87.カーラの物語 Year Two 息子VS親父
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
「っがぁ!!」カーラは胸を押さえながら飛び起き、その場に激しく転がった。身体の内側から漆黒の棘が生え、血管が黒く染まる。目を剥きながらナイアの静止も聞かずにその場で暴れ、黒い液体を吐き散らした。
トレイはもっと深刻で喉を掻き毟りながら痙攣し、黒い泡をゴボゴボと吐いていた。心音は弱まり、ナイアが頬を叩いても反応できなくなっていた。
「くっ! 私の光魔法でどうにかできるか……?」虎の子のヒールウォーターを取り出して光の欠片を混ぜ、トレイに無理やり飲ませる。カーラの分は無くなったが、その分、彼女は己の光魔法を全て彼女に注ぎ込む。それによってトレイの命は僅かに伸び、カーラの身体に生えた黒棘が抜け落ちる。が、それは根本的な解決にはなっておらず、2人は闇魔法に内側から汚染されてしまい、虫の息のままであった。
ナイアはカーラの頬を叩き、目を無理やり開く。
「どう? スワートの精神はどんな感じよ、上手くいったの?」
「……ぐ……ぁ……あ、あいつ次第……」カーラは必死に伝え、弱々しく目を瞑るが、あまりの苦痛に気絶できず呻き続ける。
「悪いね、危なかったからトレイに全部飲ませちゃったよ」
「それでいい……あんたの光魔法は?」
「……クラス3は一度に使える魔力に限界があるのよ」ナイアは済まなそうに首を振るが、手早く水を張ったタライやタオル、医療セットなどを用意し、トレイを優先してベッドに寝かせる。「……スワート、早く目覚めて……追手が来るわ」
ナイアは眠る彼の額に手を置き、祈る様に眼を瞑った。次に目を覚ますのはスワートか、はたまた魔王の影か、紙一重の賭けであった。
スワートの精神世界にて、彼を拘束していた闇触手を逆に利用して魔王の影に襲わせていた。今にも影を握り潰す勢いで収束させるが、影は蛇のように細くなって逃れた。
「やるな、スワート。ナイアも賭けに出た様子だな。光で抑えつけていたが、それを止めるとは……だがそれは、同時に俺様の力も解放されるという事だ! さぁ、仕置きの時間だ!!」影はすぐさま人型に戻り、ひと回りふた回りと大きくなる。あっという間に大人の背格好にまで大きくなり、スワートを見下ろす。
「俺の身体から出ていけ!!」
彼は怖気ずに闇の触手を襲わせる。が、影が手首を動かした瞬間に全てスワートに襲い掛かった。彼は身体を捩って避け、手を翳して触手の主導権を取り戻そうとする。
「おやおや、困ったな。少し俺様が本気を出したらこのザマだ。どうした? どうにかするんじゃなかったのか?」影は憎たらしい笑みを浮かべながら指を鳴らす。次の瞬間、闇の触手が容赦なくスワートに襲い掛かり、手足胴に巻き付いた。強く締め上げ、彼の手足が千切れる。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」実際の肉体が千切れた訳ではないが、痛みがリアルに伝わり、スワートは泣き声を上げた。
「このまま出来そこないの心を殺して、俺様が支配してもいいが……可愛い息子だしな。エリーズがあんな真似をしなければ、自由に生かしてやっても良かったんだが……」
「あんな真似?」
「あいつはなぁ……お前の弟を殺したんだよ! 生まれてくる前の弟をな! あいつは、俺様の子を産むのが嫌だと言いやがった……だから消してやったのさ! あいつを敵に回したら厄介過ぎるからなぁ……」影はそう言うと、触手を首に回し、スワートを締め上げる。
「母さん……」
「ローリーは1人で大変だなぁ……今の所、ダーククリスタルを作れるのはアイツだけだ。エリーズがもう1人、女を生んでくれれば計画を早める事が出来たんだがなぁ」
