88.カーラの物語 Year Two 取り立て人アルバート
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
スワートの影を祓った後、休む暇も無くカーラ達は急いで高速馬車に乗り込んでチョスコ港方面へ奔らせていた。荷車の中でカーラは用意した大きい木箱の中へスワートとトレイを入れる。トレイは未だに疲労で眠っており、目を覚ます様子は無かった。
「しばらくこの中でじっとしていてね。出る頃には、この大陸から離れているわ」カーラは彼を安心させるように微笑む。
「カーラさん、ありがとうございます。お、俺は必ず力を蓄えて戻ってきます! 必ず!」彼は拳を握り込んで強く震わせ、笑顔を彼女へ返す。
「……ひとつアドバイス。今のあんたが強くなるには、まず形から。生意気に強かに生きる事。そうやって壁にぶち当たって、折れては立ち上がりを繰り返して強くなるの。あたしはそうやって強くなった」
「はい!」スワートはまた力強く応えた。
「よろしい。じゃ、またね」と、カーラは木箱の蓋を閉じ、釘を打ち付ける。そんな彼女の背後ではナイアが素早くスーツを脱いで衣装に着替えていた。
「さて、あんたは囮としてしっかり木箱を守る事。タイミングは私に任せてもらうわ」
「本当に上手くいくの? 上空は飛空艇が飛び回っているし、バルバロン領海も見張りの船だらけ……って、アンタなんて格好しているのよ!!」と、カーラは目を剥いて仰天する。ナイアは当たり前の様な表情でバニーガールの衣装を着用し、頭にうさ耳を付けて手鏡を片手に化粧をしていた。
「う~ん、何歳になっても何を着ても似合うわね~」
「自分で言うなよ……」カーラは呆れながら木箱に釘を打ち続け、箱に『マーナミーナ行き』というラベルを貼った。
その頃、リーアムはコネリーの胸に拳を当てて吹き飛ばしていた。コネリーは背後の岩山にぶち当たり、落石に呑まれる。彼はまるで砂利でも退けるように中から這い出た。
「体力の差が出たか……」殴られた胸を押さえ、血の混じった咳をする。
「互いに歳の差はそこまででもないだろうが……これで決着、でいいかな?」リーアムは拳の手応えを感じ取り、相手がもう勝ち目のない体力である事を悟る。
「いや、取り立て人は手段を選ばん。アルバート、手を貸せ!」コネリーは岩の中から勢いよく飛び出し、リーアムの眼前に戻って構える。
「それは嫌です」
アルバートは呆れた様な目で断り、腕を組んで口をへの字に曲げる。
「……またか……いい加減にしろ! 貴様は我ら『取り立て人』の中でも天才なんだぞ! そんな事を言うようでは……」
「俺の目には、この戦いは正々堂々としたモノに見えるんです。それを汚したくない。てか、自分から汚す様な真似をしないで下さいよ」アルバートはため息交じりに口にしながら目を剥く。コネリーの顎下にはリーアムの拳が近づき、次の瞬間には彼の顔面を上空へ打ち上げ、血の花火を上げていた。コネリーは不時着してその場に突っ伏し、血だまりに沈んだ。
「不意打ちは汚かったか?」リーアムは拳を唸らせながらアルバートへ向き直る。
「いや、油断した師匠が悪い。この人はいつも俺に説教をしては油断をする」彼は眉ひとつ動かさずに一歩踏み出し、リーアムの間合いへ入り込む。
「で、お前はどうする?」
「俺はここを通りたいだけだ。あんたには一切用はない。用があったのは師匠の方だし……だが、あんたは俺を通す気はないんだろ?」
「あぁ、そいつを担いでダダックへ引き返す事をお勧めする」リーアムは呼吸を整え、再び二の腕を唸らせる。彼はコネリーとの戦いの疲労を瞬時に整え終わっていた。
「だよな……じゃあ、やるしかないか」と、口にした瞬間、リーアムの蹴りが上空から急降下してくる。アルバートはそれを目も向けずに避け、次々と繰り出される剛腕剛脚の攻撃を軽々と受ける。彼は相手の攻撃が形に成る前に二の腕や太腿にそっと棒の柄を添える。
「見切りが上手いな」一歩引いてやり難そうにため息を吐く。
「あんたの戦いを見たからな。ボルカディを更なる攻撃用に変えているな。空中から奇襲し、そこから大地を揺さぶって体幹を崩す、だろ? ボルカディの相手は初めてじゃない」
「なるほど、コネリーが天才と言うわけだ」
