86.カーラの物語 Year Two 取り立て人、現る
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
チョスコ国境の関所より奥の道でリーアムとトニーが数時間待機していると、そこを黒スーツを着た二人組が通る。それに気付いたリーアムは彼らの前に立ちはだかり、挨拶代わりに殺気を放った。相手の歩き方と只ならぬ気配で察知し、その2人組は明らかに魔王軍からの刺客であった。遅れてトニーも隣で構える。
「入国目的は?」リーアムが問うと、相手はにやりと笑いながら2人の顔を見た。
「魔王からの依頼で、息子さんの引き取りを……の前に貴様は確か……リーアムだったな? あのジャレッドの右腕の」黒スーツのコネリーが思わぬ見つけものと嬉しみながら、何かを思い出す様に空を仰ぐ。
「その黒スーツ……『取り立て人たち』か。世界の影から魔王軍へ鞍替えしたか」リーアムは相手が何者かを理解し、体内で魔力循環を徐々に高速化させていき、背から湯気を立上らせる。
「取り立て人たち? 借金取りか」トニーは理解していないのか鼻で笑いながら得意げにステップを踏む。するとリーアムは首を振り、彼に一歩下がる様に言う。
「違う。そんな生易しいモノじゃない。依頼内容によって個人から国まで相手取って、命から土地まで様々なモノを取り立てる、実力者集団だ。以前、ジャレッドと共に世界の影と戦った時に相手をしたが……コネリーか、思い出したぞ」
「お前は魔王軍からはマークされていないが、とある人物から見つけ次第、連れて様に依頼されていた。よし、俺が直々に捕縛してやろう」と、コネリーは懐からナイフを取り出して逆手に構える。「アルバートは見ていろ」
「了解」彼は大きな得物を担ぎながらため息を吐きながら脇道にそれる。
「お前も退いていろ」リーアムは目を尖らせながらトニーに指示する。
「……つまらないな……おい、お前も取り立て人ってやつだろ? 暇なら勝負しろよ」と、彼はアルバートに前に立って挑発する。
「断る。師から見ていろと言われた。それに、お前では相手にならない」アルバートは彼には目も向けずに口にし、虫でも掃うように手を振る。
それを見てイラついたのか、トニーは彼の眼前に立って視界を塞ぎ、拳を数発振るって直撃させる。アルバートはそれを微動だにせず顔面に喰らう。
「誰が相手にならないって?」得意げに拳を退けるが、同時に目を剥く。アルバートの顔面には痣ひとつ残っていなかった。
「……拳闘主体の喧嘩自慢か。お前が何発殴っても、魔力循環もまともに出来ないヤツでは傷ひとつ付けることは出来ない。それに俺は仕事外で殺しはやらない。未熟な俺では、手加減しても殺してしまうだろう。やめろ」アルバートはため息を噛み殺しながら一歩横に移動してリーアムとコネリーの睨み合いを観察する。
「やってみなければ、わからないだろうが!!」トニーは遠慮なく全力で振りかぶり、アルバートの頬目掛けて殴りかかる。
「ったく」アルバートはついにため息を吐き、トニーを喧しい蠅を見る様な目を向け、鋭い殺気を飛ばす。すると同時にトニーは自分が宙を舞う様な感覚を覚え、自らの首なしの胴体が視界に入る。噴き出る血の暖かさ、突き刺さる冷たさ、そして自分が死んだのだという間違う事ない事実が頭に突き刺さり涙が溢れる。トニーは殺気による幻覚によって心音を停止させ、その場で崩れ落ちる。
「おい未熟者!! またやったな?!」それに気付いたコネリーはアルバートを指さして注意し怒鳴る。
「すみません……すぐ蘇生させます」アルバートは頭を下げ、心肺停止したトニーを抱き起して心臓の真上をノックする様に叩く。すると直ちに彼は蘇生して起き上り、怯えた様な目で後退りし、奥歯をカタカタと鳴らす。
「お、俺は?! お、おれ……え?」自分の首を摩り、遅れて小便を漏らす。
「あの青年は……?」リーアムは目の前に集中し過ぎて一瞬の出来事についていけず首を傾げる。
「こいつは我が弟子のアルバート。取り立て人たち始まって以来の天才だ。瞬間魔力循環法を8歳で習得し、12歳で国の取り立てを完了させ、そして18歳で『あの得物』を授かった。自慢の弟子って奴だ」コネリーはだらしなく半べそを掻くトニーと黙ってこちらを観察するアルバートを交互に見てクスクスと笑う。
「そこまでの天才が未だに弟子、なのか?」
