犬のしっぽ
こんばんは、文量のわりにペースが遅めの遊月です(汗)!
第2話「犬のしっぽ」公開させていただきます。
大学の新歓帰りに何者かに襲われてしまった少女、雨空しずく。彼女が目を覚ましたのは見知らぬ小屋の中。しかも足首には鎖。そして目の前には、犬の耳と犬の尻尾を生やした男が……!?
さて、どうなることでしょう。
本編スタートです!!
「おぉ、天使様。目、覚ました」
いきなり嬉しそうに言って私を迎えてくれたのは、犬みたいにふさふさした尻尾を振っている男の人だった。よく見ると、麦色の髪の上に犬耳も生えている。友達から読まされた漫画でたまに見るけど、現実にそれがあるのを見るとかなりシュールだ。
とにかく、いい笑顔。
それはいい。危害を加えるつもりは、たぶんないのだろう。それはいいんだけど、私の足首に鎖が付いているし、何よりこの状況が飲み込めない。
『いっそ、そんな気疲れのない世界に行きたいよ、ほんと……!!』
『じゃあ行けばいいじゃん』
大学の新入生歓迎会からの帰り道、1人でぼやいていた私は、突如聞こえたそんな返事の主にお腹を何度も刺されて、そのまま川に向かって突き落とされた。
幼馴染みの彩の世話だけして、誰かもわからない人に殺されて死んでしまうのか。
どうして? 私が何をしたの……!?
まだ、死にたくない……!!
そんなことを思っているうちに意識を失って、気が付いたらここにいた。
「天使様」
私を天使と呼ぶ犬みたいな……犬?みたいな男の人。私が「天使」であることは彼の中ではもう決まりきっているらしい。
尻尾を振りながら、彼が私に近付いてくる。
その瞬間に、きっと麻痺していたのだろう恐怖が蘇る。
態度が柔らかいから無害だなんて、どうして言える? そもそも、私を刺したのが誰かもまだわかってないのに、どうして安心なんてしてたの? 自分の神経を疑った途端に、目の前の男の人が恐ろしく思えてくる。
そもそもなに、この犬耳。
尻尾もそうだけど、ただ付けているだけにしては妙にフィットした動きだ。わけがわからない。私も高校の文化祭でネコ耳カフェとかやったことあるからそういうのを付けたことはあるけど、尻尾はまだわかる。動けば目の前の彼ほどじゃなくてもピクピク動く。でも、耳はただのカチューシャの飾りなんだから、動くわけがない。
だけど目の前にいる彼の犬みたいな耳は、動くかどうか以前に、頭からしっかり生えているように見えた。
あぁ、どうしよう。わけがわからない。
そういうわけがわからない類いの人なら、夜道でいきなり見知らぬ他人を襲ったって不思議ではない。今は辿たどしい言葉遣いだけど、そんなのはいくらでも演技できるわけだし……。
「天使様」
「ひっ!」
気付けば、そのわけのわからない犬耳男は私のすぐ目の前に立っていた。
人の気持ちって不思議なもので、避けられそうな危険に対しては過剰なほど臆病になるのに、もう避けられないとわかった事態に対しては案外覚悟が決まったりする。きっとこのときの私も同じような状態だったのだ。
私は覚悟を決めて、犬耳男に尋ねる。
「あなたが私を刺したの? 目的は? ここはどこなの?」
足が繋がれてたって、その他はとりあえず自由だ。どういうわけか持っていたものだって取られてないみたいだし、もし逆上して何かしてきたときに備えた道具くらいは常備している。高校のとき散々お世話になってきた実績もある優れものだ。
不用意にも私のすぐ傍に置かれたバッグの中に手を伸ばしながら様子を窺っていると、犬耳男は少し悲しそうな目をして言った。
「天使様。オレ、怖い? オレ、嫌い?」
言いながら揺れている瞳に、不覚にもついさっきまで(私があの橋の上で何者かに襲われるまで)一緒だった幼馴染みの面影が見えたような気がして。
「別に、そういうわけじゃないけど……」
思わず打ち消す言葉を返していた。
犬耳男は少しホッとしたような顔をしている。もしかしたら嘘かも知れないのに、どうしてこんなにホッとできるんだろうと思うくらいに、救われたかのような顔。
もしかしたら、話せば何とかなる相手なのかも知れない。そんなことすら思ってしまった。だって今のところ私が恐怖を感じているのは自分の身に何が起こったのかわからないこの状態と、足首の鎖に対してなのだから。
「ね、ねぇ。この足の鎖外してくれない? これ、けっこう痛いんだよね。あと、私病院行かないと」
「びょういん?」
何とこの犬耳男、私の話を聞くよりも病院という単語に対して首を傾げ始めた。
それからウンウン唸った末に、すごく申し訳なさそうに「ごめん、オレ、びょういんわからない」と呟いてきたから「私、お腹を刺されて……」と言いかけて。
ん?
