84.カーラの物語 Year Two 影との対峙、迫る刺客
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
カーラの意識がスワートの中へ集中する頃、トレイは表情を顰めて魔力を慎重に練る。この精神伝達魔法には細心の注意が必要であり、少しでも集中を途切れさせると彼女の意識が飛んで戻らなくなる可能性があった。
しかし相手は影とはいえ魔王であり、闇魔法が相手である為、ただでは済まなかった。その為、ナイアが光魔法で全力サポートをし、トレイが闇に侵食されない様にいつになく集中していた。
「あまり力を入れすぎないで。いつまでかかるか解らない。体力を温存しながら肩の力を抜いて……」ナイアはアドバイスをしながらも暖かな光魔法でトレイを温め、安心感を与える。
「はい、わかっているっす……でも、こんな無茶をやるのは初めてで……」
「無茶って言うのは、いつだってこんなものよ。もしこれからも魔王に反抗するのなら、こういう無茶には慣れる事ね」ナイアは余裕の混じった笑みを覗かせながら語る。
「わ、わかったっす……」彼は喉を鳴らして冷や汗の流れるままに集中した。
「妙な感覚ね……夢見心地でフワフワするけど」カーラは手足が現実同様動く事に違和感を覚え、首を鳴らしながら気配のする奥へと進んでいく。その気配は間違いなくスワートのモノであったが、奥からは禍々しい闇を感じ取れた。
「魔王に捕らわれた、その息子ってか……親子だろうに、なぜこんな事を?」カーラが呟くと、背後から影が伸びる。
「大事な息子、だからな」
カーラは仰天して声の方向へ身体を向けながらも間合いを取る。相手は先ほど相対した影と同じ話し方をした。が、姿形はスワートと似た背格好の子供であった。生意気な笑みを蓄えながら真っ黒なスーツに身を包んでいた。
「あんたが魔王?」
「そう言うお前は……何者だ? こいつが魔王の息子と知って近づいた割には、邪念が無い。普通なら身代金目当てか、闇魔法目当てだが……?」影は手を後ろで組みながら彼女の眼前を練り歩く。
「あたしは子供には親切なの。誰の息子だろうが助けを求めてきた子には特にね。あんた、相当な毒親だそうじゃない?」カーラはスワートの気配の方へじりじりと進みながらも彼から目を離さなかった。
「毒親? 俺様は息子を大事にしているだけだ。少し旅をさせて勉強させようと思っていたが……まさか国外逃亡を企てるとは……取り巻きは役に立たないし、お前がここにいるという事はトレイが手助けをしているな? それに本体の俺様との線が切れたところを見るに、優秀な光使いがいる様だな。ナイアだな?」影は次々に言い当てながらぐにゃりと笑い、彼女に一歩一歩近づく。背丈は低く、何の脅威もなさそうな見た目であったが、カーラの目からは巨大な魔獣の様に見えた。
「スワートを本当に息子だと思うなら、一人前に育って欲しかったら解放しろ! それが本人の為だ!!」カーラは物怖じせずに胸を張り、語気を強めて口にする。
「息子をどう育てようと俺様の勝手だ。さて、お前はとっとと消して、外にいるナイアに会うとしよう」
「スワートは……どうする気?」
「この空間でしばらく仕置きだ。その間、肉体は俺様が使わせて貰う」と、影が手を掲げた瞬間、周囲の闇の勢いが強まる。カーラは破れかぶれで蹴りを放ったが、影の首をすり抜ける。
「なに?!」
「お前はこの空間の事をよく分かっていないな? お前はここにいるし意識的干渉は出来るが、だからと言って触れる事まではできない。まぁ、それは俺様も一緒だが」彼の言う通り、カーラはスワートの意識に入り込んでいるが、決して魂まで入り込んでいる訳ではなかった。あくまでトレイを通して意識だけスワートに入り込み、語り掛ける事だけが可能であった。それは影も同じ条件であったが、何故か彼は勝ち誇った笑みを止めなかった。