「あいつは命令を聞く事しか出来ない。交渉や会話の妙技、駆け引きというモノを未だに理解できていない。そこが出来れば一人前なんだが、な」と、コネリーは手にしたナイフに紫色の魔力を纏う。
「無属性ってやつか……」リーアムはそれを知っているのかうんざりした様な声を漏らす。
「対してお前はボルカディを我流に捻じ曲げた技を使うんだったな。そっちの方が厄介だ」と、無属性を纏ったナイフを手の中でクルクルと回し、一歩踏み込む。
その瞬間、リーアムはその場から消え、頭上から鬼面で襲い掛かった。大地を穿つ蹴りで地響きを上げ、それと同時に突風を起こす様な拳を振るう。コネリーはナイフを怪しく回しながら後退し、地響きは飛んで避け、突風を潜る。
「凄まじいな。そうやって体幹を崩し、急所を抉るんだよな」無傷で地面に着地し、得意顔を向ける。リーアムの腕や脚は薄皮一枚切裂かれ、血が流れ出ていた。
「ナイフ使いはやり辛いな。だが、それだけではないって事は知っている」未だに蒸気立ち上る両拳を構え直し、地響きを上げる。
「見切っている様子だな。その通りだ。このナイフはただのナイフではない」と、無造作に横に振るう。すると、紫色の無属性が瞬時に伸びる。リーアムはそれを間合いの内に入り込んで避け、裏拳を見舞う。が、コネリーもそれを潜って膝蹴りや肘打ちを見舞った。リーアムはそれを防ぎ、そこから2人は衝撃波と突風を拭き荒れさせる攻防を繰り広げた。
「……いい戦いだな。武と腕力に対して技術と反応……素晴らしく噛み合っている。俺もこんな戦いがしたいな」アルバートは腕を組みながら戦いを眺めた。
トニーも2人の戦いを見たが、それよりもアルバートから受けた殺気を未だに拭う事が出来ず身体の震えが止まらなかった。
「ナイアさん……助け……て……」トレイは全身の血管を黒く染め、眼球を剥き、全身に奔る鋭い冷たさに抗いながら乞うた。彼はスワートからカーラまでの橋渡しとして水魔法で意識伝達を行っていたが、闇魔法をモロに通してしまい、暗黒魔法に蝕まれていた。
「光のヒールウォーターはもう使い切ってしまった……それにこれは……? 魔王の影はもうそんなに強くスワートの中で根を降ろしてしまったの? くっ!」と、カーラに一瞥をくれる。
彼女はトレイよりも濃く暗黒に蝕まれており、身体の内側から闇の棘が突き刺さり、目を剥いて痙攣していた。
「私の光魔法じゃどうにも出来ないの? いや……光魔法の回し方が違うのか? よし……」彼女は今迄、スワートから溢れる魔王の闇の力を抑えるため、そしてトレイに闇魔法が流れないように光魔法で制御していた。彼女はスワートを抑えるのを止め、代りにカーラに光魔法を注入した。
「これでどうよ!! ほら頑張れ!! あんたはあんたでジャレッドの娘でしょう?!」
スワートの精神世界で闇に呑まれ、息絶える寸前だったカーラの体内から暖かい何かがこみ上げる。それは暗黒で粘ついた冷たい闇を焼き尽くし、冷えた彼女を優しく温め、不安を安心感で満たす。
「ぐっ……ぅ……よ、し……」彼女は闇の束縛を自力で引き千切り、解放される。切断された片脚から光が生えて元通りになり、同時に魔王の影へ背後から襲い掛かる。
「おやおや、急に元気になったな……小娘が!」腕を闇の大槍に変えた影が振り向きざまに彼女の腹を深々と突き刺して貫通させる。
「ぐぁ!! くっ……こんなもん、ただの夢……幻……痛くも痒くも……ない!!」腹部を強烈な冷たさに襲われながらも啖呵を吐き、影の顔面を掴む。
「そうかな? 例えお前は何とも無くても、外のトレイは相当、苦しんでいる筈だぞ?」彼の言う通り、トレイは意識を失う寸前にまで疲弊しており、この意識伝達も限界に達していた。その証拠にカーラの身体が消えかかり、脚と手先が消えかかっていた。
「おい、スワート!! ここを支配するのはお前だろうが!! こんな寄生虫に負けるんじゃない!!」
カーラが叫んだ瞬間、彼女の胸にもう一本闇の槍が突き刺さり、同時に彼女自身が掻き消える。これはトレイの水魔法が限界に達し、2人同時に失神したのであった。
「やっと消えたか。さてスワート。お仕置きの時間だ」影はそう口にしながら闇の触手で手も足も出ず束縛された彼に近づく。
すると、その束縛を突き破って彼の腕が飛びだし、魔王の影の胸倉をぐいっと掴んだ。
「いい加減にしろよ、クソオヤジ……」スワートは血走った目を向け、殺気を露わにした。同時に闇の触手が魔王の影に纏わりつき始める。
「訂正しないと痛い目を見せるぞ、息子よ」
如何でしたか?
次回もお楽しみに