「え! 天使様、怪我してたか!?」
ガバッ
「わぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「!?」
考える間もなく服のお腹を捲られて、思わず全力でビンタしてしまった。
驚いた様子で頬を押さえている犬耳男の視線から外れる向きになってお腹を捲ってみたら、服の下には傷跡すら見つからなかった。
あれだけ刺されたのに。
お腹を刺される異物感も、耳から全身を侵していくような不快な音も、何度もお腹に出入りした刃物の冷たい感触も、お腹の中の何かが引き千切られる激痛もはっきり覚えているのに。
たとえ何かで治ったとしても、傷跡が消えてしまうのはおかしい。
というより、あんなに刺された後で今までみたいに何の痛みも感じずに話せていたのだっておかしい。刺されたのは、記憶違い……? いや、だったらここにいるのは何で?
犬耳男のことと言い、傷のことと言い、わからないことだらけだ。
そもそもここはどこ? どうやってここまで連れて来られたの? 傷はどうしたの? 考えれば考えるほど頭がおかしくなりそうになる。
これが夢なら、早く覚めてくれればいい。そう思っても起きられない。
あれ? これが夢だってわかる夢って、見てる人が起きようとすれば起きられるんじゃなかったっけ? 起きて元いた場所に帰りたい。そうしたらきっと、私はベッドの上で、お姉ちゃんがいつもみたく笑いながら「おはよう」って言ってくれるんだ。それで、二日酔いで頭痛いとか言って、今度は心配されたり。
それから、またいつも通り彩からメールが来て、些細で、だけど平和な相談を受ける。
まったく。彩は私がいないとできないことばっかりだから。面倒臭いけど、それが今は愛おしい。だから、早く戻らなくちゃ。
……あれ?
でも、私って今どうなってるの?
もしも今、目を覚ましてしまったら。
お腹の痛みが、落とされた川の水の冷たさが、鼻や喉に流れ込んでくる感触が蘇る。
水が流れ込んだ胸が苦しくて、耳が痛くて、肺とお腹に溜まった水を吐き出したくても、吐き出す先にも水が満ちているせいでどうやっても体の中の水は動かない。出て行ってくれない。それが苦しくて、怖くて、悲しくて、わけもわからないまま、喉から血が出そうなほど声を出して叫んでいるつもりでも、出て行くのは私の生存に必要な空気ばかりで、そのうち頭が少しずつぼんやりしてきて……。
もしかして、たとえこれが夢だったとしても目を覚ますことなんてできなくなってるんじゃ……?