「じゃあ、あたしを消すってどういう意味よ?」
「簡単さ。少々勿体ないが、トレイごと消えて貰うのさ」指を鳴らした瞬間、周囲に濃い闇が溢れだし、カーラの歩んできた道が真っ黒に染め上がる。
「まさか、トレイを?!」狼狽した瞬間、同時にカーラの身体の内側から闇が絡みつき例えようもない冷たさが襲い掛かった。
「ぅぐっ!!」トレイは急に前のめりになって白目を剥く。眼球は少しずつ闇が侵食し、手足から力が抜けていく。それを見てナイアは急いで光魔法を強めながらハンドバッグからからヒールウォーターを取り出す。その中に光の欠片を注ぎ込み、軽く振る。
「魔王が抵抗してきたわね。これを飲んで」と、半ば無理やり彼に光のヒールウォーターを飲ませる。すると彼の胸が内側から淡く光り輝き、眼球から闇が祓われる。
「あ、ありがとうございます……まるで死んでいくような感覚だったっす……」トレイは奥歯を震わせ、心底怯えた。
「こいつの相手は馴れているのよ。ただ、今のは余りないから……そこはカーラ次第ね」と、手の中の光を弱めた。
影が広げた暗黒が弱まり、周囲が明るく照らされる。
「ふむ、ナイアめ……対策していたか」影は余裕の笑みの中に悔し気な表情を滲ませながら姿を消した。カーラは突然の光の暖かさに安堵し回れ右をしてスワートの気配の方へ向かう。
「なるほど、ここでは戦えるようで戦えないのか……でも、もしかして」と、その場で勢いよく跳躍し、高速で飛翔する。彼女の読み通り、この場では夢の中の様に飛び回る事が出来た。「急いでスワートを見つけなきゃね!」
その頃、ダダックのチョスコ方面へ向かう街道を、スーツを着た男が2人並んで歩いていた。1人は初老の男性で名をコネリーと言った。彼は『取り立て人たち』という組織に属していた。彼らは組織の名の通り、依頼人の代りに契約上のモノを取り立てるのが仕事だった。そのモノは財産、土地、国から人体の部位、臓器に至るまで様々であった。
もう1人は彼の若き弟子であるアルバートであった。彼は背よりも長い布で包まれた得物を肩に担いでいた。
彼らはダダックの貴族たちから土地や人材などを取り立てる契約を終わらせて滞在していた。そこへ魔王からの超高速伝令が到着し、街道からチョスコへ入国してスワートを見つけ出す様に命じられていた。
「まさか魔王の息子殿を取り立てる、いや連れてくる仕事を受けるとはな……ここまで信用されるとは光栄だ」コネリーは誇らしそうに笑う。彼ら『取り立て人たち』は、元は『世界の影』直属の組織であった。が、その世界の影の力が弱まり、彼らは魔王軍へ組織ごと鞍替えしたのであった。
「……家出息子の出迎えが仕事なんですか?」アルバートは少々不服そうに首を傾げる。
「いや、この仕事にはナイア・エヴァーブルーが絡んでいる。つまり、それだけの仕事だという事だ」
「ナイア……エリック・ヴァンガードの一味が関わっているのか。これは面白い」アルバートは急に目を輝かせながら腕を唸らせる。
「その一味の誰が相手かはわからんが、油断しないようにな。お前は腕が立つが、まだ駆け引きというモノが分かっていない。昨日もダダックの貴族連中に弱味を見せそうになっていただろ? いいか、我々取り立て人は弱味を見せずに仕事に忠実に、時には臨機応変に、それでも確実に仕事を遂行するのだ」
「肝に命じますよ。貴方ももう歳なんだ。あまり無茶をしない様にお願いします」
「生意気な奴め。もう少し歩けば国境だ。急ぐぞ」と、体内の魔力循環を高速化させ、一瞬で数百メートルを駆け抜ける。彼ら2人はクラス4の身体能力強化を使いこなす事の出来る手練れであった。そしてアルバートが担ぐ得物は、『取り立て人たち』の中でも使いこなす者の少ない武器であった。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




