第12話 少年の転機①
遅くなりました。
本来、種族を変えるということは出来ない。
「精霊族」に生まれたら「精霊族」のまま一生を終え、「獣人族」に生まれたら「獣人族」で一生を終える。
しかし、一般に人間と呼ばれる「人族」は、極低確率ではあるが種族が変わることがある。
この世にあまりにも絶望したり、愛する人を喪ったり、自分自身に一切の希望を見出せない人間は、「魔物」と呼ばれる物に堕ちる事がある。これは「闇堕ち」と言われ、「人族」どころかこの世で生きている生き物では無くなるのである。そして、2度と戻ってくることはない。のだが...
○
「人で無くなってしまえば、心は読めないでしょう?」
翼をしならせ、圧倒的な瘴気を撒き散らすリィ。
「闇堕ち」を完全にコントロールしきり、仕留めた獲物を自分の闇へと与え続け、「A3の魔王」をも凌駕する闇を纏う。
(完全に闇に堕ちたこの姿を見せるのは初めてだけど...さあ、どう出る?)
図らずもロゼを試す様な目線を送り...
「はー、甘いわね。甘々の甘だわ」
それを鼻で笑うかのように、ロゼは挑発する様に両手を上に挙げ、首を振った。
「これでも余裕ぶってられますかね?『魔王闘気』ッ!」
人間の根源的な恐怖を呼び起こす破滅のパワー。
しかしロゼは表情一つ崩さない。
(なんでー!?ここまでして無反応なの!?)
「チッ!先手必勝!」
地面を強く蹴り、ロゼに急接近。そして人間の反射神経では反応不可能な速さで強力な殴打を...
「だっから甘いって言ってるのよ」
左手でパシッと受け止めた。しかも...
(眼を瞑っている...!?舐められてるのかッ!?)
「あんた、『心』は読めないけど『思考』が読み易すぎるのよ。気配でバレバレだし」
左腕をロゼ側にグイッと持って行かれる。
「まずは構えからね。そんな隙の多い構えは止めて後方警戒にも意識を回しなさい、次にその気配を抑える!」
(なんで相手にアドバイスされているんだろう...)
しぶしぶ言われた通りにするリィ。
「うん。いい感じじゃない、それならもうちょっとまともに戦えるわ。それじゃあ気を取り直して」
「気配を抑えた分、外に出て行くエネルギーが体内で循環するんですね...盲点でした。行きます」
気配を殺してロゼに急接近。ギリギリロゼの射程外から口元を隠して魔法を唱える。
「≪重力弾≫、付与≪爆発≫」
銃を模した形の左手の人差し指から、着弾した場所に過重力を与える弾を発射する。
「何を考えてるのか見せてもらいますかね」
ロゼは想像通り打ち消しを狙って来た。
(しかしこの魔法は2層構造!どちらかが必ず発動するッ!)
今回は爆発が発生した。回避をしようとするその一瞬の硬直時間を狙って急激に接近。
「もらったぁああっ!」
今度は正面から拳を飛ばす。
「!?」
ロゼは辛うじで躱すも、肩の横にリィの拳がかする。
ロゼに触れたその一瞬を狙って...
「ひぎゃあああぁああっ!!」
ロゼの体表をバチバチとした稲妻が走る。
「スタン系の呪文でも無いわよね...何この攻撃」
床に倒れ込み、恨めしそうに顔を向けるロゼ。
「人間に『魔王闘気』との親和性はありませんから」
「...あんた私に『魔王闘気』を流し込んだのね...ふぐぅ...!?」
動けないからか時々体をビクッと痙攣させるロゼ。
(な、なんかいかがわしい感じになっちゃった...)
「と、とにかく...こんな状態じゃ勝負にならないでしょう?ロゼさん、動いても良いですよ!」
「あんた何も分かってないわね...」
ロゼはハァッ!と鋭い声を放ち、稲妻を振り払った。
「格上殺しをしたかったら...」
ゆらり、と立ち上がり、幽霊のような足取りでリィに向かうロゼ。
なにもされていない筈なのに、リィは硬直してうごけなかった。
「...絶対に油断しないことね」
ドンッ!と音がしたと思う間も無く、リィは床に強く叩きつけられていた。
○
「何か思った事はある?」
ロゼさんが気絶したリィさんを背負って声を掛けてきた。
「え、あ、いや...」
なにー!?どうして俺に振られたんだ?これって普通に「頂点の戦い」とやらの感想を言えば良いのか!?
