葉が同じように聞こえたの?
そもそもここって日本じゃないのに、どうして全部日本語に聞こえてるの?
そんな、都合よく日本語が公用語になっている外国(?)がいくつもあるとは考えにくい。現に、片方(犬男)にはもう片方(羽根男)の言葉は通じていないようだったのだから、きっと彼らが話していたのは違う言語だったのだろう。
それが私には同じに聞こえたし、そして私の言葉も2人に通じている。
それって一体……?
もしかして、私が「天使」と呼ばれるのに何か関係があるの?
「やっぱり天使様、天使だった……!!」
困惑する私の目の前では、相変わらず感激しっぱなしの犬男が私の手を強く握ってきている。あ、あの、痛いんだけど……。
あぁ、もう。
ようやく「異世界」なんていうものを受け入れた途端またわからないことに直面してしまった私は、途方に暮れて羽根男が壊していった壁の向こうから見える閑散とした寒村を眺めるしかなかった……。
こんばんは、前書きに引き続き遊月です!
……しずくちゃんには、明らかに国籍が違うだろう2人の言葉がわかってしまったのだとか。しかも、自分の言葉も相手に通じているという。羨ましい限りですね(違うか)。
次回、物語はいよいよ森の外へ……出るはずです! 出ます! もしかしたら少し長くなるかも知れません。
それでは、またお会いできることを願って……。
ではではっ!!