「天才の上に胡坐を掻くなとも言われていてね……あと、戦いを楽しむな、とも。早く仕事を終わらせる為だ、悪いな」アルバートは所持している得物に巻かれた布を取る。姿を現したそれはまるで蟷螂の腕の様に折り畳まれた大鎌であった。彼は勢いよく刃を展開させ、紫色のエネルギーを纏う。それはコネリーが練り上げた無属性よりも色濃い代物であった。
「取り立て人の大鎌か、初めて見るな……」リーアムは冷や汗を一滴垂らしながらも腹に力を込めてアルバートの攻撃間合いを測る様に構えながら円の周りをじりじりと歩く。そこはひとつの動作で間合いの内側に入り込める距離であった。
アルバートが目に力を入れた瞬間、彼は大鎌の間合いの内側へ瞬時に入りこみ、首目掛けて手刀を放つ。その攻撃だけで突風を巻き起こし、天を引き裂く程であった。彼がそれを振り抜いた瞬間、上空を何かが舞い上がり、クルクルと回転した。
「油断したな。俺はただの大鎌使いではない。大鎌を構える事で、取り立て人としての俺が完璧になる。そうなれば、大鎌の間合いは関係ない。懐に入っても、数キロ先に逃げても、だ」アルバートはサラサラと口にしながら大鎌を高速回転させた後に折り畳み、布で包む。同時にリーアムは膝を折り、肩口を押さえた。上空を待っていたのは彼の右腕であり、しばらくして血の一滴も垂らさぬままにボトリと地面に落ちてくる。無属性で切断された個所は決まって出血しなかった。
「で、まだ続けるか?」
「呼吸と起こりを見切り、目の動きだけで俺を誘い出すとは……眼術も収めているな?」
「もちろん。使い手ほど器用に使えないがな」と、気絶したコネリーを起こす。彼の顎は砕けていたが、自分に仕込んでいた回復魔法が発動し、瞬時に治癒し目覚める。
その戦いを見ていたトニーは震える足のまま黙って見ている事しか出来なかった。ずっと子犬の様に震え、腕を切断されたリーアムに駆け寄る事も出来なかった。
「で、結局お前が片付けたか……正々堂々としか戦いたくないのはわかるが、そこがお前の弱点だ」顎を摩りながらコネリーは起き上り、アルバートの頭を小突く。
「説教は仕事が終わってからで。で、リーアムを連行するんですよね?」
「……わかった、大人しく捕縛されよう。だが、ひとつ条件がある。トニーは見逃してくれ」
「最初からそいつに用はない。では、俺はリーアムを例の刑務所へ連行する。お前はひき続き、チョスコ港へ向かえ」と、コネリーは面白くなさそうに口にし、しゃがみ込んでいたリーアムを無理やり立たせる。手早く封魔の首輪を彼に付け、手錠をかける。
「了解」アルバートは得物を軽々と担ぎ、チョスコ湾方面へ歩き始める。そのまま彼は震えるトニーの真横を通り過ぎた。トニーはその場に誰も彼もいなくなると、やっとそこでその場にしゃがみ込み、荒く呼吸をした。彼はずっと今迄、3人の殺気の中で押し潰されており、常人なら気絶していた。が、動けなかった自分を情けなく思い、そこでやっと声を上げて涙を流した。
チョスコ湾上空まで近づいた飛空艇からカエデは待ちきれずに飛び出し、ふわりと港町に降り立つ。魔王軍兵らはロープを使って降下し、周囲の状況を確認する。
「既にダダック港、領海は封鎖済み。あとはここだけです。国外へ逃れるなら、東南の埠頭ですね」と、指さす。その先には1隻の貨物船が停まり、そこへ何者かが台車を使って木箱を運搬していた。カエデはそれを見て瞬時にその場でふわりと跳躍し、台車を押す者の眼前に降り立つ。
「その荷を確認させて貰えますか?」
「びっくりした! 急に何? 中身はマーナミーナ行きの砲丸芋よ」カーラはため息交じりに口にし、彼女の遮りを無視しようと台車を押す。
「中身の確認をよろしいですか?」
「ダメと言ったら?」
「魔王軍の命令です」カエデは一歩も引かず、数打ちの柄に触れる。その瞬間、カーラは蹴り上げ、カエデはバク宙で避け、間合いを取る。
「あたし、その魔王軍の命令って言葉が大嫌いなんだよ」
「じゃあ、私の命令だ。その魔力を帯びた箱を開けろ!」カエデは抜刀する体勢になり、木箱を睨む。中からは僅かに魔力の気配が零れており、明らかに中身は芋ではなかった。
「自慢の剣術で開けてみたら? 出来れば、だけど」
如何でしたか?
次回もお楽しみに




