第22話 全速力踏破(開始)
「はい倒した。二回目にもなると動きが読めてくるからまあまあ楽ではあるな」
「4分37秒...まあギリギリだけどね。じゃあ次いくよ」
そう言ったヴェルはどこからともなくパイプ椅子を取り出し、ポットから何やら緑色の液体をカップに注いでいる。手ぶらだったはずなのにいったいどこから取り出したというのだろうか。
「何を飲んでるんだ?」
「魔力が回復するお茶。強化魔法には魔力をかなり喰われるから。テスラを苛めつつ自分のスキルアップも図ろうっていう...はっ」
ぱたぱたと顔の前で手をはためかせ誤魔化すヴェル。こいつ苛めてるって言ったよな...
「実際レベルも上がってるし別にいいわ。いい感じに体力も回復してきたし次行ける」
「あ、エーテルを使うんだっけ。魔力の回復を待たずに連発できるのって普通にズルいよ?」
「いや、その分普通の魔法使えないから...あ、ボスが沸いた」
椅子からガタッと立ち上がる。さて、戦闘だ。
「さあ行くよ。≪天上の増強・3倍≫!」
○
討伐3回目完了。
「4分55秒。続けていくよ、レベルは?」
「今俺が27、ヴェルが16だ」
「私はレベル以外の経験が深いからレベル上げの必要はないんだけどね。≪天上の増強・4倍≫!」
討伐4回目完了。
「レベル29、ヴェルが21だ、続けて」
「≪天上の増強・5倍≫!、正直魔力がきつくなってきた」
お茶をポットから直接がぶ飲みし始めたヴェル。パーカーが白いので飛散しないか心配だ。
〇
飛んで討伐9回目完了。
「うっは、4分58秒ってぎりぎり間に合った...でも9倍強化されたボスは倒せたぞ。レベル38だ」
肩をぐるぐる回してまだ余裕そうな表情を浮かべるテスラに対し、ヴェルは背もたれの上に顔をのせてだらけ切った表情を浮かべている。
「さて、10倍を...ってもう無理か?辛そうだけど大丈夫?」
「うーっ、そういえば朝も結構重めの魔法使っちゃったから魔力がもうダメ、死ぬ」
うぁぁー、と呻いて俺に手を伸ばすヴェル。
そういえば朝に比べて目力が増している気がする。翡翠色が薄くなり、瞳孔の主張が増しているからか。
魔力が減ってくると目の色が薄くなるのか...不思議な体質だ。
「とりあえず、今日はこれくらいにするか?さすがにその様子だと続けるのは辛そうだし」
「ちっ、私が優位に立ってたのに。さすがにこんな状態になってまで続けるほど私は馬鹿じゃない...ん?」
≪アナウンスです。個体名「猪下さん」の討伐回数が一定数を超過したため、個体名「猪下さん」の能力値は10倍され、個体名「猪本さん」に進化しました。≫
「うわ、スライムの悪夢再来...って名前!確かにわかりやすいけどネーミング適当すぎるだろ」
「10倍、都合はいいじゃない、頑張って。これ終わったら一旦終わりにするよ。上位種とやらになったみたいだし、時間制限なしでやってみようか。それにしても、何で大猪にこんな名前にしたのか...」
〇
威圧感が違う。先ほどのように5分間でサクッと倒すのは無理だろうと一目見ただけで分かった。
牙は大きく湾曲しており、全身の毛はより逆立ち、皮が剛毅になっているのが見て取れる。
体長も1.5倍程度になっているのだろうか。
「さあ行くぞ猪本さん!レベルになっていただく!」
「ブォォォォオオオオ!!!」
大地を揺るがすような咆哮。続いて突進。
落ち着いて避け、呪文を唱えッ!?
回避したはずの猪本さんがきゅっと音を立て停止。そして俺の方向へと向かってきた。
「おいおい、猪本さん方向転換機能まであるのか...シーリン術式・≪五重詠唱・火球≫」
右手から勢いよく放たれた炎の球は、猪本さんの強固な皮に弾かれわずかに毛を焦がすばかりで止まった。
「馬鹿ねー、同じ魔法がいつまで通用すると思ってるのよ」
遂にカーペットに寝っ転がり始めたヴェルが野次を飛ばす。どうやら結界を張っているので攻撃が当たらない安全空間なんだそうだ。
「分かってるわ、今のはどの程度かの様子見だ」
「どうだか」
正直ここまで効かないとは思っていなかったが、まあ仕方ない。俺はまだまだ成長期だからいろいろな魔法を覚えられるのである。まあ正確には魔法じゃないけど...
「防御は半端ないが、攻撃は突進だけ...大して今までと変わり映えしないな」
突進を食らう寸前に避けることで方向転換も防げるし、その瞬間猪本さんは背がガラ空きだ。
その約2秒でどうにかしなければならない。あの巨体でその速度は反則だろ...
「ブモォォォォオオオオ!!!」
再び大地を揺るがす咆哮。ここで腰の鞘から剣を出し構える。
「シーリン術式・『付与』<炎上>」
ジンさんが得意な付与魔法だ。これは物体に魔法の効果を付与することでその魔法を放つだけではできない色々な使い方を可能にする...という効果である。
そして俺の剣の材質であるアダマンタイト合金、アダマンタイト(硬さに優れる)とミスリル(魔法との親和性に優れる金属)を3対7で混合した金属であるが、とても付与魔法と相性がいいのである。
激しく炎が立ち上る剣。後ろから思いっきり切りかかる。
わずかに皮を断ち、ダメージを与えたようだ。
「ブモォォォォオオオオッ!!!!」
怒りをあらわにする猪本さん。しかしこれなら...勝てる。
そして30分が経過した。
「はぁ...はぁ...硬すぎる」
回避と付与、そして斬撃の繰り返しで集中力も体力もほぼ使い果たした。
しかし猪本さんはすでに行動不能にまで落とし込んだ。
「とどめだ...≪灰燼と帰せよ・我に駁する仇敵よ≫シーリン術式・≪上位火球≫」
複数の魔法陣がグルグルと回転し現れる巨大な火の玉。横たわった猪本さんを火だるまにし、
炎が消えたころ、猪本さんは消え失せていた。
「2時間半戦った時より辛い...これが上位種か」
「ふーん、まさか倒しちゃうとは思わなかったけどなかなかね。それじゃあ明日からは下層に降りていくよ」
伸びをして眠そうに言うヴェル。
俺は移動しようとして、そのまま頭から倒れこんだ。
「動けん...」
情けない締まりだ...