そう考えてしまったら、もう何もわかりたくなくなってきて。
何も考えることなく、また意識を手放したくなってしまった。
そのとき、背中からふわふわと柔らかくて温かい感触が私を包み込んだ。もちろん、それはあの犬耳男が私を抱きしめているということを意味しているけど、彼が来ている服のふわふわした柔らかい毛皮の感触と温もりは、不思議と嫌じゃなかった。
「天使様、大丈夫」
優しくて穏やかな声が、後ろから聞こえる。
「オレ、天使様好き。だから酷くしないし、怖くしない。オレ、守る」
どこにでもあるような、ありふれた安っぽいセリフ。だけど、こんなわけのわからない状況の中で聞いたその言葉には、今まで感じたことないくらいの真心が籠っているような気がして。たったそれだけのことで、私は少しだけ安心できてしまった。
「わ。天使様、泣かない。オレなにかしたか?」
「ううん、何でもないから気にしないで」
緊張の解けた涙腺が、いうことを聞かなくなるくらいに。
そして同時に、状況を把握する為にも、唯一の生き物である犬耳男とはできるだけ仲良くしておこう……そんな考えも働き始めていた。
「ねぇ、ここはどこなの?」
まずは自分のいる場所を確認しておきたかった。私の家がある市内……ではないにしても、県内のどこかなのか、それともどこか遠い所まで運ばれてしまっているのか。現在地さえわかっていれば、少しは心が楽になるような気がした。
それに、何かの偶然で携帯の電波が通じる場所まで出られたら110番通報することだってできるだろう。
「ここ、ヴィンタヴァルドの国」
ん、ヴィンタヴァルドってどこ? 記憶を辿っても、日本の都道府県にそんな名前はない。テーマパークとかは別に詳しいわけじゃないけど……、少なくとも私と犬耳男がいる小屋は、テーマパークという感じの場所ではない。
そっか、聞き方が悪かったかな。
「えっとね、私はここが何県なのか知りたいの。都道府県とか市町村とかで教えてくれない?」
「トドフケン? シチョーソン? ごめん、オレわからない」
しばらく宙を見上げて唸った後、申し訳なさそうに謝る犬耳男。かわいそうに、耳までしゅん、と垂れている。モフモフしてそうだなぁ。
いや、そうじゃない。
都道府県とか市町村で説明できないってどういうこと? 言われてよく見ると、犬耳男はどう考えても日本人とは言い難い外見をしている。敢えて犬耳とか尻尾とかが生えていない人間で考えると、北欧の男性モデルとかが近い外見をしているかも……。
えっと、えっと。
こういうのなんて言うんだっけ。友達にせがまれてネットで小説を読んだりしたときにこんな状況を見たことがあったような気がする。
えっと……。
異世界とか、現実にはありえないよね?
そんな、ありえない考えが一瞬頭を過ぎったときだった。
「天使様、壁!」
そんな声とともに犬耳男が私を小屋の壁に押し付ける。意外に広い胸板が視界いっぱいに迫る。
「えっ、なに? なに?」
「しっ」
犬耳男の、さっきまでの穏やかな様子とは異なる怖いくらい真剣な表情。混乱している私の耳に何かが羽ばたくような音が聞こえてきたのは、数秒後のこと。
音が聞こえたのと同時に、小屋の扉が周囲の壁ごと壊された。
立ち込める砂煙の向こうには。
「おい、そこの蛮族。この辺りに【天使】が現れたという情報があるが、それは確かか?」
見た目からして偉そうな雰囲気の男が、背中に生えた鳥みたいな羽根で少しだけ地面から浮き上がっていた。
こんばんは、閲覧ありがとうございます。遊月です。
犬の次は、鳥です。鳥と聞くと、RPGソフト『ドラゴンクエスト』シリーズのキメラというモンスターが思い浮かんでしまう私ですが、現実で1番見かけるのはカラスでしょうか。
クロウ、ですね。英語では。何やらかっこいいと思ってしまった私は、たぶんまだまだ中二病なのでしょう(笑)
蛇足なお話でしたね。
しずくちゃんと犬耳さんの前に現れた謎の鳥男。
果たして、彼女の明日はどっちだ……!!