「姉さん……」
「生憎、男児の使い道は俺様のスペアボディ程度……まぁ、俺様は誰にも倒される事は無いが……万が一には役に立つ程度か。まぁ、今から俺様が支配し、片腕として働くのもアリだな」と、絞める力を強める。
「てめぇは……」
「ん? なんだ?」影はワザとらしく彼に耳を傾ける。スワートは凄まじい熱気と殺気を込めて口を開いた。
「テメェは家族を何だと思っているんだ!!!」
スワートは手足を一瞬で再生させ、触手を引き千切り、影の顔面を拳で打ち抜いた。吹き飛んだ影に一瞬で追いつき、胸倉を掴んで何度も殴りつける。影にダメージは無いが、顔面は変形していき、歯が飛ぶ。
「俺様を殺せても意味がないぞ? この国にいる限り、父親はお前を見つけ出し、再び影が植えつけられる……」
「その度に殺してやる!! 何度でも、何度でもだ!!」スワートが吠えると、それに応える様に闇の触手が影に襲い掛かり、身体に何本も突き刺さる。
「良い成長だ……その調子で強くなれ。俺様が上手く使ってやr」と、言いかけた瞬間に口に拳を突き刺し、内側から闇棘で頭を砕き割る。影は砂の様に砕け散り、跡形も無く消え去った。
スワートは涙ながらに深呼吸を繰り返し、手に残った感触を覚える様に握りしめる。
「次、会う時はオヤジ……あんたの顔面をぶん殴ってやる!!」
スワートはゆっくりと目覚め、上体を起こす。まるで清々し朝の様な晴れ晴れとした目覚めであった。彼は小さく首を振り、いまの状況を確認する。トレイとカーラは闇魔法に未だ苦しんでおり、ナイアは身構える様に睨み付けていた。
「貴方は、どっち?」彼女は拳を淡く光らせた。
「貴女は……味方ですよね? 安心して下さい、魔王は消しました」スワートは立ち上がり、己の手の中にある闇魔法を滲ませる。
「そう……だったら、2人の中で暴れ回る闇魔法を消し去る事はできるかしら?」と、2人を指さす。
「……俺のせいで2人は……」スワートは目を瞑り、2人の身体に手を置く。すると2人の体内を蝕む闇を吸い上げていき、あっという間に元に戻す。この技術はクラス3の高等技術であったが、スワートは難なく使って見せた。
「流石、エリーズの息子ね。魔力の扱いが巧みだこと」
「ありがとうございます」
「なにが?」
「母さんの息子って言ってくれて……」2人から闇を吸い上げ終ると、安心したのか涙をポロポロと流し始めた。
「本当、大変な一家よね……」ナイアは彼の頭を優しく撫でながら腕時計を確認した。
ぐったりと気絶していたトレイとカーラだったが、カーラだけ強烈なビンタで叩き起こされる。
「いったぁ!! 何すんのよ!!」一発で起き、叩かれた頬を押さえながらナイアを睨む。
「すやすや気絶している場合じゃないのよ? 追手が来る」
「そりゃ大変……って、ん? 身体が軽い……スワート? スワートだよね?!」と、直ぐに彼に駆け寄り、表情を見て、魔王の影では無い事を確認し安堵する。
「カーラさんのお陰で勝てました。ありがとうございます」深々とお辞儀し、笑って見せる。彼は今迄と違い、表情の作り方や話し方に余裕が生まれていた。
「そのまま強く生きるんだよ、スワート」カーラは彼の肩を叩き、笑い返した。
「やっている場合か! 私の経験則から、あと1時間もないんだよ! で、私の計画だけど話していいかしら?」ナイアはトレイの看病を続けながら口にする。
「話して。逃げるのが得意なあんたの策ってどんなの?」カーラは腕を組みながらナイアに向き直る。
「まず貴女には囮になって貰いま~す」
「……なるほど……面白い」
「面白いの?」スワートは顔を青くして再び自身のなさそうな表情を浮かべた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




