第36話 『魔王』リィ
「みんな、準備はいい?人命を第一に、絶対に死なないように、そして死なせないように戦うわよ」
ロゼさんが『修羅の道』の入り口を開け放つ。中は殆ど更地になっており、彼方此方に瓦礫の山が積み上がっている。
最奥には、固く目を閉じたリィさんが居た。背中からは異形の翼が3対生え、ゆっくりと脈動している。時折波動のようなものを飛ばすと同時に、気を保つのもギリギリなレベルの瘴気が放たれる。人間の体部分は白色に変化しており、まるで石膏像であるかのように動かない。
「ローザ、生命反応はこの瓦礫の下から。退かすよ」
ここに入る前に生命反応の報告をした青い長髪の女性、防衛部第二遊撃隊長のロイナ=キシャ一梯がロゼさんに告げる。
瓦礫が撤去されると、中から鮮やかな金髪の女性が倒れているのが確認された。人間離れしているほど調和の取れている美しい人物であったが、
「左腕の肘から先がない…ウィルファ、一体何があったのよ」
ロゼさんがその人物を抱えあげると、その女性は薄く目を開いて途切れ途切れながらも言葉を放ち始めた。
「……あ……ロゼ………近く……の中にある……」
「この辺になにか袋があるはず!早く探して!」
ロゼさんが切羽詰まった様子で言い放つ。袋って、ここにある麻袋の事か?とりあえず持っていかなくては。
「これですか!!」
「良くやったわテスラ!!……これを、ウィルファ」
ロゼさんが、倒れていた女性に袋から取り出した瓶入りの赤い液体を飲ませる。
すると、その女性はみるみるうちに生気を取り戻し、自力で立ち上がると俺らに向かって言った。
「あー、1000年ぶりに死ぬかと思った。やあ皆さん、私は『人界神』ウィルファナイン・クォータイルだ。助けてくれてありがとうな!」
○
現場は一時大混乱になった。
我々の生活する世界のトップ、普段現れることの無い『人界神』が突如として現れたから混乱は必至であった。まあ、ロゼさんが全員黙らせたのだが…
「リィは私の内弟子だったんだ。で、まあこの間現実改変があっただろ?リィの調子がおかしいから見に行こうとしたわけよ」
人界神が滔々と語り始める。どことなくロゼさんに似ているな、喋り方とか。
リィさんは一時的に無力化してあるらしく、30分程の猶予はあるそうだ。
「だけど、マイナが精神汚染を食らってね、あ〜マイナってわかるかな?魔界神で私の同期なんだけど。暴走するマイナを止めようとしたらこのザマよ」
右手で左腕の肘を指さす。そこに本来あるはずの腕はなく、不自然に肘より先が欠損している。
「んでここ来たら、リィが『闇堕ち』を制御しきれずにヤバげな進化してるし、私は片腕欠損で思ったよりパワーが落ちてて死にかけてたって訳」
「えーっと、情報量があまりにも多すぎて困惑してるんだけど」
ロゼさんが苦笑しながら口を開く。ロゼさんが困惑してるの、普通にレアで面白いな…と思ったが、
「とりあえず、リィを死なない程度にボコボコにして引き戻せばいいって事だよね?」
「まあそうだ、ロゼは理解が早くて助かるな」
…結局はいつもの脳筋思考だった。事前の説明とやる事は変わらないし、むしろ此方としては大幅な戦力の増強だろう。
それにしても、幾ら弱っていたとはいえ人界神を瀕死に追い込むとはリィさんもなかなかヤバい進化をしてるな。気を引き締めていかなくては…
「みんな、準備はOKかな?事前の打ち合わせ通りに行くよ。人命最優先、絶対に死なないように!」
ロゼさんが号令をかける。
「A班、準備出来たっぽいぞ」
「B班、C班問題ありません」
人界神とロイナ一梯が確認を取り……ついに『魔王』リィとの決戦が始まった。
○
「………………………………」
リィさんの体表を覆っていた石膏のようなモノが音を立てて崩れ、緋色の双眸がこちらを直視する。
テスラは――その場の全員は、喉が枯れ上がるのを感じた。
これ以上直視しては、自我が崩れかねない。
「…っは!…C班、防御体制を築いて!A班は距離詰め、B班補助!正気に戻ってない奴は放置してC班が保護!」
「目を真っすぐ見るな!なるべくなら視界に入れないほうがいい!」
いち早く正気を取り戻したロゼと人界神が吠える。次いで格の高い一梯のロイナ、遊撃部隊が続々と動き始める。
「…戻ってこられた、危なかった」
「テスラ無事ね!?よし、リィが止まっているうちに動くよ!」
「行けるかロゼ、援護するぞ!」
ロゼの指揮に従い、急速に距離を詰める。
「…ロゼさん、私は…」
リィが徐に口を開いた。口調こそ不安定だが、意識は残っているようだ。
「リィ!?大丈夫か、私のことがわかるかッ!?…うっ」
悲愴と歓喜の表情を入り混じらせながら、慌てて駆け寄る『人界神』ウィルファナイン。
しかし、近寄るにつれ急激に増す瘴気に充てられ、顔をしかめながらじりじりと後退した。
「…クソ、左腕欠損がなかなか響いてきてるな…」
「………し、しょう…お願い……します…」
「リィ!!どうしたッ!何でもいい、言ってみろ!」
くすんだ金髪は先端が紫に染まり始め、顔には細かい魔力の罅が浮かび始めている。
苦悶に顔を歪めながら、なんとか口を開こうとする。
「……殺して……ください…もう…保たない……意識があ…うち…に……」
「…そんな、おい、嘘だろ…おい…」
リィさんがゆっくりと目を閉じると、三対六枚の翼が徐に開き始め更なる瘴気が溢れ出る。
ウィルファナインは絶望に顔を顰め、放心状態に陥ってしまった。
「この状況で精神が持ってかれたらもう戻れない…!どうにかして近づかないと…」
思考を巡らせるロゼ。突撃しようと走り出したその時。
「ロゼ部長!あの瘴気、私がどうにかする!」
最前線に待機していた為、初手で半分以上が壊滅したA班の側からヴェルの鋭い声が上がった。
どうやら今正気を取り戻したようで、タダでさえ真っ白な肌がさらに蒼白になっている。
「ヴェル四梯、出来るの?あの瘴気をどうにかしないと私の間合いに詰められない」
「ロゼ部長、私なら何とかなる筈です。魔王のオーラは天界と真反対、打ち消すのは理論上容易ですから」
ニッと不敵に笑うヴェル。手早く指示を出すと、バラバラになっていた各班を再編し整える。
ヴェルとロゼ、そして遊撃部隊の選りすぐりメンバーで再度A班を構成し、後方支援を一極に集中。
「全軍ヴェル四梯に続け!戦える人は私と一緒に!」
「『形態;熾天使』…全力で、届ける…ッ!」
紅と白銀の閃光が疾駆する。間合いまで、あと300メートル。