「正直8割くらいなにが起こっているのか分からなかったのですが...人間にはあり得ないほどの力だなあと思いました。俺には絶対無理だな、あはは...」
当たり障りのないことを言って誤魔化しておく...チラッとロゼさんの方を見ると、
「....ふうん?」
ロゼさんはスーッと目を細めて鋭い目線を俺に送ったと思ったら、途端に興味を失ったかのように所在なげな表情になった。
「んじゃ、私医務部行ってくるから」
そう言ってロゼさんは奥へと消えていった。
どういう受け答えが正解だったのか...冷や汗が止まらん...心なしか頭もクラクラしてきた。
小さく呟き、逆方向に俺も戻る事にした。
「......うぐぐ...」
背後で殺気を放つ、紫髪の少女には気づかずに。
○
翌日。
朝から過ごしやすい気候だったので、教会の中庭にあるベンチでのんびりしながら上のレベルの訓練を見学する事にした。
「ふぁああー、眠くなる天候だな」
大きく欠伸をして深くベンチに座った。
中庭の奥ではどうやらランニングを行っているようで、ふぁあ眠い!耐えきれない!寝てしまおう。
...
...
...殺気ッ!?
慌てて飛び起きると、だらんと垂らした左手にしっかりと剣を握ったライラがいた。
「ラララララララララライラさん?何をしているの?」
「そんな流れる様な名前じゃない。ところで聞くけど」
スッと剣を掲げるライラ。目が冗談じゃない...
「あんたココで何をしてた?」
「え、えっと...見学しながら寝てました...」
言い訳をしても無駄だろうと思い、一応素直にこたえておく。
スーッと目を細め、無表情から怒りの表情に変わるライラ。
「レベル1とはいえ防衛部員なんでしょ、なんでのうのうと暮らしていられるのよ」
プルプルと震える左腕から、必死に怒りを堪えている様子が感じられた。
...出来るだけ怒らせない様な言動にしなければ。
「い、いや、でも俺は記憶喪失で、何をするにも足手まといになっちゃうか
ドスッ。
ら...!?」
俺の右側に深々と刺さる鈍い銀色の剣。
おそるおそる視線をライラの方に向けると...
(!?...泣いてる!?)
「いつまで...いつまで記憶喪失のつもりなの!!両親を守ろうとして防衛部に入ろうとしたのに、両親は死んじゃったのよ!!なのにこんな...あんたみたいな奴が!!ライラがバカみたいじゃないッ!!うわぁああああああああん!!!」
大声で泣きながら教会の外へ走り去っていくライラ。
「あっ待って、」
呼び止めにも聞かず、驚くべきスピードで見えなくなってしまった。
○
両親が死んじゃった...いつまで記憶喪失の...
どれだけ考えても自分が何をしたいのかが分からない。
...
「少年、具合でも悪いのか?食が進んでないみたいだが」
「何か口に合わなかった?」
ロゼさんとジンさんが心配そうに声を掛けてくれたが、俺は生返事で考え続けた。
その時。
『ロゼ様!ジン様!急用なんですッ!』
玄関から切迫した声。
「何事かしら...ちょっと行ってくるわね」
ロゼさんはスッと椅子から立ち上がり、玄関の方に向かう。
扉を開けた先には長身で黒い服を着こなした男性が居た。
「リィ!?何があったって言うのよ」
「...えっとですね、3時間前ほどに村の外に出た少女が行方不明になっておりまして、捜索を第8隊が出したんですが...4人中2人が片腕欠損、2人が数本の骨を折る怪我を負って這々の態で帰ってきたのです」
「第8隊が片腕欠損...『A8の魔王』くらいか?」
「それが...その少女の救出は絶望的だろうと思い放置しようとしたのですが、まだ生命反応が残っているんです。そこで今度は第4遊撃班全員で行ったのですが...ダメでした。まともに戻ってこれたのは私だけです」
「第4班で歯が立たない!?『A30』は下らないわね」
ロゼが驚嘆の表情を浮かべた。
「しかもその少女と刎頸の交わりらしい水色の髪の少女から救出を頼まれましてね...一緒に行ってくださいませんか」
「何を水くさい、俺らに任せな」
「そうね、早く準備しないと取り返しがつかないわ」
...待ってくれ、水色の髪の少女...?3時間前...まさか!?
「リィさん!その女の子の名前ってご存知ですか!?」
「はて...確か、ライラ・ディラックだったでしょうか」
目の前が真っ暗になった。




